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第095話、冒険者ギルド”ネコのあくび亭”再び 【冒険者ギルド】


 【SIDE:スピカ=コーラルスター】


 これは監視が始まった翌日。冒険者ギルド”ネコのあくび亭”での出来事。

 若き女性冒険者スピカ=コーラルスターはやはり憮然としたまま、少し離れたバーカウンターにて、珊瑚色の瞳で監視対象を睨んでいた。

 奥のテーブルに作られていたのはちょっとした宴会場。

 人見知りしやすく、うっかりすると赤面してしまうスピカがあまり得意としない人の賑わいである。奥からはずっと、グルメを楽しむ男女の声とネコのゴロゴロ音が響いでいる。


 既に駿足のアキレスは有名人。

 青年としての彼を受け入れ、愉快で愛想の良い坊主と親しみを持って出迎える冒険者は多い。今も昼から酒を呷ってギルド酒場はお祭り状態。魔猫達もおつまみのご相伴にあずかろうと、立てたモフしっぽを震わせてギルドの扉を開けてくる。

 使者殿には人を惹きつけるなにかがあるのだろう。


 依頼者の身内――鷲鼻側仕えの妹であるギルド受付娘が、兄と同じく怪力系統のスキルで大量の酒瓶を運びながら、隅でオレンジジュースをすするスピカに言う。


「ほへ~、あの人凄いわね~。たった一日で人気者じゃない~」

「そう。みたいですね……」

「ん~。あたしも人を見る目があるから、分かるんだけど~。別に監視なんてする必要ないと思わない? 兄さんったら、相変わらず心配性なのよね~」


 糸目の受付娘は次に洗った手でリンゴをガシュっと握り、リンゴジュースを作りながら糸目を細め。


「ていうか、あの人。なんかシュっとしてて、すんごいイケメンじゃない? ねえねえ? スピカちゃん、あたしの恋人にどうかしら?」

「……あの人、既婚者ですよ?」

「え? あ、本当だ。指輪してる。おかしいな~、あたしの観察眼だと~、この酒場で出会った美しい少女のあたしに一目惚れして~、そのまま山を越えて駆け落ち。アポロシスの教会で~、ダークエルフの神父様の前で、『お前さんに惚れちまったんだ、結婚してくれ』って言ってもらえるはずだったんだけどな~」


 阿呆なことを言い出した受付娘の夢見がちな糸目を眺め、年の近い女性陣としてのスピカが言う。


「あのぅ……なんです、その妄想」

「ふふふふふ。もうやだあ! スピカちゃんたら、言わせないでよ~!」


 ガスンと背中をたたかれ、そこそこなダメージを受けたスピカは慌てて低級回復魔術を唱え。


「たたたた……っ。あの、前にも言いましたよね!? 怪力スキル保持者なんだからっ、もう少し行動を考えて下さいって!」

「ご、ごめんね~! あたしって~、昔からいつもこうで~。兄さんにもいつも怒られちゃってて~」

「もう……いいですよ。でも、一応言っておきますけど。もし新人さんに同じことをしたら、下手したら背骨を折っちゃいますよ……?」

「そうしたら~、魔猫ちゃんにお願いするから問題ないわよ~?」


 前科持ちだと確信したスピカは周囲を探り、じぃぃぃぃぃ。

 少し離れた場所で見ている新人冒険者のパーティに目をやる。彼らはスピカの視線の意味を察して、こくこくと頷いていた。


「あなたねえ……。まあ、たしかに受付ってトラブルが多いし。怪力で高レベルな人材が適任なんでしょうけど……。もうちょっと、どうにかなりませんか? 魔猫の方だっていつもいるとは限らないんですよ?」

「もう、スピカちゃんは心配性ねえ~。ふふふふ、大丈夫よ~! 実はあたしぃ、えへへへへ! 回復魔術もヒーラー魔猫ちゃんから教わって、欠損部位を治せるほどのレベルにまでなっているのです!」

「またそんな適当な……」


 言って、スピカは狩人系統の鑑定スキル”博識フクロウの慧眼”を発動させる。本来なら適当な誤魔化しを指摘するためだったのだが――鑑定で覗くことができる範囲には、回復魔術が多く羅列されていた。


「うわ……、マジですか?」

「そりゃあうちは神官の血筋でもありますからね~。兄さんが習得できるんだから、あたしだってできちゃうのです!」


 えへんと大きな胸を張る受付娘に忠告するようにスピカは言う。


「でも、やっぱり……もう少し手加減を覚えたほうが、いいと思いますよ?」

「まあ、それはおいおいね~」

「おいおいって。あのですねえ……ケガさせても治せばいいって考えは――」


 スピカの言葉が途中で途切れたのは、勢いよくギルドの扉が開かれたからだった。

 宴会状態になっている奥のテーブルも、それを囲う魔猫も、依頼掲示板を眺めていた冒険者たちも一斉に振り向いていた。

 駆け込んできたのは錬金術師から派生した薬草師。ハーブや植物を用い、補助アイテムや回復アイテムを生み出す生産職の一つである。

 薬草師の男は息を切らし、額から血を滴らせ――。


「た、大変だっ。な、なんか知らねえが。中層の英雄魔物が蘇ってやがって! それで、まだリポップ期間じゃねえからっ。新人のガキどもがいっぱい、中層エリアで取り残されててっ」


 明らかに冷静さを失っている。

 けれど断片的な情報でも意味は理解できる、緊急事態だと察した者は多かったのだろう。

 駆け寄り、回復魔術を行使しながらの受付娘が、のほほん声を切り捨てた事務的な声音で言う。


「中層の英雄魔物の復活、ですか? 確かにおかしいですね、リポップにはまだ十日ほどの猶予があるはずじゃあ……」

「そうなんだがっ、実際に湧きやがったんだ。嘘じゃねえって」

「わかっています。疑っているわけじゃないの。それで取り残されている人の特徴と人数は分かりますか――すぐに討伐および、遭難者の救出クエストを発行します」

「あ、ああ。頼む。ガキどもを助けてやってくれっ。たぶん、まだ、姿を隠す《隠匿結界》の中で隠れてるはずだがっ。効果はそう長続きしねえんだよ! ワタシだけ先に隙をつき、なんとか転移してっ。それでっ――……」


 悲痛な叫びに冒険者たちが動き出す。

 深酒を呷っていた者たちも、それぞれに解毒魔術を改造したアルコール抜きの魔術を発動させていた。その中で、駿足のアキレスはスピカに目線を向ける。呼んでいるのだと理解したスピカは奥のテーブルに向かっていた。

 癖なのか、アキレスが火傷痕の残る頬を親指で拭いながら言う。


「どういう事だ?」

「えーと……ヴェルザの街のダンジョン塔の中層の最奥には、英雄魔物、エンシェントオークキングっていう知恵のない亜人がいるんだけど。三日前に倒されたばかりなの。本来ならリポップまでに二週間ぐらいの間隔があって、その間は中層の最奥エリアが安全地帯になるでしょう? そこを拠点にして、低層の経験値魔物狩りを卒業した新人のレベルを一気に上げるのが、レベリングの定番なんだけど……」

「なぜか三日で蘇っている、か」

「そういうこと……前にも一度こういうことがあったんだけど……」


 説明するスピカに受付娘が割り込み、まじめな口調で凛と告げる。


「上級冒険者スピカ=コーラルスターさん。ちょっとよろしいですか?」

「討伐チームに参加しろ……てことでいいの?」

「はい、今すぐに動ける中で、一番確実に破壊力を出せる後衛火力はあなたですので。緊急要請なので報酬は上乗せされますし、経費はすべてギルドで持ちます。頼めないでしょうか」

「構わないけど、えーと……」


 スピカのサンゴ色の視線が、監視対象の青年に向かう。

 受付娘の口から紡がれていたのは、やはり――先ほどとは打って変わった職務を果たす声。


「監視依頼の件はこちらで責任を持ちます。依頼者にもこちらから説明しますし、あなたに満額の報酬をこの時点でお渡しします。もちろん違約金など不利益を一切発生させないとお約束します。ギルドとしてはまだ成長途上にある新人の犠牲者を望みません、人命を優先したいのです」

「人命を優先したい、か。いいねえ、そういうのは嫌いじゃねえぜ?」


 答えたのはスピカではなく使者の男アキレスだった。

 スピカが言う。


「嫌いじゃないって……、もしかしてあなた」

「おう、オレの監視をしながら英雄魔物の討伐ができればいいんだろう? なら簡単じゃねえか、オレも一緒に行ってやるよ」


 男は愛嬌のある馬面に、力強い笑みを浮かべている。

 だが。

 実力の分からない人間を、英雄魔物討伐に連れていくリスクは高い。


 言葉を探りながらスピカは声を絞り出す。


「優しい人ね……。でも、気分を悪くしないで聞いて欲しい。足手纏いが増えるのは――」

「ま、全面的に信じろとは言わねえが――。オレは蹴撃者ストライダー。足の速さには自信があるんだ、その新人のガキどもっていうのを救出するぐらい手伝わせろって」

「ストライダー? 聞いたことのない職業なのだけど……」


 決めかねているスピカの赤髪をわずかに引っ張り、受付娘が言う。


「駿馬のように駆け、蹴りによる高速攻撃を得意とする稀少な職業ですよ。たしかに、転移魔術を除いた場合の足の速さを考慮すれば最速クラス、戦闘中であっても隙をついて遭難者を助けられるかもしれません。ギルドとしても彼の意見に賛成です」

「決まりだな」


 あまりに突然なので、すぐに動ける人材も時間も足りない。他の冒険者からも、実力の分からない彼を不安視する声はあったが、いざとなったら逃げ足だけは間違いなく早い。勝手に身を守るだろうと判断され合格。

 北部からの使者アキレスも、救出遠征に参加する事となったのだ。


 指揮官の職業適性がある者を中心に、即座に編成が組まれる。


 商機を失ってはいけないと、動き出すのは魔猫と亜人の商人。旅をサポートする生産職の冒険者が、簡易露店を展開し始めていた。

 人語を発せない代わりに身振り手振りで意思疎通はできる”モフモフ二足歩行な商人魔猫”が、ニヒィっ♪ 髯をピンピンにさせ《回復の軟膏》や《状態異常回復のドリンク》を並べ。その横で、魔術の才能がなくても魔術を発動できる《魔術巻物スクロール》や《簡易魔術杖つかいスティック》を、爬虫人族の錬金術師がディスプレイし始める。

 両者ともに尻尾を揺らして、死にたくなかったら買って行けとばかりにニコニコ笑顔。

 冒険に必要な魔道具や武具が並び、ギルド内は遠征に向けて一致団結。迅速に行動を開始していた。


 アキレスも知らぬ技術、知らぬ文化が並ぶ中。

 魔猫の楽園ヴェルザの者達は、慌ただしく動き出したのだった――。



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― 新着の感想 ―
[一言] エンシェントといえば! あの「理不尽にも吹き飛ばされるおっさん」のゲームを想像しますよね〜!( ^ω^ ) あのおっさん、何度見ても笑えます! それにしてもその豚亜人、何故そんな早く生き返っ…
2024/02/16 17:23 退会済み
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