039_能力の視覚化②
「……いくつか疑問があるな。上から順に聞いていいか?」
軽く頷いて首肯する魔耶を確認して、俺は紙面に視線を落とす。
攻撃力と防御力はゲームでは定番の数値だ。説明不要だろう。持久力、機動力も同様だな。スタミナとスピードくらいはわかる。
武器を持った場合の攻撃力はどうなるか? とか。
頑丈で重い鎧を着たら防御力が上がって機動力が落ちるのか? とか。
そもそも環境や状況の変化に加え、コンディションやモチベーションの変化はどう反映されるのか? などなど。
ちょっとした疑問はあるけど、いざ質問して先ほどのような難解な理論説明が入ったら困るのでこれは置いておこう。
感覚力、精神力あたりは曖昧だがこれも想像はできる。
感覚力は要するに五感の鋭さや反射神経に関することだろう。精神力は意思の強さか。感覚力はわかるとしても精神力って測定できるものなのだろうか? 拷問でどれだけ耐えられるかとか、そういう数値だったりしたら恐ろしい数値だが……。
ここまではいい。
だが神秘適応力、神秘抵抗力に関しては説明が要るな。ゲームでは見慣れない項目だ。
それらの疑問を魔耶にぶつけると、
「……神秘適応力は、様々な神秘に対する親和性の高さを総合値にしたもの。この値が高ければ高いほど、魔法を扱う才能に長けていると言っていい」
「あー。だから俺の数値はこんなに低いわけか」
俺の神秘適応力はたったの2。
他の数値の振れ幅が8~18あたりだと考えると絶望的な数値だ。
初めて魔法を使った時の大失態を思えば、この結果も予想通りと言えるな。
「もう一つの値。神秘抵抗力は、不利益をもたらす神秘の影響をどの程度レジストできるかという値。基本的に神秘適応力の値とは反比例する傾向がある。――けど、両方高い、あるいは低い場合もあるからあくまで傾向というだけね」
「魔法版の状態異常耐性ってことか。ちょっとこの値について聞きたいことがあるんだが……」
俺は紙に記された神秘抵抗力の値を指でなぞる。
神秘抵抗力の値は10810。他の値と比べて桁が違うのは表記ミスというわけではないだろう。
魔耶は俺の言いたいことを察したらしく、口をへの字にして肩をすくめる。
「神秘抵抗力だけ異様に高いって言いたいんでしょ」
「そうだ。いくら神秘適応力と反比例するからと言っても桁外れすぎだろ。何か訳があったりするのか?」
「実は……、私もよくわかってない」
俺は意外な回答に拍子抜けしてしまう。
てっきり魔耶が何か細工したからこんな値になっていると思ったのだが違うらしい。じゃあ単純に俺の生来の神秘抵抗力が異様に高いってことか?
いやしかし、これと言って心当たりない。俺って普通の男子高校生だからな。特殊能力とかないはずだが……。
まさか、本当に秘められた力が?
異世界転移無双。来てしまうのか!?
暗黒微笑をニヒルに決める俺を、馬鹿にするように鼻で笑う魔耶。
特に真剣に考える様子も見せずに楽観的な調子で頬杖をつく。
「試験段階の魔法なわけだし。――バグでしょうね」
「え? バグなの!?」
夢から醒めたような気分に陥る。
期待させて落とすんかい。
いやまあ、魔耶のことだから冗談の一種かと予想していたけどさぁ。
肩を落として落ち込む俺を、魔耶はニヤニヤと笑って見遣る。
「実際、神秘抵抗力が結構高いのは事実なんでしょ。神秘適応力と神秘抵抗力のふり幅は個人差がある。例えば私は神秘適応力が1000オーバーだったりするし」
「1000って……。ということは攻撃力や防御力とは違って、上振れは割と極端な感じなのか」
「そうね。人間の素の身体能力ではアスリート級でも20前後が限界の筈。その代わり魔法使いの才能があるとされる人の神秘適応力は最低でも100は超えている。高みを見れば10000とかもありえるかも」
桁外れの数値に驚きつつ、俺は顎に手を当てる。
魔法学校の生徒や先生。校長や頭のおかしい道化師精霊などと出会ってきたが、当然魔法の才能ある彼らは、俺が思っている以上に神秘適応力は高いのだろう。一桁の数値しかない俺としては、改めて肩身が狭いことを実感する。
そうすると、同系統の神秘抵抗力も上振れも結構あると考えられるのか。
このステータス表に記された1万オーバーはやり過ぎだとしてもだ。
「ふむ。じゃあ俺の神秘抵抗力は実際どのくらいなんだ?」
「――虎太郎の場合は、やや高い神秘抵抗力がステータスの値に過剰に反映されていると仮定して、……実際は500前後とかぁ? これくらいなら才能として持っていてもあり得るレベルだと思う」
500前後か。
1万に比べたら霞むがそれでも立派な才能、能力だ。
魔法関係に取り柄のない俺でも一応そういう力はあったらしい。そう思うと少しは救われるような気がする。ずっと無能だと思い込んでいたからこんなのでも嬉しい。ないよりは全然マシだ。
考えてみれば、入学試験の際にラプチャーの枯渇特性に対して、俺はあまり影響を受けなかったのは神秘抵抗力が高かったおかげなのだろうか。
あそこで俺もダウンしていたら今頃生きていなかった。
知らない間にこの力に助けられていたのか。お陰で俺は今も生きているし、アベルも助けられた。
――意外と俺も捨てたものじゃないな。
「というか、どっちかというと神秘抵抗力よりも全体的な数値がやや高いのが気になってるのよ」
「ん?」
唐突な魔耶の発言に小首を傾げる。
言われて紙面に視線を落として確認するが、正直、いまいちピンとこない。
俺の能力はこんなものかなと思っていたが、魔耶が思っていたよりも高かったということか?
「ほら、これと比較してみて」
「これは、他の人のステータス表か」
追加で渡してきた紙を受け取って確認すると、そこには名無しのステータス表が記載されていた。
恐らく、先ほど魔耶が注目していたベンチでお昼寝中の男子生徒のステータス表なのだろう。勝手に人の能力値を覗き見するの気が引けるが、見ないわけにもいかないので心の中で謝りつつ目を通す。
攻撃力:6
耐久力:4
生命力:6
機動力:5
感覚力:10
精神力:9
神秘適応力:483
神秘抵抗力:108
やはり、魔耶ほどじゃないが神秘適応力がかなり高いな。
俺の神秘適応力:2が冗談かと思うほど絶望的な数値なのがよくわかる。神秘抵抗値も思ったよりはあるし、平均的に悪くない能力なのだろう。
同時に魔耶の言いたいことも分かった。
神秘とは直接的に関係しない身体能力や精神に関わる攻撃力~精神力までの数値で考えると、平均でだいたい6、7あたりだというのが見てわかる。
そして俺の場合、平均で約12、13の数値だから、昼寝生徒の倍近い身体能力を持っていることになる。見た感じ、寝ている彼は身長体格年齢は俺と同じくらいだから、同条件と比べてやけに高くないか? と言いたいのだろう。
でも正直なところ、これ。
「そこまで疑問に思うことか? いや、自慢じゃなくてな」
別にそういうこともあるだろう。
普段から運動を嗜むスポーツ少年と、運動不足の文学少年では運動能力に大きな差があることは明白だ。その差が倍近くあることも普通にあるだろうし、そのことに俺はそこまで違和感を感じない。
インドア派な魔法使いよりは体力ある自信あるぞ。俺は。
どちらかというと、俺のステータスを見て注目すべき点は神秘抵抗力の高さだろう。そっちよりも気になるだろうか?
憮然とした態度を示す俺に、魔耶は思案するように腕を組む。
「……ちなみに。心当たりとかは?」
「心当たり――ですか。んー、ああ。そういえば異世界に来てからやけに体の調子が良かったりするけど、なんか関係あったりする?」
数日経ったので慣れてしまったが、日本にいた時より身体能力が上がって調子が上向きになっていることを思い出し、そのことについて言及してみる。
怪我の治り具合についてもそうだ。
入学試験の時にヘルハウンドに噛まれた足の傷も、もうほとんど治りきっているのだが、冷静に考えると数日でこの規模の傷が塞がるのは早すぎる。結構深く牙が食い込んでいたはずだが、痛みも思いのほか気にならない。
体の再生能力も上がっていたりするのだろうか。
「異世界の環境と相性がいいのかも」
「…………」
無言の対応が返ってきたので魔耶の顔を見遣ると、彼女は黙り込んだまま目を細めて俺をみつめていた。
瞳孔の奥で暗い輝きが灯り、感情の読めない無表情が能面の如く顔に張り付いている。冷たさすら感じる気配が、微かに彼女から発せられる。
その目は、瞳は、まるで人間ではない何かを仔細に観察しているかのようで、自然と背中に嫌な汗が流れた。
が、魔耶はすぐに視線を外す。
「そういうこともあるか」
自分なりに納得したらしい魔耶は、眠そうに欠伸を一つつく。
「『ステータス測定』については以上かな。こんな感じで他者の能力を見抜くことができるってわけ。おわかり?」
「あ、ああ。大体わかったがもう一つの『ステータス強化』については説明なしか?」
魔耶が開発中の魔法は二つ。
『ステータス測定』については承知したが、もう一つの説明は聞いていない。
名前から察するにこっちはより物理的で、どちらかというと俺はこっちの方が気になっていた。
黒髪の毛先を弄りながら魔耶は片眉を上げる。
「そっちはまだ完成してない魔法だからね。概要しか説明できないけどいい?」
「いやむしろそれだけ説明してくれ。理論とか事細かに言われてもこっちは理解できないって。結果だけわかればいいんだよ。ぶっちゃけ他は蛇足」
「はぁあー? やれやれ、魔法に疎いド素人はこれだから! 過程を大事にしない虎太郎にはもったいない魔法だったかな」
取って付けたような態度で遺憾を表明し、ため息を吐く魔耶。
対して俺はその発言に隠された意図に気づいて目を見開く。
「俺にはもったいない? まさか、俺が対象の魔法なのか?」
「――そゆこと。『ステータス測定』は元々、『ステータス強化』を安全に運用するために必須な要素だから追加で開発した魔法。そして『ステータス強化』は現状、虎太郎専用に利用することを想定してる魔法なの。つまり、私が開発している二つの魔法はね……虎太郎。貴方を強化することを目的としているのよ」
「はえ!?」
想定していなかった事実に、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような反応をしてしまう。
馬鹿みたいに呆然と口をあんぐり開ける俺を、魔耶が人を食ったような笑みを浮かべて言葉を続ける。
「意外だった? もっと頭を働かせなさいよ、虎太郎。私が寝食削ってまで開発を急いでいるのは貴方をちゃんとした戦力にする為。今のままじゃ正直、ただの足手まといにしかならないけど、この『ステータス強化』の魔法が完成したら――」
「し、したら……?」
ゴクリと生唾を飲み込む。
鼓動が早鐘を打ち、高揚感が顔を覗かせて俺の平静を乱して来る。
わかりやすく動揺する俺を見据えて、魔女は期待に応えるように頷く。
「貴方は私よりも強くなる。――ま。期待して待ってなさい」




