014_別行動
「再会できてよかったよ。しばらく見ない間に口先の女になっているけども、保安官を論破したお前はかっこよかったぞ。口先だけでもやっていけるな」
『口先だけの女呼ばわりした件は後できっちり制裁するとして、虎太郎もジョークが言える程度には元気そうね』
外に出るとちょうど建物の間に太陽が沈むタイミングだったらしい。
都市は薄暗い闇に落ちるかと思いきや、白を基調とした色とりどりの魔法の光が街中を照らし出している。日中とはまた違う光の街を浮かび上がらせていた。
日本の街で言うとネオン街のような煌びやかな夜だ。
街の人々は、まだ家に帰る事なく活気に満ちている。
だが、昼の商いとはまた別のものらしく、怪しい雰囲気のお店や大人が楽しむ淫靡な面持ちを見せ始めている。ファンタジー世界の都市のまた違った色っぽい一面を垣間見たようで、イケナイ夜更かしをしている気分になってくる。
殺気立った意思が交差していた保安官事務所から解放され、俺は腕を伸ばして筋肉の硬直を取る。
『というか。よくもやってくれたね。虎太郎』
「え? 何が? 保安官に捕まった件か?」
『そっちじゃなくて、こうして私たちが別々の場所にいる件についてよ。枝葉の門でちゃんと私をイメージしたんでしょうね? 何で私とは別の街に転移しているのんだか、本当に手間がかかる奴……』
「ああ、そっちか。ちゃんと魔耶の事をイメージしたんだがな。俺もどうしてこうなってしまったのかさっぱりだ」
街中を抜ける風が冷たさを帯びて、夜風となっているそれを肌で感じる。
まだ少し陽の光があるので白みを帯びているが、夜空になってきた天空を見上げて、見た事ない星の輝きを望む。
「異世界の夜は美しいな……日本より輝いている」
『ちょっと! 私の話聞いてる!? 今の私の状態はあまり長くは続かないし、二度は使えないんだからね。今のうちに情報交換と今後の方針は決めとかないといけないんだから。ノスタルジックに浸るな馬鹿!』
「え? そうなの」
頭上に広がる夜の宝石から、右腕の魔耶の唇に視線を移す。
魔耶と連絡が取れたから俺はもうだいぶ緊張感が抜けてきているんだが、この口を生やす気持ち悪い通信って長く続かないのか?
『この魔法はね。虎太郎の体に暗示をかけて一時的に肉体の構成を誤認させている状態なんだけど、一度使ってしまうと虎太郎の体がこの暗示に対して免疫を獲得してしまうデメリットがある。免疫を獲得したらもう二度と同じ人間には使えない』
「……マジか」
『そして持続時間もそう長くない。あと一、二分がリミットね。これ』
「――マジか!!」
結局、また土地勘のない異世界に一人で放り出されるのか。
確かに余計な事をしている場合じゃなかった。最初で最後の通信が切れる前に大事な話を確認しておかないといけないし、この後は魔耶の示す方針に従って動かなくてはいけないのだ。
一言も聞き逃すわけにはいかない。
「よし……。俺はどうすればいい?」
『――まず。虎太郎は今、どの街にいるの? 使い魔契約の繋がりで何となくの位置と距離はわかるけど、正確な場所が知りたい』
「俺がいる街はロックフェロー貿易都市だ。わかるか?」
『ちっ。やっぱりそうか。となると……私が迎えに行くのは厳しいな』
舌打ちする魔耶の唇。
その発言に俺は先ほど保安官と魔耶との会話を思い出す。確か、魔耶が最短最速の手段でこの街に向かっても丸一日かかると言っていた。そして、入学式は明日行われるとも。
『虎太郎、よく聞いて。さっき保安官にも言ったけど、魔導委員会経由で推薦入学を行う私は迂闊に入学式をすっぽかすなんて真似はできないの。だから私が虎太郎を向かいに行く余裕は一切ないし、入学した後も魔法学校外に遠出するのは難しいでしょうね』
「……なら、魔耶はそのまま入学式の方に参加してくれ。俺に気を配っている場合じゃないだろ」
『――。まあ、そういう事になるけど』
全ては魔耶の呪いを解く為にはるばる異世界まで来たんだ。その為には必ず入学しなくちゃいけない。俺にかまけててその前提が崩れてしまったら何もかもがおじゃんだ。なら、俺の優先度は低くていい。
魔耶の唇は『……魔法が切れかかってる』と、焦りの声を上げる。
『もう時間がないから簡潔に言う! 虎太郎は何とかしてグラズヘイム魔法学校へ向かう方法を探して! その名門魔法学校の知名度はかなりのものだから、人に聞けばどの地方のどこら辺にあるというのはすぐわかる。あとは時間はかかってもいいから安全な移動方法とルートを模索して、魔法学校に向かえばいい!』
「入学式には間に合わないかもしれないが、それは――」
『それは問題ない! だから、ゆっくりでいいから無事に私のもとに帰ってきて』
震える唇から、魔耶の微かな不安が伝わってくる。
俺は未熟だし馬鹿でもあるから、そのせいで魔耶に迷惑ばかりかけてしまうな。いつも心配させてばかりだ。
「安心しろ。必ず戻るよ、主様」
『……ふ。無事に私のもとに戻ってきてくれたら、――まあ、まずはお仕置きが先だけど、それが終わったら褒めてあげる』
「楽しみにしておくよ」
俺のセリフに微笑みを浮かべた魔耶の唇。
心なしかその唇が小さくなっている。目の錯覚を疑って、瞬きを繰り返してもう一度見るとさらにもっと小さくなっていた。
やがて、右腕から唇が完全に消えたのを確認して、俺は目の前に広がる夜の街を見遣る。
さて、これからどうするか。
宿を探すにしてももう夜で何処も受け付けてないだろうし、何より無一文だ。
そうなると取れる手段は限られてくるわけだが……。
「はぁ。……申し訳なさ過ぎて気乗りしないな」
ポケットから取り出した地図を開いた俺は、親切すぎる少女の事を思い出してため息をついた。
* * * * *
「あ、おはようございます! 天気は快晴、気温も適正、本日もいい朝ですね!」
「……セイラって早起きなんだな」
「そりゃもう! 私の住んでいた村では、日が暮れる時間に寝て、日が暮れる時間に起きる。それが村民の日常でしたから!」
宿屋の前で元気いっぱいに体を動かすセイラ。
ラジオ体操のような動きで体をほぐしている。
寝ぼけた頭で彼女の事をぼーっと眺めていた後、伸びを一つして周囲を見渡す。
まだ街には陽の光が顔を出してなく、ほんの薄っすらと明るくなってきたかなという程度だというのに通りには結構な人の数がある。
このロックフェロー貿易都市は商いの街であるが故、早起きを三文の徳にする商人たちは、客が起き始める前から商売の準備を始めるらしかった。
俺は欠伸をした後、昨夜の事を思い出す。
結局、俺は渡された地図を頼りにセイラの泊る宿を訪れた。
無理を承知の上で何とか一晩だけ止めてもらえないだろうかとセイラに頼み込んだのだ。
宿は借りる部屋は一つでも人数によって宿代が変わるらしく、しかも相手は異性だ。普通なら絶対に自分の部屋にいれないし、もちろん相部屋で泊めるなんて論外なのが当たり前だが、極度のお人好しであるセイラならあるいは……と期待して、土下座する覚悟をもって挑んだ。
結果として、普通に泊めてもらった。
既に寝ようとしていたセイラに申し訳ないと思いながら頼むと、半分寝ぼけていたセイラは爪楊枝を取ってほしいと言われたかのような気安さで了承し、もう一人分の宿代を払ってくれた。
部屋に空きがなかったので自分の部屋に招き入れたセイラが、「じゃあ、私は眠りますんで」と一切の警戒心を抱く事なく無防備に寝息を立て始めた時は、いくら何でも他人に気を許し過ぎだと説教したくなるほどだったが。
「だが何とか初日は乗り越えたぞ……」
恥を忍んで世間知らずの女の子に頼り切った結果だが、それでも見知らぬ土地で無一文状態から一日凌いだ。
さて、これからだ。
これからどうやってグラズヘイム魔法学校へ向かうか検討しないと。
そう考えながらセイラを見習って俺も朝一番の体操をしていると、ふといつも以上に体の調子がいい事に気がつく。
動きのキレが心なしか鋭いし、全身に活力が漲っている感触がある。
昨日は慣れない環境や床で寝たせいであまり眠れていない気がするのだが、それにしては逆に数日かけてバッチリ睡眠をとった時のような、清々しいほどの絶好調だ。
特にこれと言って心当たりはない。
まあ、もしかしたら異世界の空気が俺の体に合っていたのかもしれないな。
朝食が出るみたいですよと呼ぶセイラの呼び声に、一旦その思考を中断する。
そうしていただいた朝食は、意外にも現代日本の朝食に比べて遜色のない美味さだった。
というか明らかにこっちの方が豪華。露店のケバブを食べた時も思ったが、食文化に関して言うとすでに俺たちのいた世界を遥かに超えている。
田舎者の娘が泊まるような普通の宿屋でこのレベルの朝食という事は、全体的な水準がそもそも高い。今後の食生活に期待が持てるな。
不満を言えば日本食がない事だが……。
ま。俺は正直、別に日本食に思い入れないのでオーケーです。
「……ん? なんだその恰好」
改めてセイラに礼を言おうと、彼女が泊っている部屋に戻ってみると、何やらいつもとは違う彼女の姿に面食らう。
いかにも田舎の村娘という風体だったセイラだが、今はお上品な姿だ。
白いシャツに紫紺を基調としたスカート。そしていつも剝き出しだった足先周りはハイソックスに包まれている。それらの衣服の上から、これまた紫紺色のローブを身に纏っているので、全体的にシックなイメージを受ける。
馬子にも衣裳というか、有り体に言って地味な容姿だったセイラも、まるでいいとこの学徒に見える服装だった。
「えへへ。どうですか? 似合いますかね、コタロウ!」
「めっちゃ似合ってるよ! 印象変わるね……」
お世辞でも何でもなく普通に褒める。垢ぬけてないだけでセイラの容姿は整っている方だから、こういうお洒落で段違いに綺麗に見えた。
「ところでその服装どうしたんだ? 普段着って感じじゃなさそうだが」
「……その件についてお話が」
「話?」
「はい。実は、私は今日でこの街を離れるつもりなんです」
まじめな雰囲気を醸し出してきたセイラは、しょんぼりと悲し気な顔で俯く。
「元々、私にとってこの街には目的地に行く為の中継地点なんです。少しの間滞在していただけで長居するつもりはありませんでした。
そして今日、目的地へ飛ぶ飛行船が寄港しますので、今日でこの街とお別れ……ひいてはコタロウともお別れになっちゃいます。お別れは寂しいですが、でもこればっかりは――」
「ちょっと待った」
話を続けようとするセイラにストップをかけ、頭の中で情報を整理する。
学徒のような恰好。今日この街を離れる。目的地は別の場所。田舎から出てきたばかり。セイラはそれなりに魔法が使える。
そして――新入生入学式は本日開催。
点と点が線に繋がる。
「……もしかして、セイラってグラズヘイム魔法学校の新入生?」
俺の言葉に、彼女は驚いた様子で目を見開いた。