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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
17/40

017_飛行船にて

 飛行船内部はもう普通に近代的だった。

 床はタイルで窓はガラスだし椅子はレジャーシート。

座席が数席ごとに列になって並んでいる感じは飛行機の機内のような構造だが、一見した印象では洒落た劇場というイメージが先行する。機能性と美観性を兼ね備えた船内は見事なものだった。


 かなりの数の座席があるが、すでに着席済みは三十席前後くらいか。

 これからいくつもの都市を経由するだろうし、全体の新入生の数はもっと増えるだろう。


 何処に座ってもよかったが一応、ガロフとセイラの姿がないか周囲を見渡すと、近くの後部座席から覗く犬耳を発見する。


「隣いいか?」


「うむ、問題ない。遠慮せず座れ」


 座席の上にちょこんと座るガロフ。

 その隣の通路側の席に腰を下ろす。


「乗船が遅かったみたいだが、何かトラブルか?」


「ちょっと色々事情があってね。――セイラは?」


「アイツなら目を輝かせて何処かに行ってしまったぞ。あの様子だと……、恐らく船内を探検しに行ったのだろうな」


「ああ、なるほど」


 セイラは田舎育ちだから近代的な乗り物が物珍しいのだろう。俺も初めて飛行機に乗った時はワクワクしたものだ。


 ふと、体の奥底が軽くなるような浮遊感に一瞬襲われる。

 何かと思って窓の外を見ると、すぐ傍にあった緑の草原があっという間に小さくなり、代わりに視界が加速度的に広くなっていく。どうやら離陸したようだ。


 現代社会の旅客機なんて目じゃないほどスムーズな離陸と飛行。

 これを実現する為にこの飛行船にもいろいろな魔法が働いているのだろうなと考え、科学技術をあっさりと上回る神秘の偉大さに、現代日本の生まれとして負けたような気分になった。


 それからの空の旅は実に快適なものだった。


 たまに何処かの街や都市に着陸して、新入生を回収しては離陸を繰り返し、これといったトラブルもなく目的地に近づいて行っている。

 その間、ガロフにワンガル人の事について教えてもらったり、逆に俺の身の上話をしたりと、有意義なコミュニケーションで時間を消費する。


 途中でセイラが戻ってきたので三人で楽しく雑談をしていると、ガロフの口から気になる単語が出てきた。


「ロックフェロー貿易都市も怪盗騒ぎで騒がしかったからな。悪い街ではなかったが、今は離れられてせいせいする気分だ」


 騒がしいのはどうも好かん、とお爺さんのような発言をするガロフ。

 聞いた事のある単語に俺は昨日の保安官の発言を思い出す。


 確か、「白の魔女の怪盗騒ぎ」がなんとか……。


「その怪盗騒ぎっていうのは? 昨日、立ち寄った保安官事務所でも同じ話を聞いたけど」


「ああ、耳にしてなかったのか。――三日前にな、ロックフェローの南六区にある都立美術館で、魔導委員会が保有する歴史的にかなりの価値がある文化遺産が盗まれたらしい。例の白の魔女の仕業だ。最近はおとなしかったようだがまた活動を再開したらしいな」


「美術館から……盗まれた」


 昨日、保安官が妙にイライラしていたのはその件も関係していたのだろうか。どうやら、間の悪いタイミングで訪ねてしまったらしい。


 今、唐突にピンときたが、魔導委員会との接触を非常に嫌がっていたのもこれが関係しているのかもしれない。

 もしかしたら美術館の警備や諸々の対処を保安官が任されていて、そのうえで呆気なく魔導委員会が保有する物品を盗まれたとしたら、魔導委員会から相当な大目玉を食らったと想像できる。

 失態直後で別件の話を通しづらい事情があったのかもしれない。


「にしても――白の魔女? っていうのは何者なんだ?」


「ええ!! コタロウは白の魔女を知らないんですか? あの伝説の存在を!?」


 聞き手に回っていたセイラが驚いて声を上げる。

 ガロフも意外そうな顔でこっちを見ていた。


「別世界から来たばかりなんでな。世事に疎いんだ。で、有名なのかそいつ?」


「有名というか……田舎の子供でも知っている伝説クラスの知名度ですよ。『七色の魔女』の話は」


「七色?」


「どんな個人でも、軍団でも、国家でも手に余る圧倒的な実力を持つ魔女。並び立つ者なき災厄の権化にして、今の時代でも潰える事なく続く生ける伝説上の存在。その脅威と恐怖を決して忘れる事がないように、最も覚えやすく忘れにくい色別法にて『七色』の蔑称を与えられた七人。

 それが『七色の魔女』こと――――()()()()()()()()()()


 おどろおどろしい説明に、俺は片眉を上げる。


「犯罪者だって? 偉人や英雄じゃなくてか?」


「はい。絶賛指名手配中のすっっごい悪い魔女たちです。その悪行が伝説に残ってしまうほどのもので、そりゃあもうあらゆる方面から目の敵にされてます! もし七色の魔女の一人でも捕まえる事でもできれば、その人は全世界から称賛されて一躍英雄に祭り上げられるでしょう! それほどの絶対共通社会悪として広く認知されてます」


「そんな存在が七人もいるのか……」


「……それは違う。第一、今となっては古びた伝説だ」


 セイラの説明にガロフが口をはさむ。

 とにかく恐ろしい存在として語るセイラに対して、ガロフは逆に大した事ないと言うように鼻を鳴らす。


「七色の魔女は数百年前から続く脅威だが、その長い年月の間に半分近くは捕まって処刑されている。――『青』、『緑』、『黄』は処刑されてすでにこの世にいない上、『赤』と『黒』もしばらく世間を騒がせてないから死亡説まで出ている。あとは『紫』だが……あれも確かどこぞの国が捕まえて収監しているって話だ。処刑はしてないみたいだが」


「百年前とかは凄かったらしいですよ! 赤の魔女の大虐殺とか、緑の魔女の国滅事件とか。他にも伝説級の話が色々残ってますけど、今となっては世間で話題になるのは、せいぜい白の魔女の怪盗騒ぎだけですね。そう考えると、今って平和な世の中ですよねー」


 しみじみと言うセイラの発言に頬を引きつらせる。

 百年ほど前までは虐殺とか恐ろしい事件が頻繁に起きてたとか、世紀末過ぎるだろ異世界。そんな災害レベルの悪事をたった個人の力で行えるだなんて、相当な力を持った存在もかつてはいたらしい。

 その時代に魔耶の入学が被らなくてよかったぜ。


 そして、唯一残っている七色の魔女が、今回、ロックフェロー貿易都市で怪盗騒ぎを起こしたという話。


「怪盗――つまりは盗みか。なんかそれだけ聞くと大した事なく聞こえるな。その白の魔女っていうのは。あくまで人殺しとかと比較した場合の話だけど」


「実際、七色の魔女では一番マシな部類だろう。オイラたち庶民には一切の関わり合いがなく、不利益を被るのは組織や金持ちだけでしかも別に命を奪われるわけでもない。そういう意味でも、別に怖がる必要はない存在だ」


 大した輩ではない、と断言するガロフ。

 そこに話を聞き終えたセイラが「それはそうですけどー」と発言を差し込んだ。


「でも、白の魔女の凄いところは狙った獲物は絶対に逃がさないという点です! 今まで、彼女に狙われて一度たりとも宝を守り切った前例はありません。どんな対策を講じても盗み出してしまうので、一度狙われたらもう諦めるしかないと言われるほど。人をたくさん殺したとかよりも、ある意味で凄いですよねこれ!」


「……どんな宝も盗み出す怪盗か」


 どういう人物なんだろうな。怖いもの見たさで会ってみたい気もする。


 しかし、七色の魔女伝説か。思っていた以上に興味深い話だった。魔耶は七色の魔女について既知なのか気になるところだ。

 もし知らなかったら土産話として次会った時に話してやろう。

 相手は犯罪者なので不謹慎ではあるが、伝説上の七人とか、ちょっとカッコいいしロマンあるよな……。四天王や三銃士みたいな。


「……あ! 見てください!」


 窓際の座席に座っていたセイラが、顔を窓ガラスにくっつける勢いで外を望む。

 つられて俺も外界の風景を眺める。


 飛行船は樹海地域の上空を飛行しているらしく下を見遣ると鬱蒼とした森林が広がっている。ちょっとした山岳地帯でもあるのか、傾斜の激しい地形とも相まって人が暮らすには適していない秘境といった場所だ。

 そんな環境の中、視界の端にそれなりの規模をありそうな町が見える。


 山々のちょうど間に存在するその町の名前はグテールバルド麓町。


 都市と言うには小規模だが、村と言うにはいささか発展しているその町には、それなりの数の建物がデコボコの地形を上手く利用する形で点在する。遠目からパッと見ただけでもそこそこ栄えた町だという事が伺えた。


「あれがグテールバルド麓町か。交通の便が厳しい地域にある町も関わらず、グラズヘイム魔法学校に隣接する町という事で栄えた魔法学校ありきの麓町」


「元々は小さい村だったらしいですが、グラズヘイム魔法学校ができた後に魔法学校関係者がどんどん移住する事によって人口が増えたんですよね。全校生徒が住む寮も麓町にあるので、あそこで暮らしている人の半分近くは生徒なんじゃないでしょうか!」


 今から住むのが楽しみという風に瞳を輝かせるセイラは、その視線を別の場所に向ける。


「そして、古めかしい城塞のように見えるあれがグラズヘイム魔法学校だと思います! すごい雰囲気ありますね!」


 グテールバルド麓町から続く登山道。

 千本鳥居のような石柱のアーチに囲われた階段を上った先、山の中腹から頂きにかけて存在する巨大建造物がその姿を晒す。

 セイラは城塞と表現したが、俺にはどっちかと言うと城、城壁、塔、聖堂、劇場、闘技場などの建造物を密集させて無理やり一つの建物とした混沌のイメージが先行する。そのくせに全体の美観を損なう事なく、別々の機能を持つ建物たちの調和がとれていて遠目から見ても立派な建造物だと思ってしまう格式高さが、その魔法学校からは感じられた。


 山の上にもう一つ小山が乗っているように感じられるほどの規模と存在感に、気付けば視線を奪われる。


『――新入生の皆さま』


 唐突に響く声に、ようやく窓の外から視線を外す。


 飛行船の機内スピーカー……ではない。

 頭の中に直接声が入ってくるような奇妙な音声。見渡すと他の新入生も微かに顔を上げて静かにしている様子から、乗員全員の脳内に響いているらしかった。


『当飛行船は最終目的地に到着いたしました。新入生の皆さまは速やかに船内後部デッキにお集まりください。繰り返します――』


 アナウンスが告げる内容に新入生たちはざわつく。


 皆の気持ちを代弁するように、ガロフは口を開く。


「妙だな。まだ校舎にも麓町にもついていないのに一箇所に集められるのか。普通、そういう事は何処かに着陸してからだろうに……。――何やらきな臭くなってきたぞ。オイラの鼻にビンビンくる」


「けど、従わないわけにもいかないだろ。速やかに移動しろって言っているし、とりあえず動こう」


 違和感を感じつつも、周囲の新入生たちが一斉に荷物を抱えて移動を開始したのを見ながら俺は立ち上がる。


 そうして船内後部に移動すると、そこは展望デッキとも言うべき場所だった。

 室内でこそあるが、天井以外、壁も床もガラス張りで掴まる場所も椅子も何もない。外界に広がる樹海を足元にするちょっと見晴らしが良すぎる広い空間に、制服を身にまとった百名近くの新入生が所在なさげに立っている。


 座席に座っていた時は気がつかなかったが、結構な人数がこの飛行船に乗っているらしい。中には堂々とした態度の奴もいるが、基本的に皆これから何が起こるかわからずに不安な様子。


 俺も今後の展開に警戒しながら周囲を見渡していると、


「皆さまお集まりになられたようですね」


 人垣の先。船内後部デッキの一番端で知っている人物が声を上げる。


 落ち着いた雰囲気で皆を安心させる好人物。レナード先生だ。

 その隣には、相変わらず人を小馬鹿にする態度で不愉快さを沸き立たせるピエロが、汚い笑みを浮かべて有象無象を見下している。


 しかしジェスターは初対面の時のように無駄にお喋りする事なく、ただニヤニヤとしているばかり。

 今は比較的、大人しくしている様子だ。


 喋らないジェスターの代わりに、フロアの全員に声が届くような大声量でレナード先生の声が拡散する。

 拡声器のような魔法を使っているらしく、静かな声が異様に響く。


「さて。察しのよい方は疑問に思っている事でしょう。なぜ、この場所に集められたのか? 学校に到着する前に何かあるのではないか? と。――それはとても聡い推察です。はい、実は私、皆さまに隠していた事があります」


 急な告白に新入生たちのざわつきが一層大きくなる。


 ――隠していた事?


「皆さまは書類審査にて我が校、グラズヘイム魔法学校に入学を許可されたわけですが、実際問題、書面上の数値や文言だけでは申請者の正確な実力や人となりは判別できないのが現実。我が校は皆さまもご存じの通り、多くの逸材を輩出してきた歴史ある名門ですので、心苦しくも入学に適さない人物ははじき出す事を常としています」


 前提となる話をするレナード先生。

 言っている内容は理解できる。俺もセイラから入学決定までの流れを聞いた時は、書類審査のみで入学を認めるなんて名門と言っても意外と広き門なんだなと感じたもの。

 加えて、授業料を含めたお金のかかる何から何まで魔導委員会が負担してくれるのだから、教育者側が太っ腹すぎると思っていた。


「近年、業界では学歴ばかり立派でも現場で役に立たない人材が増えてきた、という話を耳にした事はありますか? 教育の最前線を担う我が校は、そのような状況を生み出している事に一部の責任を感じ、常にそれを改善していきたいと考えています。

 もちろん、優れた教育という形で皆さまには相応しい知識と技術を身につけてもらえるよう尽力いたしますが――そもそも、大成する素質のない者に限られた教育リソースを分けるわけにもいきません。卒業者に栄光を約束する我が校は、多くの在校生を大成させる義務があるのです。

 しかし、実らぬ稲穂ではそれは叶わない」


 レナード先生は優しい声音で厳しい内容を説明する。


 新入生からしたらひたすら耳の痛い話。

 これから入学して新しい環境で頑張っていこうという俺たちに対してかけるべき言葉ではない。普通はもっとポジティブな話題にする筈だ。これでは、ただでさえ不安な新入生の気持ちをさらにかき乱している。


 それでもあえてその話を今するという事は、これから起こる出来事はその話が大前提なのだろう。


 両手を広げたレナード先生は、ぐるりと目の前の新入生たちを見渡す。


「我が校に入学する者は大成する可能性がある事。最低でも、現段階である程度の困難を打ち砕く知恵と精神を持っている事が条件です。――ですので皆さまには今日この場所にて、自らが輝かしい未来を勝ち取る実る稲穂である事、その証明をしていただきます」


 俺たちを試すように、レナード先生は宣言する。


 ここまでくればこの後の展開も読める。

 要するにこれから始まる事、それは――


「これより皆様に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。聞き逃しのないようご注意ください」

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