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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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022_試験官サイド

「おい、レナード! 四十二番が試験続行不可能状態だ! 場所は第八エリア。痺れ茸の群生地に足を踏み入れて全身麻痺になりやがった! 回収班を送るぞ!」


「承知しました。回収をお願いします」


 私はチェイリス先生からの報告に首肯して、記録表に新たな情報を書き加える。


 試験時間は折り返しを迎えた頃だが、想定よりも脱落者が多い。

 やはり今回の試験は色々と無理があったのでは。と頭の隅で訴える思考を黙殺し、慌ただしくテントから出ていくチェイリス先生を見送った。


 ここはグラズヘイム魔法学校正門前にある試験官用テント。


 机や椅子等の書類仕事が問題なく行える家具一式が揃えられたテント内。そこには『朽ちぬ神代の森』の試験エリアの光景を映し出したシャボン玉が無数に浮かんでいて、受験生たちの健闘をつまびらかに映し出していた。

 これらの映像はチェイリス先生が試験エリアに放った数百もの使い魔たちの視界を共有したもの。

 一度に大量の使い魔を制御しつつ全情報を統制するその技量に、流石は使役学の担当教師だと内心で感嘆するが、当の本人は褒めると照れて逆に怒り出すのでその賞賛は胸の中にしまっておく。


 今しがた出て行ったばかりのチェイリス先生が、入り口をくぐって戻ってくる。


 傍には彼女が可愛がっている二頭身のお姫様人形(ビスクドール)がふわふわと宙に浮いていて、持ち主に寄り添っている。


「送ったぞ。――ったく。忙しなくて敵わねぇな。これで半数近くが脱落した訳かよ。未熟な奴らとはいえだらしねぇなぁ」


 淑女らしからぬ口調で悪態をついたチェイリス先生は、ドカッと自分の椅子に勢いよく腰を下ろすと、浮かばせていたお姫様人形を膝の上に座らせる。

 彼女に抱かれながらチョコンと座る様は、持ち主の荒々しい態度とは裏腹にとても愛らしい。


 受験生に対して失望の態度を表す彼女に苦笑しつつ、注いでおいた紅茶をそれとなく差し出す。


「そう言わないでください。今回の試験が特殊なのです。私は逆に今期の新入生に同情してしまうくらいですよ」


「は! 確かに今までの入学試験とは気色は違うけどよ。だからってこのくれぇの困難で脱落しちまう人材なんて必要ねぇのは事実だろ! それによぉ。ジェスターの言い分に乗る訳じゃねえが、堅苦しい筆記試験よりは、このくれぇ荒々しい試験の方が受ける方も受けさせる方もやりがいがあるのは確かだぜ」


 チェイリス先生は紅茶を勢いよく煽って飲み干す。


 昨今、業界で囁かれる若手人材の質の低下。

 それを危惧した魔導委員会からの指示で例年行っていた試験内容の見直し。その結果、多くの教員と有識者の意見を取り入れて試験的に実施された入学試験は、今のところは大きな問題もなく進行していた。


 私個人としては、危険で運や状況に左右されやすい今回の試験の公平性には疑問がある。

 とはいえ、一度決定した事柄に対して私情を挟む訳にもいかない。試験官の一人に選ばれた者としての責任を胸に、出来る限りこの試験が公平でかつ負傷者が増えないように尽力する事が私の役目なのだ。

 筆記試験の方を得意とする受験生には可哀想ではあるが、心を鬼にして挑まねばならない。


 幸いにも、公平性はともかく死者は今のところ出ていない。

 それが最も気がかりで気を付けなければいけない事だ。人道を惜しめば究極には至れないのが魔導の常とはいえ、若い命を散らせてしまったら忍びない。


 私は手元の記録表に視線を落とす。


「合格者は二十六名。試験続行中の受験者が――二十二名ですか」


「竜の刻のタイムリミットまでそろそろだ。こりゃあ厳しいな。今残っている奴のほとんどは時間切れで終了だろ、どうせ」


「焦らず無理をしないで欲しいですが。……しかし例年より少な過ぎる。こちらとしても最低でも三十名は欲しいですね。現状、残っている受験生で見込みのある人はいますか?」


「見込みねぇ……。ああ、そういえば事前評価で合格予想されていたあの赤毛がまだ合格出来てねぇな。能力的にも真っ先に正門前にたどり着いてもいい有望株だったんだが、――ちょっと様子を見てみるか」


 シャボン玉を見渡すチェイリス先生の言葉に、私も同様にある受験生の事に思い至る。


 高い知名度を誇りながらも使い手が少ない精霊魔法。

 その希少な魔法の使い手である赤毛の彼は、入学試験開始後の飛行船からの自由落下にも即座に対応していたので、この型破りの試験に対しても上手にこなして見せるだろうと注目されていた。

 しかし、言われてみればまだ合格者リストに入っていない。


 何かトラブルがあったのか。

 脱落者リストには入っていないのでまだ受験中の筈だが……。


 一受験生に対してそのような心配をしていると――、


「――あの。すみません! 教員の方はいらっしゃいますか?」


 テントの外から聞こえてきた声に顔を上げる。


 チェイリス先生が無言で入口の方を顎で指し示す。

 彼女は今、手が離せないらしい。


 椅子から立ち上がった私はテントの外に出る。


 午後の一番暑い時間帯。本日は曇りなので気温はそれほど高くないが、それでも室内温度が魔法で整えられていたテント内とは違って纏わりつく熱気が煩わしい。

 体を包む暑さに一瞬眉を顰めるが、入り口の前に立っていた少女に気がついて表情を整える。


「はい。どうしましたか?」


「お忙しいところすみません。少しお尋ねしたい事がありまして」


 礼儀正しい言葉遣いで接してくる少女は我が校の制服を身につけていた。


 しかし、在校生でも入学試験を突破した新入生でもない。頭に詰め込んでいた多くの生徒の顔名前を洗って目の前の女生徒について思い出そうとすると、意外なところで情報がヒットする。


 統一大陸ではあまり見ない異邦の血の伺わせる顔立ちに黒髪。

 そう。確か彼女は推薦入学者の……、


「私は東山魔耶と申します。今期の新入生の推薦入学者です」


「……ああ。貴女は彼の」


 他の受験者以上に注意して動向を監視している彼の姿が脳裏を過る。

 一般新入生ではなく入学推薦者の使い魔という訳アリの立場で飛行船に乗船し、ジェスターの我儘でそのまま入学試験にも参加させてしまった少年。

 試験中ずっと、彼には申し訳ないと思っていた。


 立場上でも力量上でも、私は大精霊の言い分に逆らう事はできない。


 普段の戯言とは違い、頑なに試験に奴を参加させろと騒ぎ立てるジェスターを、私は最後まで止める事はできなかった。

 試験官側からすれば彼の参加は全く本意ではない。また、彼が試験に参加している経緯は正式なものではない為、主である魔女に事の責任を追及されれば弁明のしようがないのが実情だった。


 その際にどう説明すればいいのかと頭を悩ませていたのだが、まさか試験中にその問題に直面しようとは。


 嫌な汗が背中に流れるのを感じる。

 私の様子から何かを察したのか、微かに目を見開く少女。


「私の使い魔を知っているのですね? すみません。今、彼はどこにいるかご存じでしょうか?」


「彼は――」


 正直に言うしかないと覚悟を決めて口を開くと、


「――――レナード!!」


 テント内から切迫した声調のチェイリス先生が飛び出してきた。


 肝の太い彼女らしからぬ慌てた様子。

 傍らのお姫様人形も両手をわたわたして忙しなく飛び回っている。

 訪ねてきた少女が「先にどうぞ」という風に一歩下がったのを確認して、息を荒げるチェイリス先生に顔を寄せて小声で用件を尋ねる。


「どうしました? 何か問題が?」


「――問題がなんてもんじゃねぇ、特大の緊急事態だ。試験場の『試しの浅林』エリアに……『ラプチャー』が現れやがった」


「――っ!!」


 彼女の告げたその名前に息を呑む。


「確かですか?」


「間違いねぇ。受験生の一人につけている使い魔の視界に映っていた。それに、よくよく全使い魔の反応を確認してみるといくつか複数消えている。いずれも東のエリアに配置していた奴らだ。つまりこれは……」


「『帰れずの深域』からですね。何かしらのトラブルで結界を超えてきたという事でしょうか」


「どうする?」


 チェイリス先生は入学試験の現場監督である私に判断を委ねてくる。


 心臓が暴れて呼吸が乱れ始める。理性が最大の警鐘を鳴らしていた。

 初めての試みだけあって、不測の事態もある程度起きる事は覚悟に入れていたがこれは予想を遥かに超える危機。


 元々、『試しの浅林』には凶暴で危険性のある幻想生物が多数生息する。

 中にはラミアのような接敵するだけで命の危険すらある相手も存在する訳だが、活動するだけで周囲を巻き込んで被害を拡大させる生物、いわゆる災害級の幻想生物はいない事が前提だ。

 『朽ちぬ神代の森』の東の奥にある深部『帰れずの深域』には生息するが、強力な結界によって別の場所に移動しないように隔離されていた筈。


 だが、如何なる事態か、結界を抜け出して災害級の幻想生物が受験生たちがいるエリアに足を踏み入れている。

 しかも、よりによって『ラプチャー』とは……。


 渦巻く不安を振り払い顔を上げる。


「試験は中止です。チェイリス先生は至急、全回収班を出動させて受験生の回収を行ってください! それと、可能であれば戦闘用の使い魔で『ラプチャー』の足止めをお願いします。僅かでも受験生が逃げる時間を稼がなくては」


「テメェはどうする!?」


「私は校長室に行ってリーベル校長に助力を求めます。『ラプチャー』が相手では私たちでも対処は難しい……。校長ほどの実力者でないと倒す事も追い返す事もできないでしょう。私が戻るまで何とか持ちこたえてください」


「――ああ、任せやがれ!」


 覚悟を決めた表情のチェイリス先生は駆けだして回収班の方に向かう。

 事態は一刻を争う。

 私もこうしてはいられない――すぐに校長を呼びに行かなくては。


 駆けだそうとしてところで、待たせていた少女が視界に入る。


「マヤさん。申し訳ないですが用件は後に……」


「――――『ラプチャー』。別称で枯渇獣とも呼ばれるその幻想生物は、もし都市部に出現したら魔力インフラを一瞬で機能停止に追い込んでしまうほどの厄介な特性を持っている。特殊装備で身を包んだ戦闘職の一級魔法使い、数十名がかりの対応が推奨されている災害級の幻想生物。それが――『試しの浅林』に現れたのですか。一大事ですね」 


 小声で会話したつもりだが要所は聞こえてしまっていたようだ。

 感情の読めない微笑みを浮かべた少女は、有無を言わせぬ威圧感を纏う。


「見たところ人手が足りていない様子。――不肖ながら、私もお手伝いさせていただきます」

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