第23話 策略(2)
国王は別として、王族の使う馬車はすべて構造が同じ。寸法や形状が同じ。装飾に多少の差はあれ、遠目に違いは分かりにくい。それを、旬進に目標を誤らせないようにしなければならない。
ならば、恵明の他に、王族の馬車が走らない日を選ぶことにしよう。
慎重に日を選んだはずだった。が、運悪く、恵明の出発と、王太子妃らの到着が重なり、似た馬車が同時に揃うことになってしまった。
壮宇は似た馬車が一堂に集まらないようにと、手を打ってはいたのだ。
王太子妃として迎える央華の馬車については、
『馬車が到達できないように細工をしておいた。車軸をゆるめておいたのだ。なのに王都まで来てしまった』
董星については、
『お前は王族なので、無理を通して最初の柏月門から入城すると思ったのだ。くだんの赤影門まで回らずにな』
それを聞いて董星は面食らった。無理を押し通すという考えは董星にはなかった。
董星の考えがわかって壮宇は笑った。
『よい心がけだな。忘れるなよ』
続いて壮宇は央華に話しかける。
『気を悪くしたか。私は正妃を迎えるつもりなどない。恵明以外の女はいらぬ。しかし、……国の慣例を破ろうとしたのは私が最初ではないな』
ここで壮宇は董星をじろりと見た。
『お前の父親の方が先だ』
董星の父は現在の国王。董星の実の父親で、壮宇の義理の父親でもあるはずだが、まるで他人事のような言い方だった。
睨まれて、董星は壮宇を睨み返す。
現国王より前まで、王家には慣例があり、王の元には妃と愛妾。公私で役割を分ける二人の伴侶が連れ添っていた。
妃は神事をつかさどって王とともに国を統治する。王とその妃の寝所は別にするのが慣例。
私生活を助け、寝所を共にするのは愛妾のつとめ。
王の後継者は国王と十王府によって決められ、多くの場合は愛妾の子が王太子になっている。
現国王は慣例を破り、王太子時代に妃と公私を共にしていた。董星は当時の王太子と王太子妃との間の子で、それは前例のないことだった。
慣例を破ることを非難する声も多く、それで妃の死後、菫星は離宮での生活を余儀なくされた。
壮宇とその母親は、正妃の死後王宮に迎えられた。壮宇は国王の実子ではないが、国王と十王府の認めで王太子になった。これについては壮宇にも相当の苦労があったのだろうと、想像される。
壮宇は語る。
『……二人を伴侶とする慣例は、その負担を減らすためだといわれてきたが、果たしてそうだろうか。王と妃が並び立てばお互いに情が移る。これは自然のこと。お前の父と母のように』
そう言って彼は董星と央華を見た。
『その一方で、跡継ぎのできなかった愛妾の行く末はどうなる? こればかりは当人の努力が及ぶものか……』
この言葉で恵明が一瞬身じろぎした。
もしかしたら、恵明自身、子供が望めないのかもしれない。そう思われた。
『ただそれだけの役割を担わされるのがどれだけ苦しいことか。王だとて、鉄のような心のなければ、割り切り済まされはすまい』
壮宇は恵明に聞く。
『……そんなわけで、私は世の習わしを正すより、隠遁することを選ぶ弱い人間だ。そうと分かっても私と来てくれるか』
『はい、お供いたします』
恵明に迷いはない。
『私より先に死ぬなよ』
『それは……』
恵明は絶句したが、すぐに答えを思いついた。
『私の命のある限り、そうするとお誓いします』
それを聞いて壮宇は笑った。
壮宇たちが話している間も、董星は身動き一つせずにいた。
壮宇と恵明の決心、二人の絆が強いことも分かった。しかし。
『私の話を信じないか。……まあいい』
壮宇は言い、決定的な一言を董星に投げつけた。
『いずれにせよ、私は王太子の剣を捨てた。お前が拾わねば、王宮のごろつきどもがそれをかすめ取る。奴らは余計なことを企むぞ。そうと分かっていて、お前はその剣を放り出せる男でもあるまい』
他に選びようがなかった。董星は王太子の証の剣をとり、こうして東宮の主となった。




