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江戸時代の琵琶湖で地域経済学実践してみた  作者: ☆☆☆があるじゃろ?そこを押しておくれ。
18/20

陰謀は続くよどこまでも

水戸藩との宴会を終えた日の翌日、私は酔いがさめた昼頃に一度江戸城に入りました。新年の挨拶と称しまして、田沼様に会いに来たのには縁組だけが理由ではございません。


「それで田沼様、琉球の件については如何されましたか?」


「今はまだ津波に襲われた村々の復興のため江戸に来ることはありませんよ。現地の支援隊からの連絡では来年の立春頃には村々の再建も終えるとのことなので、そこら辺を目安に予定を調整しているところですね」


支援隊とは幕府からの支援金と物資を護送すると同時に、現地で被災した地域の復興を目的に派遣した700名ほどの御家人たちの事でございます。物資護送のため武装もしておりますが、これは幕府の兵士は琉球の人民を守る勇敢で慈悲深い存在であると民衆に見せつけるためでございます。琉球に置くこととしている済民奉行の兵士たちも彼らを主力にして一陣目を送るつもりです。済民奉行の兵士はあくまでも琉球の人民の生命を守護するための組織でございますからね。建前とはいえ、ハリボテより中身のあるものにした方が大義名分としてしっかりと機能いたしますから。莫大な資金と潤沢な物資に食糧を運び入れ、破損した家々を修復し、塩害に襲われた土壌を取り払って琉球の人民を救った幕府の兵士を、琉球王家が武力を行使して追い出したら民衆にはどのように映るでしょうか。彼らが天文学的なバカでなければそれぐらい気がつくでしょう。なにより古今東西、天災の有無は君主の正当性に直結する事もしばしば。琉球では今回の津波以外にも長雨などによる水害も頻発しているようで、今後のリスクを考えた時に済民奉行の兵士を駐屯させることは大きなメリットにもなります。もちろんその代償は大きいですが、その選択を迫られたときには既に江戸城の中。断れば一族の皆さん全員……ね?


「では後は時間を待つだけでございますね。あと王家を招待することにかんしては国王とその妻、あとは直系の子女だけでなく、しっかり一族全員を連れて帰ってください」


私の言葉に田沼様は一瞬だけ眉を動かしました。


「手紙でも同じことを書いておりましたが…それでは要らぬ警戒を与えるだけではないでしょうか」


「いえ、私たちは三千両に及ぶ資金と物資を支援し、なおかつ無償で復興の手伝いもしておるのです。向こうも日本と中華に両属する自身の立場の危うさは自覚しているはず。向こうは中華に並んで、帝と将軍様に三跪九叩頭の礼でも要求されるかと思うかもしれません。ですから謝意を伝えるため王家全員を琉球使節団として呼び出さなぬほうが、こちらの意図を図りかねて警戒を持たれると思います。それなら多少高圧的に迫った方が琉球も油断するのでは?既に琉球王国の北半分は薩摩が支配しているのです。まさかこれ以上の要求を迫られるなども思わぬでしょう」


「ふむ……分かりました。ではその通りに致しましょう」


私の説明に田沼様は納得の表情を浮かべておりました。取りあえず琉球王国の併合計画は順調に進んでいるとみてよいと思います。実際の準備と結構は幕府が行いますから、私は外から助言をする程度でかまいません。


「はいお願いいたします。あと田沼様、債券取引所はどうなっておりますか」


「龍之介殿は見に行かれましたか?」


「江戸はまだですが、大阪のには度々行っておりますよ。スゴイ人だかりでした」


「ええ、江戸も同じでございます。おかげで今年は大層と儲ける事が出来ました。四つの取引所で合わせて17万両にも及びました」


「17万⁉…でございますか」


田沼様からでは言葉に私は思わず声を上げてしまいました。


「按摩事業も合わせると幕府は22万両の増収となりました。取引所の運営にかかる利益を差し引いても、按摩事業と合わせて15万両の黒字でございます。この資金が有れば蝦夷開拓も可能でありましょう。以前に貴方様から聞いた甜菜なる砂糖大根と、その種を、オランダから取り寄せました。今年からこの甜菜の栽培方法と、砂糖の抽出方法を調べるつもりです」


「私の調べではサトウキビからの製糖技法を参考にすれば出来ると踏んでいるのですが…薩摩から製糖職人を呼んだ方が良いかもしれません」


「薩摩…でございますか」


私の提案に田沼様はすこし言葉を濁しました。


「薩摩は琉球での貿易と白砂糖の専売によって富を稼いでおります。借金こそ莫大ではございましょうが…逆に言うのなら米の取れない土地に金を貸し、儲けている商人たちがいるということです。その源泉は先ほど言った通りのことです」


「それはそうでしょうが…まさか……薩摩と同盟を考えておるのですか?」


「はい。以前にもお話させていただきましたが今後50年、100年先の日本を考えるのでしたら異国の脅威に備えるため、雄藩との連携は必要不可欠です。大陸との玄関口となる九州の薩摩は特に…あそこは異国との貿易で富を稼いでおるのですから、商業によって富を稼ぎ、強力な軍を組織するためには欠かせない場所でございます。ですが蝦夷の開拓と甜菜の栽培が可能になれば、満州やロシアとの交易が出来るばかりか、大量の砂糖が手に入るのです」


「そうなれば薩摩の利権を奪うことになりますね」


「ええ、これまで幕府は木曽三川の治水などで薩摩に恨みを買っております…田沼様、紅毛人が異国を支配するときは必ずして、その国内にいる反乱分子に武器を流し反乱を起こさせ、両者が弱体化させたところを両方食うのです。薩摩の土地ならいくらでもそれが出来ます」


「薩摩の密貿易の噂は度々聞こえてきましたが、江戸から離れている外様への監視には限界があります。貴方が仰った琉球支配を行おうとしたのも、薩摩の監視のためでもあります。琉球本島は薩摩の奉行所が置かれてはいますが、王家による自治が認められているそうです。今回の支援を名目にその隙を付こうと思ったのですが……」


あ、そうだったんですか……私は単に沖縄って日本だよなぁみたいなノリで言ったのですのけど。


「……ええ…それは大切なことだと思います。ですが……余計に薩摩を刺激してしまうでしょう……どうですか、国王一家が江戸に来るのは二月後です。今のうちに甜菜の製糖事業をすべて薩摩藩に任せる代わりに、薩摩から製糖職人を呼びましょう。琉球の済民奉行設置も、琉球本島を二分割にして北部を薩摩に割譲させ、南部を幕府が間接的に統治すればよいのです。製糖職人を呼ぶ時にその話も薩摩と進めましょう。幕府と利権を共にすれば、薩摩が幕府と敵対することは不可能になる。そうなれば各外様への大きなけん制にもなります」


「龍之介殿にはなんどお世話になればよいのか……その妙案、私にお任せください」


まさか田沼様と熱い握手をするときが来るとは…。昨日と並んで大変有意義な時を過ごせた気がします。さて、用が済んだ私は江戸城から出ると、久しぶりに江戸を観光することにしました。共同の投資信託を始めるうえで、治保様との会議もまだしなくてはいけませぬが、江戸在住の彼からはいつでも来てよいと言われておりますし、今日明日…明後日ぐらいだけでもその言葉に甘えさせていただきましょうか。一度大溝藩の武家屋敷に戻った私は、江戸の町人が着る半纏をまとい町人街へと足を運びました。一見だけだととても藩主の跡取りとは思えません。下級藩士のように見えます。


「エビとアジ、レンコンを一本ずつ」


「毎度あり、全部で40文ね」


今いる場所は多くの屋台や飲食店が集う繁華街の浅草に来ております。そこで私は天ぷらを頼むことにしました。頼んだ品をその場で揚げてくれるため、揚げたてをすぐに食べれます。口をすぼめて揚げたての天ぷらには塩をかけて頂きました。一瞬味が分からなくなるほど口が焼ける感覚を覚えましたが、空気を吸う様に口をパクパクと開けながらなんとか飲み込みました。現代の江戸は未来の東京に比べるとさほど広くはありません。浅草のすぐ近くには農村と農地が広がっており、また漁港からもさほど遠くはないので、新鮮な海産物や農産物が多く集う食の宝物庫と言っても過言ではありません。浅草寺の雷門を中心に、”参拝”に来た観光客の多くが通りに開く屋台や飲食店に足を運び食べ歩く姿が見られました。前を過ぎ去っていく人力車を眺めながら、次の屋台に足を運ぼうとしたときでした。


「天ぷら食べたら蕎麦食べたくなっちゃったな…」


「ちょっとアンタ!ひったくり!!」


通りの反対側を歩いていた町人の女性が叫び声を上げました。女性が指さすその先には上半身裸の男が走っていました。男の顏は垢まみれなのか煤のように汚れ、髪も散り散りになっておりました。この時代、上半身姿で町を出歩くことは普通ですが、彼の風貌は一般の方とはなにかが違っておりました。必死の表情で私の方へと近づいて来る男の姿に、いきなりのことで私は一瞬足を止めて彼の顔を見つめていました。


「あぶない!どいてお侍さん!!」


そんな私の肩を引いて前に出たのはやたらと小柄な男性でした。ひったくり犯は周りの町人たちに手を上げ、肩をぶつけながらこちらの方へ近づいて行きます。男性が前に出たところでひったくり犯の狙いは男性へと向けられました。


「どけ!!」


男の懐から光るなにかが見えました。それが尖った鉄くずであると私が気が付いたころには、狂気を握りしめるひったくり犯は真正面から男性に体当たりをしてしまいしました。


「あっちょあぶな――」


私がそう声を上げた時、ひったくり犯が両手で握りしめる鉄くずが男性の腹にぶつかるとき、小柄な男性は足を前に上げて、思いっきりひったくり犯の顎を蹴り飛ばしました。頭を後ろに仰け反り、ひったくり犯の男は一瞬にして力が抜けたように地面に倒れ込みました。


「「「おお!!」」」


「ありがとうございます!」


「なにやってんだ田舎侍!」


「はははっ!!逃げろ!切られるぞ!」


ひったくり犯を一撃で昇天させた男性への称賛と、被害者女性の感謝とは対照的に、なにも出来ず呆けていた私への冷やかしが町人から飛んでくる中、男性は笑顔で振り返って私の安否を確認してくれました。


「でぇ丈夫ですかお侍さん」


「えっええ……貴方の方こそ怪我が無いようで…」


「おいらは平気ですよ、いっつもあれで鍛えてますから」


小柄な男性が指さした私の後ろには、大きな米俵が詰まれた荷台がありました。


「あれを一人で引いているので?」


私の疑問に男性は笑って答えます。


「そりゃ、おいらにはこの膝がございますから」


そういって男性が叩いた両足は、まるで競輪選手のような筋肉で盛り上がっていました。


「スゴイ脚ですね。ますで…相撲取りのようです」


ちなみに今のお相撲さんはどちらかというとプロレスラーのような体格が多いです。


「はは、そりゃ光栄なことですわ。ちょっと前まで飛脚をやっておりましてね、その後は浅草で人力車をやって、今はここ周辺の屋台や飲食店に俵を運んでおるのです」


「それは大変なお仕事でしょう」


「ええまぁ、ですが最近は江戸の人数も増えておるでしょう?農村からの移住者だけじゃなくて浅草なんかの寺巡りにくる人も多くて、飯屋も繁盛しておりますから、随分と儲かりますよ」


男性は顎をさすりながら恥ずかしそうに答えました。


「儲かるのですか」


「ええ、ボチボチですけどなぁ!この人だかりじゃあ、客の相手や店の準備に忙しくて買い出しに出る時間も惜しい。江戸っ子はせっかちなもんでさ、だからおいらが欲しいものを店主に聞いて、代わりに市場から米や野菜を持って来とるんです。これなら売れ残りもでませんし」


男性の話しに私は感心して口を開けてしまいました。


「ですがそんな儲け話私に話してよいので?」


「なに、こんな大きな荷台に乗せてるのは私ぐらいですが、同じような事は振売りたちもやっておりますよ」


「そうだったのですか――」


「失礼、貴方がこの者を捕らえたので?」


突然私たちの会話に突如して入り込んできたのは私と同じ刀を差した男性でした。


「ああ!平蔵さま!いつも江戸を守っていただきありがとうございます」


「平蔵さま……あっ…あの盗賊改めの」


私は俵引きの男性が口にした名前に聞き覚えがありました。江戸に何回かくる中でたまに通りすがりの町人が話していたのを何回か聞いたことがあります。


「某は火付盗賊改めの長谷川と申すもの。この無宿を捕らえたのは貴方様でございましたか」


「ええ、見事な手さばきでございました」


「えっいや」


「ふむそうですか……なるほど。ひったくりを捕えて頂きありがとうございます。少ないですが、一服にでも使ってください」


長谷川という火付盗賊改めの男はそう言うと、懐から小包を取り出して私に渡してきました。一服とは蕎麦のことです。


「では、おいらはこれで」


長谷川さんの同心たちが気絶しているひったくり犯を縄で縛っていると、俵引きの男性は私の方に一度笑顔を向けた後、すぐに荷台を引いて通りを走り出しました。今の現場の終始を見届けていた周りの町人たちも、気を使ってか彼に道を譲るように脇に寄っていきます。


「あのちょっとお待ちを!!」


「おっとなんでございましょう」


「失礼ながら薬は好きですか?時間があれば一緒に一服でも」


「いいんですか?」


「ここまでされて何も返さないのは男が泣きます」


私の言葉に男性はまた笑顔をむけてくれました。


「じゃあお言葉に甘えて」




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