冬は努めて
みなさまおはようございます。あの田沼様との密会から四か月が経ちました。3200両の拝借金を得た私は、幕府の作業奉行の協力を得ながら江戸、尾張、高島、大阪、神戸、博多の都市に合計120の按摩屋敷を建造させることにしました。尾張や博多など幕府の直轄領でない場所においては、田沼様のお力のおかげで屋敷の建造を許可していただきました。ちなみに高島は安雲川を挟んで北にある幕府の直轄領のことでございます。父が江戸いるとはいえ、内緒にしている以上は大溝藩の方ではできません。すでに私、龍之介が主導となって、幕府と大溝藩による新事業を行うために屋敷を建造していることは江戸に居る父にも知れておりますが、幕府肝いりの事業であるため内容を知らせられないと、なんとか誤魔化しております。各地の屋敷が完成したのはちょうど元日から一週間前のことでした。私は事前に擦らせておいた、台に横たわった布きれ一枚の男性を若い女性が両手を使って按摩する版画を、屋敷が置かれた各地の都市に何千枚もばらまきました。
あらまぁ、全身按摩なのですから、ふんどしは御脱ぎになって旦那様。
布きれ一枚全身按摩、こりゃええじゃいか、ええじゃないか。
若き女子の小さな両手、腕をもまれ腹もまれ、
しまいには布きれさえも脱ぎ捨てて。
ほら、ええじゃいか、ええじゃないか。
おっと、おっと、これ以上はなにも出ない。
されど、されど、小さな両手でゴマのように絞られる。
こりゃええじゃないか、ええじゃないか。
分かる人には分かる、分からなくとも来れば分かる内容の版画です。もともと幕府と、マイナーな極小藩がなにか隠れて、全国に屋敷を建造していると噂になっていたため、この版画を配った所、江戸の町人たちには瞬く間に全身按摩開業の報せは広まりました。
そして全身按摩屋敷の開業当日、私はこっそり客に紛れて様子を見に行くことにいたしました。そしたらもう大変でございます。江戸には二十の屋敷があり、一つの屋敷には10部屋ほどの按摩室があるのですが、なんとその全てに何十人もの大行列が出来ていました。私が部屋に案内生されたのはそこから一刻ほどでしたが、私の後ろには下手をしたら百人以上の行列ができていたかもしれません。しかも私が見た限り、並んでいる客は全員男性でした。ちなみに按摩の技術についてはかなり個人差があります。まぁぶっちゃけただの素人ですし、実質それを目当てに来ている客も少ないでしょうからね。
私は按摩事業の成功を見届けた後、大平と共に逃げる様に大溝へ帰還しました。父にこのことが知れたら絶対に呼び付けられて殴られるのがオチですから。大溝藩に帰った後は家老の小林さんや年寄の方々にはものすごい勢いで事情聴取されたので、素直に全部話し、事業を隠していた事を謝罪しました。だって素直に話していたら絶対に父に言ったではないですか。そう言いましたら当たり前です!とお叱りを受けました。でももうやってしまったことは仕方がありません。既に父からは江戸の武家屋敷に参上するよう書状が来ております。飛脚の優秀さに反吐が出ますね。私は幕府に任せられた新事業が忙しいと言い訳の書状を送ってあとは知らんぷりを決め込むことにしました。どうせまとも言ったところで、武士の誉に生きるあの人には理解してもらえないでしょうから。若干というか、目に見える形で家老の方々たちからの目線はきつくなっておりますが、私のおかげで藩の財政は黒字化したのです。もうすでに按摩事業が始まって三か月目の終わり頃ですが、売り上げは1億8千万文。両換算で4万5千両に及びます。大溝藩ではこれまで新しい蔵を10個ほど建造しました。全国120店舗の累計来客数は一日で2万人に及んでいるとのことです。大溝藩の隣にある高島も、琵琶湖周辺だけでなく、日本海側や東海道から多くの人が客が来ており、その高島へと続く街道沿いにある大溝の宿場も大きな恩恵を受けております。このままのペースが続けば、年間売り上げは7億2千万文――18万両に及び、人件費や香油などの材料費を省いた純利益は16万両ほどになるでしょうか。そのうちの半分が大溝藩の取り分となります。大溝藩はたった一年にして2万石から20万石の大大名へと大変身を遂げることになりました。按摩営業で得た8万両の利益はすべて借金返済に充てても、今年の大溝藩の財政は1万両の黒字となるでしょう。
それと途中から父からの手紙は来なくなりました。怖いですが、父が大溝へ帰ってくる5か月後にまでに言い訳と謝罪内容を考えとかなくては。
みなさんお久しぶりでございます。私は今江戸城のある一室にて、父を対面に座っております。間には田沼様がおります。五か月かけて言い訳を考えましたが、何も出てきませんでした。なので簡単に言うと、田沼様に泣きつきました。
「此度の新事業、私と龍之介殿で勝手に事を進めた次第にて、安勇殿には話もせず、大変な迷惑をおかけしたこと申し訳なく…」
田沼様は父の方に向かって軽く腰を曲げると、私の方に目伏せをしました。
「父上…!申し訳ありませんでした!!」
私は額を畳に打ち付けました。父は何も言いません。
「龍之介殿の提案のおかげで、今年は幕府に5万両近い新たな収益が見込めるほどです。さらに江戸の違法な風俗も下火になりつつあります。私としても龍之介殿のおかげで大いに助かりました。お二人に感謝とお詫びとして、安曇川の北と鴨川の南にある天領を大溝藩に加増いたしますゆえ、今回の一件、丸く収めて頂けませぬか?」
田沼様の提案に父は両手を畳に置き、頭を下げました。
「田沼様にこの愚息をそこまで買っていただいていたとは…うれしい限りです……この愚息めには言いたい事が多すぎて、なにから言えばよいのかすら、今の私には分かりません……ですが田沼様のご厚意を踏みにじる訳にはいきませぬ…謹んで、頂戴いたします」
「龍之介殿からは、安勇殿は堅実で民を思う優しい藩主であると聞いております…どうかよろしくお願いいたします」
私たちは田沼様の案内で部屋を後にしました。そして大見藩の武家屋敷の門を通った瞬間、私は思いっきり父に殴られました。視界がぐらつきます。なんとか地面に倒れぬように踏ん張りましたが、血の味が口から止まりません。
「今日のおかげでお前になにを言っても意味がない事がよくわかった。どんなバカ息子でも親子の仲だ。素直に頭を下げ、謝れば許すつもりであったが…まさか側用人殿に泣きつくとは……お前は余りにも人として幼過ぎる…武士としての誉もなく、なさけない。お前とはもう一切口を利くつもりはない。親子の縁を切らないだけでもありがたい思え」
父はそう言い捨て武家屋敷に戻っていきました。私はなにも言えず、大平さんに肩を借りて屋敷の自室へと向かいました。