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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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038_能力の視覚化①

 昨夜の空模様は大雨に雷という荒れ具合だったが、夜が明けて昼間になれば地面も乾き、適度に乾いた空気に暖かい陽の光が学校校舎に入り込む。


 授業がある平日よりも生徒の姿は少ない。

 場所によっては人混みとなる主活動場所でもすれ違う生徒は疎らだ。

 人が少なければ雑多音も少なく、普段は聞こえない外の木々が揺れる音や野鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。


 とても静かで長閑な雰囲気。


 穏やかな校舎内の様子に、時間がゆっくり流れているかのよう。

 心落ち着く……。

 西洋風の浮世離れした場所にいることもあって、幻想的な空間がそこにあった。


「さっき説明した魔法の――『ステータス強化』の方はまだ未完成だから使えないけど、もう一つの方、『ステータス測定』は調整段階まで入っている。ちょっと説明のために試行してみましょうか」


「ってことは、早速これから実験台になるのか。憂鬱だな」


 建造物同士を繋ぐ橋の如き威容の渡り廊下。

 その中腹あたりで、大自然が広がる外の景色を眺めながら歩みを進める。


 魔耶がこちらを振り返り、クスリと微かに笑う。


「別に魔法実験で虎太郎を粗末に扱ったことはないんだけど?」


「扱いはともかく。あれ、やられる方は滅茶苦茶怖い時あるんだよ。正体不明の魔法かけられて『今どんな気分? 吐き気は? 頭痛は?』とか、普通に怖くてなぁ。たまに滅茶苦茶気分悪くなる時もあるのもちょっと」


「治験もそんなもんでしょ。そこは我慢してよ。それに『ステータス測定』の試験は()()()()だけだから、ただそこに居てくれればいいの。虎太郎をどうこうするつもりはない。――今はね」


「余計な一言を付け加えるな」


 俺の数歩先で、そよ風で長髪を揺らしながら歩く魔耶。

 その背中を追いながら俺は大きく深呼吸して不安を追い払う。


「ともかく、その『ステータス測定』って魔法について教えてくれよ。名前から予想はできるんだけど、一応ちゃんと説明頼む」


「まあ、そこはご想像の通り。――対象の能力や状態を特定の分類ごとに分けて、基準値を指標に数値として計測。結果を『ステータス』表として視覚化する魔法。読んで字のごとくステータスを測定する魔法のこと」


「ってことはゲームみたいに?」


「そうそう。体力、筋力、素早さ、等々。そんな感じの奴」


 どうやら、大方予想通りの魔法らしい。


 現代日本育ちの魔女らしい考え方で開発された魔法。そういえば、ありそうでなかったな。『ステータス測定』という視点は。

 異世界は神秘溢れるファンタジー世界だけれども、所謂ゲーム的な要素はほとんど感じさせない。漫画やWEB小説のイメージでは、ファンタジーとゲーム性は密接に紐づいている印象はあるが、実際のところ現実的ではなかった。


 ステータスとか、レベルとか、経験値とか。

 そう言った話はこっちでは一切聞かない。

 某所では定番と化しているギルドや冒険者とかいう施設や職業も耳にしない。


 いやまあ、現実にゲーム的な要素があるほうが普通はおかしい。異世界はあくまでリアルに異世界だ。RPGではない。


 しかし、魔耶は逆にゲーム的な視点を現実に持ち込もうとしているらしい。


「他人や自分の能力値を視覚化するのはハッキリ言って難行だった。大変だったし何度も問題が発生してイライラさせられたけど、でもそこは私のやること。こうして実用化までこぎつけた」


 苦労話を交えながら、魔耶は自慢げに理論の説明をする。


 細かい話は魔法理論を熟知していない俺には難しい内容だが、できる範囲で何とか理解しようと努めてわかったのは――観察と解析、この二つだ。


 まずは『観察』の概要。話によれば、魔耶は一時的な疑似魔眼を作り出し、生物の体表から常時放出されている微細な魔力の波長、強弱、属性、これらを事細かに観察するという。

 本来であれば見ることのできないそれらは、『見ること』に特化した魔眼ならば観察可能だが、本来ならば生まれ持った才能である魔眼を魔眼持ちではない魔耶は使えない。

 魔眼という力も精霊魔法と同様に、生まれ持った才能に左右されるのだ。


 その不可能を、魔眼の効果を瞳の中で疑似的に再現する魔法を開発し、疑似魔眼として利用することで可能としている。これも開発途上でかなり難儀したらしく、彼女はため息交じりに苦労を口にしていた。


 その次に『解析』。多くの観測対象の情報を収集して蓄積。その後に情報比較、基準値や平均値を割り出して、膨大な情報からマトリクスを生成。そして……えー、まあ、なんやかんやした後にステータス値と割り出すらしい。

 正直ここは意味不明だ。こんな細かい話理解しろと言う方がおかしいだろ。

 別に必要でもなし、凄い難しい解析をしているという認識で十分。


 そこでようやく、人の能力値や状態をステータスとして表にできるらしい。


「うん、わかったわかった。これ以上難しい話は勘弁してくれ」


 思わず口を突いて出てきたセリフに、魔耶は呆れたように横目でこちらを見る。


「そっちが教えてほしいと頼んだくせに」


「ここまで難しい話をしろってことじゃないわ! まあ、『ステータス測定』についてはわかったよ。……それで、ここが目的地でいいのか?」


 渡り廊下を抜けて辿り着いた場所は、美しい緑の庭園。


 綺麗に整えられた草花たちが植えられて、大理石彫刻の噴水や優雅なベンチやガゼボ、観葉植物で作られたガーデンアーチなどが視界に映る。


 学校案内でも訪れた西校舎エリアの中庭だ。


 ぐるりと周囲を見渡せば、何人かの人影が見える。

 優雅にティータイムを楽しむ者や、ベンチで読書にふける者。その他にも小球でキャッチボールのようなことをして体を動かす者たちもいた。


 休日の学校内では、割と人がいる場所のようだ。


「あっちのガゼボが空いてる。そこに座りましょう。……わかっていると思うけど、もし白花位以上の生徒が退けと言ってきたら、反論せずに下がること。いい?」


「施設の利用は色冠学位制度に従って、だろ? ああ、わかってる」


 ここでアベルが吹き飛ばされたのも記憶に新しい。

 あれを間近で目撃した者として、流石に制度に逆らう意思は持てないからな。


 日陰に入ってガゼボ内のテーブルにつく俺たち。


 魔耶は懐からスクロール風の用紙を取り出して机上に広げ、更にインク壺と羽ペンを出して傍に置く。

 何かを書くのかと黙ったまま興味深く見ていると、魔耶は誰かを探すかのように周囲を見渡して、ベンチで一人、座ったまま昼寝している男子生徒に目をつける。


「あの人にしますか」


「……なにが?」


「ちょっと待ってて、すぐ書くから」


 言いながら早速羽ペンをインクを浸して、何かを紙上に掻き始める魔耶。

 待てと言われたら待つしかないので、手持無沙汰の俺は椅子に座ったまま、何気なしに周囲の風景をぼんやりと眺める。


 ふと、様々な花々が咲く庭先の視線を向けると、複数人の生徒たちが何やら薬草採取のようなことをしているのが目に入り、偶然、その内の一人と目が合う。


 知った顔を見つけて顔をパッと明るくさせた彼女は、飛び跳ねるように立ち上がってこちらに駆け寄ってくる。


「コタロウ! それにマヤも! 図書室の時といい奇遇ですね!」


「ああ、休日でもセイラは元気そうだな。何よりだ」


 天真爛漫という表現が似合う態度に、未だ垢ぬけない印象の少女。

 軍手らしき手袋をはめたセイラは、飼い主を見つけた子犬のようなハイテンションで満面の笑顔を見せる。今日も彼女は眩しい太陽のよう。


 毎日会うのだけど会うたびにこんな感じだ。


 何がそんなに嬉しいのか……。


「にしても中庭で何を? 草花を摘んでいるように見えたけど」


「はい! 調薬の材料となる赤月草や祇宝花の採取です。調薬学の自主勉強に必要でしたので! それと、草花を頂くお礼ついでに草むしりも少々!」


「調薬学の勉強か。休日だってのに偉いな」


「えへへ。私は授業の内容についていくのもやっとですし、実技もそんなに得意じゃないので、空いた時間で自主勉強しないと皆に取り残されてしまいますから」


「そ、そうか……」


 お世辞なしに純粋に褒めると、セイラはわかりやすく照れた様子を見せる。

 セイラより更に座学も実技も絶望的な俺は、乾いた笑みを浮かべるのみ。


 ああ、そうだ。丁度いいのでこの間、ガーゴイルと人魚に関する御伽噺を教えてくれたことに対する礼を言っておこう。おかげで金庫破りの目途が付いた訳だし、それを加味するとまた結構な恩を彼女に作ってしまったからな。


 毎度毎度、助けられっぱなしで申し訳ないわ、本当。


「――この間はありがとうな。ガーゴイルの情報、おかげで役に立ったよ」


「そうですか! 困った時はお互い様ですよ! コタロウも私が困ったことになったら助けてくださいね。持ちつ持たれつ、という奴です!」


「あはは。俺でよければ力になるよ」


 俺ができることと言えば雑用か力仕事くらいだけどな。


 セイラは俺の返答が嬉しかったのか。やや顔を赤らめて優しく微笑む。

 いつもの無邪気な満面の笑みとは違う特別な感情を伺わせる表情。こんな笑い方もできるとは、こりゃあ年頃の男子としてはギャップ萌えもやぶさかではないぜ。


 美人だしな。磨けばモテるだろ、性格は最高評価だし。


「――セイラ!」


「あ!! すみません、今戻ります!」


 庭先でセイラと同じように薬草採取をしている上級生らしき女生徒が、雑談している後輩を呼び、セイラが慌てた声で返事をする。


「実は薬草採取のついでに、調薬学で知り合った先輩に神籬花弁の見分け方を教わってて……、も、もういかないと!」


「ああ、わかった。頑張ってな」


 俺が右手を振って見送り、結局書き物に集中して一言も喋らなかった魔耶も、視線を紙面からセイラに移して微笑みと共に頷く。


 セイラは急いで会釈した後、薬草採取をしている先輩のもとに戻っていく。


 人に手を貸すだけじゃなく、人の手を借りる、か。

 図書室の時もチェイリス先生を本探しに付き合わせていたし、本人が言っていた通り人助けだけではなく、自分の用事や問題にも他人の手を借りることを遠慮したりはしないたちらしい。

 先生だろうと上級生だろうとお構いなしだ。

 彼女の故郷たる小さな村では、そうやって助け合って生きてきたのだろう。魔法学校でも変わらずその生き方が成立するのは、セイラ自身の人徳故かもしれない。


 それと、俺から手を借りられないのは単純に力不足が問題なのかもな。


 自分の不甲斐なさに苦笑して魔耶に視線を移すと、彼女は何故かため息を吐く。


「――まだバグがありそうね。調整がもっと必要か」


「……魔耶?」


「ん? ああ、はいはい。もう書き終わったから見てみて」


 二枚の紙を手渡してくる魔耶。

 それらを受け取って紙面を改めると日本語の文字が目に入ってくる。



 名前:白瀬虎太郎


 攻撃力:13

 耐久力:8

 生命力:15

 機動力:18

 感覚力:11

 精神力:12

 神秘適応力:2

 神秘抵抗力:10810



「お。おお!」


 思っていた以上に『ステータス』という感じの表記。


 他者からの評価を気にする日本人としての感性が、自らの性能を詳らかにされて紙一枚にまとめられているという事実に打ち震えてる。感動すら覚えるほどだ。


 紙を持つ両手に手汗が滲み、興奮で体温が上昇して少し暑い。


 これは――凄いな。


 ゲーム的な感覚で考えていたから本質を理解していなかった。


 魔法という超越した技術により人の才能、能力値を明らかにする以上、ここに偽証も間違いもない。どれだけ自己を取り繕おうとも、見栄や虚勢を張ろうとも、この数値が人間の価値を明らかにする。

 通知表や履歴書とは根本的に意味が違う。


 人間性能の数値化。だからこそ、この数値は命の価値そのもの。人種や国籍、言葉や文化以上に、より明確で残酷な比較の対象だ。下手すれば差別の対象になる。


 迂闊に人の見せていいものじゃないなこれ。注意しないと。


 生唾を飲み込んだ俺は、改めて書かれている内容を精査する。


「……いくつか疑問があるな。上から順に聞いていいか?」


 軽く頷いて首肯する魔耶を確認して、俺は紙面に視線を落とした。

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