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第088話、三つの願い ―選択―【思い出の草原】


 【SIDE:駿足のアキレス】


 カタリカタリと音が鳴っていた。

 走馬灯とも違う。どこか不思議な場所だった。

 これは過去の映像。思い出の中。

 観察眼に優れた青年アキレスがここが思い出の回想、特殊な空間だと察した時、既に彼は自分の死も確信していた。


 あの日の草原で、青年は独り――沈む太陽を眺めていたのだ。

 輪廻を待っている状態にあると理解できるのは、自分が死んだという強い自覚があったからだろう。観察眼の成功判定が何度もログに流れている。

 魂となったアキレスは五体満足な状態で、思い出を眺めていた。


 あの日の思い出。交流会での草原。

 草と土の香りの中で三人の子供がいる。

 元気なカチュアにお調子者でガキ大将な自分、そして、いつもノロマで優柔不断なガイア。


 楽しい思い出。

 温かい思い出。

 けれど、もう二度と触れることのできない景色でもある。

 アキレスの腕が伸びる。手が、過去を掴もうと伸びている。その手を叩いたのは――白くて黒い獣だった。


『えへへ~、ダメだよ~。それに触れちゃったら帰ってこられなくなるからね~』


 巨大熊猫。ジャイアントパンダと呼ばれる異世界の獣である。

 観察眼に優れたアキレスはダイスロールを開始。その正体を判定しようとダイスロールを繰り返すが、全てがエラーになる。アキレスは口を開いた。


「あんたは……いったい」

『僕? えへへへ、僕はね~四星獣ナウナウ。とっても偉いジャイアントパンダなのです、えっへん! 僕、強いからね~、君の観察眼による判定も全部レジストされちゃうんだ~』


 ねえねえ凄いでしょ~、凄いでしょ~と。

 黒くモフモフな丸耳をピョコンとさせ、パンダは口を開いて、えへへへ~♪


「四星獣っていうと、あの」

『うん、そうだよ~。君達を眺めて、君達で遊んで、君達の願いを叶えたり、叶えなかったりする偉い神様だよ~。どう? 僕の尻尾、とってもかわいいでしょ? 僕って世界で一番かわいいからね~♪ そんな僕と出逢えるなんて、君、とっても幸せだね?』

「え?」

『幸せだよね~?』


 幸せだね? と、圧迫感のある顔で四星獣がじぃぃぃぃぃ。


「あ、ああ。はい。幸せ……です?」

『疑問形なのが気になるけど、えへへ~。まあ及第点かな~』

「それで、俺は……死んだんすよね?」

『そうだよ~』

「じゃあ、いったい……」


 この空間や、そもそも四星獣が何故やってきたのか。それが理解できない。


『今ね~、僕の友達の~、イエスタデイがね~。良きカルマを持つ者達と契約して~、今回の襲撃で~、外来種十三番に殺されちゃった魂を~、順番に蘇生してるんだけどね~。そこにちょっと割り込んだんだ~。むふふ~、僕ってやっぱり素敵パンダだね?』


 パーンダ♪ パンダ。素敵なパンダ♪ と、力ある獣が尾をフリフリ。

 あまり人の話を聞かないタイプの神様だと、鼻梁を顰めたアキレスは困り顔。

 そんな細面を眺め。


『さてと、じゃあ本題に入ろうか~。ねえ、君。僕の眷属にならない?』


 白と黒。二つの色をキラキラキラと輝かせる巨獣の顔がじっとアキレスを眺める中。

 思い出の空間に、音が鳴る。

 それは樹の幹が急速に成長するような音で――。直後。不意に、鈴を鳴らしたような声がした。


『ダメよ、ナウナウ。それは管理者たるあたしが却下するわ』

『あ~、ネコヤナギだ~。えへへ~、久しぶりだね~。僕、今日も可愛いでしょ?』

『あのねえ……普通、レディたるあたしを可愛いって褒める場面だと思うのだけれど。まあいいわ。あなたとまともに話していると、消耗するだけですし』


 思い出の草原の空から、すぅっと銀髪赤目の美少女が降りてきて。

 つぅ……んと、赤い靴で空に雫を張って、着地。

 羽のように軽そうな身体でふわふわと浮かび、微笑している。


 二人は知り合いなのだろう。アキレスが何も言えなくなったのは、その少女もまた、観察眼の判定ロールをレジストし続けているから。おそらく同質の存在。それはつまり、四星獣。

 どうしたらいいか、対応に困る青年の大人になった精悍な顔を見て――銀髪美少女は、お気に入りの花を見るような、けれど悪戯そうな顔で振り返る。


『初めまして、アキレスさん……だったかしら? あたしは四星獣ネコヤナギ。異聞禁書ネコヤナギ。この世界の管理者よ。悪いのだけれど、ちょっと待っててもらえるかしら。この我儘暴君パンダにお説教しないといけないから』

『お説教? なんで~?』

『あのねえ……あなただけユニーク個体の眷属を増やし過ぎ。それはやり過ぎだって言ったじゃない。だいたい、あなただけ眠りのペナルティの中で勝手に起きて、勝手に動いたり。もうちょっと、ルールってものを守って欲しいのだけれど?』


 パンダは、んーと上を向き、鼻をふがふがさせて言う。


『五十年前の話かな~? でも~、この世界に干渉しようとしてきてる変なのを~。ぺしゃん! って、押しつぶして遊ぶために起きただけだよ~?』

『あら、そうだったの? それで、その外来種はどうしたの?』

『死なないでリポップし続けるみたいだから~、無力化させて~動けなくして~。ムルジル大王の眷属の~、鰐とかシャチとか~、お魚さんと爬虫類さんの永久ご飯に改造してぇ、星夜の聖池に沈めてきたけどぉ。ダメだったかなぁ?』

『え? じゃ、じゃあ……その人、ずっと喰われ続けてるって事?』


 問われたナウナウは、きょとんと顔を横に倒し。


『そうだよぉ? 何か問題、あるかな~?』

『まあ……ここに送り込まれている外来種って、基本外道みたいな連中ばかりみたいだから、倫理的には問題ないでしょうけど。相変わらず、顔に似合わずエグイわね……あなた』

『だって、アレ。たぶん悪意があって送り込まれたんだよね? 僕、イエスタデイを虐める奴。嫌いだよ』


 ぞっとするほどの憎悪の波動が、無垢なる巨獣の毛を逆立てている。

 逆光の中で。顔を真っ黒に染めた巨獣が唸るような声を絞り出す。


『ねえネコヤナギ~。いっそさ~、あっちに攻め込んで全部壊しちゃうってのはダメなのかな~?』

『無理よ。たぶんあの外来種って、昔あたしたちがいた世界から送られてきているんですもの。遠き青き星。あたしもあそこは大嫌いだけど……あそこには世界を一から創生できるレベルの、悍ましいほどに高次元な”巨鯨猫神”が気ままに徘徊しているって話よ。迂闊に手を出したら、こっちが消されちゃう』

『えぇ~、じゃあそいつが僕たちの世界にちょっかいかけてるってこと~?』

『たぶん違うわね』


 ん~……っと細い指を顎に当てて考え。


『とにかく、あまり勝手なことはしないで頂戴』

『ぶぅぶぅ~、それじゃあつまらないよ~』


 両前脚を振って、目を尖らせ四星獣ナウナウは駄々をこねるも。


『もう、しょーがないわねえ。じゃあこの人を眷属にするのはダメだけど、少しだけ恩寵を与えることは許可します。そうしたら、またしばらく暇つぶしはできるでしょう?』

『うん♪ それでいいよ~、じゃあ僕は~、ちょっと~、竹林をね~? レイニザード帝国の上空に動かしてくるから~。ネコヤナギがなにか加護とか~、願いを叶えるとか~、恩寵を与えておいてね~。引っ越し引っ越し~、楽しいな~。えへへへへへへ~、えへへへへ~♪』

『って、こらナウナウ! 待ちなさいよ! あなたが言いだしたんでしょう!』


 銀髪の上部にネコの耳をウニャっと出して、少女が続けて吠えていた。


『って、もう! 丸投げして行っちゃった! あの子ったらいつもこうなんだから! 自分が可愛いって自覚してるから余計に質が悪いのよねぇ……』


 頬をぷくっと膨らませる少女は、露骨に肩を落とし。

 一呼吸。

 神としての威厳を取り戻すようにコホンと咳払い。銀髪と赤い目をキラキラキラと輝かせ――。


『というわけで。世界に新たに生まれた新規駒ストライダーのアキレス。あなたに恩寵を授けてあげるわ』

「あ、あの……ぅ。そもそも恩寵って言われても、俺、生き返れるんですか?」


 観察眼が鋭いからこそ、青年は委縮していた。

 二柱の悍ましい魔力に圧倒されていたのである。それでもアキレスは、背筋を汗で湿らせ言葉を押し出していた。

 怯えを畏怖と認識したのか、大変宜しいと少女は微笑み。


『ナウナウが言っていたでしょう、今、イエスタデイが順番に蘇生してるって。あの子はヒーラー魔猫。口ではひねくれたことをよく言っているけど、基本的にお人よしですもの。良きカルマを持つ者達の蘇生だったらリスクも消費もほとんどないし、ちゃんと手順を踏めばやってくれるから――間違いなく蘇生されると思うわ』

「そ、そうなんですか。そりゃあ有難いんですけど……」

『なに? あぁ、そうね。人間があたしを直視しているんですもの、動揺してしまうのも仕方ないのかしら。あまりにもあたしが美しいから見惚れちゃったのね』


 と――うふふふふ。枝を召喚して、ちょこんと座り。

 ドレスの裾から赤い靴をペコペコさせて異聞禁書ネコヤナギはにっこり。

 青年アキレスはまた変な神様だと頬を掻く。


「その恩寵っていうのは――」

『そうね。たとえばですけど、以前イエスタデイがやったみたいに不老不死の身体を与えて上げたり。ムルジル大王がやったみたいに、人間では絶対に入手できない神器を下賜したり。ナウナウみたいにあなたを別の神性、神獣へと進化させたり。あとは……例えば誰かを蘇らせたりとか、かしら』

「蘇らせって……じゃあ、カチュアを蘇らせることもでき――っ」


 勇む青年の口を少女は指で止めて、首を横に振る。


『それは無理よ。カチュアって娘の魂は既に盤上遊戯の駒から外れている。イエスタデイ……過去を司る四星獣イエスタデイ=ワンス=モアと契約してその死後の魂を売り渡しているの。願いと引き換えにね――』

「願いと引き換えに……?」

『ええ、黒猫となったあの子の願いは既に成就されている。だから、無理。蘇生しちゃったら契約不履行で存在が消滅しちゃうわ、それは嫌でしょう? ああ、でも安心して頂戴。あの子は工房で襲撃された時に負傷していたけど、それもイエスタデイが治療しているわ。自分の眷属にとっても甘いから、あの子』


 甘いから。甘いからと。どこからともなく輪唱が続いていた。

 ゆったりと瞳を閉じ、少女の姿をした神性存在が言う。


『そうね、じゃあこっちから三つの選択肢を上げるわ』


 草原から三つのつぼみを召喚して、少女は赤い瞳を細めていた。


『まずはさっきも言ったけど不老不死の肉体。これは単純よね、歳も取らず普通の攻撃じゃあ死なない肉体に再構築してあげる。シンプルだけど死なずに際限なくどこまでも成長できるから、ある意味では最強の特性かもしれないわね。ステータス情報を少し弄るだけだから、簡単よ』


 赤いつぼみが、気高く花開いていく。


『二つ目は武器と防具。あなたという遊戯駒が持つ根源、異神アキレウスが使ったとされる”世界樹の槍”と”鍛冶神の鎧”を盤上遊戯に落とし込んだ形で付与してあげる。ちゃんと蹴撃装備にはしておいてあげるわ。あなた専用の装備ですけれど、これはあなたの子孫なら装備できるから、継承も可能。これだけは後に繋ぐ事ができる、あなたの世代では終わらない願い。きっと家宝として名を残すでしょうね』


 青いつぼみが、渦となって空へと成長していく。


『三つ目は戦闘を有利に運ぶ特殊技能の付与。今回は二つね、”不死殺しの力”と”ダイスの豪運”。前者は単純。本来なら死なない存在を……、たとえばですけど一つ目の願いの”不老不死の特性”をもつ存在を例外的に殺すことができる特殊技能よ。相手の因果と契約を強制的に破棄する特性といってもいいわ。ダイスの豪運はダイスロール判定が入る全ての事象を、成功か失敗か選ぶことができる技能。注意点としては判定決定までに決めないと無効になることと――絶対に成功できない力の差があったりすると、成功にはできないことね。それでも戦いも生活も有利にできる能力よ』


 黄色いつぼみが、ふわっと綿あめ状に膨らんでいく。


 三つの選択肢を提示して。

 異聞禁書ネコヤナギは、さあどうぞお選びなさい――と、青年の顔を興味深げに覗き込んでいた。

 少女もまたあのパンダと同じく、人間を観察して楽しんでいるのだろう。


『時間はあまりないわ。そろそろイエスタデイがあなたを蘇生させちゃうの。だから、選ぶのなら急いでね? どれも盤上遊戯の未来に影響を与える、あたしからの素敵な恩寵よ』

「なら、俺は――」


 三つのつぼみを眺め。

 アキレスは――選択した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] パワーアップして復活かぁ(*^▽^*) [一言] 何を選ぶかが楽しみ♪ヾ(≧∇≦) 今回、完全にケトス様の存在が明言されましたね (-ω-;) ナウナウ様からしたら仕返し出来ない…
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