一緒に汗流して飯食ったらもう友達じゃん?
なんとか無事に開幕式が成功して一安心といった所でしょうか。和楽器オーケストラも大変迫力がありました。みなさん初めて聞く音楽、初めて見る集団演奏に息をのんで聴いておられましたよ。さて第一種目は空手、早走り、水泳の三つでございます。
水泳はこの競技場から北西にある乙女ヶ池で行う予定です。空手に関しては陣幕でしきられた、競技場の向かいの観客席側にて行われるので、こちらの観客席からは見れません。競技のルールは現代の種目と大差ないと思っていただいて結構。当然、この時代の人たちには慣れないことばかりですから、競技参加者たちには一週間前からこの競技場にて、競技の説明と模擬試合をして体をならしてもらっています。試合が始まる前、誘導員の方々が観客席の前に出て、試合の説明をすることになっております。
「今から試合の説明をします!!早走りはあちらの地点から、一町先にあります向こうの砂場の旗を取る競技でございます!!一回の試合で走る選手は10名でございます。旗は全部で3本で二点から六点までの旗がございます!得点の高い旗ほど奥に建てられております!二点未満、つまり旗を取れなかった者はその時点で退場、旗を取った者は予選通過として、そのまま次の第二予選へと進み、第二予選でも同じ人数、旗の数と点数で試合を始め、四点未満は退場。決勝は一試合9名とし、旗は一点から六点の六本で、合計の点数が高い順で一位から三位までの入賞者が決まります!!なお、決勝後、入賞者候補の点数が同点であった場合は、臨時の最終試合によって順位を決めることになっております!!早走りに限らず、各試合ともに早くとも二刻ほどかかる予定ですので、厠や軽食のため競技場を後にし、また観戦する場合は、競技場受付にて観戦手形の確認をさせていただきたいと思います!!説明は以上です。それでは試合のほう、すぐに始まる事になっておりますのでお楽しみください!!」
誘導員の方が説明を終えてすぐに火縄銃の音が鳴り響きました。空砲の音を合図に一斉に選手たちが砂場に立てられた旗をめぐって走っていきます。すると会場のどこからか和太鼓の演奏が始まりした。先程競技場中央に居た演奏者たちは既にいません。実は観客席の裏にある陣幕の中に太鼓の達人たちを堺や神戸から呼んでおります。観客の興奮を煽るような、テンポもよく力強い和太鼓の連打が会場に響いております。ちなみに、話はそれますが、選手の方々には他選手への妨害は厳禁と説明をしております。万が一でも妨害が監視員によって認められた場合は、強制退場となっております。それにしても、大人たちが年も身分も忘れて一目散に砂場に飛びつく光景は面白いですね。これには競技参加者の方から様々な、お声を頂きました。まぁ武士からしてみれば百姓と競技するのは恥でしょうし、エタヒニンと同じ空気を吸いたくないと思う百姓もいるでしょう。ですが今回の祭の目的は、白髭の神に日本臣民の雄姿勇健を見せ、延命長寿を願うこと。身分の上下あろうとも病に死から逃れられないのは皆一緒でございますから。日常の事ならともかくも、神の前に立って救いを求める時に身分の差など関係ありませぬ。自分のことばかりでいけません、皆が皆の健康長寿を祈ってこそ意味があるのでございます。と、異議を唱える者たちには説教してあげました。それに他の身分の方々と一緒に試合をしたくないのでしたら、競技に出なくて結構でございますから。わざわざ遠方から琵琶湖に来てまで、何もせずに旅費だけ払いたいのならそれで構いませんしね。今大会に出場している人たちはそういう頑固者を省いた人たちです。みんな日々の生活を忘れ、楽しそうに砂場に頭から飛び込んでおられます。大の大人たちのそんな姿に、観客の皆さんも大笑いで大盛り上がり。中にはスタートダッシュは遅れたものの、途中から五人抜きをして、観客を沸かせたヒーローたちもいました。この大会が各身分層の偏見や壁を取り払い、四民平等を唄う明治維新の一役になれたりでもしたら…嬉しいのですけど。さて、早走りも試合は終盤の頃。途中、大平さんと交代で厠や軽食の為に競技場を後にしたり、顔パスで空手や水泳のほうにも顔出しましたが、みな熱狂しておりました。空手のルールは顔面ありの極真空手です。土俵の上で行うので最悪後頭部から倒れれば死ぬ恐れがあります。なので審判二人がかりで選手がノックアウトしたらボクシングのように審判が選手との間に入り、また選手が頭から倒れない様に補佐を行うようにしております。あと一応ですが選手には、この試合で命で不慮により怪我や命を落とすことがあっても訴えないと書状に書判してもらっています。水泳に関しては競技場のすぐ近くにある、半分ほど埋め立てた乙女ヶ池にて行われています。ルールは自由形で半町ほどある池の領岸まで泳ぐ短距離と、往復する長距離で分けられております。剣道も水泳も身分関係なく200人以上の方が参加されております。ただ剣道はやはり武士の方々が多いですね。ちなみに剣道の試合では自身の所属する身分、藩、流派、道場の名を名乗る事は禁止としました。どこどこの藩士と藩士が戦って、どこどこが負けたらしいとか、百姓に武士が負けたらしいなんてことが世に知れ渡ると、余計な面倒ごとが出てくるに決まっておりますから。一部の方々はそれに異議を唱えておりましたが、前述のとおり、そういう方々にはお帰り頂きました。それに多くの方々はルールを設ける意味に理解を示してくれてました。せっかくのお祭りです。要らぬ争い事や衝突を避けれるのなら避けたいのは皆さんも同じですからね。おっと、どうでもよいことを話していたら最終決戦が終わってしまいました。最後に残った二人の男たち。旗は一本だけ。舞い上がった砂埃の中から腕を突き上げたのはドンベエという人物でした。彼の右手には赤い旗が握られていました。観客席から拍手と歓声、口笛の嵐が吹き荒れました。立ち上がった彼も嬉しそうに旗を観客席に向かって振っていました。すると私と大平さんが座っている場所のすぐ近くの観客席からひときわ大きな女性の声が聞こえました。
「見て!!あれ私の孫なの!!孫なのよ!!どんちゃん!!こっち向いてぇ!!」
黄色い声援ならぬ黄ばんだ声援の正体は、どうやら一位となったドンベエさんのお婆さんのようでした。70歳以上に見えるお婆さんでしたが、孫の活躍に大脳がかなーり刺激されている様子です。そしてそんなお婆さんの声援をかき消すほどの観客から声援を最後に、早走り部門は無事に終了する事が出来ました。まだ剣道と水泳の決勝の途中ですので、こちらの側にいる観客の半分以上は待機となっております。それ以外のもう帰る方々や、厠や軽食のために陣幕の外に出ようとしている人たちへは、誘導員たちが混雑を避けるために誘導していきました。私たち二人は顔パスなので、その後は屋台の軽食を食べ歩きながら、各競技を観戦していきました。面白かったのは水泳で、蛸のように仰向けで水中をグネグネと泳ぐ方が居て、観客の人たちは皆大笑いでした。彼の成績は予選第三陣目の二位でした。アレが授賞式で前に出る姿を見たかったですが…残念でしたね。全ての試合が終わったのは暮れ六つ時でした。霜降の夜は早いです。琵琶湖網れる東の空はすでに暗くなっていました。その後は優勝者と入賞者に金一封を与える授賞式を行いました。早走りの優勝者は先程言いましたどん兵衛さん。約二貫の鉄球を投げる砲丸投げ優勝者は、4丈3尺4寸の記録を達成いたしました、江戸で相撲取りをしております松島義偉さん。槍投げは15丈1寸を記録しました井上義里さん。走り幅跳びは2丈1尺を飛んだ一郎さん。水泳短距離部門優勝者は村上助三郎さん。長距離部門優勝者は村上次郎さん。空手優勝者は今話題となっております琉球から参りました京阿波根長享さん。剣道優勝者は寺田宗有さん。柔道優勝者は6尺3寸あります大男の立花五右衛門さん。彼は通行手形すら持っておらず、出自はおろか名前すら自称なので本名かは分かりません。まぁ大きくて怒らせると怖そうなので見て見ぬふりです。その後は全選手を競技場に集め、大平邦弘様による閉幕式の祝詞を行いました。そして最後に開幕式での演奏を担当した者たちによる”米〇玄師の打〇花火”で、選手たちの退場を見送り、天下一競技白髭祭は特に問題も起きず、無事に終えることが出来ました。