037_休日
ユグドラシルでは地球と同じく、七日のうち一日を安息日とする文化がある。
安息日の由来は、旧約聖書において天地創造を行った神が、七日目にして休息を取ったことが由来し、仕事をしてはいけない日として定められたという。
それが元々異世界側の文化だったのか地球側の方なのかは不明だが、物理的に繋がっていない世界同士でも、こうして元を同じとする伝統や風習、文化や営みが存在した。
今日はその七日に一度の安息日。
授業はないものの学校内は開放されていて、一部設備の利用も許可されていた。
その為、生徒たちは思い思いに自由な活動に勤しんでいる。遊びや悪ふざけで交友を深める奴ら、自己の趣味に没頭する奴ら、休みであろうと自主的に勉学に励む奴ら、と様々な活動を好きに行う生徒たち。
学校内でなくとも麓町に繰り出したり、寮で日がな一日惰眠を貪っていもいい。
そんな愉快な一日だ。
やはり休日というのは気分が上向きになる。
特に理由なくテンションがあがるというもので、俺も今日くらいは羽を伸ばせるかと期待した。
――だが結局、魔耶の用事に付き合わされて時計塔の部屋の掃除や片付けをさせられることとなったのはご愛敬だ。
部屋と言っても階段を上った先にある雑多な足場空間のことだが、彼女はここを秘密基地のような活動拠点にするつもりらしかった。その為に朝から呼び出されて肉体労働を課せられている。
まあ……、しょうがない。
重要な目的がある以上、遊んでいる暇はないのはわかっている……。
でも昨日は学校潜入で夜更かししたし、少し寝させて欲しいのだけどなぁ。
俺は欠伸を交えつつ最後の荷物を棚の上に置く。
「終わったぞー! これで肉体労働は終わりかー……っと」
鈍い疲労を訴える体を解し、主に片付け終了の報告をする。
今頃他の奴らは外で遊んでるんだろうな。と、羨まし気な考えをしながら振り返ると、魔耶は窓際にある椅子に腰かけて、丸テーブルに突っ伏して寝ていた。
人に働かせておいて自分は寝るのかよ。
良いご身分じゃねぇか。
文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。そう思って不機嫌な気配を隠すことなくうつ伏せになっている魔耶に近づいた俺は、彼女の荒い呼吸音に気が付いて異常を悟る。
「おい……おい! 魔耶! 大丈夫か!?」
「――大丈夫大丈夫。あんまり騒がないで……。頭にガンガン響くから」
慌てて駆け寄った俺に対して、苦々しい表情をした魔耶が額に手を遣りながら気だるげに呟く。
制服の襟元部分。彼女の透き通った白い肌に赤い火傷の跡に見える呪痕が、僅かではあるが薄っすらと浮かび上がり、呪いの発作が起きていることを示す。
忌まわしい呪いの発露に、顔から血の気が引くのを感じる。
「こ、抗呪薬は?」
「……とっくに服用しているって。呪いの浸食も前回よりはだいぶ楽だしね」
疲労の色を滲ませつつも微笑みを浮かべる魔耶。
その言葉に嘘はないのだろう。まともに動くこともできないほど激しく消耗した前回の発作とは違って、苦痛に顔を歪めつつもまだ余裕がある様子で魔耶は上体を起こしている。
だが……問題は発作のペースだ。
前回の発作から二週間ほどしか経っていない。
いくら何でも周期が短くなりすぎている。
発作の症状が軽くなっても日常的に何度も発作が繰り返されるようになったら、生活さえままならなくなってしまう。
ようやく呪いを解く方法を見つけて、少しずつ着実に目的に向かって進んでいるのに、このままでは……。
深刻な顔を浮かべていたらしく、魔耶が俺の額にデコピンをかます。
「心配し過ぎだっての。それよりも、片付けは終わった?」
「……。ああ、一通りはな」
痺れる額を撫でた後、魔耶の確認に対して肯定する。
敢えて呪いについては言及せず、話題を別の方向に逸らそうとする魔耶に、俺は内心で複雑な思いを抱えながらも彼女の誘導に乗る。
魔耶はぐるりと周囲を見渡して、最初に来た時よりも広くなっている時計塔の一室に満足そうに頷き、わざとらしい明るい笑みを浮かべた。
「まだまだ汚いし埃っぽいけど、ギリギリ部屋として呼べる場所になったね」
「……そうだな」
「ああ! そうだ、人魚の涙のことだけど。特別な魔薬加工をして付与魔法と共に利用してみたのだけど。なんとビックリ! 本当にガーゴイルに効果があったの。形代に塗布して宝物庫に向かわせたら奴らを素通り出来ちゃった」
嬉しそうに声音で告げられた結果に、驚きで目を見開く。
人魚の涙を入手してから半日程度しか経ってないのに、随分と早く結果が出たな。
でもそうか。期待していた通りの効果があったのは前進だ。
これで判明している宝物庫の二つの関門の内一つを突破できる。もう一つの方は魔耶が自力で何とかできると宣言しているし、あとは魔耶の準備が整えば宝物庫潜入もできるだろう。
困難だと思えた宝物庫破りが現実味を帯びて、自然と笑顔が零れる。
「良かった。昨夜の頑張りも無駄じゃなかったか」
「うん。なんで早速、形代経由で宝物庫の結界に『城壁破りの木馬』を仕込んでおいた。あとは数日解析を続けていれば大体一週間後には準備が整う。――一応、虎太郎には軽く説明しておこうかな」
自慢げな様子で腕を組んだ魔耶。
「『城壁破りの木馬』という魔法は、地球文化由来で東山の家系に伝えられる秘伝魔法でね。木馬という言葉から連想できると思うけど、これは取りついた結界に侵入して内側から食い破る魔法なの。一種の……コンピュータウイルスに近いかな。無限増殖機能もあるし」
「それはまた……」
物騒な魔法もあったものだ。と、簡潔な説明からその魔法の凶悪性を察する。
第一の関門の突破方法を確保した魔耶は、早速第二の関門についても手を打ったらしい。いつの間に、という感じだ。迅速な行動に舌を巻く。
「宝物庫の結界は遮断式の結界だから侵入が手間だったけど、そこは結界に極小の侵入穴を穿つ魔法『針の穴を通る駱駝』を使って、そこから『城壁破りの木馬』を滑りこませた。これは、我ながら上手くやったと思う」
「簡単に言うけど相手は世界最高クラスの結界だろ? よく可能だったな」
「超絶ド田舎である地球由来の魔法なのが幸いしたんでしょうね。既知でない方法に対策を講じることは難しい。まあ、私がこういうズルが得意な天才魔女だというのも、最たる理由の一つでしょうけど!」
わかり易く得意顔をする魔耶。
実際、本当に凄いと思う。
魔法や魔導文化に疎い俺だから、「なんか凄いんだろうな」という感想で終わってしまうが、その道の専門家や詳しい人物から見れば、魔耶の行っていることは度肝を抜かれるような離れ業に違いない。
難攻不落とされる結界に対抗するためには、ただ魔法を使えるだけでは不足。並外れた応用力や対応能力が必要のはず。そんなこと、馬鹿な俺にでも想像できる。
地球産の魔法という相性のいい魔法があっても、十二分に扱う実力がなければ宝の持ち腐れだ。
――そして彼女にはそれがある。
それも桁外れに。
彼女が自称するように、魔耶は間違いなく魔導の天才だ。
「……ともかく。その『城壁破りの木馬』が発動するまでは待機ってことだな? ――よし! これでしばらくは英気を養うことに集中できるな」
意識して明るく言い放った俺の言葉に、しかし魔耶は首を縦に振らない。
「休みたいのはわかるけど……。私が数ヶ月前から研究開発していた魔法が完成間近なの。悪いけど、時間に余裕がある時はテストに付き合いなさい。何としても宝物庫破り前には間に合わせるから」
「まさか――、休まないつもりなのか?」
働きすぎだなと思わず眉根に皺を寄せてしまう。
待ち時間にも用事を詰め込むなんて多忙に過ぎる。
夜の学校で拾った白花位の徽章の調査も任せてしまっているし、なら魔耶はいつ休めるというのか。
「それって今する必要があることか? 魔耶が開発者気質なのは知っているが、魔法の開発は後でいくらでもできるだろ。コンディションを万全にしておくのも大事だと思うぞ」
何事も根を詰め過ぎるのは良くない。
身を案じての忠告に対して、魔耶は肩をすくめる。
「それは同意見だけど。何というか……これが使えると使えないとでは、緊急事態時の行動範囲に大きな差がでるのよ。万全を期すなら、せめてこの魔法だけは事を起こす前に実用段階まで持っていきたい」
「はぁ。そんなに大事な魔法なのか……」
「そう。とっても大事。だから、自由にできる時間は全て費やして急ピッチで開発を進めてきた。――今更、間に合いませんでしたで済ませたくない」
思いつめた様子の主。
そのセリフの裏に隠された意味に気が付き、嫌な汗と共に鼓動が跳ね上がる。
自然と表情が引き攣るのを自覚する。
「全て費やしてきたってお前……。――ちゃんと睡眠とってるか? まさかとは思うが、ずっと一睡もしてないとかないよな?」
半分冗談みたいな気持ちで言ったが、魔耶は首を横に振らない。
笑みを消して無言でこちらを見詰める様子から、指摘があながち的外れでもないことを察して、俺も言葉を切らして息を呑む。
魔耶の様子は普段とは変わらない。
日本に居た時と同じ、いつもの彼女だ。
だが今思えば、目の下の隈も、疲労の顔色も、メイクや魔法でいくらでも取り繕えることくらいできるはず。完全に失念していた。
――嫌気が差す。俺自身の馬鹿さ加減に。
こうなると、先ほどの早すぎる周期の発作も、魔耶の体力が落ちているから発生したとも考えても不思議ではない。
呪いは心身の状態と密接に絡み合っているのだ。
「…………魔耶」
「わかるでしょ、虎太郎。今が無理のしどころなの」
時計塔内部に響きわたる歯車の音。
それ以外に何も聞こえない沈黙の空気の中、口を開こうとした俺を遮って魔耶が喋り始める。
その表情には覚悟が満ち、口にするセリフは語気が強い。
「聖杯が学校の外に移送されるかもしれない。怪盗が思いもよらない方法で聖杯を盗むかもしれない。明日、事態が急変するかもしれない。あるいは今この瞬間に何かが起こるかもしれない。――それを考えれば、一瞬だって気を抜くことはできないし、無駄にできる時間はない」
「そうだけど……魔耶が倒れたら意味ないだろ! 休める時には休むべきだ」
「休むことなんて後でいくらでもできる。それに私はこの程度の無理で倒れるほど軟弱じゃない。――まだまだ無理も無茶もできる。悲願を達成できると思えば、いくらでもね」
「……っ!」
何も、言い返せない。
魔耶の言い分は理解できる。気持ちも痛いほどわかる。
そして何より、俺が必死に反対したとしても、こいつは絶対に意見を曲げないし無茶もやめないだろうなということが、長年の付き合い故にハッキリと痛感した。
やると言ったらやる。こうなった魔耶は頑として譲らないだろう。
後は俺が彼女の方針に付き合うかどうか、それしかない。
俺は黙って歯噛みする。
憤懣やる方ない思いとはこのことだ。
「もう少しなんだから……あと少しで、この呪いを解呪できるかもしれない。その為の行動で出し惜しみはしたくない。だから、今回だけは何も言わずに付き合って」
「……魔耶がそうしたいって言うなら、俺はそれに付き合うよ」
役立たずの俺がどれだけフォローできるかは疑問だが、とりあえずそうするしか道はない。じゃなきゃ魔耶は一人で突っ走るだけだ。
ちょっとした時間に休息を取らせることくらいはできるだろう。
何なら授業中の居眠りが先生にバレないように手助けしてやってもいい。
この際致し方なしだな。
こちらの回答に、何も言わずとも嬉しそうに微笑む魔耶。
俺は頬を掻いて気恥ずかしさを誤魔化しつつ、今の話でもう一つ疑問に思っていたことを口にする。
「でだ。その金庫破りを行う前に使えるようにしておきたい新開発の魔法ってのは、どういう魔法なんだ?」
「あー。……気になる?」
無論、気になる。
大事な体力を削ってまで完成を急ぐ魔法。しかも、俺を実用テストに付き合わせるということは、何かしら俺に関係する魔法なのかもしれない。
そんなの、気にならない方がおかしい。
必要性と好奇心の混じった質問に、しかし、魔耶はすぐには答えない。
またいつもの悪い癖かと、俺は呆れて声を上げる。
「おいおい。また秘密にする気か? その大事な情報は共有せずに場当たり的に事に挑もうとする癖、やめた方がいいぞ。悪いことは言わないから今説明しておけって」
「む。別に秘密にするつもりないし。私を行き当たりばったりの女みたいな言い方しないでよね!」
心外だ。という風に頬を膨らませる魔耶は、
「――気になるなら教えてあげる。私が開発している二つの魔法、『ステータス測定』と『ステータス強化』についてね!」
何やらRPGゲームっぽい単語を声高に宣言した。




