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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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004_求めるは聖杯

 急な発作に見舞われてから二日後。

 

 魔耶は高校をサボって一日中魔法研究や調査に励み、俺は高校生活を適当にやり過ごす。その後、下校して夕飯の準備をしていると、数日前と同じように前触れもなくインターホンが鳴り響く。


 何だと玄関から顔をのぞかせると、再びカラス頭が視界に飛び込んできた。

 カラス頭の配達員。


 異次元カラス運輸だ。


「東山様アテニ、オ届ケ物デス」


 流石に二度目ともなると驚きも少ない。

 普通の配達員が来た時のように対応し、封筒を受け取る。

 

 今度は前回と違い大きい封筒だ。A4用紙が入るようなサイズ。

 それもかなり分厚い。持ってみた感じ、中に20~30枚前後は紙が入っているんじゃないかと思わせる厚さだ。


 役目を終えて帰っていくカラス頭に労いの言葉をかけた後、居間に戻った俺はそのままそれを魔耶に渡す。

 特に反応らしい反応もなく「ありがとう」と俺に言って封筒の封を切った魔耶は、コーヒーのカップを片手に早速一枚づつ中身を見ていく。


 内容を聞いてみると、どうもグラズヘイム魔法学校に関しての詳細な資料らしい。客先向けのパンフレットではちゃんとした内情はわからないとの事で、彼女自身がどこぞに頼んで調べてもらったらしい。

 推薦入学に関しては判断を保留にしつつも、やはり魔法学校自体には興味があるようだ。


 先日の一件があって何よりも先に呪いの件を解決するべきだと考えるようになったので、正直、俺は魔法学校入学どころじゃないという気持ちがある。

 とは言え、推薦入学の件も重要なのは事実な訳だし、詳しく調べてよく知ろうということ自体は何も悪くないのでそれ以上は口を挟まず夕飯の準備に戻る。


 それから、三十分後。


 適当にカレーライスを作って、魔耶のいる居間に戻る。


 すると、そこには血相を変えて食い入るように資料を凝視している魔耶がいた。


「……? どうした、何かあったのか?」


「――」


 説明を求める声を無視し、黙り込む魔耶。

 

 とりあえず彼女の分のカレーライスをテーブルの上に置いて、キッチンに自分の分のカレーライスを取りに行く。

 そして再び居間に戻ると、資料を机の上に置いた魔耶が右手で目頭を押さえながら、食卓の席につくところだった。


 俺は彼女の向かいの席に座って、両手を合わせて「いただきます」と言う。


 カレーをスプーンで掬って口に運ぶ。

 うん、美味しい。我ながら会心の出来。

 

「――虎太郎」


 呼ばれて顔を上げる。


 先ほどまでの気の抜けた調子ではなく、張り詰めた意思の感じる瞳が俺を見つめている。

 その表情には、覚悟が満ちているのが見て取れた。


「私、学院の推薦入学を受けることにした」


 ハッキリとした口調だった。

 俺に対する相談ではない。有無を言わさない圧力から、彼女の中では決定事項である事がわかる。


 急な態度の変化があったので、そう言いだすのではと薄々予感していたが……にしても唐突だ。一体どんな心変わりが魔耶にあったのだろうか。

 考えられるのはやはり先ほどの資料。あれを読んでから明らかに魔耶の様子が変わった。


「さっきの資料に気になることでも書いてあったか?」


「実は、学院に興味深い魔道具が保管されていることがわかったの」


 ――魔道具。

 定義として、魔力が込められていてかつ使用することで特殊な効果を発揮する道具のことを指す。

 魔道の世界に身を置く者であるならば別に珍しい物でもない。かなり広い定義の言葉で、種類は千差万別で価値もピンキリ。魔導遺産と呼ばれる宝具の類はそれこそ伝説の宝として扱われるが、ガラクタのような魔道具もあって、現に、この家の中にもいくつか魔道具が置いてある。


 真剣な表情をしながらカレーライスを食べる魔女は話を続ける。


「その魔道具の名前は――『聖杯』。虎太郎も聞いたことがあるんじゃない?」


「マンガや洋画とかで名前は聞く。実物については何とも」


「呆れた。学がないにもほどがある」


 嘆息する魔耶は、「詳細は省くけど」と前置きして聖杯について話し出す。


 聖杯とは文字通り器の形をした魔道具で、魔導遺産と呼ばれる類の、歴史的に見ても価値の高い伝説の宝具として知られている物らしい。

 数多の伝説にも登場する魔道具。俺たちの住む地球上で知られている「聖杯」と同一のものかは不明だが、他世界にも共通名が知れ渡っているのは高い知名度を意味しているとか。少なくとも起源(ルーツ)が同じ可能性は高いらしい。……ここらへんは俺にはよくわからないな。


 特定の所有者はなく、名義上では魔道委員会が所有している物らしいが、今はグラズヘイム魔法学校に指定文化遺産として厳重に保管されているとの事。


 それで肝心の効果だが、『空気中の魔力を吸収して、命の水を生成し続ける』という効果。


 この命の水というのは生物の体を癒したり進化させたりする凄い水で、服用すればどんな怪我も、病も、そして呪いも治す。――資料によると飲む分量でも癒しの効果が変わるらしく、大怪我や不治の病を治すだけなら一口飲むだけで済むが、もし器一杯分を飲み干せば不老不死にもなれるとの伝説だ。


 万能薬であり、不老不死の薬。どちらも人類の夢だ。


 欲しい人はいくら払っても欲しいだろう。その薬を生み出す魔道具がグラズヘイム魔法学校にあるという事で、魔耶の決意が固まった。


 理由は――考えるまでもない。


「その命の水を飲めば、魔耶の呪いが解けるのか?」


 さらに魔道具の説明を続けようとする声を遮り、単刀直入に聞く。

 少し驚いた風に目を見開いた魔耶だったが、俺の視線を真っ正面から受け止めて首を横に振る。


「確証はない。私の呪いには効かないかもしれない」


「……その魔道具は学校の生徒が気軽に使えるものなのか?」


「知っていると思うけど、魔道具の価値はその効果と希少性で決まる。聖杯は伝説の魔導遺産だから替えのきかない一点物。加えて他の魔法や魔道具では真似できない効果をもたらす。――価値は計り知れないと言っていい。そんな大層なものをただの生徒に使用許可が下りると思う?」


 遠回しに否定の言葉を告げる魔耶に、俺は「そうか」と頷いてご飯を口に運ぶ。


 入手は非常に困難で、呪いに対して効くかもわからないとなると望みは薄い。

 今まで試せる解呪の手段は全て試してきたが、呪いを完全に取り除く事はできなかった。今更、聖杯という胡散臭い魔道具が強固な呪いに通用するのか甚だ疑問だ。


 加えて、手に入れるのも難しいときたか。


「でも、そこは交渉の持っていきかた次第で何とかなるかも。事情を話したら協力してくれるようなお人好しが責任者かもしれないし、地球発祥の魔道文化の価値を吊り上げて交渉材料にしたらあるいは……っていう可能性もある」


 少々厳しい表情をしつつ、何とか希望的な話をひねり出す魔耶。

 言っている彼女自身もその可能性は低いとわかっていて言っているのだろう。


「交渉が決裂した場合は?」


「……。その場合は、聖杯を手に入れる別の方法を検討しないといけないね」


「なるほど、そこまで考えているのか。かなり覚悟決めてるな」


 今の発言。裏を返せば、話し合いがまとまらなかった場合は、最悪、盗むなどの非合法な手段を考慮するのも仕方がない、という意味だ。

 異世界だろうが何だろうがそれは世界共通で犯罪の筈。

 手を汚すのも覚悟の上か。


 魔耶は一縷の望みを聖杯に見出しているらしい。


「命の水を手に入れる難易度は高いし、手に入れたとしても呪いに効くかはわかない。――それをわかって言っているんだよな?」


「全て覚悟の上。それでも私は諦めたくない」


「わかった。じゃあ……俺もお前の道行きに付き合うぜ」


 意外そうにこちらに視線を向ける魔耶に、俺は笑いながら頷く。


 魔耶の決意に揺らぎがないなら是非もない。俺も覚悟を決める。

 目の前の少女は俺にとって家族も同然で、苦しむ姿をずっと見てきた。無力な俺はただそれを見ていることしかできなかったが、それをどうにかする可能性が出てきた。そこから逃げたくはない。


「……犯罪を犯すはめになるかもしれないのよ。いいの?」


「そうならないよう祈りつつ、最後まで付き合うまでだ」


 聖杯を正式に借りることができて、その命の水が魔耶の呪いを解いてくれる結果が一番いい。

 そうならなかった場合は、その時またどうするか考えよう。


 今の俺たちは、最良の結果になる可能性があるのにそれをみすみす見逃すほどの余裕はない。手段は選んでいられないのだ。降ってわいたチャンスを棒に振るのも馬鹿らしいし、ここはリスクは承知の上で勝負に出るとしよう。

 

「さて楽しみだ。異世界に魔法学校。ファンタジーを現実に味わえるんだからな」


 胸躍らせてこれから始まる物語を夢想する。

 思い悩むばかりじゃ気が滅入る。前向きに、楽しい事を考えないとな。


 そんな俺の様子に、魔耶はクスリと笑って、


「お子様な虎太郎。言われるまでもなく、貴方は私についてきなさい。――私の使い魔さん」


 こうして東山魔耶のグラズヘイム魔法学校が決まる。

 その魔耶の使い魔として、俺、白瀬虎太郎も共に行く事となった。

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