ぬいぐるみと私の冒険譚
「メアリー行くよ」
私は、去年のクリスマスに貰った熊のぬいぐるみを片手に持ちもう片方の手をそういうパパに手を引かれていた。
手を引かれて歩いているときに私は、
「何処に行くのパパ」
こう問いかけた。
「メアリーまだ秘密だよ」
パパは、意地悪そうにそう言った。
「どうして、教えてよ、ねぇ、パパ」
私が、そう何度も聞き続けると
「う~ん、そうだな、今から行くのは、メアリーが楽しいところだよ」
こう、焦らすように言って来た。
「もう、パパ言ってよ」
私が拗ねたようにそう言うと
「はは、ごめんね、あと、もう少しだから」
そうパパに言われた私は、黙って歩き続けた。
数時間ほど歩いたところで私は、
「もう、辛いよ、パパ、まだなの」
と足が棒になりそうながらも必死に足を動かし続け問いかけた。
私の問いに対して
「そうか、流石に5歳のメアリーにはまだ辛かったか、
それじゃあ、パパがおんぶしてあげよう」
少しも疲れを見せない声でパパはそう言った。
「うん、して」
私は、そう言い立ち止まった。
パパも立ち止まりしゃがんだので、私は、パパの背中に抱きつくようにして腕にぬいぐるみを抱きながら背負われた。
パパの背中のぬくみは暖かく、最近一気に寒くなっていた気温によって冷やされた私には、まるで天国だと思えるほどに暖かかった。
背中のぬくみと歩き続けた事による疲労によって私にはどっと眠気がのしかかってきた。
「パパ、眠い」
私は、呂律が回らなくなった下を必死に回しそう話した。
「そうか、それじゃあ、少し眠っておきなさい」
パパは、優しい声でそう言った。
その声に私は、目を閉じゆっくりと呼吸をし深い眠りに落ちていった。
すると、私は、暗い森の中にぬいぐるみを抱いて立っていた。
「此処何処、パパー」
私は、怖くなりそう叫んで歩き続けた。
「グス」
と鼻を啜り逃げるように走り出した。
「パパー、ママー」
こう泣き声で叫びながら。
そうして、暗く足下が悪い森を走り続けていると私は、木の根に足を引っかけスライディングをするかのように転んでしまった。
声を大にして泣くのを我慢し啜り泣くように泣いていると私の腕の中がモゾモゾと言うように動き出した。
「何、止めて、怖いよ」
私は、そう言いながら腕の中で蠢いていたぬいぐるみを掴み力の限り全力投球をした。
私が全力投球をしたぬいぐるみはそこまで飛ぶことはなくボトという音ともに落下した。
落下して数秒間、飛び跳ねるように蠢きそれは、ぬいぐるみは立ち上がった。
「やめて、助けて、パパ」
私は、そう呟いた。
すると、ぬいぐるみは、私に対して手を振り始めた。
「なに」
私が怖がりながらそう言うとぬいぐるみは短い足をヨチヨチという擬音が似合うような歩き方をして近づいてきてた。
ぬいぐるみが近づいてくるにつれて私は、恐怖により
「ハアハア」
と言う浅い呼吸を繰り返し、それが次第に増えていった。
もうすぐで私に着くと言うところで私の目からは、大きな粒が溢れ頬を伝って此処が夢の世界では、無い現実なのでは無いかと私に錯覚させた。
「ひっ、やめて、来ないで、助けて、助けて、パパ、ママ、早く来て」
私は、ぬいぐるみが私の目の前に来たときにそうやって叫んで逃げようとし、
「ドタン」
という音に近い音を鳴らし転んだ。
「うわーん、助けてよ、パパママ、痛いよ、怖いよ」
私は、恐怖と転んだときの痛みによりうつ伏せの状態のまま泣き叫んだ。
すると、ぬいぐるみは私の顔の前まで歩いて行き腕を振り上げた。
(殺される、助けて)
私が、そう思って力強く、渾身の力を込め目を瞑ると、
頭にフワフワとした先程まで私が握っていたぬいぐるみの触感と同じの物がゆっくりと下ろされ、まるで慰めるように私の頭をなで始めた。
「なっ、何」
顔を上げながら鼻声でそう言うとぬいぐるみは驚いたかのように退き、
手を焦るかのように左右に目一杯振った。
私はその動きに安心するかのような安堵するかのような不思議な感覚を得た。
「貴方は誰」
未だに少し怖かったので震えた声でそう聞くと、
何も答えることは無く手を左右に振るだけだった。
「貴方は声が出せないの」
そう問いかけると、
うん、うん、と応えるように大きく頷いた。
「そうなの、どうして」
私がそう問いかけると、
首を横にブンブンと勢いよく振った。
その動きに私は
「貴方にも理由が分からないの」
こう聞くとぬいぐるみは、
また横に勢いよく振った。
(顔とれないかな、大丈夫かな)
そう思い私は
「貴方はそんなに顔を振って痛くないの」
と問いかけると、
首を『その通り』と応えるように縦に振った。
「そうなんだ」
私はそう言い服に付いている泥と砂埃を払い、涙と鼻水を服の袖で拭きぬいぐるみに
「さぁ、冒険しましょ、ぬいぐるみさん」
と目の縁がヒリヒリと痛むのを我慢しぬいぐるみを持ち上げ歩き出した。
歩き出して早三時間私はぬいぐるみに
「ねぇ、これって何処に行けば良いの」
と知らないであろうはずなのにそう問いかけた。
するとぬいぐるみはモゾモゾと私の腕を押しのけるように蠢いた。
「何処に行けば良いのか知ってるの」
私がそう問いかけるとぬいぐるみは勢いよく顔を振った。
「そうなの」
私はそう言いぬいぐるみを地面に置くように立たせて
「何処に行けば良いのか指差して」
とお願いした。
私のお願いに頭を振ったぬいぐるみは少し確認するかのように周りを見渡し少し前に前進した。
(どうしたのだろう)
こう思いつつもゆっくりと歩いて行くぬいぐるみに付いていった。
20歩から30歩程度歩いたところでぬいぐるみは立ち止まり、前方に指を指した。
「そこに何があるの」
私がそう問いかけるとぬいぐるみは、返事をするでも無く前進を始めた。
「だから、何があるの」
私がそう問いかけるとぬいぐるみはいつの間にか木が不自然に生えていない獣道とも街道とも言えるような道のど真ん中を歩いていた。
「ねぇ、待って」
私がそうお願いしてもぬいぐるみは止まること無くぐいぐいと早く進んでいった。
「待って、お願い待って、置いてかないで」
私は、そう言いながら必死に走った。
(このままでは置いて行かれてしまう)
そう思ったからだ。
やっと、2時間、1時間程の時間でぬいぐるみは立ち止まった。
走った私は、息を整えつつ
「どうして、そんなに急いでるの」
と話しかけた。
ぬいぐるみは反応を私の言葉に対しての示すことは無くただそう言う風にプログラミングされている機械のように真っ直ぐとただ一点を指差していた。
「何があるの」
私がそう問いかけても何も反応を示すことが無かったので私は、ぬいぐるみを抱きかかえ指差されていた方に進んでいった。
そうして藪に分け入って入っていくと直ぐに私は、少し高い程度の丘から落ちた。
「痛い、ぬいぐるみ、嘘ついたの」
私が手元に抱いているぬいぐるみに対してそう言って少し切ってしまった膝を押さえながら立ち上がった。
周りを見てみると此処は特に何も無い広い空き地だった。
「どうしよう、どうやって帰ろう」
私がそう言いつつ落ちてきたであろう丘の方に振り返るとそこには丘が消えて大きな森林にボコボコと泡立つ沼地が広がっていた。
「どうして、どうして、森が消えたの」
私が錯乱しそうになりながらそう呟くと後ろの方から
『ダン』のような『バン』のような何かを叩くような鈍い音が聞こえてきた。
「なっ、なに」
私がそう殆ど錯乱状態になりながら後ろを振り返るとそこには家が、
大豪邸とはいえないが、高そうな家が広がっていた。
(まるで、物語の絵本で見た貴族様の別荘みたいだな)
そう思いながらそれを見ていると扉が
『キィー』
という擬音が似合うような不気味な開き方をその家の扉がした。
「ヒッ」
と恐怖に煽られて私が声を出すと家から知らないお爺ちゃんが出てきた。
優しい顔だったので
(大丈夫かな)
と思った私が安堵しているとそのお爺ちゃんが私に対して手招きをしてきた。
不思議とそれを断ったらいけない
と思った私は、その家の方に歩いて行った。
後ろの景色が沼地からも変わっていることに気付かずに。
私がぬいぐるみを強く握りしめるかのように腕に抱いていて家の側に歩いて行くと
「やあ、こんにちわ、お嬢さん」
とお爺ちゃんが優しい声と顔でそう言った。
「こんにちわ、お爺ちゃん」
私がそう言うと
「君は、何処から来たんだい」
と問いかけられた。
「分かんない、でも、ロンドンから来たよ」
私がそう言うと
「そうか、ロンドンか遠いな、お嬢ちゃん此処がどこか分かるかい」
と焦らせないように私にそう問いかけてきた。
「分かんない」
私がそう言うと
「そうか、わからないか」
と悩ましそうにそう呟き
「お嬢ちゃんは、何処に向かっているんだい」
こうまた焦らせないように優しく聞いてきた。
「分かんないけど、パパのところに向かってるの」
私がそう言うと
「そうか、君はお父さんがどこにいるのか分かるかい」
こう問いかけてきた。
「分かんない、パパもママも何処か分かんないの」
私がそう言うと
「そうか、何処か分からないのか」
お爺ちゃんがそう呟くといきなり周りが寒くなるような感覚を覚えた。
「お嬢ちゃん、寒くないか」
とお爺ちゃんは私にそう問いかけた。
「寒い、お爺ちゃん」
私がそう返すと
「それじゃあ、一端暖まって行きなさい」
と私を家の中に入れてくれた。
振り返らずに家に入った私には、正確には分からないが、後ろが雪山にでも変わったのかと思うほどに吹雪いていた。
家の中は、非常に暖かかった。
暖炉にストーブなどの暖房器具が置いてあった。
暖房は無かったが望みすぎは良くないだろう私がそう思っているとお爺ちゃんは私に毛布を渡してきた。
「ストーブの前でこれを使って暖まりなさい」
とお爺ちゃんはそう言ってきた。
その指示に従って私はストーブの前に手を出し毛布で体を包んでいた。
『ビュー、ビュー、ビュー』
外ではそのような音が鳴っていた。
吹雪いているのだろう、猛吹雪のように。
「寒い、寒いよ」
私は、未だに暖まりきらない体のことを思いそう呟いていると
「これを飲みなさい、砂糖、牛乳はいるか」
と私に紅茶を勧めてきた。
「砂糖と牛乳両方頂戴」
私がそう頼むとお爺ちゃんは暗い部屋の奥に歩いて行った。
床の絨毯を
(早く暖まれ)
その思いで見ていると後ろから突然視線を感じた。
「なに」
私がそう呟き後ろを振り返るとそこには、
先程までは無かったはずの鹿の頭部の剥製の濁った目が私を見つめていた。
不思議とそこまでの違和感を抱かなかった私は、ぬいぐるみを、抱きしめていた熊のぬいぐるみを見た。
熊のぬいぐるみは、私の方を見つめ返すかのように動き私の腕を押しのけるようにして地面に降り立った。
「どうしたの」
私がそう問いかけるとぬいぐるみは私を暖めるかのように抱きついてきた。
何かを指し示すかのような動きもしたが気のせいだろう。
「ありがとう、ぬいぐるみ」
と私が感謝の言葉をあげると
「持ってきたよ」
お爺ちゃんは、砂糖や牛乳が入っているであろう、
薄い茶色の飲み物を持ってきた。
「ありがとう、お爺ちゃん」
私は、そう言いカップを受け取って紅茶、
今は、ミルクティーとなった物をチビチビと飲み始めた。
ミルクティーは温かく体全体を凍らせている氷を溶かしていくような感覚を覚えた。
ほんのりとした優しい甘さが私にそう感じさせたのかもしれないが、
私は、そんな些細なことを考えるよりもミルクティーを飲むことを優先していた。
私がミルクティーを飲み終わると部屋全体が黒を基調とした暖かくも何処か落ち着いた感じな部屋がいつの間にか白を基調としたモダンな部屋に変わっていた。
「お爺ちゃん、何処」
私がそう呼びかけても誰も答えることなど無かった。
「どうしたんだろう」
私がそう呟きお爺ちゃんを探すために家の中を探索することにした。
まず、一番近くの扉を開けると間取り的に絶対に可笑しいはずなのにそこは外に繋がっていた。
此処から入って無いはずなのに可笑しいと思った私は、全ての扉を開けたが全て同じく外に繋がっていた。
「どうして、此処何処」
私は、そう呟きぬいぐるみに問いかけた
「何処に行けば良いの」
と、だが、ぬいぐるみは何も答えることなど無くただダラリと無機質な目を私に向けるだけだった。
(そうだ、今までが可笑しかったんだ)
そう思いながら私は、何かを探すかのように無意味に目的地も無く歩き続けた。
「もう、此処何処なの、誰か助けて」
私は、そう泣きながら歩き続けた。
自分でも何処に向かっているのかも分からないというのに。
私は、歩き続けた。1時間も2時間も3時間も4時間も5時間も1日だって2日だって。
そうして歩き続けているといつの間にか最初の所に似たところに帰っていた。
「どうして、どうして」
私がそう吐き出すかのように叫ぶと何かが腕の中で蠢いた。
私がそれを見るとそれはやはりぬいぐるみだった。
「ぬいぐるみさん、お願いだから、行き先を教えて」
そう、頼み込むとぬいぐるみは、雪が積もった地面に降り立ち私の方を見つめ返した。
「どう言う意味」
私がそう疑問を呈するとぬいぐるみは私に対して指を向けてきた。
いや、私よりも後ろで少し下に向けられていた。
私の足下に向けられていたのだ。
私がその方向に目を向けるとそこにあったのは私の影だった。
「影がどうしたの」
こう問いかけるとぬいぐるみは歩き出した。
ぬいぐるみが近づくと私の影は広がっていく、
世界に夜の帳を落とすかのように黒く染まっていく。
「なに、どうして、ぬいぐるみ」
こう呟くと私の目の前には突然、
キラキラとこの世界で唯一無二の光となったLEDが括り付けられた木が生まれた。
すると、ぬいぐるみは、私の手を握り私の事を見つめていた。
ぬいぐるみが本当に私の事を見ているのかは暗くて分からないがそんな気がしているのだ。
その木に不思議と魅入られていた私は、正気になって直ぐに
「これは、どういうこと、ぬいぐるみ」
と問いかけた。
ぬいぐるみが私の問いに返答を見せることなど無く、
「メアリー、メアリー、起きて、お~い」
と言う私の見知った声が鼓膜を揺らすだけだった。
「なに、誰」
私は、その声の主を知っているはずなのにそう呟いていた。
「メアリー、メアリー」
と私を呼ぶ声は徐々に鮮明になっていく。
この世界、夢の世界が白く染まっていくような、薄れていくような感覚を覚え始めるとぬいぐるみは私の手を離して手を大きく大きく今生の別れかのように振り始めた。
「ふぁ~、おはよう、パパ」
私は、パパにそう言い欠伸をした。
先程までの悪夢とは程遠いほどに世界は明るかった。
街道の蛍光灯の光は雪に反射して幻想的と行っても良いほどの美しさを放っている。
「お父さん、此処何処」
私がこう問いかけると
「パパが来たかった所だよ」
私を下ろすためにパパはしゃがんだ。
パパの背中から降りた私は、
自分でも何故気付かなかったのかが分からないほどの美しい木に気付いた。
雪の白色、飾りの色鮮やかな色、様々に輝くLED、頂点には薄く輝く星があり、ニセモノの星の後ろには、宝石のように輝くホンモノの星空が広がって木をさらに目立たせているように見えた。
星の光を背にまさにクリスマスツリーと言う見た目の木が私の目の前には立っていたのだ。
「わぁ~、綺麗」
私は、手元にある熊のぬいぐるみを強く握りしめながら言うと
「そうだろう、綺麗だろう」
とパパが自慢するかのように呟いた。
私は、そのツリーを見ながら、
(いつか、この景色も夢でのぬいぐるみのことも忘れてしまうのかな)
そう悲しいようなさみしいような思いが湧いてきた。
私は、腕に抱いる何の変哲もない普通のぬいぐるみを私の頭の上ほどの位置に移動させた。
こちらの方が綺麗に鮮明に見えるはずだからだ。
ぬいぐるみと私の夢での冒険は、この綺麗な景色と物語のような一幕に包まれ終わりを告げた。
(この景色も夢でのぬいぐるみのことも私は、全部忘れない)
私は、静かに心の中でそう誓いを立てた。
すいません、少しオチの付け方や伏線の回収が雑になってしまいました。
それと、よければ感想などを下さると今後の活動の励みになるので嬉しいです。