021_銀に輝く二人
鋭利な爪をもつ両腕がしなり、必殺の威力をもって少女に襲い掛かる。
空気が切り裂かれ、爪撃に巻き込まれた樹木がえぐり取られ、木屑と木の葉が飛び散る。その光景から、もし爪の先が掠りでもしたら人の体など容易く切り裂かれて致命傷になってしまうのを、理性だけではなく恐怖をもって思い知らされた。
一度で十分すぎる威力を持つ爪撃。
それが単発ではなく、連撃をもって繰り出される。
上下左右様々な方向から少女の細身に押し寄せ、怒涛の勢いで対象を蹂躙せんと回転し、加速度的に攻撃速度が上がる。息もつかせぬ爪撃は近づいたものは何であれ粉微塵にするという殺意に満ち、ラミアを中心とした両腕の届く範囲は、全て切り裂く暴風の嵐と化していた。
その、常人なら一秒たりとも生存していられない死の領域で、――銀髪の少女は舞踏する。
微笑みを浮かべ、汗一つかかず、優雅な身のこなしのままにステップを踏む。
当たらない。全く当たらない。衣服にも髪の毛一本にも掠りすらしない。まるでラミアが意図して彼女に当てないように調整しているのかと思うほどに、回避の動作を感じさせない僅かな身体の切り替えしのみで攻撃をいなす少女。
どうしても避けきれないと判断した爪撃に対してのみ細剣が蛇の如くしなって爪撃を弾き、攻撃の進行方向をずらしている。
「ギギィィイイイアアアアアア!!」
苛立たしげに鳴くラミアが、両腕から同時に大振りの爪撃を放つ。
それをお辞儀するかのような動作で容易く躱す少女。
大振りを出した事でほんの僅かにラミアの動きに硬直が入る。一瞬過ぎて本来であれば問題ない程度の、あるかないかの儚い隙。
その悪魔の時間に少女の細剣が滑り込む。初めから知っていたかのような完璧なタイミングで斬撃が放たれ、ラミアの右肩を斬り飛ばす。惚れ惚れするほどの美しい反撃。
苦痛に絶叫し、目の前の小さな少女に恐怖の視線を向けるラミア。
銀髪の少女は血で濡らした細剣を胸の前に掲げて、空いた左手でスカートを摘まんで笑みを返す。
――圧倒的だ。
これはもう戦闘ではない。踊りだ。
一方が一方の動きを完全に制御している。ラミアの一挙手一投足が少女のさじ加減によってコントロールされ、戦闘をしているつもりが相手の思いのままに踊らされていた。これを踊りと言わずしてなんと言えばいいのか。
圧倒的な実力差が両者の間に存在し、信じられないほど繊細な技術によってのみできる芸当。
「強すぎだろ……」
「うん。シーリアは強いよ。この程度の相手は戦い慣れているから……。今さら苦戦はしないと思う」
感慨もない調子で発言する少年に、俺は戦闘がこちらに飛び火しないか警戒しながら、彼の方を見る。
目の前で壮絶な戦いが繰り広げられているのに、彼は特に驚いている様子も戦っている妹を心配する様子もない。表情を歪ませて戦闘を見守っているが、それはただ単純に戦闘に巻き込まれやしないだろうかという不安の表情に見える。
彼も少女と同じで帯剣しているが、特に加勢しようという気はないようだ。
「手助けはしなくていいのか? 仲間……っていうか、妹なんだろ?」
「ええ……? 僕、必要かなぁ? シーリアだけで十分倒せるし、僕が出る幕はないと思うけど……。それと、戦うの怖いしなぁ」
苦笑いしながら自信なさげに呟く少年。
言っている事は間違ってこそないが、今の質問は兄として黙って見ているだけでいいのか? って意味だったんだが……。
第一印象通り、弱気で頼りないタイプのようだ。
「……まあ、弱い奴が加勢しても邪魔になるだけだし、俺も君も離れて見とくのが得策ではあるな」
「え?」
「……ん?」
俺の発言の何かが引っかかったらしい銀髪の少年。
思い返しても何が失言だったのか不明で、少年の反応に俺も疑問符を浮かべる。
「『具足よ、跳び運べ』!!」
超至近距離でラミアの猛攻を凌いでいた銀髪の少女は、突如、呪文と共にその場から飛び退る。
次の瞬間、先ほどまで少女がいた空間を疾風を纏った黒い暴力が通り過ぎる。
ラミアの尻尾による薙ぎ払いだ。上半身の動きにのみ集中していたら今の一撃は致命打となる危険性があったが、百戦錬磨の少女は視覚外からの攻撃も難なく回避してしまった。
魔法でブーストされた跳躍によって両者の間合いが大きく離れる。
呼吸を整える暇を与える気はないのか、地面を縫うように滑走して即座に距離を詰めようとするラミアに対して、立ち止まった少女は剣先をラミアに向ける。
「『撃ち崩す力ある魔の光。――収束、待機』」
少女の全身から可視化された魔力である薄青色の陽炎が上がり、小さき蒼星となって無数の魔力弾が少女の周囲に展開される。
輝ける光たちは奇妙な収束音を奏でながら解き放たれる時を今か今かと待つ。
迫りくるラミアに、慌てる様子もなく少女は呪文を詠唱する。
「『――――放て』!」
魔力の高鳴りと共に一つの魔力弾が射出される。
目標に向かって飛ぶ光は狙い違わずラミアの顔面に命中。青白い火花が迸り、破裂音が轟く。
衝撃で大きく仰け反ったラミアは一瞬よろめく。
「――シシィィイイ、シィ!!」
だがダメージは大した事ないのか、焦がした顔面を抑えながら再び距離を詰めようとラミアに――
「『連続、射出』」
無慈悲なまでの掃射が浴びせかけられる。
少女の周囲で待機していた数十の魔力弾が発閃光と共に打ち出され、我先にとラミアに殺到。
絶え間ない炸裂。轟き続ける破裂音。魔力弾自体は致命傷には至らなくても、数さえ揃えれば相手の動きを制圧して体の表面から、皮膚を、筋肉を、容赦なく弾けさせていく。
絶叫と共に何とか制圧射撃から逃れようと身をくねらせるが、魔力弾は直線で飛ぶのみならず追尾してラミアを狙い撃つ。
少しずつ、着実に、反撃すら許されずにラミアの死が近づく。
魔力弾を発射し続ける少女は、こちらの方をチラリと見た。
「兄様、そろそろ戦闘に参加してくれませんか? このまま私が倒してしまったら兄様が審査で寄生判定されるかもしれません。ここは共闘して倒しましょう! ほら、程よく弱らせておきましたから」
「え、ええ! 僕もやらないといけないの……?」
「当たり前です。――大丈夫! 兄様ならこんな奴、一撃です! 一撃!」
狼狽える兄を気遣っているのかいないのか、有無を言わさない少女は魔力弾掃射を続けつつ、ラミアを中心に回り込むように移動する。
少女に意図に気が付いた俺は戦慄する。
こっちを背後にして守るような立ち位置から、あえて魔力弾の射撃から逃げやすい位置に俺たちがいる位置関係に誘導している。
このままだと、魔力弾の制圧を嫌がっているラミアは少しでも被弾を避ける為に、少女から距離を取ってこっちの方に逃げてくる筈。
それが――少女の狙い。
「ま、不味いぞ! ラミアをこっちにけしかける気だ!」
「ええ!? う、嘘!!」
慌てる俺たちに、両手を交差して射撃を耐えるラミアの眼光がこちらに向く。
ラミアの狙いが変化したのを察したのか、少女は意図的と思われる所作で連射の発射間隔を一拍遅らせる。
その間隙をラミアは見逃す事なく、その瞬間にこちらに向けて滑走する――!
即座に逃げろと叫ぶ本能に、少年を置いてはいけないと引き止める理性。
一瞬の躊躇で動きが止まる俺の前で、少年が剣を抜く。
「おい! 逃げ――」
「――――」
この臆病な少年が戦える筈がない。
引きずって逃げようと手を伸ばした俺の前で、彼の気配が変質する。
世界の中心がそこにあるかのような圧倒的な存在感。
俺の意識は、迫りくるラミア、逃げる方向、そして少年の三つに向けられていたが、引きずり込まれる錯覚と共に俺はその場で起きていた全ての事柄を忘我し、少年に意識が持っていかれる。
強烈でありながら底冷えするほど虚ろな殺気。
先ほどまでとは全くの別人となった彼は剣を振り上げ、眼前に迫ったラミアを見据える。
刹那の間に放たれる斬撃。
本来なら見る事すら叶わない一瞬の先、雷が瞬く速度と同じ雲耀の世界。
それでも、俺は目撃した。幻覚かもしれないし、気のせいだったかもしれない。それでも、見えてしまった――
ラミアに上下左右前後の全方向から殺到する、数十にも及ぶ変幻自在の斬撃を。
「――あ」
呆けた声を上げた俺の目の前で、ラミアが無数の肉片に寸断された。
砂で作った像が衝撃で崩れるように、バラバラになったラミアの欠片が鮮血と共に派手にぶちまけられる。
ラミアを絶命させた張本人である少年は、血だまりで足裏を濡らしながら、相変わらずのビクビクした態度で恐る恐る剣を鞘にしまう。その様子からは先ほど僅かな間にのみ感じた異様な雰囲気はもう微塵も感じられない。
惨状を目にしても、今の瞬きの出来事が信じられない。
あれが――人間のできる動きなのか? この弱々しい少年の仕業と?
「流石は兄様!! ちゃんと羅針盤は避けて斬ったのですね! お見事です!!」
「はぁ……。怖かった」
血だまりから魔道具を拾う妹と、ため息をついて彼女に近づく兄。
自然な態度から、今の出来事が彼らにとっては別段驚く事でも気に掛ける事でもない事が伺える。
俺は――言葉も発する事も、その場から動く事もできない。
「ああ、そうそう。そこの貴方」
思い出した風な口調と共に俺に視線を向ける銀髪の少女。
「承知していると思いますが、くれぐれも私たちに付いてこないよう。お互いに寄生判定はされたくないでしょう?」
「――」
「……? どうしましたか?」
「――。いや、何でもない」
少女の言に俺は首を横に振る。
ドリームランドで見た巨人同士の戦いも壮観ではあったが、彼らの戦闘と強さはそれとはまた別次元の在り方。技の術理と魔法の深淵によって編み出された魔法剣士としての強さだった。
これが、戦闘を生業とする魔法使いの実力。
学校に入学するという未熟な段階でこの強さ。――感嘆を禁じ得ない。
魔耶と轡を並べて共に学校生活を送る事になるかもしれない相手――いや、かもしれないというのは消極的だ。彼らほどの実力者なら間違いなく試験を突破するだろう。
……そうだな。血生臭い出来事の後だったので少し気後れしたが、落ち着いて考えてみれば別に彼らに対して畏怖を感じすぎるのは良くない。魔法使いとは人知を超えた力を振るうものだ。強者ともなればこれくらいはやるか。
それに、純粋に彼らの力は素晴らしい。
彼らと交友を深めていれば今後面白い学園生活になるかもしれない。
これも何かの縁。
気が早いかもしれないが、事前に顔でも売っておこう。
「――別れる前に、二人の名前を教えてくれないか? 俺の名は白瀬虎太郎」
「はぁ? 勝手に名乗らないでくれませんか? 貴方のような弱い受験者がまともに試験をクリアできるとは思えませんし、名乗り合うだけ無駄でしょう。二度と会わない可能性の方が高いのですから」
「ぼ、僕はレイ・ソードラゴン。もしお互い合格出来たら、よ、よろしく……!」
「ぐっ……。――仕方ないですね。兄様の優しさに免じて名乗ってあげましょう。私はシーリア・ソードラゴンと申します。以後お見知りおきを」
輝ける美貌と絹のような銀髪を持つ二人の兄妹。
レイとは握手は交わすが、流石にそれは受け付けないとそっぽを向くシーリア。
結果的にとはいえヘルハウンドの脅威から守ってくれた事に改めて礼を言った後、俺は二人に背を向けて森の奥に足を向ける。
足を噛まれて全身あざだらけの状態、決して万全とは言えないが泣き言は言ってられない。足の傷を含めた全身の擦り傷は化膿するかもしれないので何処かで水場を見つけて処置をしなければ。
窮地こそ脱したが、俺は未だに合格の糸口を見つける事ができずにいた。
――そもそも、魔法も使えず知識もない俺が乗り切れる仕組みにこの試験がなっているか。それすらも定かではない。
今はただ、進む時だ。




