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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
34/40

034_夜間の校舎潜入

 日も暮れてしばらくした時間帯。

 風呂を済ませた俺は、寮の共同空間のラウンジルームにあるソファーでくつろぎつつ、体の火照りを冷ましていた。


 異世界の建築物には水道は存在しないが、魔法でいくらでも水を温めたり運んだりできる為か、日常的に風呂に入る文化が存在する。

 なので寮にも浴場があり、日本人として非常に助かっていた。


 そしてこの場所、ラウンジルーム。

 お洒落な内装の広い一室に、ビリヤード台やダーツボードのような遊具も備えた寮生徒の為の娯楽空間。

 普段は利用者が多いので遠慮していたが、今日は偶然にも二、三人しかいなかったので通りすがりに寄ってみたが、これがなかなか正解だった。


 冷えた果実水を味わいつつ、優雅にくつろぎ時間を潰す。


 控えめに言って最高。

 風呂上がりの火照った体に沁みるわ……。


「――よう」


「おう。今日は大活躍だったな」


 木製のジョッキを傾けながら消灯前のひと時を楽しんでいると、ラウンジルームに学校から帰ってきたらしいアベルが入室してきた。

 こっちを見つけて近寄ってきたので軽く挨拶を交わす。


 魔道具学授業について触れると、アベルは照れるでもなく快活に笑って、


「まぁな! 俺の箒捌きは競技者としてもやっていける腕前だしよぉ。やっぱ、速さと言えば俺? みたいなところあるしな」


「あはは、精霊に補助してもらっていた癖によく言うな」


「ハッ! 精霊魔法使いとしての力量も俺の力だろ」


「鎌をかけてみたら誤魔化さずに言いやがったこいつ……!」


 悪びれもなく宣言するアベル。

 ラプチャーに追われていた時にアベルが風の精霊に頼んで、箒の飛行スピードをブーストしてもらったのは記憶に新しい。あれをやれば今日の授業の時の芸当はいくらでもできるだろう。


「……精霊に、精霊魔法か」


 俺の中でふと、アベルの使う精霊魔法について興味の矛先が向かう。

 精霊魔法については梓魔様から概要だけ習った覚えがある。


 万物に宿る精霊。日本神話の八百万の神々よろしく、自然界のありとあらゆる物に彼らは宿り、司る。川を流れる水や、蝋燭に宿る火、大空に広がる風や、草木を生やす大地。どんな場所にも彼らはいる。

 ジェスターのような力ある大精霊は人型の姿を持つ事もできるが、基本的には奴も『何か』を司る精霊なのは間違いない。

 水か火、風や土、あるいは概念的な何か。


 ともかく、精霊と交友して契約を交わし、彼らの助力を得る魔法が精霊魔法だ。

 魔法とは言うが術者は基本的には何もしない。

 精霊に頼んで代わりに神秘の奇跡を起こしてもらう。

 それがこの魔法の概要だからだ。


 実は一時期、精霊魔法が使えないかと考えた事があった。

 精霊に好かれて契約さえ結べれば、術者に魔力がなくても、魔法の理論を知らなくても、精霊が代理で力を行使可能という利点があったから。

 極論、一般人でも魔法が使える可能性がある訳だ。


 まあ、その時の結論としては、地球上から精霊が絶滅しているから無理だ。って事で諦めたのだけど……。


「異世界には精霊はいくらでもいるんだよな。ならいっそ精霊魔法の使い手を目指すのもありか……」


 何気なく口にした独り言に、アベルは呆れた眼差しで俺を見る。


「はぁ? そんな思い付きで精霊魔法は使えねぇよ。――大体、コタロウじゃ無理だな」


「何でだよ。やってみなきゃわからないだろ」


 断定する物言いにやや気分を害して反論する。

 するとアベルは「これだから素人は!」と言いたげな表情で肩をすくめた。


「いいや、わかるぜ。――お前には精霊の声がほとんど聞こえない。そして見る限りどの精霊に好かれてない。これが精霊魔法使いになれない絶対の理由だ」


「精霊の声? アベルは聞こえるのか?」


「当たり前だ。今この瞬間もな。――それが聞こえてねぇ時点でどう足掻いたって無駄だ。こいつが聞こえるかどうかってのは、鍛えたり勉強したりの話じゃない。生まれつきのモノだからよ。どうにもならねぇんだよ」


「……つまり、生まれ持っての才能が全て。精霊と言葉を交わす才能。精霊に好かれる才能。この両方が最低限必要なわけか」


 完全才能依存である事を知り、俺はやはり甘い考えだったかと嘆息する。


 精霊魔法についてアベルの補足が続く。


 精霊魔法は世間的な認知度が高く、子供向けの御伽噺で主人公がよく使う魔法だったりしてポピュラーな魔法だ。だが現実では使い手がほとんど存在せず、普及率においてマイナーな魔法らしい。

 それも上記の理由が絡んでいるとアベルは説明した。


 アベルはほぼ全ての精霊の声が聞こえる。

 そして、風の精霊にとても好かれているらしい。


 精霊魔法使える人材は希少。だから俺も希少な人材なんだ! と、いつも間にか自慢話になっていたアベルの解説を聞いていた俺は、ふと思った疑問を口にする。


「そういや、今年の新入生で精霊魔法使いのはアベルだけなのか?」


 彼以外にそれらしい魔法を乱発している新入生はいない。

 なので、どうせ「俺一人だけだぜ!」と、自慢が続くかなと思ったが、意外にもアベルは首を横に振った。


「厳密には俺だけじゃねぇな。精霊の力を扱うという意味じゃ、あと二人いるぜ」


「へぇ! いるんだ! 誰!?」


 興味津々で追及する。

 アベルは気に食わなそうな表情を浮かべて、


「ほら、銀髪の兄妹がいるだろ? あいつらだ」


「もしかして……レイとシーリア?」


「そうそう! そんな名前だったっけな」


 入学試験中に森の中で出会った少年剣士の姿を思い出す。

 アベルはパチンと指を鳴らすしてこちらを指差した。


「勇者を輩出したって事で有名なソードラゴン家の嫡男とその妹。ハッ! 腐っても流石は英雄の血って事か。精霊にも神にも愛されてそうで羨ましいこった」


 嫉妬気味に吐き捨てるアベル。

 今の発言。何気にいくつも気になる情報があったので、興味の赴くままに更に追及しようとした瞬間――唐突に古時計がグリフォンの刻を告げる。


 重低音で小鐘を鳴らす時計は、消灯時間が迫っている事を知らせていた。


「もうこんな時間かよ。――部屋に戻ろうぜ。今日は少し疲れたわ」


「……ああ。そうだな」


 眠る時間を自覚して眠気が襲ってきたのか、急に欠伸をし始めたアベル。

 俺も会話を続けるよりも深夜に備えるべきかと思考を改める。


 今日は――この後が本番なのだから。



 * * * * *



 その日の夜は生憎の雨だった。


 暗き曇天は大地に広がる山脈と森林を覆い隠し、幾重にも重なり合った厚い雨雲は決して少なくない雨量を地表に降らせていた。


 灯りの消えた室内。

 雨によって湿気の満ちた寮の寝室で、俺は雨音を聞きながら闇に眼を慣らす。


 消灯の時間を過ぎて、体感三時間といったところか。

 予測が正しければ今は一角獣の刻。

 深夜一時の筈だ。


「……」


 同室の連中からは寝ている以上の反応はない。

 皆完全に寝ていると判断してもいいだろう。


 俺はゆっくりと布団を剥いで、滑り落ちるように二段ベッドの下から降りる。

 物音を立てないよう慎重に、抜き足差し足で寝室から抜け出す。


 寮の廊下から灯りは消え、闇に沈んだ寮内を足早に進む。

 寝室に入ってくる事はないが、寮内の廊下までは深夜の見回り警備員がいてもおかしくない。特に今は白の魔女からの予告状があって警備体制は強化されているだろうから尚更だ。


 緊張感で神経を尖らせながら先に進む。

 寮の一階についた俺は廊下突き当りの用具入れの小部屋に入る。


 布団の中にまで持ち込んで携帯していた外套を身に纏って、その部屋に一つだけある窓から降りしきる雨の外世界に足を踏み出した。


 思えば、雨が降っているのは都合がいい。


 雨音が侵入者の物音を隠してくれるし、視界が悪くなるので外で見つかりにくい。また、ガロフのような鼻の利く連中も雨によって本来の嗅覚を発揮できなくなる。まさに潜入日和だ。


 魔耶との待ち合わせ場所に向けて歩き出す。

 場所はグラズヘイム魔法学校正門前近くのとある小屋だ。


「…………」


 グテールバルド麓町は完全に寝静まっていた。

 建物からはほとんど窓明かりもなく、雨音以外の物音もない。


 日中の活気さが嘘のように沈殿した雰囲気が佇んでいる。

 眠らぬ街であったロックフェロー貿易都市とはえらい違いだ。

 学園都市のような役割を持つ町であるが故に、消灯後の外出を禁じる校則がある以上、消灯後の活動は控えているのかもしれない。

 まあ、好都合な話だな。


 誰に見咎められる事もなくグテールバルド麓町から魔法学校へ続く登山道に辿り着き、石柱のアーチに囲われた階段を上って正門前に辿り着く。


 その少し手前の細い脇道の先にある庭師の小屋。

 年季を感じさせるボロい小屋の前で、俺と同じように全身を外套で纏った人影がこちらが来るのを待っていた。


「…………。もしかして俺、遅れたか?」


「いや別に。お互い早めに集合場所に来たってだけでしょ。それより、正門の門番に姿を見られてないでしょうね?」


 外套のフードの隙間から魔耶の顔が半分だけ見え、聞き慣れた小声が耳に届く。人違いでもなく、目の前にいる人物は俺の主で相違ない。

 背後を軽く振り返るジェスチャーをして頷く。


「ああ。誰にも見られてないし、尾行されてもない筈だ。間違いない」


「本当に?」


「長い間ストーカー被害にあってた俺を信頼してくれよな」


 不用心な奴だと疑っているのか、念入りに確認してくる魔耶。

 彼女は返答に対して思い出したように顔を上げる。


「そういえばそんな話あったね。結局、誰だったのかわからずじまいだったけど。……顔も知らぬストーカーちゃんに悪い事したなぁ」


 とんでもない感想を言う魔耶に対して、心外な俺は敢えて不機嫌さを露わにして見せつつ腰に手を当てる。


「別に悪くねぇよ。ストーカー野郎から逃げきれて清々したわ」


「ふーん。――もしも、異世界まで追ってきたらどうする?」


「うわ、怖い事言うな……。いやいや、もしそんな事が起きたら流石にお手上げだわ。相手がこっちよりも何枚も上手だったってだけだ。もう逃げきれないな」


 お互いに軽く笑い、緊迫した空気を解す。

 軽口を叩き合うのもいつものルーチンワークのようなものだ。これから夜の学校内に潜入するという大事な場面だからこそ、変に浮足立つ事がないようにする為の儀式。癖とも言っていい。


 だがおかげで緊張は和らいだ。コンディションは万全と言っていい。


「じゃあ、行きますか」


「ああ。手筈通りにな」


 眼前に聳えるグラズヘイム魔法学校を見上げる。

 雨雲によって星明りすらも隠され、視界は黒で塗り潰されているが、それでも暗闇に慣れた瞳がその威容を捉える。

 認識できるのは巨大建造物の輪郭程度。だがこの圧迫感と背筋を伝う畏れは、入学初日に学校を間近で見た時と同じ感触だ。


 遠くで落雷が落ち、遅れて轟音が届く。

 雷まで降ってきたらしい。天気は悪くなる一方だった。


 一瞬、落雷の煌めきによって暗闇から暴かれたグラズヘイム魔法学校は、内に秘めた神秘の危険性を予感させる雰囲気を纏い、山のように巨大な化け物の影を思わせた。

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