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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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016_道化の気まぐれ

 徐々に近づく飛行船に圧倒され、自然とその場にいる全員が中腰になる。

 飛行船は低いような高いような音階の不思議な音を発しながら、ゆっくりと目の前に着陸しようとする。その音はまるでクジラの鳴き声のようで、聞く者の不安を逆撫でた。


 ドスンと、着陸の衝撃で地面が少し揺れた後、飛行船は完全に着港した。

 見上げれば全体の九割を占める横長のドデカい気嚢が視界を占有し、視線を下ろすと気嚢の真下にコバンザメのように船室がくっついている。


 その船室の分厚い気密扉が、ばがん! と開き、――中からピエロが飛び出す。


「ハッハッハァーーァァアア!! コレはコレは、心の死んダ未来あるワカモノたちぃぃいいい!! ゴ、キ、ゲ、ン、ヨォォォオオおおおお!! ハッハァーッ! 揃いも揃って不景気な面しやがってヨォ! 元ェ気ィィないじゃないの! ドウシタ? ドウシタ? もしかしてシんでる? ――生きてナイォォォおおお!!??」


 耳障りな金切り声に意味不明な発言。

 明らかにふざけているとしか思えない道化師の恰好をした人間に、その場にいた誰もが呆気に取られてしまう。


 ――いや、人間なのか? 


 三日月の様に飛び出した額と顎は人間の顔面とは思えない。

 体も異様に細すぎる。ウエスト、肘に膝の関節周り。特にそのあたりがまるで木の棒のような細さで、今にも折れてしまいそうなほど危うく。そしてアンバランスだ。

 真っ白な顔には裂けた口が一つ。獣の眼光が二つ。ノッポの鼻が一つ。


 トランプに描かれたジョーカーを連想させる姿をもって、そのピエロは笑い声を上げ続ける。呪われているように永遠に笑う。


 見る人聞く人を不快にさせる笑い方で爆笑するピエロは、笑い死ぬと言わんばかりに、自分の膝をバンバン叩いてこちらを指差す。


「笑ウときに笑ラえない。キミたち、ソンな人生たぁああのしーーのぉォォオオおお??? ココは笑ウところデショウがよぉ。笑ラえないナラ、シんだらどぉよ。夢ト希望ヲ携えて、テメェらは魔法学校へと入学スル。だあァァァってのォォォにさああああ、――――そんな調子で生き残れんのかよカスども」


 ゲラゲラと、冒涜的に、退廃的に、ただ人を玩弄して侮蔑するピエロは、笑いながらぴょんぴょんと飛び跳ねて草原を駆け回り始める。


 一体この状況は何なのか。これは何かのイベントか? もしかして試されているのか? というかこの男は何者?

 疑問が頭の中を渦巻き、誰もが困惑して次のどうするべきかを決めかねている中、ふと飛行船の入り口からもう一つの人影が現れる。


「ごきげんよう、新入生の皆さん」


 落ち着いた雰囲気を持つ若い男性だ。

 モノクルをかけているので知的な印象を受ける彼は、微笑みながら飛行船から降りて礼儀正しく挨拶をする。

 ピエロの反応に比べればあまりに普通で当たり前の挨拶に、ようやくショックから抜け出した新入生はその男性に意識を向ける。


「私はグラズヘイム魔法学校に所属する教員の一人、名をレナード・ウェンカイトと申します。校長より今期入学される皆さんの案内役を仰せつかりました。どうかよろしく」


 にこやかに笑う男性教師。初対面にして好印象な先生だ。

 整った美貌とスタイルに洗練された立ち振る舞い。いかにも女性受けしそうなムーブにその場に居た女子の新入生は微かに色めき立つ。


 その様子を見ていたのか、ピエロが踊りながらレナード先生に擦り寄る。


「クックックッ!! レナードの旦那ァ。さっそくゥ人気取りカァァア!?? イイネェ! 好キ者だねェェ!」


「うるさいですよ、ジェスター。貴方のせいで皆さん混乱しています。どうかお静かに」


「ばっきゃろうぅ!! 俺様のコトはハーレクインと呼ベェェい!!」


 頭に手を当てたピエロがエビぞりになって奇声を上げる。

 さっきから奇行三昧のピエロに「困った方ですね」という風に、苦笑を漏らすレナード先生。


 その二人のやり取りを、何とも言えない空気で見守る俺たち。

 察するに、ピエロは学校関係者と見ていいのだろうか。

 逸脱し過ぎた見た目と言動なので変質者の類かと思ったが、学校側の教員がピエロに対して追い払うでも捕まえるでもなくそのまま放置しているという事は、ピエロの存在自体は許容しているという事か?


 ピエロの立ち位置がわからずに俺は眉を顰める。


 俺と同じ疑問を持った新入生が他にもいたようで、一人の新入生がおずおずと手を挙げて「あの……」と言葉を発する。


「はい。なんですか」


「えっと……。そっちの人は一体誰なんですか? 先生……なんでしょうか?」


「ああ、ジェスターに関してはお気になさらず。彼は我が校を守護する大精霊様なのですが、今回、どうも新入生を冷やかしたい気分だったようで勝手についてきてしまったのです。話しかけられても気にせずに無視してください。相手をするだけ無駄です」


「は、はあ」


 周囲から胡乱な視線を向けられる中、注目の的であるジェスターは「その名デ呼ぶなァァぁあああ!!」と苦しみ藻掻くように絶叫している。


 こ、これが精霊。ファンタジー世界を代表する魔法生物と言えば真っ先に名前が挙がるようなカテゴリだが、その実態がこんな変質者紛いな存在とは思わなかった。もっと厳かというか神秘的で神々しい感じじゃないのか。

 完全に神秘性とか吹き飛んでるぞ。


 異世界での精霊自体がそういう立ち位置なのかと思い、周囲の反応を伺ってみると、皆一様に微妙な表情でジェスターを見ている。

 ……どうやら、精霊カテゴリ自体がおかしいのではなく、この精霊の頭のネジが外れているだけのようだった。


 ジェスターの反応を完全に無視したレナード先生は、右手で船室の入り口を示す。


「では皆さん。飛行船に乗ってください。この船で皆さんをグラズヘイム魔法学校まで送迎します」


 レナード先生の言葉に顔を見合わせた新入生たちは、足元の置いてあった大荷物を持ち上げて順番に船室の入り口へと向かう。


 飛行船に乗り込む前に、扉の傍にいるレナード先生に新入生たちは何かの書類を提示している。それを確認したレナード先生は確認が終わった新入生から順に船内にいれていた。

 恐らく入学許可証とか、そういう類の書類だろう。


 ……さて。ここだ。

 俺はこの場で唯一制服を着用していないし、書類とかそういうものは所持していない。新入生ですらない。

 この飛行船に乗る権利を持っているかどうかは微妙なところだ。魔耶がいたら事情は違うが、生憎とここにはいない。一応は事情を説明してみるが、場合によっては乗船を渋られる可能性もある。その際は何とかレナード先生を説得しなくてはならなかった。


 内心の緊張をおくびに出さないよう平静を装う。


 新入生たちが一人一人船の中に消え、やがて俺たちの番がくる。

 ガロフが乗って、セイラが乗って、次に俺――。

 

「すみません。ちょっとお待ちを」


 案の定、俺の番になるとレナード先生と制止の声を上げる。


「貴方。指定の制服はどうしたのですか? 全新入生に事前に送付されている筈ですが……。いえ、そもそも貴方……我が校の新入生ではありませんね? 私は顔と名前を全員分頭に入れていますが貴方を知りません。――何者ですか?」


 優しい声音だが、少し警戒した様子で立ちふさがるレナード先生。

 俺はできる限り物腰柔らかい態度を心がけながら「実は……」と事情を説明する。


 俺は推薦入学者である東山魔耶の使い魔である事。

 この世界に転移してきたときに事故で魔耶とはぐれた事。

 何とか魔耶と連絡は取れたが、彼女は迎えにこれそうにないので自分で学校へ来るように指示された事。


 それらの事情を伝えて、例外的に飛行船に乗せてくれないかとお願いする。


「なるほど。そういう事情が……」


「こちらの不手際で申し訳ないのですが、何とかならないでしょうか? お願いします!」


 真摯さを心掛けて頭を下げると、レナード先生は「頭を上げてください」と優しく諭す。


 顔を上げた俺はレナード先生の反応に、心の中で冷や汗をかく。

 こちらの事情に理解は示しているし、嫌な表情こそしてないが、微妙な表情の動きから読み取れる難色の気配。これは――マズいかもしれない。


「しかし、参りましたね。私としても何とかしてあげたいのですが、こういう場合は話の真偽を確認しない事には何とも――」


「――――別にイイじゃねェェかよ。レナードの旦那ァ」


 意外な方向からの助け舟に、俺は驚いてそっちを見遣る。

 ヘラヘラと笑いながらにじり寄ってきたジェスターは、レナード先生の肩をバンバンと力強く叩く。


「ココまで来テよォォ。駄目ッつッて追い返しちまうのはヨォォお、いくらナンでも可哀想じャアねェかァ!! 俺様モ泣いちまうゼ! 泣いテ、笑っテ、その末にシんじまうゼェェえええ!!?? ひでェェ話だよナァァあ??」


「……しかし。私は新入生の安全を守る義務があります。身元の確認ができない人物を船に乗せるのは……」


「ケチケチすんなヨォォ!! 校長とマブダチの俺様がいいッて言ッてんダゼェェえええ!!」


 レナード先生とジェスターの視線が絡み合う。

 真剣な眼差しのレナード先生に対して、周囲を愚弄するようなヘラヘラとした嘲笑を隠そうともしないジェスターは、見下す視線で相対するレナードを威圧する。


「わかっているのですか? 新入生たちの行事に彼を巻き込む事になるんですよ。その意味を理解して――」


「グダグダうっせぇェェええなアアァア!! だ、か、ら! 巻き込めッて言ッてんだろがぁあああヨォォおお!? コイツはウチの学校と無関係じャあネェんだろォ? なら問題ネェだろウが!!」


 甲高い奇声が近くで発せられ、キンキンと頭が痛む。


 何故かこちらに肩入れしてくれるジェスター。

 彼の思惑はわからないがこの展開は悪くない。まさか学校側の人物が擁護してくれるとは思わなかった。


 この好機が実るように内心で必死に祈る。ここで俺が口を出してもいいが、正直、破天荒過ぎるジェスターと口並みを合わせられる気がしない。ここは彼に任せるしかないだろう。

 文字通り彼がジョーカーとしての働きをしてくれるよう願う。


 数秒の沈黙の末、最後にレナード先生が嘆息した。


「この場で揉めても仕方ありません。この後、彼の今後の処遇について少し話し合いましょう。とりあえず今は――」


 レナード先生はジェスターからこちらに向き直って、


「コタロウ君でしたか?」


「は、はい!」


「いいでしょう。飛行船に乗ってください。――くれぐれも、問題を起こさないように」


「あ……ありがとうございます!!」


 感謝のお辞儀をしながら、嬉しさのあまり目尻が潤むのを感じる。

 やった、成った。これで魔耶と問題なく合流できるし、入学式にも間に合わせる事ができる。これ以上ない結果だ!


 顔を上げてジェスターの方に向き直り、ピエロの不気味な雰囲気に怖気づくを内心を叱咤しながら口を開く。


「ありがとう――ハーレクイン」


「ばッつッつきゃろうぅがアアアアあああ!! 俺様のコトはジェスターと呼ベェェええええいッ!! このスカポンタンがァあああッ!!!」


「――――ええぇ?」


 目の前で噴火するジェスターの怒りを浴びせられ、困惑を隠せない。


 ……さっきと言ってる事違うじゃん。

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