第009話、剣聖と幼女大司祭【SIDE:ヴェルザの街】
【SIDE:ヴェルザの街、剣士イザール】
出立の準備を終わらせた隻眼の剣士イザール。
街を出る前にギルドへ立ち寄り、情報を受け取ろうとしたのだが。
ギルドの奥へと通された彼は、思わず剣に手を掛けそうになっていた。
強力な魔力の波動を感じたからだ。
応接室に待っていたのは国の要人。
ぶかぶかな儀式服を身に纏う、幼女――大司祭マギであった。
シャランと杖を鳴らし、幼女大司祭マギは言う。
「話は聞いておる。感謝せよ、そなたが依頼を受けてくれると聞いて妾は安堵しておるぞ」
「おいおい、情報を用意しとけとは言ったがな。ちんちくりんの大司祭様を連れてくるなんてのは、聞いてねえぞ。まだ生きてやがったんだな、ロリババア」
ガシガシと、ダンジョン籠りで伸びた髪を掻き。
剣士イザールは警戒を崩さずに、魔力の塊のような幼女を睨んでいる。
上級冒険者の本気の睨みに怯むことなく、マギは口角を釣り上げる。
「おう、言うではないかひよっこの若造よ。なんじゃ? おぬし、ガキの頃にオレは英雄になるんだぁとダンジョンに入り、遭難。妾に助けられた記憶をもう忘れたか? んん~?」
「ちっ……これだから長く生きたヤツは苦手なんだよ。で、なんであんたほどの大物が王宮から離れてやがるんだ」
「分かっておるくせに――それほど切羽詰まっている、事態は深刻なのじゃ。おぬしも直感で感じたからこそ、依頼を受けたのであろう。天に最も近き男、隻眼の剣士イザールよ」
「そりゃあダンジョン塔のてっぺんのことか、それとも死んで天へって意味、どっちだろうなあ?」
「両方じゃろうて」
雑談を切り替えるべく。
イザールが声のトーンを低く抑え。
「ロリババア、てめえの腕でも疫病は治せねえのか?」
「ダンジョンから持ち込まれた疫病など初めてでな。妾の所持するスキルでも完全なる治癒は不能。まったく、とんでもない病を運んでくれたものじゃな」
「街の連中はそれもメザイアのせいにしちまってるんだろう? どうしようもねえな。あんたもこんな街と国に拘ってねえで、他に移籍したらどうだ? ダンジョン塔はここ以外にもあるだろう、あんたなら引く手あまたで就職先には困らねえだろうさ」
「疫病を放置したまま逃げるわけにはいかんじゃろ。この街にはヒーラーが少なすぎる、妾が去れば滅びる。それが分かっていてここを離れるのは、殺人とさほど変わらんじゃろうて」
「律儀なババアだな、オレはそうは思わねえが――で? あんたが出張ってきたんだ、あのネコはなんなんだ。この疫病とも関係してるのか?」
しばし考え。
マギがぷっくらと幼い唇を動かす。
「おぬしならば信用もできる。故にこそ頭を下げて願い出る。後生の頼みじゃ、あの方をどうかこの街に連れ戻してくれぬか」
「理由を言いな」
ウソは許さない。
強い眼光に頷き、マギは静かに瞳を細める。
「あの御方は妾ですら遠く及ばぬほどの高みのヒーラー。おそらく、この疫病とて完全に治癒できる存在であろう」
「ネコがか?」
「ネコだからじゃ――」
魔導の知識を持つ者としての顔で、幼女大司祭は声を張る。
「どこかここより遠い世界。青き世界と呼ばれる地――そこでは、異常なほどにネコを信仰し、ネコに精神を支配された人類が生息するとされておる。宇宙と呼ばれる星の海にさえその足を踏みしめるその地の人類は、皆、ネコのために働き、知恵を練り、ネコのために生きて死ぬ。ネコという存在を頂点とし、億単位の数がネコの偶像を崇拝し、ネコの映像を眺め、ネコに心を癒され生きる糧を得ているのだそうだ――」
「お、おう……変な世界だな」
「信じる信じないはどちらでも良いがな。ただ、冒険者であるそなたならば知っておろう。信仰とは力であると、人の心こそが魔術の源となって発動すると。実際に、力がある存在というのは間違いない。それにじゃ。実は妾も一度だけ、あの方の世話になった事があるのじゃ」
言って、幼女大司祭は重いぶかぶかな儀式服を整えながら。
遠くを見る目で語り続ける。
「妾はかつて永遠を望んだことがあった。当時はまだ、その意味を深く理解などしていなかったのであろうな。ある日、妾は一匹のネコと出逢った。タヌキのような丸い顔をした白きネコであった。本当に、呑気なネコでな。ダンジョン内で出逢ったのだが……恐ろしき魔物で溢れるエリアだというのに、平然と、散歩するように歩いておったのじゃ。妾は当時、仲間と冒険をしておったのだが……まあその話は本筋とはそれるからよい……」
剣士イザールは、話半分という顔で聞いている。
しかしマギは真剣な顔で、ぷっくらとした唇を動かし続ける。
「ともあれ妾らは、ダンジョンで出逢ったネコが人間エリアに行きたいというから、冒険を切り上げ連れ帰ったのじゃ。ネコは言った。人間エリアで飲んで遊んで楽しめるだけの金が欲しいのだと。そして妾らに言うのだ。金をくれるのなら、どんな願い事でも叶えてくれようと陽気な声で笑っておった。当時は知らなかったのじゃ、妾は。その方が誰なのか、考えもしなかった。だから……ただのおねだりだと思ったのじゃ。妾もネコは嫌いではなかったからな……金を渡し、冗談で言ってしまった、ヒーラーが真っ先に死ぬとパーティが崩壊する。だから……不老不死にして欲しいとな」
ぎゅっと自らの肩を抱き、マギは言葉を口にした。
「妾の肉体は本当に成長せず、死ななくなっていた」
「マジ……かよ」
ギルドの照明ランプが、ぶわりと揺れる。
獣脂の焦げる音が漂っている。
ごくりと男の喉が隆起していた。
「おそらく、この猫はその御方。それほどの存在という事じゃ。頼む、街のためにもどうか依頼を遂行して欲しい。説得してお連れするのじゃ――戦おうなどと思うなよ、若造よ――ぬしでもあの方には勝てん。余計な不興を買うだけじゃろうて」
「やってみねえと分からねんじゃねえか?」
「いーや、ことあの方に関しては分かっているのじゃ。ヒーラーだからと甘く見るでないぞ。そもそもの存在としてのステージが違う御方だからな」
「だから、誰なんだよ。その猫ってのは」
天を指差し、幼女は言う。
「四星獣が一柱、過去を司る者。イエスタデイ様。すなわち――神じゃよ、正真正銘のな」
神の降臨が他国に漏れたら。
そして、その神を他国に回収されてしまったら。
「伝承されし癒しの神の降臨、か。なるほど、だから捜索依頼に詳細がなかったんだな。だが、失態だったな。たぶん、今頃もっとネコ様の不興を買ってる筈だぞ」
「ど、どーいうことじゃ?」
「ろくにダンジョン攻略さえできねえ低級冒険者どもが、メザイアとあのネコが疫病を運んできた悪魔だって騒いでやがるみてえだ。宿のおばちゃんの噂じゃあ、関所でも一悶着があったって話だが?」
「な!? 妾はそんな報告、聞いておらぬぞ!?」
「だからダメなんだよ、この街は。一回、痛い目に遭わねえと分からねえんじゃねえか?」
告げて、隻眼の剣士は立ち上がる
相手は癒しの神。
イザールの脳裏に、かつての後悔と期待が浮かび上がってくる。
男は思った。
もし、蘇生魔術があったのなら。
いや、メザイアの状況を考えると――。
「確実にあるな、こりゃ――」
「なんじゃ?」
「いや、なんでもねえよ――」
ダンジョンの中での死を多く見た男は旅に出た。
行く先は、山向こうの隣町。
女盗賊と猫が向かったとされる、こことは違うダンジョン塔のあるエリアだった。