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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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025_食堂にて再会

 試験中に大事件があったにも関わらず、入学式は予定通り執り行われている。


 不幸中の幸いにも死者が一人も出なかった事が大きいのだろう。

 ラプチャーの乱入は試験監督側も不測の事態でこそあったらしいが、多少影響を受けた受験生はいても直接遭遇したのは俺とアベルの二人のみ。

 奇跡的に人的被害は最小限に抑えられ、当初学校側が想定していた死傷者よりも少ない結果となっていた。


 なので入学式は延期する事なく今現在開催しているらしいのだが、生憎と事件の当事者である俺とアベルは、学校の医務室に担ぎ込まれて問答無用で治療を受けさせられた。


 俺は全身に擦り傷があったり、足の嚙み傷などで見た目こそボロボロだったが、軽症のみだったので湿布や包帯を巻く程度の簡単な治療で済んでいる。

 だがもう一人の方、アベルは絶対安静で医療用ベッドに寝かされている。


 怪我はないものの、生命力と魔力を限界近くまで枯渇させられた事による衰弱は本人が思っているよりも深刻らしく、「寝てる暇なんてねぇのに」とぶつくさ文句を言って逃げ出そうとする彼を校医が叱るという一幕があった。


「さてと……」


 治療してもらった後、日本から旅立った時から着用している衣服は試験でズタボロになってしまったので、校医から予備の制服を貰って着替える。

 俺は生徒じゃなくて使い魔という立場だが制服を着てもいいのか? と疑問に思うが、見苦しい姿でいる訳にもいかない。


 身なりを整えた後、校医の女性に新入生はどこにいるかを尋ねる。


 治療を受けている間に試験合格者の入学式が始まってしまったと聞いたので、何となく置いてかれた気分になって気が逸る。

 魔耶もそこにいる筈。できるだけ早く合流してしまいたい。

 式の途中で参加していいのかも含めて確認すると、性格の明るい恰幅のいいおばちゃんの校医は、


「入学式は終わった頃だと思うから、新入生のみんなは食堂にいると思うわよ。食堂の場所は、医務室から出て右の廊下を進んで突き当りにある階段を降りた後、左手の廊下を進んでいけば辿り着けるわ!」


「何から何まですみません。お世話になりました」


「いいのよ! 大事なくて良かったわ」


 朗らかな笑顔で見送る校医に頭を下げて、医務室を退室する。

 そのまま扉を閉めようとすると、奥のベットで寝かされたアベルが慌てて起き上がる。その顔はまだ青白いが事件直後よりはだいぶマシに見えた。


「待てコタロウ! 俺も連れてけ!!」


「何言ってんのよ!! あんたはまだ寝てなさい! 最低でも今日一日は医務室から出しませんからね!」


「ああ!? 寝ている暇なんてないんだよ! 行かせろ!!」


 聞かん坊のアベルと校医が激しい問答を繰り広げるのを見ながら、俺はニヤニヤと傍から見たら悪い笑みを浮かべて無慈悲に扉を閉める。


 奴は戦いについてこられない……! 残念だが置いていこう。


 まあ、アベルを含めた一部の生徒はラプチャーの被害に巻き込まれたという事で入学に関しては別途と審議されるらしい。彼の実力は詳しくは知らないが精霊魔法を使える才人なら合格できるだろう。そんな根拠のない予感がある。

 なので入学初日くらいはベッドの上で我慢してもらう。


 さて、食堂に向かいますか。


 古い城内の西洋建築を思わせる雰囲気ある廊下を進む。


 人気はなく空間は薄暗い。天井に淡い光の玉が無数に浮いていて灯りの代わりとしているらしいが、光量は控えめのようだった。

 

 窓の外は見ると世界はすっかり闇に沈み、光と言えば遠くに望めるグテールバルド麓町から街灯や建物の窓明かりが微かに見えるばかり。山岳地帯なので夜は田舎のような暗さだ。

 ただ、空を見上げると満天の星空が壮大に広がっているのは乙だな。


 意識を移動に戻して、言われた通りの道順を進む。


 道に迷うというトラブルもなく、指定の場所に近づくと多くの人間の気配を室内に感じる入口を見つけて足を踏み入れる。


「……! 凄いな」


 これが食堂か。


 日本の高校にある食堂をイメージしていたが、規模が全く違う。


 一般的な高校の体育館と同じかそれ以上の空間を有していて、縦にも横にも広く、縦の空間を生かしたインナーテラスもあり、二階、三階と、食事スペースが分けられていた。


 この場には制服を着た生徒が何百と存在している。

 見渡す限り、複数あるテーブルに着座した生徒、生徒、生徒。空間の人口密度はかなりのものだった。

 それでも猥雑という印象を受けないほどお洒落で開放的な造り。

 外観、機能性ともによくできた場所だった。


 視界内は人に溢れ、無数の雑音が耳を叩く。

 無事に入学できた事で浮足立った新入生と、新しい同志を迎えてちょっとした歓迎ムードの在校生。


 この中から魔耶を探すのは骨が折れるな。

 それに二階、三階もあるんだよな……。


 中央の階段に近づきつつ周囲を見渡していると、目立つ姿を発見する。


 茶色い毛並みに犬のとんがり耳。

 どう見ても大型犬が服を着て二足歩行しているようにしか見えないその姿。


「――ガロフ!!」


「ん? その声、そしてこの匂い。――コタロウか」


 犬の姿で人間同様にお行儀よく食事していたガロフが振り返る。

 見覚えのある犬顔に、俺は思わず笑顔が漏れる。


「合格できたんだな。よかった!」


「うむ。コタロウも無事そうで何よりだ。問題ごとに巻き込まれたと聞いていたが?」


「いやー色々あってな。まあ俺は無事だし元気だよ。隣いいか?」


 横の席が空いていたので確認すると、頷いたガロフは肉球犬手で器用に椅子を引いてくれたので、感謝しながら隣に座る。

 本当は魔耶を探さないといけないけど、少しくらいはガロフと雑談しても――


「――!」


 今気が付いた。

 ガロフがいるテーブルの別席に女生徒が座って食事しているのは、視界の端で微妙にとらえていたが、席に座って今ようやくその正体を目の当たりにする。

 テーブルの上に盛られたご馳走を恥ずかしげもなくガツガツと食らう黒髪の少女。そいつは……


「俺のご主人じゃねぇか……」


「――あれ? 治療は済んだの虎太郎。よく私のいる席がわかったね」


 他生徒と同じように魔法学校の制服に身を包んだ魔耶だった。


 周囲に一切目もくれず、目の前のご馳走に夢中になってた彼女。

 俺の存在に気が付いて食べる手を数秒止めたが、気にせず再び食事を再開するのを見て、俺はらしくない魔耶の行動に眉根を寄せる。

 ピンチに颯爽と現れた魔女様にしては威厳がないな、こいつ。


「知り合いの隣に座ったら偶然な。……というか、がっつき過ぎだぞ魔耶。もっと上品に食べれないのかよ」


 開口一番に説教を食らったのが気に食わないのか、魔耶は微妙に不機嫌になった様子で唇を尖らせる。


「どう食べようと私の自由でしょ。それにこっちの食事は日本で食べてたものとは段違いで美味しいのよ。控えろだなんて冗談。ただでさえ魔力の消耗が酷くて疲れてるんだから栄養補給しないと」


「……。まあ、確かに日本では毎日安い食事ばっかりだったからな。梓魔様の遺産を切り崩して細々と暮らしてた手前、食事レベルの違いにびっくりするのはわかる。俺もした。――でも少しは体裁を気にしろ」


 苦言を呈しながらも、他人の目を気にせず我が道を行くところは魔耶らしいか。と、そう考えた俺は目の前のご馳走の方に視線をやる。

 ……確かに凄いご馳走だ。

 考えてみれば俺は朝から何も食べてない。疲労で体力も消耗している。


 自然と涎が出そうになるのを堪えながらガロフの方を向く。


「これって俺も食べていいやつなのか?」


「構わない、量はいくらでもある。好きにしてくれ」


 その言葉に甘えてご馳走に口をつける。サラダに、パイに、スープに、ビーフ。七面鳥やホールケーキもあって大盤振る舞いの食卓だった。

 流石に毎日こう豪華という訳じゃないだろう。恐らく入学祝いか。

 なら食べれる時に食べておこうという判断は間違いではないな。


 貧乏人には避けられない考え方に囚われ、主従そろってご馳走に舌鼓を打っていると、俺たちのテーブルに誰かが近づく。


「あああ!! コタロウじゃないですか! 無事だったんですね!」


「おや。お主は……いつぞやの」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、こちらの姿にはしゃぐセイラと、もじゃもじゃ頭の男子生徒――ムーランが追加のご馳走を持ってきていた。


「二人とも合格できたのか。難しい試験だったのに凄いな! お前ら!」


「はい! 試験、頑張りました!! ――おやや? コタロウはムーランをご存じなんですか?」


「試験中に会ったのでござる。コタロウ殿も無事に合格できたようで何より」


 追加のご馳走をテーブルの上に並べた二人は、空いていた席にそれぞれ座る。


 驚いた。お互い初対面だった筈だが、ちょうど俺が知る四人が同じテーブルで食卓を囲って仲良くなっていたとは。偶然ってあるものだな。


 セイラが持ってきた食材にも手を伸ばす意地汚い魔耶。そんな感じで食事を続ける主から、この場にいるメンバーとは自己紹介は済んでいる事を聞き、意外と魔耶に社交性があった事に対して少し驚く。

 高校では俺も魔耶も友達が少ないタイプだった。それは人付き合いが苦手という他に、魔耶本人に友達を作ろうという意識が希薄だったのも原因なのだが、魔法学校ではそのスタンスを変えるのだろうか?


「そうじゃなくて、虎太郎が顔を繋いでくれたおかげ」


 疑問に思った事を会話の流れで聞いてみると、魔耶がそんな事を言った。

 思わず小首を傾げるとセイラが元気よく口を開く。


「コタロウは主に飛行船に乗っていた時にマヤの事をよく話してくれていたじゃないですか! 性格から外見的な特徴まで。だから一目ですぐピンときて声をかけたんです!」


「この国では彼女のような顔立ちは珍しい。特徴を聞いていればすぐにわかる。それに匂いもコタロウと同じ匂いがした。恐らく、お互いの匂いが染みついているのだろう。信頼の匂いだ……いい主従だな」


 セイラとガロフの言い分を聞いて魔耶を見遣ると、微笑みを浮かべながらもふんと鼻を鳴らして「お節介だけどね」と言う風な表情を見せた。


 この魔法学校に来たのは魔耶の呪いを解く為だ。

 究極的にはそれが目的であり、知識を学ぶのも友達を作るのも、単なるついでに過ぎない。

 けれどもきっと、この経験やこれからの仲間たちと共に知識を学び、時に冒険やお遊びをする事は決して無駄にはならないだろう。人として、魔女として、使い魔として、彼女と俺がこの学校がもたらすものによって成長できる部分は多い。そしてこの出会いはいつか大切な思い出になる。

 呪いの事とは別に、俺は魔耶と共にこの魔法学校に来てよかった。


 仲良く会話する目の前の若い魔法使いたちを見て、ふとそんな事を思った。


 食事を行いながらの雑談は、やがて入学試験をどういう風に乗り越えたのかという話題に切り替わる。


 セイラは森で受験者を道に迷わせていた悪戯妖精に話しかけて友達になった話をし、ガロフは妖火草を焚いて悪戯妖精を追い払った話をした。

 どうやら森で道に迷っていたのは悪戯妖精とやらの仕業だったらしい。どおりでいくら頑張っても先に進めなかった訳だ。

 その後、ムーランが森の中で作成した魔道具についての解説を熱く語る。


 試験に参加していない魔耶と試験を突破できなかった俺が、若干、会話から取り残されている中、魔耶は俺にだけ聞こえる小声で、


「それで虎太郎。異世界に来てみた感想は?」


 と、少し遅れた質問をしてきた。

 本来ならば転移後当日に聞くような内容に苦笑しつつ口を開く。


「いい世界だと思うよ。飯は上手いし、見るもの聞くもの全て新鮮だ。割と文明も高度に発展している感じだし、住人に関しては……善い人も悪い人もいる。俺たちの世界と同じだな」


「差し障りのない意見ね。もっと刺激的な感想はないの? こっちの世界のトイレは吐き気を催すほど最悪だ! ――とかね」


「ああ、確かに水洗式便所じゃないのはビビったな」


 宿で初めて用を足しに行ったとき、トイレの便座にブツを流す為の穴も水もないのを見て本当に出してしまっていいのか困ったものだ。

 結局、使い方がわからずにセイラに確認を取ったら、便座の底に描かれた魔法陣でブツを圧縮して小さい石ころにしてしまうと聞いて感心した。異世界のトイレは下水いらずなのかと。


 その後、圧縮されたブツを外に投げ捨ててくださいとセイラに笑顔で言われたときは、何とも言えない微妙な気分になったものだが。


 あれも今となってはいい思い出だな。


 魔耶は薄く笑ってこちらの方に少し顔を寄せる。


「ま。上手にこっちの文化に適応しているようで何より。――けど失念はしないでね。ファンタジー世界を楽しむのはいいけど、私たちの目的は観光でもなければ勉学でもない」


「わかっている。忘れた事なんてない」


 俺も魔耶もこの場であえて口に出す事はないが、俺たちの目的はこの学校にいるどの生徒とも違う事を失念してはいけない。


 無事に異世界に渡って魔法学校の入学を果たした。

 ならば――ここからが本番だ。

 まずは学校が聖杯を持っているかどうかを確認して、学校側に掛け合って聖杯を使わせてもらえないか頼み込む。聖杯が学校側にとってどの程度の価値で、どのような扱いになっているか、そしてそれらの状況によって手持ちの交渉カードを如何に切っていくべきか。

 難しい交渉になる事は明白だった。


 初っ端の問題はいつ話を持っていくか。

 そう考えて、今後の予定を聞こうとしたその時。


「イーヒッヒッヒッヒヒ!! コレはコレは、学校ト言う名の人生の迷宮に迷イ込んダ、憐れな子羊タチ。ゴゴゴキゲンヨォォォオオおおおお!! アッハッハァハハハーッ! 試験は楽しかっタかァァァアあああ!!?? ん、ん、んんん??? シにかけタ? 怖かっタ? そりャアアあああ何ヨリィイイイ!! ああぁ、無事にシにカけたくれたようで俺様ハッピィィイイーーッ!!」


 突如耳を突き刺してくる不愉快な笑い声に、皆は辟易とする表情を隠そうともせずそちらを見る。

 自己主張が激しい道化師の恰好をした大精霊が食堂に出現し、耳障りに笑い声をばら撒きながらステップを踏んでダンスを刻み、ちょうど俺たちのテーブルの前で止まる。


「なんで俺たちの前で止まるんだよ……」


「オイオイおいおいおおおおィィイイ!! 寂しいコト言うなよぉなァァアあああ!!?? 傷つク……俺様の心臓が傷ついタ。コレが……痛ミ? コレが……心? ハッハッハァーーァァアア!! 最高だねェェエエエエ!! もっと、もっともっともっともっととととと傷つけテェェエエえええええッ!!!」


 ジェスターの反応にただでさえ鬱陶しいと思っていたのに余計に白む。


 五月蠅いし、邪魔だし、煩わしいし、何より発言も冗談もセンスがなくて笑えない。ただただその場の空気を悪くするだけの道化師として落第な大精霊に対して俺はため息をつく。

 何故かコイツ……やたらと俺に関わってきて面倒だ。


 そりゃ、飛行船に乗る時に口添えしてくれた件は感謝しているけど、入学試験はジェスターのせいで無駄に巻き込まれたのだ。正直、疫病神でしかない。


「で? 本当に何の用なんだよ。冷やかしなら帰ってくれ。せっかく新入生同士でいい雰囲気なのに台無しだ」


 どうせ用なんてないんだろうなと内心思っていると、


「推薦入学者のトウヤマ・マヤ!! なァらびに使い魔シラセ・コタロウ!! テメェら…………校長がお呼びだぜェェエええええッッ!!! 鼻クソかっぽじってネェで、すっ飛んデイケェやあァァァアああああ!!! 校長は校長室デお待ちだアアア!! ハッハァーッ!」


「――!」


 『千人張りの魔女』ことリーベル・シェヘラロッテ校長が俺たちを呼んでいる。

 その事実に顔を見合わせた俺と魔耶。――それは、存外早く最初の交渉チャンスがやってきた事を意味していた。

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