天下一競技白髭祭開催
大変です。みなさん、予想外の問題が発生いたしました。今は大会当日の一週間前でございます。ふるさと納税制と特産品拝借金制を始めるお触書が幕府より出された今日この頃。なにやら朝から足音が忙しいなぁと、執務室で業務を始めた時のことでした。廊下から歩いてきた誰かが、執務室の襖の前で足を止め正座しました。外から襖へ差し込む日光を遮った男の正体はおそらく大平さんでしょう。チョンマゲの影の形で分かります。
「若、少々問題が」
「なんですか、こんな早くに…」
私の問いかけに続く大平さんの言葉に、私はとっさに筆を止めてしまいました。
「祭の参加希望者が既に大挙して奉行所の周りに集まっております。それと…先週の若の指示通り、大津や関ケ原周辺の宿場町を調べたところ、宿場町の宿泊者と宿の予約者の行く先の殆どが大溝だと分かりました。その者たちの人数を調べましたところ……八千人余りとなっております」
「八千人⁉……ですか……祭りの参加希望者の人数は?」
「既に百人以上はおります。その者たちに聞いたところ、彼らは一番乗りを目指してきたようで、自分たちが通り過ぎた旅人の殆どが、白鬚祭りに出るため大溝に向かっていると口にしておりました……如何なさいましょう」
如何すると言われましても…客席は全部で4000人しかありませんし…どうしましょうか。
「今は何時でしたっけ」
「六つ時より前でございましょうか」
「……とりあえず奉行所の重役全員ここに集めてください。二日制にするか…どうするかは会議で決めましょう」
私の指示に大平さんはすぐに執務室の廊下を後にしました。その後は重役全員を集めて会議をしました。最初は先ほど言った通り二日制にして分けようかと思ったのですが、周辺の宿場町が混乱する恐れがあるため、予定通り一日で全てを開催する事となりました。その代わり急きょ観戦手形を座席組と、立ち見組にに分けることに致しました。立ち見組は大人子供関係なく観戦料は100文としましたが、少しでも売り上げを下げないようにするため、座席組は大人だけの利用としました。この会議をしている内にも大会参加希望者や、屋台を開きたい商人や農家が何百何十人も生業奉行に来ており、会議が終わった後はその対応に大忙しとなりました。
「さあさあ!琵琶湖で取れた、鮎の串焼きはいかがかな!一串20文だよ!」
「焼き豆腐に揚げ豆腐もあるよー!」
「枝豆一升30文!」
うーん随分と賑わっておりますね。霜月の朝は肌寒いです。空も朝焼けでまだ薄暗い様子。見物客にぶつかったりしないように私たちはゆっくりと歩いて行きます。競技場一帯は観客以外が外から様子が見えない様に、大溝の家紋が描かれた幕で覆われています。その幕の一角、競技場へと続く入り口付近には二十軒近い屋台が並んでおりました。
「いったいどれほどの人が集まったのやら」
「さっき東北弁も聞こえましたよ」
祭の参加者だけで千人を超しております。一つの競技につき大体200人ほどが出場する予定です。受付係の藩士に顔パスで競技場の中に入った私たちは観客席の近くに敷物と座布団を敷きました。他の人たちも私たちと同じように、タコ糸で区切られたトラックの外側に勝手に座ったりしています。指示通り、誘導の係が先頭で見物する場合は立たない様にとお客さんに注意していますね。後ろでは赤ん坊の泣き声や子供の笑い声、興味深そうに辺りを伺う女性の声や、誰かの名前を叫ぶ男性の声が聞こえています。私もつられて膝立ちし改めて周りを見てみるとスゴイ人の数です。トラックの向かい側にあるもう一つの観客席もぎゅうぎゅう詰めになって座っているのがここからでも見えました。
「下手をしたら一万人以上いるかもしれません」
「ええ、こりゃあとんでもないことになりましたよ」
押しくらまんじゅうのように陣幕内を歩き回る群衆に私は少し不安を覚えました。
「大平さん、すぐに生業奉行所の後詰め役に伝令をお願います。誘導員をもう百人ばかし至急用意してほしいと」
「百人もですか若⁉一帯どこから」
「城下町の町人や近くの農村から強制的に集めれば宜しい!このままでは最悪…将棋崩しのように人が倒れます!」
「わっ分かりました!!」
「競技開催までまだ半刻ほどありますから!すぐにお願いしますよ!!」
私の最後の念押しが大平さんに聞こえたかは分かりませんでした。彼は群衆の小さな隙間を蛸のように通り抜けていきます。私は体を前に戻すと、斜め右に見える大きな門を見つめました。競技場を取り囲む広大な陣幕は二つに分けられています。一つは今いるトラックと観客席を取り囲むものと、選手が控えている場所です。門の向こう側には今頃選手たちが誘導員の指示に従って整列をしているころでしょうか。花火が綺麗に見られるように、開催時間を霜月の朝焼けのタイミングにしましたが、今となってはただ不安要因を増やすだけとなってしまいました。蛸胴突きで地面を固めたと言っても小さな凹凸はいくらでもあります。たとえ些細な事でも、複数の要因が重なった結果、大きな事故に発展することなど前世では沢山見てきました。
「静粛に!!静粛に!!今から選手入場でござる!!」
誘導員たちの声に反比例するように、観客の喋り声は鳴りやんでいきます。するとどこからともなく尺八の音色が聞こえてきました。それも一人ではありません。まるで何十人もの人間が一斉に尺八を吹いているかと思うようなほどの音量です。辺りはまだうす暗いです。どこからともなく突然聞こえて来た尺八の音色に、周りの観客たちは少し不安げな様子で辺りを見守っていました。そして尺八の音色が、静寂とかした競技場一帯に鳴り響く中、観客席の隣に建てられた小さな陣幕から、正装に身を包んだ白髭の神主と、その従者たちが現れました。神主の丁度手前に立っていた誘導員が神主に頭を下げると、彼はタコ糸が縛られた棒を地面から抜きました。神主は尺八の音色に沿う様に、ゆっくりとトラックの内側に進んでいきます。そしてトラックの内側に建てられた陣幕の中央、両脇をかがり火に挟まれた地点の前に座ると、従者たちは神主の前に八足台と、神鏡を置きました。ちなみに陣幕の反対側には神主様の息子さんが同じように前で出ているはずです。二人はまるで心が通じ合っているかのように祝詞を唄い始めました。
「「掛くることも畏き高天原なる白髭の神、世のよろづなる災ひ、罪、穢れ、あらむをば、払え給い、清げなる世にし給ふと畏み畏み申す。高天原なる白髭の神様にとこしへに我らが祈りを捧ぐる日々続くべく、我らがすくよかに長く生きらるべく、我らの体にかかる邪気祓ひたてまつりて給ふるやう願ひたてまつる。今より白髭の神をあはれがる祭を行へば、いかでか我らの雄姿健闘を天より見守りたまふやう願ひ申し上ぐ……」」
二人の祝詞が終わったと同時に、またどこからともなく尺八の音色が聞こえてきました。そして神主様と従者はまたその音色に従う様に、ゆっくりと元居た陣幕の中へと帰っていきました。
会場がまた静寂に包まれます。
すると競技場から少し離れたところから、一発の大きな花火が打ち上がりました。波の波紋を描くように火の玉がゆっくりと空を登っていきます。
「「「おおう⁉」」」
直径1.5町の盛大な打ち上げ花火が咲き誇りました。滅多に見れない巨大な花火に、トラックを覆いふさぐ観客たちからどよめきが上がります。そして全ての観客たちが空を見上げた時、トラックの内側に建てられた陣幕の中から、大きな太鼓の音が一発聞こえました。なんだなんだと、みんな一斉にトラックの方を見つめ返しますと、トラックの内側に建てられていた陣幕はいつのまにかなくなっておりました。
「なっ…なんだあれ……」
後ろに居た誰かがそう呟いたきがします。何千人もの観客が見つめるトラックの中心には…様々な楽器を持った二百人以上の芸者たちが座っておりました。みなが注目する中、集団の四方に建てられた巨大な太鼓の前に立つ、四人の男たちがお互いの顔を確認すると、振り返ったとたんに一斉に太鼓をたたき始めました。
どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どんどんどんどん、どどどどどどどどどどどどどど、、、、、、、どどん!!!
太鼓の連打が終わった時、楽器を持っていた二百人の芸者たちは既に立ち上がっておりました。全員が互いの両手がかぶるように広げています。そして太鼓持ちの男たちの合図にしたがって、一斉に掛け声をあげました。
「「「「おめえら全員行くぞおお!!!せーっの!!!!」」」」
「「「「紅だああああああああ!!!!」
その瞬間、ドミノ倒しの如く横に弾いたピアノの鍵盤のように、弾ける爆発音が会場を揺らしました。そこにいた全ての観客が音に引っ張られるように空を見上げた気がします。
そこには紅い軌跡が天を切り裂いていました。いつくもの花火が陣幕のすぐ外から、楕円形の競技場を包み込むように連続で打ち上がっていきます。そして最後の紅が天に上った時、全ての花火が一斉に咲き誇りました。
「「「「「うおああぁ⁉」」」」」
鼓膜を突き破るかのような、一発の巨大な爆発音。その一瞬だけまるで真夏の昼間のような明るさでした。そして紅色の滝が競技場を包むように流れ落ちていきます。観客席に座る無数の人間がその景色にあっけにとられ、なんとか息を吐こうとしたときでした――まるでタイミングを見計らったように、地面に座りなおしていた芸者たちが楽器を手に持つと……。
四つの大太鼓、四十の尺八と三味線、三十の琴、二十の琵琶に小太鼓、四つの箜篌と笙、横笛、法螺、高麗笛が一斉に一つの音楽を奏で始めました。日本で初めてのオーケストラは今日この日をもって行われるのです。三か月間来る日も来る日も練習してきた”ようこ〇ジャパリパークへ。そして体が弾むような華やかな音楽が始まると同時に、選手たちのいた陣幕の門が開きました。
「選手が参られる!!みな拍手をもって出迎えよ!!」
誘導員を務める藩士たちの声を皮切りに、大きな拍手が巻き起こりました。琵琶湖の先、地平線から朝日が少しずつ昇っていくなか、いくつもの声援、口笛、拍手、花火、”ようこ〇ジャパリパークへ”に祝福された千人の選手たちがゆっくりと誘導員の指示に従って入場していきます。
そして全ての選手が入場し、隊列を終えたタイミングで演奏が終わりました。すると観客席からはものすごい叫びと共に拍手の音が膨れ上がっていきます。そして次第にその音が静まっていったところで、一番中央、一番前に居た男性が一歩、私たちの前に出ました。彼はくじ引きで決められた宣誓の役を任せられております。
「宣誓!!私たちは自身の健康と、延命長寿を願い!誠心誠意正々堂々!最後まで精一杯戦い抜くことを誓います!!」
彼の宣誓が終わると同時に誘導員たちの拍手に釣られてまた観客から歓声と拍手が鳴り響きました。
「選手!!退場!!」
前に立っていた宣誓役の彼が回れ右をし、選手たちに向かって叫ぶと、その選手の一団に囲まれていた芸者たちがまた演奏を始めました。当然、”ようこ〇ジャパリパークへ”です。観客たちの歓声と拍手に包まれながら、選手たちは誇らしげに手を振って選手の控えである陣幕のほうへと進んでいきました。
「若!これは来年は大会参加者は抽選になりそうですな!」
後ろから急に聞こえた大平さんの声に私は驚いて口から唾を吹き出しました。
「おまっ……なんですか急に…誘導員の件どうしたんですか!」
私はなんだか怒れてきてつい怒鳴ってしまいました。
「それに関しては問題なく、先に50人ばかし町人から新たな誘導員を既にこちらに送っています。もう半分も直に集まる手筈です」
大平さんの言葉に私は肩の力が抜けてしまいました。
「そうですか…なら良いのですけど……」
「はは、取りあえず今は競技を楽しみましょう」
陽気に笑う大平さんを私は無視して、笑顔で手を振る遠くの選手を見つめていました。