【電子書籍化】〝婚約者のことは愛さない〟?知りません。そんなことより魔物討伐に行きますよ。
「婚約者のことは愛さないよ。だって僕は君のことが好きだから!」
酔うのはお酒だけにしてほしいと、いつも言っているのに。
サラサラの金髪をかき上げて、空のような色の碧眼を私に向けて。
果実酒が入っている木樽ジョッキを置き、赤くなった顔を私に向けたのはこの国の第三王子、ミシェル様。
「こんな、男みたいな女のどこがいいのですか」
「君の魅力を語ろうか? 朝までかかるが、一緒にいてくれるかい?」
「結構です。私はもう寝ます」
「あっ! 待ってくれロアナ!」
「ミシェル様も懲りないなぁ」
「本当、いつも振られてるってのに。無理ですよ、副団長を口説き落とすなんて!」
団員たちの笑い声を背に受けながら、私は溜め息をついて酒場を出た。
私が所属しているこの第三騎士団は、魔物討伐部隊だ。
幼い頃から兄たちに混ざって剣術の訓練を受けてきた私は、女性として初めて騎士団に配属され、副団長の座に就いた。
私は回復魔法も得意で、自分で戦いながらも負傷した仲間の傷を癒す役割を担い、こうして各地を渡り歩いている。
第三王子であるミシェル様も魔法が得意で剣の腕もいい。ただし彼は隣国の王女との結婚が決まっていて、この部隊にいるのは一時的なものなのだ。
そしてお酒が入ると、男勝りなこんな私を懲りもせず口説いてくる。
きっと相当女に飢えているに違いない。
「ロアナ!」
「団長」
酒場を出て少し歩いたところに今日の宿を取っている。そこへ向かおうと歩いていた私に、クロード団長が声をかけてきた。
「送っていくよ」
「……私を誰だと思ってるんですか?」
確かに、こんな時間に女性が一人で歩くのは危険かもしれない。けれど私は第三騎士団副団長。いつも相手にしているのは魔物だ。
そこら辺の男に負ける気はしない。
「はは、まぁそうだな。だが俺もそろそろ眠くてね」
「あの場を抜け出る口実ですね」
「……そんなところだ」
団長も魔法を使えるけど、とにかく剣の腕が超一流。王宮騎士団の中でも一、二を争う腕の持ち主で、以前は王太子の護衛を務めていたこともある人だ。
団員たちのこともよく見ていて、指示も的確。
とても信頼のおける人で、私はこの人のもとで働きたいと強く希望した。
「そこのお兄さんと坊や、寄ってかない?」
そんな私たちに声をかけてきたのは、胸元が大きく開いた色っぽい服装の女性。
「結構だ。俺は彼女と宿を取ってある」
「あら残念。坊やじゃないのね」
私の肩をぐっと引き寄せ、強い口調でそう言った団長は、その女性の前を通り過ぎるとぱっと手を離して慌てたように口を開く。
「すまない、別に肩を抱く必要はなかったな……!」
「いいえ、大丈夫ですよ」
この国の女性のほとんどは、髪が長い。
けれど私は薄茶色の髪を肩の辺りまで短く切っている。
そのため暗いところでは男に間違われることはしょっちゅうだし、私もそのほうが面倒事がなくていいと思っているのだけど、男は男でこういう誘いがあったりする。
「あ、団長は行ってきてもいいんですよ?」
「え!? いや、俺はああいうものには興味ないからな」
「……そうですか」
私たちは魔物討伐をしながら各地を渡り歩いている。
団員は恋人や婚約者がいない者が多いけど、私は男の中で生活しているのだからその辺の事情は一応理解している。
団員たちが時々ああいう店に世話になっていることは知っているけれど、そこは気づかないふりをしておくのがマナーだということもわきまえているので、団長にもそれ以上追求しないことにした。
けれど、団長が朝帰りすることはない。こうしてみんなで酒場に行っても、空気を読んで先に宿へ戻る私について、いつも一緒に帰るのだ。
団長は騎士団の中でも特に背が高く、顔も整ったハンサムな人。黒い髪と紫色の瞳が彼の男らしい雰囲気によく合っていて、どこに行ってもモテる。
それなのに二十七にもなって未だに婚約者もいない、仕事一筋な真面目な人なのだ。
まぁ私も二十一にもなって未だに婚約者もいない、仕事一筋の人間なんだけど。
*
「みんな、今日は本当によくやった!」
〝うおーーーー!!〟
団長の言葉に、団員たちは酒の入った木樽ジョッキを高く掲げた。
今日は南のとある森で、火竜を討伐した。
そんなに大きくなかったとはいえ、サラマンダーは討伐難易度がA級のドラゴン種だ。
苦戦を強いられたけど、我らが第三騎士団にかかれば重傷者を出すことなく、無事討伐することができた。
それでも近くの街に着く前に日が暮れてしまったので、今日は森で野営することになった。
火をおこし、野生の兎や猪を捌いて夕食にする。
野営には慣れているし、酒も常備している。
今夜のように大きな魔物を討伐した日は、みんな酒を入れなければ戦いの興奮がさめやらない。
「ああ、ロアナ! 君は今日も美しい! 僕と結婚してくれ!!」
「ですから、あなたには婚約者がいるでしょう」
「僕は婚約者は好きにならないと言っているだろう? どうかこの僕と……!」
「ミシェル様がまた副団長を口説いてる」
「ははは! 無理無理、諦めたほうがいいですって!」
「ああ、好きだ! 君は誰よりも美しい!」
……はぁ。
ミシェル様も今夜は特に気が大きくなっているようだ。
彼は自分が王子であることを理由に、前線で戦わない。
〝父上と兄上に言われて仕方なくここにいるが、僕は本来こんなところにいるべき人間じゃない〟
それが彼の口癖だ。そのくせ酒は誰よりも飲むのだけど。
「ねぇ、ロアナ。僕と王都に帰ろう」
「帰りません」
「本当に素直じゃないなぁ」
「……」
まだそんなに酔っていないはずなのに、ミシェル様はいつもより声が大きい。
ここが外だからかもしれない。
「私は先に寝ます。みんなもほどほどに」
「ああ、僕のロアナ! 行かないでくれ!」
「はいはい、ミシェル様。俺たちと飲みましょうね!」
食事を済ませた私は、その場から少し離れたところに張ったテントにさっさと引っ込むことにした。
「ミシェル様には参ったな」
「団長」
すると今日も、私のあとを追うようについてきた団長が苦笑いを浮べながら言った。
「君は、本当に彼の気持ちに応える気はないのか?」
「ありませんよ。ミシェル様には婚約者がいますし」
「……いなかったら、気持ちに応えるのか?」
「いいえ。そもそも私にその気がありません。仕事を続けたいですし」
「そうか……」
私がそう答えると、団長はどこかほっとしたような顔を見せた。
私が結婚してこの隊を抜ける気はないと聞いて、安心してくれたのだろう。尊敬している団長にそう思ってもらえたのなら、私も嬉しい。
女の私でもこの部隊の役に立てているのだと思うと、自信に繋がる。
「それでは、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ロアナ」
団長に挨拶をすると一人用のテントに身を入れて、深く息を吐く。
今日はさすがに疲れた。大怪我を負った者はいなかったけど、小さな傷を負った者は回復魔法が使える私が治した。
その数がいつもより多かったので、魔力を使いすぎてしまったのだ。
そのため、テントに横になってすぐ、私は眠りに落ちてしまった。
――どのくらい寝たのだろう。
人の気配を感じて、私はぱっと目を開けた。
「……誰!?」
「やぁ、起きたかい? ロアナ」
「ミシェル様……!?」
そこにいたのは、ミシェル様。
なぜか私の上に覆い被さっている。
「……そこで何をしているのですか?」
「シー。みんなにはぐっすり眠ってもらってるけど、大きな声は出さないでね?」
「は……?」
にこりと笑ってそう言うと、ミシェル様は人差し指を私の唇に当てて囁いた。
みんなに何か飲ませたの……? まさか食事に?
「……とにかく退いてください。これはどういうつもりですか」
「ふふ、わかっているだろう? 僕はもう、焦らされるのは懲り懲りなんだ」
「は……?」
焦らす? 何を言っているのだろうか。この王子は。
「好きだよ、ロアナ。僕を君のものにしてくれ」
「……なにを言っているのか理解できません」
「ああ……可愛い。ウブなふりだね? いいよ、それじゃあ僕にすべて任せて」
「は……?」
なぜか私の両手は頭の上で彼の左手にがっしり押さえられている。
ミシェル様の顔はとてもにこやかだけど、この状況は穏やかなものではない。
「自分がなにをしているかわかっていますか」
「もちろん。これは愛の行為だよ。僕は他の騎士連中とは違って君だけを愛している。他の女性はいらない。触れるのは君だけだ」
「……っ」
そんな一方的な一途さ、いりません。
「だからこれからは君も僕のことだけを見てくれ。君のような美しい人が血気盛んな男ばかりの騎士団にいるのは心配でしょうがない。一緒に王都へ帰ろう。もうこんな危険で野蛮な仕事はしなくて済むぞ」
「……は?」
血気盛んで危険で野蛮なのは、あなたなのでは?
「私はこの仕事が好きでしているのです」
「まさか。女のくせに髪を短く切って、その歳で独身。このままでは男になってしまうぞ」
「あなたの心配はいりません!!」
とにかくこの状況をどうにかしなければ。
いくら私が剣の腕に覚えがあっても、目覚めていきなりこの体勢ではまずい。
ミシェル様も騎士団にいるだけあって、それなりに力が強い。腕を解けない。
「抵抗するな。僕は王子だぞ? 言うことを聞け」
「あなたは今、第三騎士団の団員です! 私は副団長です! この手をお離しください、これは命令です!」
「何を生意気な……僕だって手荒なまねはしたくなかったが、君が抵抗するなら仕方ない」
腕を押さえられている手に力が込められた。
「やはり既成事実の一つでも作ってしまおう」
「……な!?」
何を言っているのだ、この王子は。最低か!
「おい、何をしている!」
とんでもない言葉を聞いてしまったその直後。
ミシェル様の背後から、今まで聞いたことのないほど鋭い団長の声が聞こえた。
「クロード……!」
「ロアナから離れろ!!」
べりっ、という音が聞こえてきそうなほどの勢いで団長はミシェル様を私から引き離すと、そのままの勢いでテントの外に投げ飛ばした。
片手で。軽々と。
「いってー……何をする、僕は王子だぞ!?」
「関係ありません。あなたは今、第三騎士団の団員です。そして俺が団長です。全権は俺にあります」
「関係ないことあるか……! 僕が父上に言えばおまえなんて――」
「国王陛下と、王太子様から言いつけられているのです。あなたの素行があまりにも悪いから、根性をたたき直してほしいと」
「えっ、父上と兄上に!?」
「はい」
その名前が出た途端、ミシェル様の顔色が変わった。
「……すまない、少し酔っていた。見なかったことにしてくれ。どうか父上と兄上にはこのことは――」
「そうはいきませんよ。この件はしっかり陛下に報告させていただきます」
「!? そんな、やめてくれ……! あの二人の恐ろしさをおまえは知らないんだ!!」
「いいえ。お二人はこの国を率いていくに相応しい、立派な方です。ご判断もいつも正しい」
「……」
過去、父と兄に一体どんなお仕置きを受けたのだろうか。
まぁ、すべて彼が悪いのだろうけど。
「とにかくあなたには、今後一切ロアナへの接近を禁じます」
「ロアナ……」
「そうしてくれると助かります」
「……そんな! すまない、ロアナ! 本気で襲う気はなかったんだ!! 君に意識してほしくて、つい手荒な真似を……」
陛下と王太子に頼まれたのなら、根性をたたき直す前に返却するわけにはいかないのだろう。
本当はすぐにでもこの隊から追い出して魔物の餌にでもしてやりたい気分だけど、私も協力しましょう。
「ともかく、これからは国のために最前線でご活躍していただきますよ。陛下にもいい報告ができるように」
「……っこれからはサボらず励むから、どうか父上と兄上には……!!」
「それはこれからのあなた次第ですね」
顔を青くして「頑張ります……」と呟き、逃げるように自分のテントに去っていったミシェル様に、やれやれと溜め息を吐く。
「大丈夫だったか、ロアナ」
「大丈夫です。ですが、男には力で敵わないのだと思うと……とても悔しいです」
ミシェル様の背中を見送ると、団長はすぐに私に視線を合わせるように膝を折り、様子を伺ってきた。
「いや、寝込みを襲われたら男同士だとしても敵わないものだ。それにしても紳士としてあるまじき行い、まったく許せん」
そう言うけど、先ほどミシェル様を軽々と投げ飛ばしたところを見ると、きっとこの人なら寝込みだろうが薬を盛られようが勝ってしまうのではないかと思う。
けれど、珍しく憤りを露にしている団長を見つめていたら、だんだん安心してきた。
この人はいつも私を……団員たちを、見てくれている。
「さすがにもう二度とあのような真似はしないと思うが」
「はい。でも私なんかを女として見るなんて、ミシェル様は本当に変わった趣味ですよね」
「はは、そうか……。それじゃあ俺も変わり者だな」
「え?」
意味のわからない言葉を言われて弾かれるように顔を上げて団長を見ると、なぜかとても優しい目で私を見つめていて。
「これから野営を組むときは、必ず君のテントは俺の隣に張るように」
「…………はい」
その意味を深く考えずに頷くと、団長はとても満足そうに笑った。
私はこれからも第三騎士団副団長として、この人たちとともに国のために魔物を討伐しに行く。
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