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七色の魔女  作者: 夜鳴鳥
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001_ある日の事

 インターホンが鳴っている。来客だ。


 ようやく冬の寒さが過ぎ去り、春を堪能するにふさわしい涼しさが訪れた今日この頃。

 交友関係の狭い寂しい人生を送っている俺と、そして同居人の住むこのアパートの一室に誰かが訪ねてきた。


 もちろん、誰かが来る予定などない。

 営業か、選挙訪問か、ご近所さんか。いずれにしても来客対応は億劫だ。


 振り返ると、動こうとする気配がまるでない同居人の背中が視界に入る。

 今までと変わらず自分の事に没頭し、インターホンが鳴り続けようが対応する気はないらしい。こうなると必然と面倒事は俺に丸投げされる。


 嘆息しつつ、重たい腰を上げて玄関へと向かう。


「はいはい。どちら様で――」


 頭をかきながら玄関の扉を開ける。


 そして扉の前に立っていた人物を見て口をつむぐ。

 いや、彼は()()ではなかった。


 それはカラスだった。

 正確にはカラス頭の配達員だった。


 首から下はまともに見える。昭和の郵便配達員のようなユニフォームを身にまとった中肉中背。真っ白な手袋が特徴的で、パンパンに膨れ上がった鞄をベルトで肩から下げている。どことなく清潔感のある男性。

 しかし、首から上は文字通りの鳥頭。頭の上にはチョコンと配達員の帽子乗っている。


 黒い頭に、黒い目に、そして黒いくちばし。

 間違いなく人外。異形の類。


 そのくちばしが、カツ、カツとぶつかり合って小気味良い音を鳴らす。


「太陽モ高イ時間二失礼。――問、ココハ東山魔耶様ノゴ自宅デアリマスカ?」


 それは低い音と高い音が混じり合った奇妙な声だった。


「……。え、えっと。はい。魔耶ならいるけど……呼びます?」


「無用デゴザイマス。正シイ配達先デアルコトヲ確認シタマデノコト」


 そう言うと、カラス頭の配達員は肩から下げた鞄に右手を差し込み、一通の封筒を取り出す。


「東山様宛ニ、オ手紙デス」


 ずいと目の前に出されたそれを反射的に受け取ってしまう。

 封筒片手に呆然とする俺の前でカラス頭の配達員は「ソレデハ、失礼イタシマス」と丁寧に頭を下げ、帰ろうとする。


「あ、ちょっと――」


 我に返って呼び止めようとするが、かといって呼び止めてどうするというのか?

 予想外の訪問者に思考が停止し、口に出す言葉に迷っている間にカラス頭の配達員はさっさと行ってしまう。こちらの呼びかけにも一切反応せず、風のように去るカラス。


 残されたのは、玄関に突っ立ったままの俺一人。

 一体何だというのか。


 このまま立っててもしょうがないので、仕方なく玄関の扉を閉めて先ほど受け取った封筒を見下ろす。


 茶封筒ではない。

 やけに高級感のある洋封筒だ。洋画で見そうな紋章の封蝋までしてある。


「……」


 今の人物は誰で、何の為にここにきて、渡された封筒は何なのか?

 気になるところではあるが、まあ、別に珍しいことじゃない。よくある事だ。


 もちろん世間一般的によくある事、という訳ではない。年中ハロウィンでもあるまいし、カラス男の配達員をそこらへんで普通に見かけるなどと、ヘンテコな日常はこの街にはない。


 だが、彼女の生きる日常なら別だろう。


「……虎太郎。ちょっとこれ持ってて」


 リビングに戻ってくると、先ほどまで何かの実験に没頭していた少女がこちらに振り向き、よくわからない品を差し出してくる。


 黒髪紫瞳に華奢な体躯。良くも悪くも飾り気のない昔の日本人らしい見た目で、ハッキリ言えば地味で印象に残らない少女。

 そんな彼女は今日も今日とて、日がな一日私事に費やしている様子。

 

 今日何度目かもわからないお願いに、俺は唇を尖らしつつも黒髪の少女――魔耶まやに封筒をひらひらと揺らして見せる。


「別にいいけど。それよりお前宛に届け物が――」


「そんなのは後でいいから。ほら早く!」


 封筒を手渡そうとしたものの、有無を言わさない物言いに出鼻をくじかれる。


 しょうがなく手渡されたものを手に取る。


 それは奇妙な装飾の施された短剣だった。

 窓の外から入ってきた光を受けて鈍く刀身が光る。

 見た目が奇妙である事以外は……とくに変哲ない品だと思う。少なくとも短剣を持った俺に何かが起こる様子はない。


「それで?」


 右手に短剣持って馬鹿みたいに棒立ちする俺。


 それを見て満足げに頷いた魔耶は、近くの机の上に置いてあった手帳を手に取り、何かを書き記していく。


「うん。やっぱり装備の有無も影響を受けるね……。測りたいのは純粋なパラメータ値だから、装備分の追加値は切り捨てるようにしないと。あ、でも全体の合計値は変化していない? 合計値に比べて追加値が微量だから、端数が切り捨てられているのかも。だったら――」


 こっちの事などお構いなしに、魔耶はぶつぶつと独り言を呟きながら自分の世界に入り込む。


 相変わらずの研究熱心ぶり。

 これが名前に魔のつく女。魔耶の日常だ。


 女子高校生として学校に通いつつも人付き合いはほどほどにし、プライベートな時間は様々な研究や実験に費やす。

 年頃の女性らしい趣味に一切の興味を持たず、憑りつかれているのかと疑うほどその道の探求に勤しむ姿は、見ているこっちが心配になるほど不健全だ。たまには外で体でも動かせばいいのにと思うのは、些か老婆心が過ぎるだろうか。


 それに、これも何かの実験だとはわかるがあまり俺を実験台にしないでほしい。彼女の研究には、命の危険も伴うこともしばしばなのだ。


「……あ、もういいよ。ありがと」


 魔耶が空手をこちらに差し出してくるので、短剣の柄を先にして手渡す。

 知りたい事は知れたらしい。


「これは何の研究なんだ?」


「んー。秘密。完成したら教えてあげる」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてはぐらかす魔耶に、俺はため息を漏らす。

 こういう仕草やセリフは一般的な女子高生らしい。適度に生意気だ。


「――それで、さっきのインターホンは? 結局、誰だったの?」


 さっきの出来事を思い出したらしい魔耶が尋ねる。


「ああ。それがな、カラス頭の配達員だ。仮装じゃないぞ。本物のカラス頭だ」


「あっそう、届け物が来てたの。なんだろ、心当たりないなぁ」


 化け物の配達業の事を「あっそう」で済ます魔耶。

 なんとも反応が薄い。明日の天気を教えられたみたいな薄い反応。驚く様子は欠片もない。


 やはり彼女にとってはカラス頭も特別驚くべきものではないのだろうか? 


「ほらよ。その配達物がこれだ。お前宛に手紙だってさ」


 左手の中に収めていた洋封筒を魔耶に見せる。


 それを見た瞬間。――魔耶の目の色が変わった。


「へぇ、これは珍しい」


 ほんの少しだけ、その声音には驚きの感情が乗っていた。

 彼女にとってはカラス頭よりも、この洋封筒の方が意外だったらしい。


 洋封筒を受け取った魔耶は慣れた手つきで開封して手紙を広げ、そのまま中身に目を通す。


「……」


 神妙な面持ちで手紙を読む姿は、いつになく真剣な様子だ。

 その反応に興味をひかれて、そっと後ろに回り込んで中身を覗き見るものの、見た事のない文字が長々と書き記されているので内容はわからない。


 ただ、手紙の末文に押された落款。

 つまりは正式な文書であることを示す印章の事だが、それに目を奪われた。


 何とも奇妙な形と色の印章で、俺の思っているのとは別の何かを模した印なのかもしれないが、――少なくとも、俺にはそれが()()()()()()()()()()()()()()に見えた。


 数分間の静寂の末、静かに魔耶は顔を上げた。


「なるほど。興味深い内容だった」


「どういう中身だったんだ?」


 興味津々な俺の問いかけをよそに、魔耶は手紙をたたんで懐に入れる。


「うーん、ごめん。悪いけどまだ説明はできない。まだ内容全てに目を通した訳じゃないし、用件をしっかりと吟味した後にちゃんと説明はする。それでいい?」


「……別に悪くはない。まあ好きにしてくれ」


 そもそも彼女個人に宛てた手紙だ。プライベートな内容だったのなら別に俺に情報共有する義務もない。気になりはするが、俺が知る必要があるなら後ほどちゃんと説明してくれるだろう。


 俺の返答に対して、魔耶は頷いた後に悪い笑みを浮かべる。

 

「好きにしてくれ? じゃあお言葉に甘えて実験の続きを手伝ってもらおうかな。この実験は結構危険……いや、少しばかり過激なだけだからさ。手伝ってもらえて助かるなぁ」


「そうは言ってないだろ」


 いちいち揚げ足取ってまで俺を実験台にしたいのかコイツは。

 いい性格してやがる。やはり魔女か。



 * * * * *



 東山魔耶とうやままやは現代を生きる魔女である。


 彼女の家は魔法使い家系の血筋らしく、その末裔である魔耶は幼いころから魔法だの闇の英知だのを叩き込まれてきた。

 忘れ去られた神秘の業を引き継ぐ後継者。一部の者がその技術を独占し、気が付けば時代の記録からその名を消した「魔法」の使い手。


 姿かたちは普通の人間と同じであっても、その身の内には魔力が渦巻き、その思考は常軌を逸した魔導の探求に支配されている。

 生まれながらに選ばれし者だった彼女は、幼少期から魔女たれと育てられてきた。


 勉強。訓練。思想矯正。そして肉体改造。

 どれだけ遊んでも遊び足りない多感な幼少時代を、ただそれだけに費やされた彼女の心情は計り知れない。


 しかしだからこそ、その代償としてどんな哲学者よりも世の真理に近く、どんな戦士より暴力に優れ、どんな動物よりも長い時を生きる。


 魔耶は至高にして最強の存在だ。


 魔導文化の疎い土地では魔導は秘匿するものであり、みだらに一般人に教えたり存在を知られたりしてはいけない。

 その代々の掟に従い、表向きには一般人のふりをしているが、魔女である事実は揺るがない。


 俺はそんな魔耶の使い魔……という事になっている。

 基本的には雑用と魔耶の生活面のサポートが役割。彼女と血は繋がっていないが歳の近い家族のような間柄で、しかし立場上は魔女と使い魔という奇妙な関係。

 使い魔と言っても、神秘の事なんてよくわからないし魔法も使えない。世話係が精々の一般人。


 それが俺。平凡愚凡のパッとしない男子高校生。

 魔耶との関係が唯一の特別性だな。しょうもない事だが。


「――まあ、あいつも普通の女子高生だよな。ああいうところ見ていると……」


 授業中にもかかわらず、机に突っ伏して爆睡していた魔耶。

 その頭を数学の教師が丸めた教科書で叩く光景を見遣りながら、俺は誰にも聞こえない声で独り言を呟く。


 教室の窓からは外の暖かな日差しが入る。快適な環境に退屈な授業。

 眠気を誘われる完璧な状況に、恐ろしき魔女様はあっさりと敗北。眠りこけていたところを教師に叩き起こされるという無様を晒していた。


 寝ぼけた様子で上体を起こし、欠伸を噛み締める制服姿の魔耶。

 

 やがて終了のチャイム音が校舎に響きわたった。


 教師が出ていき、周りのクラスメイトがそれぞれの行動に移る中、再び机に突っ伏して寝る魔耶。


 夜遅くまで魔導の探求に精を出す彼女には睡眠時間が足りてないのだろう。

 とはいえ次の授業準備もあり、流石に起こすべきかと彼女の肩を揺する。


「んぅ?」


「おい、起きろ。次の授業は体育だぞ。今移動しないと間に合わなくなる」


「そう――じゃあサボる。昨日も夜遅かったし、そのくせ今朝は虎太郎が7時前に起こすからずっと眠くて」


「おいおい……」


 周囲を見渡して今の発言が誰にも聞かれていなかったのを確認する。

 学校では俺たちの関係は仲の良い友達で通しているが、迂闊にプライベートな話をすると同じ屋根の下で暮らしているのがバレかねない。


「いいから。行くぞ」


 腕を引っ張って連れて行こうとするが、頑なに机にしがみついて抵抗してくる魔耶。


 力づくで連れて行くのは簡単だが後々の仕返しが地味に怖い。普段は家族のような対等な関係だが、何だかんだで立場は魔耶が上だし喧嘩をすれば当然彼女が勝つ。強力な魔女なのだから。


 結局、周囲から生徒がいなくなり、最後に残った委員長に「教室の戸締りができないんだけど……」と困り気に言われても魔耶は頑としてその場を離れなかった。


 しょうがないので、教室の戸締りは俺たちが責任を持つと委員長に宣言。

 俺は別にサボりたいわけじゃないが、ここに魔耶を一人置いておくわけにもいかない。

 迷惑そうに丸縁メガネを曇らせる委員長に平謝りをし続けていると、冷たい視線を魔耶に投げかけたのを最後に彼女は黙って教室を出て行った。それを見送った後に振り返ると、いつの間にか魔耶は起きていた。


「これで共犯者」


 ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる魔耶。


「馬鹿言え。巻き込まれた被害者だろ」


「嫌ならほっとけばよかったでしょ。最後にこの選択したのは他でもない虎太郎自身なんだぜ」


「お前を一人にしたら何しでかすかわからないからな。見張りだよ」


 このまま魔耶を置いて体育館に向かった場合、その方が委員長は困っただろう。

 誰かが教室中にいる状況で戸締りはできない。なら俺も残って彼女と教室の面倒を見ておいた方がまだましだ。


 ふと、魔耶は何かを思案するように視線を横に泳がせ、ポツリと呟く。


「私を一人にしたら……か」


「ん?」


「そういえば虎太郎に聞きたい事があった。――虎太郎はもし私が海外に留学するとなったら、一緒についてきてくれる?」


 藪から棒の質問に俺は少しだけ面食らう。

 何というか、答えるのがやや気恥ずかしい質問だ。どういうつもりで聞いているのか知らないが、客観的に見て告白のセリフみたいになっている事に気が付いているのだろうか?


「……。ついていくよ。魔耶を一人にはしてやらない」


 質問の意図はわからないが、素直に思ったことを口にする。

 心情的にも、立場的にも、俺は彼女の傍を離れるつもりはない。今の生活を離れるのは惜しく感じないでもないが、魔耶を見限ってまで固執するものじゃない。

 家族が海外に引っ越すなら、何かしらの理由がない限りはついていくものだろう。それと同じだ。


 俺の返答を聞いて「なるほどね」と頷いて勝手に納得する魔耶。

 会話の方向性が見えない事にもどかしさを感じ、俺は腕を組んで眉根を寄せる。


「それで? 今の質問は何なんだよ」


「――実はさ。これに関係する事なんだけど」


 そう言って魔耶は机の横に下げていたバッグを引っ張り、中から見覚えのある封筒を取り出す。

 封がすでに切られているそれは、昨日を俺がカラス頭の配達員から受け取った正体不明の封筒。


「そいつは……」


 気になっていた手紙の登場に思わず声が漏れる。


「これに書かれてた内容について虎太郎の意見も聞きたくて、せっかくだから今説明してあげるよ。暇なことだし」


「本当は全然暇じゃなくてただの授業サボりだが……まあそれはともかく、結局そいつは何処からの手紙なんだ?」

 

 長い話を予期した俺は、摩耶の机の前の席に腰を下ろし彼女の方を向く。

 向かい合う位置関係になったと同時に、こちらを見つめていた魔耶の唇が動く。


「魔法学校」


「…………ん?」


 思わず聞き直した俺に対して、至って真面目な表情で魔耶は、


「神秘中央世界にある魔導委員会管轄の教育機関。正式名称を『グラズヘイム魔法学校』。これはそこからの手紙。――正確に言うと推薦入学勧誘状よ」


 と説明した。

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