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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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015_新入生たち

 建物から伸びた巨大風車が回っている。

 一つではない。いくつもの建物から生えている風車群が強風の中、若干耳障りな車軸の軋む音とともに回転している。

 ロックフェロー貿易都市は区画ごとに特色があって、ここ一体の区画は前後左右どこを見ても風車が視界に入るほど風車が多い。地形的に東から吹く風がもろに受ける場所なのか、確かに風が強く吹いて衣服がバタバタと乱される。


 吹き付ける強風に目を細めながら、セイラと共に先を急ぐ。

 この区画は人はあまり見ない。

 すれ違う人もほとんどおらず、その寂寥感と風の在り様からまるで雲の上にいるかのような印象を受ける。


「それにしても、コタロウの探し人がまさか私と同じ魔法学校の新入生だったなんて、まるで物語みたいな偶然ですね!」


 新品の制服を風に煽られながら、声が搔き消されないように大声で叫ぶセイラ。


「確か、マヤさんでしたか? 私、友達になれますかね!? 勉強も大切ですけど、学校で友達をたくさん作るのが目標なんです!」


「それは――いい目標だ! 俺が魔耶との間を取りなしてやるよ。心配するな!」


 風が顔面を叩きつける中、構わず話すセイラに俺も負けじと声を張り上げる。


「ところで、飛行船の話。あれに間違いはないよな!」


「はい! 今日の蛙の刻、東十二区の外れにあるレイヤード草原にグラズヘイム魔法学校行きの飛行船が寄港します! 今年入学の新入生は皆それで学校へと送迎される手筈になっています!」


 セイラの説明に、自然と口元に笑みが浮かぶ。


 グラズヘイム魔法学校には様々な地域から生徒を迎え入れている。

 その際、送迎バスならぬ送迎飛行船が各地域に寄港して生徒を回収し、最終的にグラズヘイム魔法学校へと全員を運ぶ。

 どうも、魔法学校は交通の便が不便な場所にあるらしく、魔道委員会が保有する飛行船を学校が借り受けて毎年生徒の送り迎えに利用しているのだとか。生徒たちは普段、魔法学校の寮で暮らす事になるが、年末年始などで実家で帰る時などは飛行船で最寄りの都市に送り迎えするという。


 セイラからこの話を聞いた時、グラズヘイム魔法学校へ向かうにはその飛行船に乗せてもらうしかないと確信した。


 今回来る飛行船に乗れれば、入学式にも間に合う。

 話を聞く限り、生徒しか乗れないみたいなのだが、俺は推薦入学者の使い魔という立ち位置。


 一応……乗れる筈だ。


 万が一乗れなかったら死ぬ気でごねてやろうと内心で覚悟を決めていると、建物が密集する地帯を抜け、視界が開ける。


「――――凄いな」


「ここがレイヤード草原です!! ひっっろいですね!!」


 見渡す限り建物一つない緑の草原。

 胸がすくほど圧倒的な広さ。ずっと先の地平線と空との境界線が繋がって見える。強風が草原の草を薙いでまるで波のように大地へと広がっていく。

 高低差の違う丘がいくつかあって、平坦ではなく割とでこぼこした草原に、惑星が生きている事を思わせた。


 地球にも似たような場所はあったのだろうが、海外旅行した事のない俺には縁遠い風景だった。


「あれを――!」


 セイラが指差したところに視線を向ける。


 草原の比較的手前にある一角。

 数十平米ほどのスペースだけ土草ではなく石畳となっている場所があり、バス停の看板のようなものがちょこんと寂しく立っている。


 そこにセイラと同じ制服を着た七~八名ほどの生徒がまばらに立っていた。


 在校生はこの時期には帰郷していないとの事なので、あれがロックフェロー貿易都市及び周辺の町村から入学する今期の新入生だ。

 

 俺たちも地面が舗装された東十二区の地区から足を踏み出し、他の新入生たちと合流する。


 楽しく談笑している――といった雰囲気ではない。まず風が強すぎるのでまともに会話するのに適さないというのもあるし、やはりみんな緊張している面持ちなので、和やかに会話をする気分ではないと言った感じ。

 比較的、皆若いけども年齢はまちまち。中には一匹だけ人間ではなく二足歩行する犬が制服を着ていたりする。


 彼らが魔耶とセイラの同級生になるのか。


「もう蛙の刻です! そろそろ飛行船が見えてもいいころですけど、まだ空に姿はありませんね」


「待ってれば来る筈だ」


 入学が待ち遠しいのか、今か今かと期待に瞳を輝かせるセイラに、俺は苦笑しながら落ち着けと諭す。


「それにしても、やっぱり私は嬉しいですよ! コタロウとは別れる事になると思っていたのに、まさかこれからも一緒にいられるなんて! これも日頃の行いが良かったからでしょうか。毎日神様に日々の感謝の祈りを捧げてよかったです!」


「大げさだな。まあ、セイラが魔法学校の新入生だなんて、俺も驚いた」


「ええ! グラズヘイム魔法学校は、入学費も、授業料も、食費も、教材費も! その他諸々全部、魔道委員会が負担してくれるから、入学の為の書類審査さえ通れば誰でも無料で勉強させてもらえます。なので、駄目元で入学申請してみたのですが……なんか受かってしまって! 私馬鹿なんですけどよかったのでしょうか?」


「学校側がそう判断したんだ。セイラが心配する事はないよ」


 セイラの発言に、表面上は出さなかったものの内心驚く。


 グラズヘイム魔法学校は名門にして世界最大の魔法学校だと聞き及んでいたが、生徒に一切の金銭の要求がないなんて初耳だ。


 どうやって生計を立てているのだろうか? 今、魔道委員会が全て負担していると言っていたが、魔道委員会というかなりの権力を持つ組織が存在するのはたまに耳にする。その組織管轄の教育機関がグラズヘイム魔法学校だとも。

 魔道委員会が全面的に資金援助をしている?

 あるいは有力なスポンサーが多くついているのか?


 そんな魔法学校の裏事情について思案していると、


「よう。アンタら仲良さそうだな」


 俺たちの会話を聞いていたのか、一人の新入生――いや、一匹の新入生がこちらに話しかけてきた。


 この場に唯一いた人外の新入生。

 茶色い毛並みでとんがり耳の大型犬を思わせる見た目だが、器用に二足歩行しつつ制服をまとって言葉を喋るその姿は、人と何ら劣らない知性を醸し出している。

 しかし、毛並みが強風でかき乱され、耳がバタバタとひっくり返ったりしている様子は非常に可愛らしい。


 俺の胸より少し上程度の身長の彼(彼女?)は、ふんと鼻を鳴らして周囲の新入生を見遣る。


「他のやつらはどいつもこいつも緊張しまくりなもんでな。辛気臭さで鼻が曲がるかと思ってたんだが……オマエらはマシみたいだな。喜びと期待の籠ったいい匂いがする」


「……えっと。君は」


「オイラはガロフ。――ガロフ・マークスだ」


「あ、うん。よろしく。俺は白瀬虎太郎だ」


「私はイケナ村出身のセイラ・メラティスです! よろしくお願いします!」


 右手を差し出してきたので、こちらも右手を握り返す。

 異世界でも握手の文化が存在するとは興味深い――けど、一番興味深いのはこのモフモフ肉球! なんて気持ちい感触なんだ……。


「ん? なんだオマエ。もしかしてワンガル人と触れ合うのは初めてか?」


「ワンガル人?」


「オイラのような毛むくじゃら人間の事だ。差別用語ではあるが『獣人』と言えばわかるか?」


 ガロフの言い分に「なるほど」と頷くと同時に、異世界文化を理解する事の重要性を再認識する。

 頭の中では普通に「獣人」という呼び方で彼を識別していたし、何なら普通の会話でも危うく使うところだったが、「獣人」という呼び方は差別用語だったらしい。もしこの場で使っていたら危うく人間関係に溝ができるところだった。

 気を付けなければ。


「実はさ、俺この世界の住民じゃなくて別世界出身なんだよ。渡って来たのも先日だし、だからその……ワンガル人? を見たのも昨日が初めてで、常識にも疎いもので差別用語にも詳しくない。もし気に障るような事言ってしまったらごめんな。わざとじゃないと思うから」


「ええ!? コタロウって別世界の人なんですか!!」


「あ……。セイラには言ってなかったか」


 セイラは転移直後に出会った人だったから警戒してあまり自分の事を言ってなかったんだよな。これからクラスメイトになるわけだし、あとで説明しておくか。


 ガロフは肩をすくめて、


「オイラは差別でうだうだ言うたちじゃない、好きに接してくれて構わんよ。何なら獣人と呼ばれても気にならん」


「それは有難いけど、でもそういう訳にはいかないよ。良かったら、暇なときにワンガル人についてもっと教えてくれ。ちゃんと知りたいんだ」


「……好きにしな。オマエの匂いは嫌いじゃない」


 ガロフは笑顔を見せて腰に手を当てる。

 犬の顔でもちゃんと表情がわかるものなんだな。


「さてと。まだ、自己紹介を済ませただけだが――、どうやら来たみたいだな」


 小さな犬の手で指差された先に視線を向けると、蒼穹の果てから白い飛行船がこちらに向かってきているのが見て取れた。

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