緩急のほうの急
みなさん朗報です!なんと…大溝藩の財政が60年ぶりに黒字化しました!!藩の重臣たちは泣いて大喜びでしたよ。正直引くぐらい感謝されました笑。でも父も母も私を褒めて喜んでおりました。スゴイ嬉しかったです。ゴミカスFラン大学の時にやっていたタテボシ貝の養殖がこんな形で実を結ぶなんて思いませんでした。この時代に生まれて今年で19歳です。よく江戸時代の平均寿命が30とか40なんて聞きますが、それは子供が幼く死ぬことが多かっただけの話しだと、この時代に来て実感しています。というか武士も百姓に関わらず結構老人は多いです。70近くになってまで畑を耕している人もいますし、大溝藩の家老の小林さんも今年で60歳になりました。そうみると私もまだまだ若いです。でも前世の記憶を引き継いだ私は精神だけはすでに40歳となりました。肉体に合わず、変に世の中を達観した目で見てしまいます。特に蘭学書を読んで、ペリーの黒船来航を思い出してからというもの、未来に対する漠然とした不安が募る一方です。私は日本史よりどちらかというと世界史派なので、日本史を詳しくは知りませんが、それでも第二次世界大戦の顛末は学校の授業でも習いました。あの当時はぼけーっと聞いていただけですが、今思うのは、その結末はこの時代から決まっていたようでなりません。
私がそう思うようになったのは近年のロシアの動向でございます。前世での世界史の知識から分かっていることもありますが、日本語に略された異国風説書にはロシアの情勢が書かれたものも多くあります。その中にはロシアは既に清国が納める満州の北側にまで進出しておるようです。ロシアは凍らぬ港を求めて南下していきました。それは私と言うイレギュラーがいるこの世でも変わる事はないと思います。つまりそれは私がなにもしなくとも、日本は勝手に明治維新を成功させ、日清日露戦争に勝利すると言う事ですが、同時にそれは長崎広島に原爆が投下され、第二次世界大戦で敗戦を迎えるという事でもあります。その間にどれほどの命が失われたか…だれも傷つかない世の中など作れない事は分かっておりますが、同じ傷つく人がいるのなら、少しでもマシな結果にすることはできないのでしょうか……最近はそんなことばかり考えてしまいます。
だから私は本を書くことにしました。養殖鯉を売ったあの日から一年間かけて、私は二冊の本を書きあげました。書いた本の名前は”大日本帝国”と”日本論”です。大日本帝国の内容を要約すると、現状の日本は北からのロシアと南からのイギリスに挟まれており、同時に地震や冷害などの災害などにも見舞われる危険な状態であるとしたうえで、それらの脅威に対応するため、三千万の日本臣民が天皇の下に一致団結しなくてはならない。よって日本を細切れに統治するのではなく、徳川幕領および300諸藩の領土と人民を天皇に返上し、天皇の勅命の下に徳川宗家と御三家、並びに雄藩と協力して統一政府の樹立を行うべきだという内容です。そして廃藩置県と市区町村制を進め、元藩主は統一政府の指名によって任期制の県知事、または市区町村の長に銘じるべきだというものです。そして統一政府の元に各地にいる藩士たちを帝国軍に編成し、かの元寇の時のように、ロシアとイギリスの脅威に備えるというものです。簡単に言うと明治の偉人たちが成し遂げたことの猿まねです。
そして日本論は世界史派の私の個人的な見解を述べた内容になっております。内容としては日本は地理的に島国なのに、政治的には小さな大陸国のようになっているから、本場の大陸国に攻められたら数の暴力で負ける恐れがある。元寇の時はそこまで日本と大陸で軍事技術において大きな開きがなかったから勝てただけに過ぎず、今の欧州各国は強大な大砲と銃に、蒸気機関なる新技術を携えているから、彼らに攻められれば日本は侵略され、仏教の母国たる天竺のように人民は奴隷とされるだろう。思い出してほしい、そもそも豊臣公がバテレンを追放したのは、スペインやポルトガル人が九州の民を奴隷として買っていたからであり、同時に家康公が大坂の陣で勝利されたのは、イギリスの優秀な大砲を使って大阪城を破壊したからである。そして今の日本は170年前の家康公が使っていた時の大砲と銃を持っている。そして今のイギリスやロシアは日本よりも優れた大砲と銃を携えている。もし今の状況で異国が日本に牙をむけば、日本は豊臣家と同じ末路を迎えるだろう。陛下のいる御所や将軍のいる江戸城に異国の大砲が向けられることなど、絶対に許してはならない。そのためには海からくる異国の軍隊を撃退する強力な海軍と、万が一敵国が上陸してきた際に、これを打ち破る強力な陸軍を編成しなくてはならない。そして強力な軍隊には強力な兵器が必要であり、それを輸入、または製造するためには金が必要である。そして国家にとっての富の源泉は農業であり、そして商業である。農業の源泉は土地であり人口である。そして商業の源泉とは知識であり、また人口である。知識の源泉は人であり、人の源泉は土地である。だから貿易で富を蓄えるには知識をなによりも重視し、為政者は人民の高度教育と、その人口を増やさなくてはならない。
また日本は島国であるから、もし土地を求めるのなら絶対に大陸に進んではいけない。日本は島国であるがゆえに土地が狭く、養える人口は少ない。つまりそれは直接軍事力に影響する。だから広大な土地と人口を有する大陸国と、大陸にて戦うのは下策である。それは泳ぎの得意な亀が、地上でウサギと競走するようなものだ。もし戦うのであれば海上か、島に上陸してきた所を奇襲して叩くべし。秀吉公と同じ過ちはしてはならない。鎌倉幕府のように戦うべし。そして土地をめぐる戦において大陸国と島国で違いがあるように、それは貿易をめぐる争いでも同じである。島国は養える軍隊が少ないため、大陸国のように陸上の広大な貿易路を守る事は難しい。となると港湾などに集中して軍隊を配置するしかなく、結果的に海上貿易が重視される。日本に過去作られた城の多くは水運に恵まれた土地に建てられていることからも、その島国としての影響がうかがえる。つまり島国は港と港を守る、点と点の戦略であり、大陸国は面の戦略なのだ。だからもし日本が領土を増やすとするのなら、まず一番は近隣の島々を攻めるべし。あえて例として出すのなら北の蝦夷や南の琉球である。またもし秀吉公のように大陸に領土を広げるような時は、沿岸部の重要な港湾だけを狙い、内陸を攻めるべからず。もし島国が内陸を攻めれば、島から食糧や武器、援軍を呼べなくなるため、海上輸送が可能な港湾を占領して、そこに軍隊を集中させるだけでよい。思えば秀吉公が明に負けたのも、各軍が朝鮮の奥地や満州にまで軍を進ませて、各個撃破されたからである。だから軍隊を集中させるためにも、大陸を攻める場合は絶対に内陸まで進むべからず。あとは条約を結び、日本に有利な形で貿易を行えば、日本は大陸から富を吸い上げることが出来るだろう。決して島国が内陸を攻めてはならぬことを、日本人は忘れるべからず。
お恥ずかしいですが、これでも要約した方です。なぞのお節介精神のせいか、どんどんど筆が進んでしまいました。ただこの二冊の書籍、私のポケットマネーを使って強気の1000冊ずつ刷って大阪や江戸の貸本屋に売ったのですが、なんと好評につき追加でもう2000冊ずつ刷ることとなりました。聞くところによると国学者や武士の方々に限らず、町人の方々にも読まれているそうです。しかも幕府にまでその本の内容は知れてしまったようです。まあ藩主の嫡男がこんな過激な思想を抱いていれば、目につくのは必然でしょうけど。ただ幕府の方々、特に将軍家治さまはじめ、側用人の田沼様の反応は比較的好印象に思えました。まぁ内容的に幕府を批判しているというより、どちらかというと忠言、擁護側だと思いますのでね。
「現実的かつ、革新的な考えに恐れ入りました。これからは年に一度江戸城にて龍之介殿のお話をお聞きしたい」
と直接、田沼様に言われたときは流石にビビりました。なんか私の田沼様のイメージは金に汚い冷酷漢みたいな感じだったのですがね。当然、断る訳にはいきませんでしたよ。なにせこれまで大溝藩は財政難を理由に参勤交代の中止届を出して、それを認めてもらっていたのですから。
あとお声を頂いたのは田沼様だけでなく、なんと徳川御三家や島津家からも、江戸城の武家屋敷にて来てほしいという書状を頂きました。
私の大日本帝国と日本論が時代の為政者と民衆に大きな影響を与えることに、正直興奮と恐怖を覚えます。ですが、これが少しでも日本の為になれば良いのですが…。