表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
19/40

019_支給ボックス

 山や森の中では方向感覚を失うという話を聞いた事があるだろうか?


 俺も知識では知っている。視界が悪く周囲に目印となるようなものがほとんどない場合、人間は容易に自分が何処にいるかがわからなくなってしまうという話だ。


 有名どころを挙げるなら、『リングワンダリング』などはよく聞く名だ。

 平地などで尚且つ視界が十分に確保できない場所で歩み続けると、歩行の偏りや歩幅の感覚の狂いにより、進行方向が常に同じ向きに修正されてしまうので、まっすぐ進んでいるつもりが無意識のうちに円を描くように同じ場所をグルグルと回り続けてしまうとか。


 もちろん、知っていたからこそ注意した。目印をつけたり、太陽の位置を確認したりと、できる限りの事はやっていた。


 でも、知識で知っているのと実際に体感するのとは訳が違う。

 知識で知っているだけの登山家気取りの挑戦者に対して、神秘の森は容赦なく牙をむいていた。


「……くそ。ここさっきも通ったな」


 樹木につけられた傷の後を見て、俺は何度目かの嘆息をする。


 状況は一歩も先に進んでいない。

 歩き始めてたったの三十分ほどだがこの体たらく。いきなり幸先最悪の有様に頭を抱えたくなる。


 試験に挑む事を決めた俺は、魔法学校へ向かう為にはまず方角と位置を知る必要があったので、最初にまず木に登って魔法学校を探すところから始めた。

 これ自体は特に問題なく終わった。

 ここら辺の木は針葉樹ではなくて広葉樹だった事もあって木登りしやすい。

 それと、朝も感じたが俺の体の調子がかなり良いので、普段なら四苦八苦しそうな小学生ぶりの木登りも難なくこなせてしまうほど身体に活力が満ちているというのもあった。


 だが、校舎の方角と太陽の位置関係を確認して、いざ正しい方向に歩みを進めた後に問題は発生した。


 何故かすぐに方向感覚を喪失してしまうのだ。僅か数分歩いただけで真逆の方向へ歩いているなどの事態が多発し、気が付けば同じ場所を行ったり来たりという事態に陥っている。


 途中、他の受験者とすれ違ったりも何回かあったが、似たような状況の奴は多いように感じた。

 魔法を使えるような奴らもそうなのだから、もしかしたら単純な自然の迷路というだけでなく、魔法的な作用も働いているかもしれない。


「……んー。ここは初めてかも」


 見た事のない大きな花が生えている獣道を見つけ、思わず呟く。

 道に迷っている状態が続いてストレスがかかっていると自然と独り言が増えるな、とそんな事を考えていると――


「――なんだあの箱?」


 自然界の中で明らかに浮いている人工物。

 草木の生えてない両手を広げた程度のスペース。そこに一メートル四方の木箱が置いてある。


 罠の可能性もあるので慎重に歩み寄る。

 近づくと蓋に何か文字が書いてあるのが見て取れた。


 残念ながら読めない。聖クウィントル語の読み書きすらできないのは致命的なので、この試験から生きて帰れたら勉強しようと肝に銘じる。

 とはいえ、長い文章じゃない。

 何かの単語が二つ並んでいるだけのように見える。


 意を決して蓋に触れると、簡単に蓋は外れてしまった。


 多大な期待こそかけないけども、現状を打破できる何かないかと思って中を除くが、その希望はすぐさましぼんでしまう。

 空だったわけではない。……けど、


「……どう使えばいいんだ?」


 箱の中身は何に使えばいいかわからない用途不明のガラクタばかりだった。

 見た印象だけで言うなら、理科の授業で使う実験道具や工業用の部品みたいなものと表現すればいいか。池から水とか汲むのに使えそうな瓶とかあるが、逆に言えば俺ではその程度しか使い道が見いだせない物ばかり。


 これが一体、何の役に立つ?


「お? ――失礼。そこのお主」


 背後から声をかけられて振り返ると、もじゃもじゃ頭の男子が頭を掻きながら近づいてきた。

 目の隈が酷く、服装からもだらしない印象を受ける受験生だ。寝不足だろうか。


「もしよければ拙者に中身を見せてくれないか? それは『支給ボックス』でござろう?」


「支給ボックス? そうなのか? いや、俺はここに置いてあった箱の中身を改めていただけなんだが……」


「そこの蓋に支給ボックスと書いてある。つまり学校側から試験に突破に用立ててくれというアイテムだと推察したのですが……違うでござるか?」


 彼の指差す先には先ほど開けて横に置いた蓋がある。

 あの二文字の単語は『支給ボックス』と書いてあったのか。なら彼の言う通り、学校側からのお助けアイテムである可能性は高いな。


 俺にとってはガラクタ以外の何物でもないので、そのまま箱の中身を譲る旨を伝えると、彼は「かたじけない」と言って箱に近づく。


「おお!! これは上々」


「お気に召したのか? 中身はガラクタばかりみたいだが……」


「ガラクタ? とんでもない! このような状況下では宝の山ですぞ!! 魔道具技師見習いの拙者、得意とするところはもっぱら開発や制作に関する事ばかり。サバイバルに応用できる魔法や知識があるわけもなく、部品や工具もない森の中では赤子同然と困り果てていたところにこの僥倖! 拙者の運も捨てたものではない!」


 興奮した様子で箱の中身をゴソゴソと漁る受験生。

 その嬉しそうな様子に惹かれて、先ほどガラクタと断じた俺も興味を取り戻して箱に近づく。


「へぇ。このよくわからない物品が役に立つのか?」


「お主がこの宝の山に対して価値を見出せないのは、恐らく魔道具技師としての知識が何もない為と思うのだが、如何に?」


「そうだな。その魔道具技師? って言葉も聞いた事ない。単語から察するに魔道具を作る人の事か?」


 魔道具という不思議なマジックアイテムが存在するのだから、当然、作っている人もいるだろう。

 無知から来る曖昧な言い分に、しかし馬鹿にする事なく受験生は頷く。


「如何にも。その通りでござる。――魔道具技師にも様々な専門職があるが、基本的には魔道具の開発、作成、改造、調整、メンテナンスなどを生業とする技術者の事ですな。拙者、ある絡繰り仕込み専門のプロ魔道具技師の一番弟子なので、その方面に対してそこそこの知識があるでござる。――この部品たちに価値を見出せるのもその為ですな」


「……君の視点だと価値があるものなの?」


「当然でござる!! 小型動力コアに骨格フレーム! 魔伝導チューナーに形状変化魔合金! あと、純粋に魔道具作成用の工具も一式揃っているので、この場で開発作成も可能。そして何より品揃えがいい! ちょうど魔力場計測計や指定マーカー探知機があればと思っていたが、ちょうどその作成に必要な部品がこの中に揃っているござる!! これなら短時間でそれなりのものが作れる筈。いやぁ、助かり申した」


 彼の言い分は俺は納得し、同時に何故この箱が支給ボックスとしてここに置いてあったかを理解する。


 この箱は学校側が試験の為に設置のは間違いないだろう。そして、その意図は試験合格における有用な能力の偏りをなくす為に違いない。

 今回のようなサバイバル形式の試験では、受験生の持つ能力の方向性によって有利不利がハッキリ出てしまう。生存能力に優れたアウトドア系の魔法使いなら問題ないが、彼のように技術者や研究者方面の人材では、試験クリアに必要な能力と自己の能力が合致せず、実力があるにも関わらず不合格になってしまう可能性がある。


 それでは不平等。そうならない為にも、色々な分野で試験をクリアできるような仕掛けがあると推測できる。

 この支給ボックスはその一環だろう。


 そう考えると、技術者でも研究者でもない俺はこのアイテムを活かす術はなさそうだ。


「俺は先を急いだほうがよさそうだな。ここにいても仕方がない」


「そうでござるか」


 箱から離れて次に進む道を探す俺に、魔道具技師見習いの受験生はこちらに振り返る。


「お互い無事合格できるよう祈っているでござる」


「ありがと。まあ、俺はちょっと君たち受験生とは事情は違うんだが……とにかくお互い頑張ろうな。――俺の名は白瀬虎太郎。一緒に入学出来たら仲良くしよう」


「今、自己紹介するのは気が早い気もするでござるが……。拙者の名は、ムーラン・ポッコでござる。以後よろしく」


 今後の友好を祈って握手を交わした後、俺はその場から離れる。


 できれば彼に助けを求めたがったが、それは筋違い。協力は許可されているが、寄生と判断されるのを防ぐ為に基本的に皆自分の力で試験に挑んでいる。そして俺は魔法も使えず知識もない。こんな俺と共に行動したら間違いなく寄生判定を取られるだろう。

 寄生で不合格になるのは、寄生された側も同じ事。迷惑はかけられない。


 正直、言葉が変に訛っているせいで聞き取り辛いのだが、彼本人は今後も関わり合いたいと思える好感の持てる人物だった。

 自分の進むべき道をしっかりと定めていて、その分野で役立つ知識と能力を備えている。そういう人物との交友関係は大事にしたいなと考えつつ、俺にはそんな知識と能力があるのかと自問自答する。


 やはり場違いな試験に参加してしまったかもと、不安を抱えながら俺は深い森の中を突き進んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ