040_使役学の授業
入学以降、ソードラゴン姓の兄妹とは疎遠な関係が続いている。
兄妹は、俺と魔耶がそうであるように常に二人一組で行動していて、男女別の寮で別れる時以外はほぼ四六時中一緒にいるところをよく見かけた。
それ自体は仲良し兄妹だなと好感が持てることなのだが、どうも、俺は妹のシーリアから疎まれているようで、日常的に避けられているらしい。
なので妹の方はもちろん、行動を共にする兄のレイとも碌に会話することが出来ずに入学から数日が経過し、結果、彼らとは顔見知りの他人という関係性に落ち着いてしまっていた。
俺個人としては是非仲良くしたい相手なのだが、相手から避けられてしまったらどうしようもない。
――ちなみに、彼らはとても人気者だ。
美しい容姿と目立つ銀髪碧眼の兄妹。
どこぞの有名な貴族の出らしく、実力も確かで先生側からの評価も高い。
当然、そんな彼らは周囲からの注目を集め、白花位の同級生やそれ以上の位の上級生からも縁を繋ごうと多くの生徒から交友を求められていたのは記憶に新しい。入学後、二三日間は兄妹の周りに人だかりができていたほど。
それに対して兄妹……というか妹の対応は露骨なまでに選民的だった。
端的に言うならば、どこの馬の骨ともわからない下賤な平民や、能力の低い将来性のない落ちこぼれとは極力関りを持たないようにし、お眼鏡にかなった選ばれし生徒とだけ交友関係を持つというもの。
更に、自分の価値基準に認められない相手に対して、嫌悪感を隠そうとせずに差別的な振る舞いもしていて、ある意味で実に貴族らしい対応に良くも悪くも周囲をざわつかせていた。
そんな兄妹の周りには、自然と高い地位の生まれの者や能力的に優れている者のみが集まるようになり、所謂、スクールカースト上位陣のようなグループを形成している。……正直、あまり良い印象を持たない生徒ばかりだ。
根本的に価値観の合わない、お高くとまったグループ。
レイも居心地が悪そうにしつつも、何だかんだで妹の方針に流されて所属しているように見える。弱気で自信がなさそうな彼としてはやや雰囲気が合わないグループなのだろう。
――ともかく、以上のことからわかるように、地球とかいうド田舎世界の出身で魔法も使えず文字も読めない俺は、シーリアに蛇蝎の如く嫌われて常時避けられているわけだった。
そんな背景があったので、
「……おお?」
ポツンと一人で席に座る銀髪の少年の姿を見つけて、思わず驚きの声を上げてしまった。
今は二時限目前の休憩時間。
使役学の授業を受けるために訪れた東校舎エリアの第二教室は、他の教室よりも一回り広く見晴らしのいい空間だった。
天井は高く、大きな縦窓から日の光が十分に入り込み、教室内を明るく照らして視界を鮮明にしている。座学だけではなく実技も行うことを想定した造りになっているとわかる。
広い第二教室に並べられた横長の机。
授業開始前ということで疎らに座る生徒たちの内、珍しく単独行動しているレイは、隅の方で黙って授業開始を待っていた。
「よう! 入学試験ぶり」
「……君は! えっと、その……」
「虎太郎だ。改めてよろしくな。レイって呼んでいいか?」
これ幸いと思ってレイに声をかける。
この機会を逃したら一生会話なんて出来ないだろうし、ここは多少強引でもコミュニケーションを仕掛けて距離を縮めなければ。
「う、うん。別にいいけど」
「――隣、空いてるか? 座っても?」
相変わらず気後れした様子で頷くレイ。
俺は遠慮なく隣の席に腰を下ろす。
彼を見つけた後の行動は突発的なものだったので、その後、置いてけぼりにされた魔耶がご機嫌斜めな様子で俺の反対側の席に座る。
俺の肩をどついて「おいこら」と不満を表明してきたので、「まあまあ」と宥めながら向かい側のレイに振り返り、
「紹介するよ。俺のご主人様こと東山魔耶だ。――で、こっちはレイ・ソードラゴン君。入学試験の時に森の中で出会ったんだ。何なら助けてもらったりもしたな、その節はどうも」
俺の紹介に致し方ないという感じで会釈した魔耶。
レイも慌てて頭を下げて、勢いよく頭を振ったせいで机の端に側頭部をぶつけて「ギャ!」と痛がる。
「ううぅ。痛い……っ」
「……」
「あー……。まあ、普段はこんな感じではあるんだけどさ。でもレイは凄い強いんだぜ。魔物を一瞬で木端微塵に斬り飛ばしたりしてな!」
初対面でのドジぶりに呆れて言葉も出ない魔耶に、俺はフォローを挟んでイメージ回復を図る。
「過度なお世辞は時に逆効果よ」
「いやいや、マジだって。ほら、脇に立派な剣が置いてあるだろ。あれで瞬殺なんだよ! この目でしかと目撃したから間違いない」
疑いの色を瞳に浮かべる魔耶。
助けてもらった相手が不当な評価を受けるのも忍びないので、剣を指差して追加でフォローを足す。
実際、彼の強さは折り紙付きだ。その戦いぶりを見れば誰でもその凄さは理解できるはず。今期の新入生の中では一番強いのではと予想しているし、妹と並べばツートップだろう。
――あくまで最強最優である現代日本最後の魔女こと、東山魔耶を除けばの話だがな。
「はぁ。まあ、よろしく」
一旦疑問は引っ込めて、右手を差し出す魔耶。
レイは照れながら握手に応える。
握手をした僅かな時間。その一瞬に魔耶の瞳が微かに光った。
「――っ」
「ど、どうかした……?」
息を吞んだ魔耶に気づいたレイは、おずおずと確認を取る。
それに直ぐには答えず、黙って握手を解いた魔耶はしばらくして、
「本当に……強いのね。貴方」
「え? う、うん。これでもソードラゴン家の嫡男だし。普通の人よりは強いと思うけど……」
驕るでもなく謙遜するでもなく、当たり前の事実を言うように告げるレイ。
魔耶はその返答に言葉を返さずに彼から視線を外し、俺の方を見遣る。
「なかなかの人物と知り合いじゃない。虎太郎も隅に置けないね」
「まぁな。今まではレイの妹と相性が悪かったせいで接触すら難しかったが、これを機に仲良くなれないもんかな、と」
自分で口にしながら思うが、やはり問題はプライドが異様に高い銀髪少女。
兄にべったりな彼女を攻略しないことには、兄妹のどちらとも友達になることは難しいだろう。
「今日は妹と一緒じゃないのか?」
気になるので一応聞いてみると、レイは苦笑して、
「シーリアは……、ほら、女の子だからその……あれの日なんだ。だから今日は一日休むって言ってた」
「あっ。はい」
これは不躾なことを聞いてしまった。
少し考えれば予想できた答えだったな。反省しなければ。
気まずい思いをしている男子二人を冷ややかな目で見る魔耶。軽蔑の視線ではなく、何で男子はこれの話題をいちいち恥ずかしがるのか、といった意図での呆れの視線だろう。長い付き合いで何となくわかる。
そうこうしている間に教室に生徒が次々と入室してくる。
使役学の授業は人気なのかなかなかの人数だ。席はほぼ全て埋まり、騒がしさと熱気が空間内に満ちていた。
授業の開始を今か今かと待つ雰囲気に、自然と背筋が伸びる。
やがて鳴る不死鳥の刻を告げる鐘音。
遠くの時計塔から届く授業開始の音と共に、開きっぱなしの扉から一人の魔女が飛び込んできた。
「はわわ! す、すみませーん。遅れちゃいましたぁ!」
教室内に響く間の抜けた声に、生徒たちの視線が集まる。
一見すると同年代かと思うほど若々しく見えるその教師は、慌てた様子で教卓の方に向かい、両腕に抱えていた紙の束を卓上に置く。
「えーっとですね。実はチェイリス先生が諸事情により一日学校にいないので、使役学の授業は代理として、私――薬草学を担当しているリリカ・シュイルツが担当しまーす」
唐突な代理宣言に生徒たちがざわつく。
事情を詮索する生徒同士の話し声があちこちで発生し、静かにさせようとするリリカ先生の奮闘虚しく、なかなか騒ぎは収まらない。「し、静かにしてくださいー!」と虚しい声が響くのみ。
俺は他人事の気分で、頬杖をつきながらリリカ先生を注視する。
微妙に似合っていない魔女服に、ビックサイズのとんがり帽子。その制服ではない衣服から生徒ではなく先生だとわかるが、威厳がなさ過ぎて先生にはまるで見えない。よく言えば優し気、悪く言えば舐められやすい感じの印象を受ける。
不良風のチェイリス先生以上に教師としての風格が皆無な人だった。
これでは生徒を御するのも難しいだろう。
ようやく静かになったところで、リリカ先生がため息をつく。
「はーぁ……。皆さん不満でしょうけど。私だって嫌々なんですよぉ。チェイリス先生に無理やり授業押し付けられて仕方なく受け持っただけで、使役学とか全然専門外なのになー。憂鬱ですよ、ホントにもぉー!」
大き過ぎる帽子を弄りながら、情けない調子で呟くリリカ先生。
普通、そういった生徒のやる気を削ぐような発言は控えると思うのだけど、配慮する余裕はないらしい。
大変なのはわかったから早く授業を開始してくれ……。
「リリカ先生。事情はわかりましたから授業を始めてください。前回の授業予告では次回は実技を行うと聞いていたんですが、予定に変わりはないのでしょうか?」
俺と同じ思考を持っていたらしい生徒が、手を挙げて授業を促す。
真面目に生徒の発言を受けて、リリカ先生はハッと顔を上げる。
「は、はい。一応ちゃんとチェイリス先生に授業進行のシナリオは頂いてて、その通りに進めれば万事問題ない――――え?? 実技!?」
説明の途中で声がひっくり返る。
慌てて教卓の上に置いた紙の束を捲るリリカ先生は、しばらく内容を確認した後にサッと顔を青くする。
「強制従順の実践。ゴブリンを対象に実際に……? 準備室、ですって……?」
何やら驚くべき内容が書かれていたらしく、リリカ先生は出入り口ではない方の教室隅にある木製扉を見遣る。
恐る恐る扉に近づいて中を覗くリリカ先生。それを黙って見守る生徒一同。
準備室にあるものを確認して、ビクッと肩を震わせたリリカ先生は慌てて扉を閉めて、盛大なため息を吐いて頭を抱える。
「せ、先生。中に何が……?」
尋常ではない様子に心配する最前列の生徒。
教卓に戻ったリリカ先生は、乾いた笑いを浮かべて、
「凶悪な顔を並べた小鬼が四、五匹はいましたねー……。まぁ檻の中に閉じ込められていましたけど。あれを使って使い魔化の実践をするのが、今日の授業みたいですよ皆さん……」
げんなりと覇気のない声音で告げるリリカ先生。
「……。そういえば、リリカ先生は魔物がお嫌いでしたね」
先生をよく知る上級生らしき生徒が思い出したように呟く。
どうやら薬草学を担当するリリカ・シュイルツ女教師は、超がつくほど魔物が苦手らしい。過剰な反応からはその苦手度がかなりのものだとわかる。
その指摘がきっかけになったのか、まるで爆発するような反応で、
「……あー!! もう!! 人選ミスだって絶対! ていうかわかってて私に任せましたよね!? チェイリス先生!! 同僚いじめとかいい加減にしてくださいよ!! 私は魔物が冗談抜きでホントーに駄目だってわかってるくせにこんな授業任せてくるなんて信じられない! しかも滅茶苦茶軽いノリで頼まれたんですよ! あー、もー! 思い出しただけで腹が立ってきた!!」
教壇の上で地団太を踏むリリカ先生。
落ち込んでいたと思ったら急に怒り出すとは。
情緒が激しい人だな。
その痴態を前に興味なさげに眠そうにしている魔耶と、「魔物が嫌い」という点に共感しているのか、うんうんと頷くレイ。生徒たちも反応も個々によってバラバラで、好感も嫌気もそれぞれだった。
しかし、それとは別に俺を含めたほぼ全ての生徒が一つの思いを共有していた。
……どうでもいいから早く授業始めてくれ。




