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流れる水の記憶  作者: 井中エルカ
第三章 幕引き

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第20話 裁定

 董星(とうせい)十王(じゅうおう)としての最初の務めは、壮宇(そうう)恵明(けいめい)の処遇を決めることだった。


 十王府(じゅうおうふ)にて十王たちは話し合いを重ね、結論を国王に奏上する。十王からの奏上はあくまでも提言。聞き入れるかどうかは国王の腹次第だが、現国王がこれまでに提案を退けたことはない。

 果たして、今回も国王は十王たちに承諾の意を伝えた。



 奏上のため、九人の十王たちは国王の御前に揃った。十人に一人足りないのは旬進(しゅんしん)がいないからだった。彼は当事者として裁きを受ける側の立場だったため、伺候しなかった。


 代表の一人が前に出て国王に進言をしている間に、董星は壇上にいる父王の姿を見ようと目を凝らした。国王の証である錫杖を持ち、父は臣下の言に耳を傾けていた。

 裁かれているのは王太子である義理の息子。判決を提案する側には十王となった実子。決定を下すのは父親の自分。そのような状況にあっても、父王は終始穏やかな表情だった。

 奏上の最後まで聞き終わって国王が『諾』と意を伝えると、進み出ていた十王の代表がかしこまって頭を下げ、それを合図に十王たちは御前を退出した。



 この日はずっと、父王の穏やかな表情が董星の頭から離れなかった。

 董星が十王に任命された日も、父は同じ顔をしていた。


 『民の目となり耳となり、誠実に尽くせ』


 壇上から王の威厳に満ちた声が降って来た時、董星は九年ぶりに父親の姿を仰ぎ見た。

 意外なほど父王の表情は穏やかで、威圧するような所は全くなかった。自分は受け入れられていると安堵した。

 しかし一方で実子に対する愛情は微塵もなく、董星は父王との距離を感じた。突き放されたと感じた。

 肉親との九年ぶりの再会に、過度の期待をしていたわけではなかった。が、それでも、懐かしさや、そういった感傷の気持ちは、ただこの一瞬の邂逅で吹き飛んでしまった。



「浮かない顔ですな、董星様。何か心残りでも?」

「そんなことはない」

 声をかけられ、董星は足を止めて高人(こうじん)の顔を見た。


 二人は王宮での勤めを終えて、徒歩で居宅に向かっている所だった。董星が少し歩きたいと言いだしたからだ。

 高人には、回り道をしていたい菫星の気持ちが手に取るように分かった。


 高人はすました顔で続けた。

「裁定は下ったのでしょう、お二方が望んだ通りに」

「それはそうなんだが……」


 董星が言葉を濁していると、馬に乗った円了(えんりょう)が現れた。

 円了は馬から飛び降り、二人に向かって一礼した。彼は心底意外そうな顔をして遠慮なく言い放った。

「これは驚きだ。帰りが遅いので探しに来たが、まさか、歩きとは」

 董星が言葉を返すより先に、高人が片手を上げて円了に応えた。

「心配ない、ここは安全だ。それより用は済んだのか」

「滞りなく。もともと、あってないような荷物だ」

 高人と円了はうなずき合った。


 董星が一人、訳が分らずにいると、高人が笑って前方を指し示した。

「今日からは、こちらが董星様のお住まいですよ。董星様の持ち物は全て、こちらに運ばせました」


 目の前にある建物は東宮(とうぐう)。長い間歩いたつもりが、たどり着いたのは王宮のすぐ東側に位置する王太子の住居だった。考え事をしていたので、どこをどう歩いていたのか、どこに向かっているのか、董星は今まで気づかなかったのだ。


 ああ、そうか。これより、自分が東宮の主となるのだ。


 董星は自分の足で歩いて東宮の門を超えた。


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