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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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028_学校案内

 入学初日の夜。その日の寝床を何処にするかでひと悶着あった。


 グラズヘイム魔法学校の生徒が住まう学生寮は男子寮と女子寮に分かれているだけではなく、学位によって住める寮の種類にも違いがあるらしく、設備や快適さの違いがある大型住宅が複数あった。


 新入生は基本的に一番ランクの低い寄宿舎のような寮に住む事になる。風呂や便所を共同で利用し、また寝床も数人一組で同じ部屋に住まう為、プライベートの空間があまりないのが特徴。

 学位が上がると寝床は個室の寮に移る事が出来る。学位のランクによって機能性も見た目も良くなって快適な環境になっていき、最終的には寮ではなく、グテールバルド麓町の一等地にある一戸建てのロッジに住めるとか。


 これらの学生寮は当然、グラズヘイム魔法学校の生徒のみが利用できる。


 俺は校長に生徒として手配してもらえるとはいえ、初日の時点ではまだ使い魔としての立場のみ。俺個人の寝床はなく、女性寮は男子禁制の場所であったが為に魔耶の部屋に泊めてもらう事も寮管理人から苦言を呈された。


 結論としてその日は寮ではなく、グテールバルド麓町にある外来客用の宿屋に泊まる事となった。もちろん有料で。


 外来客用だけあってお洒落な室内に麓町を一望できる窓、羽根布団ベッドがあるそこそこの宿泊部屋。

 入学試験の疲労が蓄積していた俺は何をするでもなくすぐにベッドに横になり、そのまま朝まで泥のように熟睡。


 翌朝、迎えに来た魔耶に起こされるまで惰眠を貪り続けた。


「…………」


「こら。シャキッとして! 主の私に恥をかかせる気?」


「……昨日色々あったせいか寝足りなくて。しばらくしたら完全に目が覚めるからちょっと待って……」


 欠伸を噛み殺しながら魔耶の後に付いて行く。


 しばらくした後、魔耶の歩みが止まったのを確認して顔を上げると、そこは昨日の夜訪れた学生寮の前。

 その立派な大型住宅が完備する芝生の庭先に、約三十名未満の今期の新入生が集合していた。


 飛行船の中や試験中に出会って見知った顔も何人かいる。

 セイラ、ガロフ、ムーランの知り合い連中もいるし、戦闘能力が印象に残っていた銀髪の兄妹もいた。それ以外にも個性的な連中が勢ぞろいしていて、中には頭から目深にフードを被って顔を隠している不審者や、全身くまなく包帯グルグル巻きにしたミイラ生徒もいて人目を引いていた。


 その中に――


「おい! お前どこ行ってやがった! 寮にいねぇから無駄に探したぞ!」


 こちらを見るや否や声を上げる制服姿の赤毛の少年。

 医務室でまだ安静にしていると思っていたそいつの姿を見て俺は少し驚く。


「お。アベルじゃん。もう復帰したのか」


「当たり前だ! 一日寝ればどんな負傷だって回復してやるよ。グズグズしている暇はねぇからな」


「頑丈な奴。というか普通に新入生として参加していいのかよ」


「教師連中に一晩中駄々こねてやったら、仮ではあるけど新入生扱いで構わないってよ。まあ、なんか教師の奴らも別の事で忙しいって感じだったからな。俺の件は後回しにしているって感じだったわ」


 快活に笑いながらそう言うアベルに俺は苦笑する。

 学校側は白の魔女の怪盗予告の対応に忙しくて再試験どころじゃないのだろう。彼の場合、能力は十分でほぼ落とす理由はないから、後日にちゃんと再試験はやるとしても、それまでは普通に授業に参加させて暇な時間を作らせないつもりか。

 ほぼ合格扱いで問題ないだろうという学校側の判断から、彼に対する評価の高さが伺える。


 例外を作ると試験の公平性が疑われそうだが。

 色々と脇が甘いよな魔法学校。


「それで。今から何かするの? 皆ただ突っ立っているように見えるけど」


 周囲を見渡すと微妙に眠たげな新入生たちの顔が目に入る。

 特に目的があるというわけではなく、何かを待っている様子に見えた。


「さぁな? 俺も医務室から直行で来たばかりで詳しい事は知らねぇよ。誰がテッペンか決める為に新入生対抗戦でもするんじゃねぇの?」


「考え方が脳筋。そんな殺伐とした学校じゃないだろ、ここは」


 日常生活時のアベルとは初めて接するが、彼はどうも適当に物事を考えるきらいがあるらしい。

 最初から知性があるタイプにには見えなかったが、想像以上に頭より体を動かす事が得意なアウトドア魔法使いのようだ。


 これから何が始まるのかわからない者同士肩をすくめ合っていると、魔耶が俺たちにやり取りを見かねて口を挟む。


「今日の午前中は在校生に校舎の案内と、施設の利用方法及び利用規約の説明をしてもらうのよ」


「学校案内って事か! へぇ。普通の学校っぽいなそれ」


 迷宮のような校舎を事前案内なしに行き来するのは難易度が高い。

 昨日は校長室から寮に向かう際に、魔耶が傍にいなかったら確実に迷子なっていただろうから学校案内があるのは普通に助かる。


 地図とか見取り図とかくれないかなと思考を巡らしていると、


「校舎を案内してくれるのは『黄花位』の先輩生徒だから、失礼のないようにね」


「……?」


 魔耶が補足を付け加えたが、俺はその発言の意味を受け取り損なう。

 案内してくれる先輩には敬って接しろという意図はわかるが、――黄花位とは?


 単語の意味が分からず、その疑問を口にしようとした時に周囲が急に騒がしくなった。どうやら学校を案内してくれる先輩生徒がたった今到着したらしい。


「はい、皆注目! これから出欠確認するから、名前を呼ばれたらちゃんと返事するように!」


 そこそこの声量で点呼を取るのは、眼鏡をかけた優男風の青年。

 俺と魔耶より少し年上の印象を受ける彼は、この場にいる新入生と同じ制服を着ていて先生ではなく在校生である事がわかる。優し気な風貌と雰囲気を持ち、テキパキと慣れた手際で点呼する様子は浮足立つ新入生とは違って安定感があった。


 ふと、彼の胸元に付けている徽章が黄色の花冠に視線を奪われる。


 俺たち新入生は黄色ではなくて白色の花冠。彼と新入生は見た目では区別できないが、その徽章の意匠の違いだけが即座に判断できる要素となっていた。


 眼鏡先輩は新入生が全員いる事を確認し、皆の前で簡単な自己紹介をする。

 そうして自分が学校施設の案内をする事と案内の概要を説明した眼鏡先輩。


「じゃあ、早速案内するから僕に付いてきて! 勝手に離れて迷子にならないように注意してくれよ」


 事前説明も手短に済ませて、校舎に向けて歩き出す眼鏡先輩の後をぞろぞろと付いて行く新入生たち。


 俺と魔耶も新入生たちの最後尾に付きながら、澄んだ晴天の下にその姿を晒す魔法学校の威容を仰ぎ見る。

 個性的で混沌とした建造物。巨大な怪物のような印象すら受けるその建造物の内部に足を踏み入れるという事は、口を開いた怪物の喉奥に入っていくようだと益体もなく思った。



 * * * * *



 夜の校舎は暗くて人気も少なかった。なのでお化け屋敷のような印象を受けたが、明るい日中だと細部まで凝られたインテリアの精巧性と美しい内観のバランスに目を奪われる。

 基本は中世ヨーロッパのロマネスク建築のような質実剛健なシンプルな構造であったり、あるいはゴシック建築のような壮麗で重厚感のある芸術的な空間などがあり、地球の建築文化をもって一言で言い表すのは難しい。


 共通して言える事は、機能性はともかく魔法学校特有のファンタジー感には事欠かない、という事だった。


 グラズヘイム魔法学校は学び舎と言うには大袈裟すぎる施設だ。

 観光名所として売り出せば多くの客を招く事が出来るだろうと思えるほど、規模も外観も桁外れている。


 それだけではなく、飾られた動く石像や天井を飛び回る妖精たち、支えも吊り鎖もなく空中に浮くシャンデリアや、その日の気分によって道順が変わる意志ある廊下。神秘や魔法が当然のように校舎内に溢れている。


 神秘の詰め込まれた魔法使いたちの学び舎。

 それが尋常じゃない筈もなかった。


 俺はとんでもないところへ来てしまったと、改めて思う。


「――美しい場所だろう? ここは共有区画になっている西校舎エリアの中庭だ。よく息抜きに来る生徒が読書していたり、ベンチで軽食を挟んでいたりする。君たちも落ち着いた場所で休みたいという時には、立ち寄る場所の候補になるだろう。授業で来る事はないと思うが場所を覚えておいて損はない」


 新入生たちを連れてやってきた眼鏡先輩は、今いる場所の説明を行う。


 そこは天井のない中庭で、観賞用と思われる花や樹木が植えられた庭園空間。

 中央には立派な噴水があったり、よく貴族が紅茶を飲む場所というイメージのあるガゼボと呼ばれる西洋風あずまやがある。全体的に芝生も植物も綺麗に整えられていて、宮殿の庭先であっても通じそうな立派さだ。


 単なる庭でさえも素敵な空間にしてしまうのだなと、俺は感心を通り越して若干呆れてしまう。


 場所の説明を終えた眼鏡先輩は次の場所に向かおうとするが、その前に中庭に居合わせた教師らしき人に話しかけられて、何やら立ち話が始まってしまう。

 案内が一時中断した事によって生まれた少しの自由時間。

 皆、勝手に何処かに行ったりはしないものの、僅かに弛緩した空気が流れる。


「――あ! 見てくださいあれ! 恋紅草ですよあれ!」


 中庭を眺めていたセイラがはしゃいだ様子で庭先に生えている赤みを帯びた草花を指差す。


「ふむ? 何でござるか?」


「寒い地方の山々で自生している特殊な植物で、薬草の一種ですね! 摂取する事で体温を上昇させたり、心肺機能を向上させたりする効果がある他、なんと惚れ薬の材料にもなるんですよ! 希少な植物なんですけど、普通に栽培しているなんて凄いです!!」


「なんと、惚れ薬の材料にもなる薬草とは。セイラ殿は薬草学の知識があるのでござるな」


 セイラの傍にいたムーランが感心した様子でセイラと恋紅草を交互に見る。

 俺も二人から少し離れたところで興味がそそられる話に耳を傾けていると、薬草を観察しようとしたのかセイラがその場を離れて庭先に近づこうとする。


「――――っ!」


 俺やムーランの静止の呼び止めも間に合わず、飛び出したセイラは庭先の横を通り過ぎようとした在校生と衝突。

 体格差で劣るセイラが弾かれたように尻餅をつく。


「……あ。ご、ごめんなさい」


「チッ、愚図が」


 セイラとぶつかった在校生は軽蔑の態度でセイラを見下ろし、彼女が触れた衣服の箇所をまるで穢れたかのように手で払う。

 在校生の明らかな非友好的な態度に、立ち上がる事もできずに怯えるセイラ。


 冷たい視線で見下ろしたまま冷血な在校生は、嫌味ったらしいため息をついて、


「何処に目を付いていた? 注意散漫な小童でもなし、まともな思考と注意力があれば十分に避けられた事故だったろう。今のは。なあ?」


「……え、あ……」


「――はぁ。受け答えすらまともにできないか。お前のような芋女が今期の新入生とは、学校の審査基準も緩くなったものだな。これでは、グラズヘイム魔法学校の生徒全体の品位が落ちるというものだ。全く嘆かわしい」


 侮蔑の意を込めて吐き捨てる在校生。


 衝突はセイラの方に非があるとは言っても、あまりに酷い言い方。

 流石に言い過ぎだと頭にカチンときた俺は、セイラを庇ってやろうと一歩前に踏み出すが、それよりも先にセイラの近くにいたアベルが不愉快な調子で在校生に詰め寄る。


「オイオイ。それはねぇだろ先輩様よ。ちょっとばかしぶつかった程度の事故にしては今のは言い過ぎってもんだぜ」


「――なに?」


 どうやらアベルも一連の出来事を見ていて、傲慢な在校生の態度に癪に障ったようだ。

 俺が言いたかった内容を代わりに発言してくれる。


「大体、この女に全ての非があるって訳じゃねぇだろ。注意が足りなかったって事ならそっちも十分に避ける余地があったと思うぜ? 自分の鈍さ加減を棚に上げて後輩を責め立てるとは恐れ入るわ。まずは自分の反射神経でも鍛えたらどうよ」


「――――」


 黙る在校生に対して大胆不敵な態度で言い放つアベル。

 いつの時代も立場の強い奴に突っ張る不良は格好いいものだ。

 俺ではあそこまでハッキリ言う事はできなかった。先輩に対しても怖気づく事なく強気に出れる赤毛の勇者に、俺は内心でエールを送る。


 だが、そこで周囲の異様な空気に気が付く。


 一連の状況を見ていた新入生たちや居合わせた在校生たちが、何とも言えない表情で相対する二人を見守っている。

 そこから感じ取れるのは、勇敢なアベルに対する好意でも、軽蔑の感情でもない。どちらかというと一線を越えた者に対する憐れみの感情。


 言うなれば「こいつ、やっちまった……」という、無関係な第三者の憐憫だ。


 俺は周囲の露骨な反応に眉を顰める。

 不穏な気配が漂う中、セイラとぶつかった在校生は唐突に――


「『痴れ者に罰を。痛みを持って分を弁えさせよ』」


 迸る紫紺の閃光。鳴り響く神秘の破裂音。


 鋭く素早く紡がれた魔法はアベルに直撃し、その体躯を軽々と吹き飛ばした。

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