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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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030_初めての魔法

「『呪文』は人類史において最初に発明された魔法理論である為、そういう意味では最古の魔法理論と言えるでしょう。しかし、神秘の広大な歴史の中で示すならば、ル・ターク語を介した魔法の発明は割と近年の話です。そもそも、魔法は私たち人間ではなくて精霊や妖精などの超常的存在が振るう神秘でした。彼らは私たち人類が生まれる以前より存在し、彼らの間で独自の理論に基づいてその力を発展させていたのです。『始まりの魔女』が彼らの文化と理論を解析し、古の言語であるル・ターク語を介して神秘を制御する方法、つまりは『呪文』を編み出したのが今より23000年前の事。これは人類史から換算してもそう昔の話ではなく、また――」


「…………ふっ」


 眠気を誘う長ったらしい授業に、思わず口に出かけた欠伸をかみ殺す。


 教室の大きな窓から差し込む陽光の温もりが心地よく、壇上の上に立つ教師の講義以外は、遠くの方から聞こえる喧噪と、紙の擦れる音や筆を走らせる音のみがそこにある。


 静寂ではないが、騒がしさのない心地よい空間の中において、俺は魔耶の席の隣で周囲の生徒たちと同様に授業を受けていた。


 授業の内容が魔法の事で教室が立派な講堂。生徒が魔法使い見習い。

 そんな不思議な状況であっても、本質的に授業は日本の学校のそれと大差はない。

 壇上で教師が講義を行い、席についた生徒がそれを聞きながらメモや質問を行う。授業の形態は万国共通で、俺はすぐにこの空間に慣れてしまった。


 初見の緊張感も薄れ、――そうなると問題になってくるのは俺の学力。


「――では。『初級呪文学』の教科書を開いて、七十八頁を見てください」


 壇上のレナード先生が黒板から振り返ってそう告げる。


 周囲の生徒たちが頁をめくる中、俺も無意味と知りながら半日前に頂いた分厚い教科書を開く。


 そこに印刷されている文字は聖クウィントル語。

 読み書きのできない俺は内容を理解できない。数字も当然、見慣れたアラビア数字ではないので指定の頁もわからなず、パラパラと意味なく頁をめくるが精々。


 横目で周囲の様子を見てみるが、俺のように文字が読めなくて困っていそうな人物は見当たらない。

 貴族や商人の生まれならまだわかるが、グラズヘイム魔法学校は身分的立場が低いものでも入学する事が出来る。この場にだって平民はいるだろう。

 つまり、異世界ではセイラのように小さな村の出身であっても読み書きができるらしい。大した識字率だ。


 この国がそうなのか、世界全体でなのか、ともかく、未だに世界観がわかっていないが中世ヨーロッパとは明らかに違う常識で回っているらしい。


「…………」


 自分の表情は見えない。……が、恐らく渋い顔をしていたのだろう。


 状況を察したらしい魔耶が、黙ったまま俺の肩をつつきながら寄ってきて、代わりに教科書を開いてくれる。


 それどころか、レナード先生の話す内容に合わせて、教科書の内容について小声でわかりやすく説明してくれる魔耶。

 手厚い介護だった。学がなくて本当に申し訳ない。


「なあ。俺はいいから自分の学習に集中してくれ。魔耶の邪魔をしたくない」


「ふん。この授業の内容なんて、私にとっては当たり前の事過ぎて今更聞く必要もないレベルだから別にいい。単位が取れれば充分だから片手間で虎太郎の基礎学力を上げる方が有益。遠慮せずにわからないところは私に聞きなさいな」


「ぐっ……。いつもは聞いても教えてくれなかったくせに」


「状況が変わったからね。私の使い魔として公に晒される以上、虎太郎の恥は私の恥。この程度の授業内容は理解してもらわないと一般常識としても危ういから」


 魔耶の言に俺は口を噤むが、意識的に眉間に皺を寄せてしまう。


 恥なら只今、絶賛かいている最中だろうに。周囲から向けられる嘲りの視線に気が付かないのだろうか。


 クスクスと忍び笑いが微かに耳に届く。

 文字すら碌に読めない学なき者を嘲笑する一部の生徒たち。

 例えあからさまでなくても、悪意というのは向けられた側は敏感に察してしまうものだ。階級制度がある分、スクールカースト的な他者を自分より上か下か判別する意識は強いのだろう。


「――ちょっと、集中しなさい」


「…………はいはい」


 周囲の視線などまるで気にならないという様子の魔耶に押され、渋々授業の内容を理解する事に努める。


 しばらくすると、授業内容は実技に切り替わる。


 一通りの歴史やら概要やらを説明したレナード先生は、「実際に呪文を使ってみましょう」と言って隣同士でペアを作らせ、どの程度の複雑性を含めた呪文が使えるかを互いに確認するよう指示した。


 椅子を鳴らして向かい合う生徒たち。教室のあちこちで呪文が交差し合う。


 実技と言われても……困った。

 当然のように呪文で魔法を使えと言うが、当然ができない人間もここにいる。


「で。俺たちでペアだけどよ。どうするよ?」


「虎太郎はド素人だし、私はプロだもんね。他の生徒のようにはいかないけど……。せっかくだから魔法――使ってみる?」


「え?」


 何気なしに提案された内容に耳を疑う。

 主語がなかったが、今の発言は俺が魔法を使うって事か?


「いやいや。俺は使えないだろ! 魔力ってやつがないんだから」


「自分が所持していない要素は他所から持ってくればいいでしょ。魔力なら私が融通してあげる。そしたら初歩の魔法くらいは使えるんじゃないかな」


 初耳の情報が飛び出してきた。

 今まで魔耶と暮らしてきたが、そんな事ができるなんて一度も聞いてない。

 魔力を生まれ持ってこなかったものも魔法は扱えないと、今までそう認識していたけど違うのか……?


「ゆ、融通って。魔力は渡せたりするものなのか?」


「できます。私と虎太郎は使い魔契約を交わしているから目では見えない繋がりが存在する。――そもそも、使い魔契約っていうのは魔力を支払う対価として主従を誓う契約が原型だから、契約ラインを通して魔力のやり繰りする事は可能。今までは必要なかったからしてこなかったけどね」


「でも。俺は魔法の詳細は一切知らないぞ? 魔力の使い方とかもわからないし……」


「初歩中の初歩の魔法なら知識なしで発動できる。難しく考えなくてもいいよ」


 そう言って魔耶は懐から取り出した一枚の硬貨を手渡してくる。


 見慣れない硬貨だ。鈍色に輝くそれは分厚い十円玉といった感じで、表には人の顔が、裏には複雑な紋章が描かれている。異世界で流通しているお金なのだろう。銅製だからそこまでの価値はなさそうだ。


 とりあえず受け取った硬貨を指で挟みながら顔を上げると、魔耶も俺に渡したやつと同じ硬貨を手にしている。


 魔耶の親指が硬貨を弾き、小気味良い音と共にクルクルと宙を舞った。

 俺たちの頭上を真っすぐ上に上がり、やがて机上に落ちてくるタイミングで――


「『運命は表を示す』」


 魔耶の唇から短い呪文が素早く放たれ、チャリンという硬貨が跳ねる音が耳に届く。バウンドした硬貨はやがて動きを止め、机上に横たわる。


 硬貨が示す結果は、――表だ。


「ほらね。簡単」


「へぇ。コイントスで好きな結果を出せる魔法って事か。イカサマし放題だな」


「誰にでもできる超簡単魔法だからイカサマとしては使えないけどねー」


 机上の硬貨を拾う魔耶から視線を手中の硬貨に落とす。

 これから生まれて初めて魔法を使う。そう考えると硬貨を握りしめる掌に自然と汗が滲む。口の中が乾き、今まで感じなかった胸の拍動を強く意識してしまう。


「コイントスした直後に今の呪文を唱えるだけでいいのか?」


「そ。魔力を持つ子供が遊びで使うような魔法だから危険性もない。よほど下手でもない限り失敗もしない。まあ、気楽に試してみなさいな」


「……よし」


 意を決して硬貨を親指の爪の上に乗せる。

 重さを確かめつつ、誤った方向に飛んでしまわないよう細心の注意を払って硬貨を打ち上げる。


 空中で回転するそれを凝視しながら、


「『う、運命は表を示す!』」


 自分でも上擦った声だと恥ずかしくなる発声で呪文を紡ぐ。


 瞬間、体の中心から吐気感にも似た奇妙な感覚が沸き上がる。

 熱いような寒いような、不快でありながらどこか懐かしいその感触は一瞬のうちに全身を駆け巡り、やがて体表から抜け出て感触が消え去ってしまう。


 自分の体の中で起こった現象に驚いていると、机上で硬貨が跳ねる。


 ――結果は表。成功だ。


「よし! よしよし!!」


 思わずガッツポーズしてしまう。


 心の何処かで失敗する事も覚悟していた分、何事もなく成功できたのが無性に嬉しい。

 この程度の事で喜色を露にするのも子供っぽくはあるが、生まれて初めて魔法を使えたのだ。そりゃあ、柄にもなくはしゃぎたくもなる。

 手ごたえもバッチリあったしな。あの奇妙な感触が魔力ってやつなのか。


「魔耶! 見てたか!」


「…………」


「なんだその顔」


 渋面だった。


 幼稚だと馬鹿にしながらも、喜びを分かち合ってくれると期待していた主様は、しかしその表情を歪めて目の前で発生した魔法を無言で観察していた。

 眉根を寄せて胡乱げにこちらを見ていた魔耶は、やがて固く閉じた口を開けて、


「もう一回」


「へ?」


「もう一回やってみて」


 何やら結果が気に食わなかったらしい魔耶。


 怖い表情で圧力をかけてくる魔女に、覚えたての魔法をもう一度繰り出す。

 俺自身も初めて覚えた魔法を何度か試してみたい欲求があったので、特に反論する事もせずに再度魔法を使ってみるが、しかし――


 机上で示す硬貨の結果は裏。

 魔法は失敗だ。


「あ、あれ?」


 俺は予想と反する結果に首を捻る。

 手ごたえはあったのだ。一度目と同じで魔力が伝わる奇妙な感触もあった。だから二度目も間違いなく成功するという確信があったのだが、何度確かめても硬貨は裏面を晒している。


「なんでだ? 最初と何か違ったのか……?」


「この感じだと最初の成功も単なるまぐれだと思う。純粋に二分の一の確率で表が出るんだから、魔法が働いてなくても運が良ければ表は出るわけだ。そりゃあね」


 想像以上にセンスがないかもしれない。と、静かにそう呟く魔耶は先ほどまでのお気楽な表情を消して、やたら深刻な様子でこちらを見る。


「失敗の原因だけど、まず私から引っ張った魔力量が少なすぎる。私との繋がりをイメージしつつ、もっと強く魔法が引き起こす結果をイメージして。それと呪文の発音もやや怪しい。唇音を発音するときは下唇を軽く噛むつもりで発音する事。呪文で魔法を制御するのだから、正確に発音する事は最低限出来ないとどうしようもないわよ」


 細かく駄目出しを食らって再度チャレンジを促される。

 教育モードにスイッチが入ってしまった魔耶に見守られながら、俺は机上の硬貨を拾いつつ呪文の発音を何度か確かめる。


 魔耶も真剣だがもちろん俺も真剣だ。

 今後、魔法が使えるかもしれないのだ。魔法が使えれば様々な事が出来るようになるし、仮にも魔法学校の生徒であるにも関わらず魔法も使えないのかと馬鹿にされる事も減るだろう。席の後ろの方でこちらを馬鹿にする連中を見返す第一歩になるかもしれないのだ。


 その最初の一歩で何時までも躓いてられない。

 少しでも魔耶の足を引っ張らないようにする為に、ここは本気で挑む。


 発音は……これでいい筈。

 あとは魔法の出力の問題。もっと強く。大きく。大量に……。


 祈るように念じながら硬貨を打ち上げる。


 勝利を信じ、成功を信じて口を開く。


「『運命は表を示す!』」


 想いの強さ故か、考えていた以上の声量が出てしまって周囲の視線が一部こちらに集まる。


 鳩尾に先ほど以上の魔力が流入する感触が貫く。流動する魔力をさらに呼び込むように強くそれらを認識。不快感を何とかやり過ごす。

 荒れ狂うエネルギーは使い手の意思によって奇跡を発現する為に体外に解き放たれた。


 これまでにない確かな手ごたえに成功を確信し、顔を上げた俺は――宙を舞う硬貨が淡い光を放っているのを見た。


「――ん?」


「――――っっ!!」


 疑問符を頭の上に浮かべる俺は、驚きで瞠目する魔耶を視界の端に捉える。


 瞬間。視界が真っ白に塗りつぶされた。


 網膜を貫くそれはあるいは痛みとも言うべき眩しさ。思考も視界も全てを漂白され、無様に椅子から転げ落ちた俺は背中と腕で床の冷たさを感じながら、機能しない視界に意識を奪われる。


 周囲に広がる阿鼻叫喚の嵐。

 苦痛に叫ぶ生徒たちの声を他人事のように聞いて、そこで俺は先ほど放った硬貨が圧倒的な光量を放って、まるで閃光発音筒のように目撃した人の目を焼いた事を理解した。

 察するに不完全な魔法発動による不測の魔法暴発。

 発動しなかった先ほどよりも質の悪い失敗。頭を抱えたくなる失態だ。


 僅かに冷静さを取り戻した俺は、目の前にかざした筈の右手が見えない事を確認する。


 もしかして失明してしまったのか?


 不安に苛まれながらも瞬きを繰り返し、懸命に視界が回復するのを祈っていると、少しずつ目が機能を取り戻して周囲の風景を捉え始める。

 視界が復帰したのを確かめ、立ち上がって周囲を見渡す。


 教室内で展開されている惨状は酷いものだった。


「……や、ヤバい」


 床を転げ回る者や、両目を抑えて蹲る者。盲目のままゾンビの様に両腕を前に出して彷徨う者に、両手を振り回して取り乱す者。


 教室を光で埋め尽くした事による犠牲者は多数。

 完全に油断していたところを不意打ちで目潰しを食らったので、咄嗟に防ぐ事も対処する事も間に合わなかったらしく、そもそも閃光を目撃していないごく一部の者を除いてほぼ全員が被害にあっていた。


 地獄はここにあった。


 俺は一足早く目潰しから回復したらしいが、他のみんなはまだ視力が回復していない様子で、俺が立ち上がって周囲を確認している事に気が付いている人は誰もいない。それはレナード先生も同じだった。


 ……今のうちに逃げようかな。


「……んん。ふがぁ!? ――え、え、ええ? な、何っすか!? どういう状況っすかこれぇ!!」


 頭に深くローブを被って顔を隠し、授業をそっちのけで机に突っ伏して居眠りしていた女生徒が騒ぎで目を覚まし、周囲の惨状をキョロキョロと見渡す。

 数少ない被害を逃れた生徒にバッチリ目撃され、浅はかな考えも馬鹿らしいと断ずる前に水泡に帰す。


 立ち尽くす俺の横で、ぬらりと静かに魔耶が立ち上がる。


「虎太郎。――何か言う事ない?」


 両目の瞼を閉じたまま、しかし間違いなく俺の方を向きながら不穏な気配を纏う魔耶。

 声の調子はいつもと同じだが長年の付き合いである俺にはわかる。

 怒ってらっしゃる。非常におかんむりだ。


「えーっと、バルス?」


「……」


「それとも太陽拳かな?」


「……」


「――ごめんなさい。わざとじゃないんです。どうか許してください魔耶様」


 いつもの冗談もまるで反応せずに冷たい殺気を放つ魔耶に耐え兼ね、俺は慌てて謝罪と共に頭を下げる。

 魔耶はしばらくの後に特大のため息をついて、ゆっくりと瞼を上げて紫紺の瞳を覗かせ、周囲の惨状を見渡す。


「…………虎太郎が魔法使いになるのは諦めた方が良いかもね」


 常に正しく強く気高い魔女にしては、珍しく弱気なセリフをこぼした。

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