第20話 裁定
董星の十王としての最初の務めは、壮宇と恵明の処遇を決めることだった。
十王府にて十王たちは話し合いを重ね、結論を国王に奏上する。十王からの奏上はあくまでも提言。聞き入れるかどうかは国王の腹次第だが、現国王がこれまでに提案を退けたことはない。
果たして、今回も国王は十王たちに承諾の意を伝えた。
奏上のため、九人の十王たちは国王の御前に揃った。十人に一人足りないのは旬進がいないからだった。彼は当事者として裁きを受ける側の立場だったため、伺候しなかった。
代表の一人が前に出て国王に進言をしている間に、董星は壇上にいる父王の姿を見ようと目を凝らした。国王の証である錫杖を持ち、父は臣下の言に耳を傾けていた。
裁かれているのは王太子である義理の息子。判決を提案する側には十王となった実子。決定を下すのは父親の自分。そのような状況にあっても、父王は終始穏やかな表情だった。
奏上の最後まで聞き終わって国王が『諾』と意を伝えると、進み出ていた十王の代表がかしこまって頭を下げ、それを合図に十王たちは御前を退出した。
この日はずっと、父王の穏やかな表情が董星の頭から離れなかった。
董星が十王に任命された日も、父は同じ顔をしていた。
『民の目となり耳となり、誠実に尽くせ』
壇上から王の威厳に満ちた声が降って来た時、董星は九年ぶりに父親の姿を仰ぎ見た。
意外なほど父王の表情は穏やかで、威圧するような所は全くなかった。自分は受け入れられていると安堵した。
しかし一方で実子に対する愛情は微塵もなく、董星は父王との距離を感じた。突き放されたと感じた。
肉親との九年ぶりの再会に、過度の期待をしていたわけではなかった。が、それでも、懐かしさや、そういった感傷の気持ちは、ただこの一瞬の邂逅で吹き飛んでしまった。
「浮かない顔ですな、董星様。何か心残りでも?」
「そんなことはない」
声をかけられ、董星は足を止めて高人の顔を見た。
二人は王宮での勤めを終えて、徒歩で居宅に向かっている所だった。董星が少し歩きたいと言いだしたからだ。
高人には、回り道をしていたい菫星の気持ちが手に取るように分かった。
高人はすました顔で続けた。
「裁定は下ったのでしょう、お二方が望んだ通りに」
「それはそうなんだが……」
董星が言葉を濁していると、馬に乗った円了が現れた。
円了は馬から飛び降り、二人に向かって一礼した。彼は心底意外そうな顔をして遠慮なく言い放った。
「これは驚きだ。帰りが遅いので探しに来たが、まさか、歩きとは」
董星が言葉を返すより先に、高人が片手を上げて円了に応えた。
「心配ない、ここは安全だ。それより用は済んだのか」
「滞りなく。もともと、あってないような荷物だ」
高人と円了はうなずき合った。
董星が一人、訳が分らずにいると、高人が笑って前方を指し示した。
「今日からは、こちらが董星様のお住まいですよ。董星様の持ち物は全て、こちらに運ばせました」
目の前にある建物は東宮。長い間歩いたつもりが、たどり着いたのは王宮のすぐ東側に位置する王太子の住居だった。考え事をしていたので、どこをどう歩いていたのか、どこに向かっているのか、董星は今まで気づかなかったのだ。
ああ、そうか。これより、自分が東宮の主となるのだ。
董星は自分の足で歩いて東宮の門を超えた。




