第16話 宮中神殿
王都の城壁の内。董星が今後の自分の居館となる宮にたどり着くと、ほどなくして王太子の遣いが現れた。
遣いの男の案内で、董星は馬車で宮中神殿に向かった。高人も董星に付き従った。
高人は肩を負傷し手当てを終えたばかりだった。高人は宮に留まるようにと言われたが、彼はそれを断って同行することを選んだ。
馬車で宮中神殿の門をくぐった後、遣いの男と高人は神殿に上がる階段の下で頭を伏した。神殿に上がることを許されるのは、王族と神官の位を持つ者だけだった。
「ここからは董星殿下おひとりでお進みください」
董星はうなずいた。
神殿は、かつて董星が両親とともに王都で暮らしていたころ、頻繁に訪れた場所だ。勝手はよく知っている。
その当時、董星の父は王太子で母はその妃、董星はその間に生まれた唯一の王子、彼らの住まいは東宮だった。
この日はすでに夕暮れが近く、神殿の中は薄暗かった。祭壇の間に進みながら、董星は次第に昔の記憶がよみがえってくるのを感じた。
最奥部にあるのはこの国の守護神を祀った祭壇。
祭壇の前で母が守護神に呼びかけている間、父と子は一歩後ろに下がってそれを聞いていた。力のある母の声を、董星はよく覚えている。母は祭祀をとりしきる女神官でもあったのだ。
董星が七歳の時に母が亡くなった。母の死に際して、王宮の長老たちは父を「しきたりをやぶったからだ」と責め立てた。詳しい事情は分からないが宮中は異様な雰囲気に包まれた。
父は国の有力者の娘を公に愛妾とし、やがて国王に即位した。
愛妾には既に壮宇という息子があり、董星より二歳年上の彼が王太子になった。
この頃、董星は山中の離宮へと隠され、王宮の表舞台から完全に姿を消した。
夏の間だけ、愛妾とその息子は山中で過ごすことを好んだ。彼女たちが新たに建てた宮殿は、董星が暮らす離宮から山を少し下ったところだった。
すでに離宮のある場所の、目と鼻の先に新宮を作るとは。離宮とそこにいる董星は存在しないも同然、彼女たちの権力を示しているように思えた。
董星は新宮に滞在している王子たちと接触することを禁じらた。それでも年の近い董星と壮宇の二人の王子はお互いを意識せずにはいられなかった。
うっかり近づいてしまった時には、董星は慌てて身を潜めた。壮宇は董星が逃げるのを面白がって追い回すこともあった。
そうやって暮らしているうちに、四年前の董星が十二歳の時、央華と出会い、別れたのだった。
祭壇には先客があった。
ここに入れるのは王族か神官。壮宇が来ているのか? 董星を呼びつけたのは彼だ。
いや、違う。祈祷をしているのは女だ。彼女は……。
董星は思わず走り寄ってささやいた。
「央華!」
「董星ね!」
央華も振り返った。二人は祭壇の脇で身をひそめるようにしゃがみこんで向き合った。




