結局これが一番金になる
江戸に上陸して三日後の昼。私は江戸城の広間に案内されました。広間には側用人の田沼様と、その警護に当たる大番の方々が数名いらっしゃいました。
「作業奉行から話は聞きました。なんでも幕府と協力して新たな事業を始めたいとか」
田沼様は私が正座をしたのを見て、早速本題に切り込んできました。この人も今は参勤交代なので忙しいのでしょう。
「はい…お忙しいところ申し訳ございません」
「そう、固くならずに…龍之介殿のお話は大変興味深いものばかりでしたから…聞いておりますよ、なんでも琵琶湖で鯉の養殖をしているようですね」
「はい、漁師や藩士たちの協力があってなんとか順調でございます」
私の返事に田沼様は微笑みを浮かべました。
「どうでしょう…書状のやりとりの方が宜しいですか」
この時代、盗聴するとしたら天井や床下に隠れるなどが一般的でございます。ですから周りに聞こえぬように、重要な会議では筆談をすることもよくあります。田沼様は部屋の隅に居た大番の方に目伏せをすると、彼は懐から牛革で出来た巻物を取り出しました。
「内容が内容ですので…お願いいたします」
私の返事に大番の方はゆっくりと私の方に寄り、目の前に敷物となる牛革を布いてくださいました。その後は田沼様の左横にあった硯と筆を渡されると、私は自分が計画している事業の内容と、それに必要な費用と人材、そしてその調達方法を事細かに書き記していきます。
大溝藩運営による香油全身按摩屋敷の建設
事業内容
10代から20代の若い女性が香油を使った”全身”按摩を客に行うで候。
主な客層は男性。女性は吉原からの紹介された者を雇うで候。1200人ほどの遊女を雇う予定で候。ただし吉原でないので客に対する性行為はしないで候。あくまでも”両手”をつかった”全身按摩”を行うで候。料金は半刻で100文。高島、江戸、尾張、大阪、神戸、博多に合計60の按摩屋敷を建設するで候。建設費用はおおよそ3000両。また版画を使った広告費用に200両ほどで候。建設及び広告費用あわせて3200両は幕府からの拝借金を頂きたく候。売り上げから人件費及び香油などの材料費を抜いた利益の5割を大溝藩とするで候。残り3割は幕府への冥加金とし、2割を紹介料として吉原とするで候。
私は書状を田沼様に手渡しました。田沼様は無表情で書状の内容を読んでいきます。両目が上下に揺れ動いていき、最後まで内容を見た田沼様は新たな紙に返答をしたためていきます。
女子による香油をつかった全身按摩なる思いつき、大変興味深く候なり。されど香油をつかった全身按摩の意味考えるならば、これでは吉原とさした違い無しと見受けられる候なり。このような事を幕府および藩が行うのは世の風紀大いに乱れるのではないかと申し候なり。
むむ、田沼様でしたら金になるのなら認めてくれると思ったのですが…田沼様が心配する事も一理ありでございます。簡単にはいきませぬか。
田沼様のご心配、もっともな意見と申し候なり。されど、これはあくまでも全身按摩にて、全身を按摩すると言い銭を取るのに、全身を按摩せぬことは詐欺になるで候。あくまでも全身按摩にて、その際に客が勝手に精漏れることあれど、それはこちらは知らぬことと申し候なり。精を漏らすために按摩せず。されど精漏れるのならば、それ致し方なしで候。人体の作りは神仏とて手出しは出来ぬ候なり。また、もし仮に按摩にて世の男たちの精絞れるのなら、世にはびこる違法な売春を減らせるかと申し候なり。さらに夫の精を絞り切れば、浮気を防止し、世の風紀改まること間違いないで候。本当はその役目、妻がすること慣れど、世の男の性欲、並はずれること大いにありて、一人で夫の相手するのは酷な事と申し候。そのため、世に違法な売春と浮気はびこるなり。富稼ぎ、世が改まるのならこれ一石二鳥なりと申し候。
龍之介殿の思量、感服したで候なり。その方の申すことどれも一つの非なくて候。大溝藩に三千二百両の拝借金を与える故、すぐにでも全身按摩事業を始めて頂きたいと申し候なり。
「田沼様ありがとうございます」
私は田沼様から頂いた書状を読んだ後、頭を下げて感謝しました。
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますよ」
「ええ、ただ最後にもう一つお願いしたい事が……」
田沼様は私の最後の願いを快く聞いてくださいました。やはり利益にさとい人で良かったです。これから父一行が参勤交代で江戸城に入る事でしょう。こんなこと、父に言える訳がございませんから。武士の誉に生きるあの人が、銭を稼ぐために風俗エステを開業するなんていっても許してくれるわけがありません。前世では随分とお世話になった風俗エステ。江戸時代にて、必ず成功させて見せます。