第008話、受付娘リリカの憂鬱【SIDE:ギルド受付】
【SIDE:ヴェルザの街ギルド受付】
疫病に苦しむヴェルザの街。
幼女大司祭マギの到着でわずかな賑わいを取り戻していた街は、謎の高額捜索依頼の噂でもちきりになっていた。
疫病を少しでも忘れたい。
そんな気持ちが、噂に尾ひれをつけるのだろう。
女盗賊メザイアと謎の魔猫を捕獲するべく動き出した冒険者も多い。
これは、そんなギルドの一ページ。
疫病で苦しむせいか余裕のなくなった街では、今日も、怒声に近い声が響いていた。
受付娘リリカに向かい、ダンジョン塔から一月ぶりに帰還した剣聖と呼ばれる男。
頬に深い傷を持つ隻眼の剣士イザールが、抗議の声を上げていたのである。
「開錠ができねえだあ! ああん!? どういうことだ!」
「で、ですから……大変申し訳ありませんが、現在上級ランク以上の宝箱の開錠は出来ません」
「はぁ!? 理由を言え理由を! こっちはやっとダンジョンから降りて来て、ヘトヘトなんだぞ? でも、上層で手に入れた宝を開けたい気持ちもある。これを確認するまでは、眠れねえってもんだろう!」
上級冒険者と呼ばれる実力に見合った気迫で唸る剣士イザールは、威嚇するように周囲を睨む。
「見せもんじゃねえぞ! 散れ!」
酒場の客たちはイザールの眼光に恐れをなし、きまり悪そうに酒に口をつける。
ガヤガヤとわずかな雑談が戻り始めた頃。
イザールが納得できねえと、もう一度リリカに告げる。
「で? どうして開錠できねえんだ。まさか、ソロで上層を攻略してるオレへの嫌がらせか?」
「どうしてもこうしてもありませんよ。この街で使用されていた上級開錠スキルは、メザイアさんが所有権を保持していた技術。ギルドも街も抜け、他所でギルド登録なされた時点でウチのギルドではその使用権を失う。そんなのギルドの常識じゃないですかあ」
そこでようやくイザールは気が付いた。
いつもの元気な女がいない。
「メザイアがギルドを抜けただと!?」
「え、ええ――まあ色々ありまして……もしかして知らなかったんですか?」
「だからこっちは一月丸々ダンジョン塔に籠ってたんだよ。つか、マジか。オレは開錠はとことん下手だから、ギルドに持ってくりゃなんとかなると思ったんだが……」
抱える宝箱の素材は桐の箱。
かなり上位のレアアイテムが入っている可能性のある宝箱である。
当然、そのレア度と同じぐらい開錠の困難さや、罠の可能性を秘めているので危険。
ここまで上位になると自分自身では開けず、開錠を得意とするシーフや、ギルドに依頼するのが定番となっている。
だからこそ、わざわざアイテム収納空間を圧迫させ、宝箱ごと持ってきたのだろうが。
イザールが言う。
「で。なんであの娘は辞めちまったんだ。男でもできたか?」
「それだったらまだ良かったんですけどねえ……」
あははは……はは、はぁ……と肩を落とし。
受付娘リリカは誰でも自由に閲覧できる範囲で、店のログを表示する。
店であった一連の事件を確認したイザールが、呆れた顔で周囲を見ながら皮肉気に開かない宝箱を叩いていた。
「ひでえな、そりゃあこんなところに愛想をつかして、どっかいっちまうわな」
「あたしも、この街への義理とアイツがいなかったら、とっくに見捨てちゃうんですけどね」
「アイツ?」
「あはははは、まあ気にしないでください。腐れ縁の幼馴染のことなんで」
「ま、いなくなっちまったもんはしょうがねえだろ。どっからどうみても冤罪なのにだ、誰も助けてやらなかったんだ。もう帰ってこねえよ」
冷たい言い方だったが、切り替えも肝心だ。
イザールが上級冒険者の顔で言う。
「それで、いつになったら補充の上級開錠スキルが使えるようになるんだ」
「なりませんよ?」
「そう、なりま……はぁ!? なんでだよ!?」
「あのですねえ……シーフって盗賊ってイメージがあるせいで、結構不当な差別を受けるじゃないですか? まあ、イザールさんみたいな誰にでも横暴な人なら別でしょうけど――メザイアさんほどの、具体的には上級開錠スキルを入手できるレベルになることって、けっこう稀なんですよ」
だいたいソロで行き倒れになる。
そんな言葉を思い出したのだろうか。
イザールが露骨に小ばかにした顔で、吐息に辛辣な言葉を乗せていた。
「で? そんな貴重な人材をギルドは庇わず放逐したってか? ぶはははははは! バカだなあ、おめえら」
「分かってますよ。あたしも……上からの命令にもっと歯向かっていればよかったって、後悔してるんですから」
言って、ちらりと権利をロストしたスキル資料を眺め。
「実際……メザイアさんが権利を持ってたスキルって結構多くて、割とマジで開錠や潜伏や罠外しの技能がヤバい事になっちゃってるんですよね」
「外から有名な盗賊職でも呼べばいいんじゃねえか。メザイアほどじゃなくても、まあそれなりならスキル権利ぐらい持ってるだろうよ」
「あなたは一月ダンジョン塔に籠っていたから現状に疎いんでしょうけど。今、疫病で汚染されているんですよ、この街。なんなら幼女大司祭マギ様が来て下さらなかったら、もう全滅しててもおかしくなかったんですよ?」
「それがどうしたんだ?」
「ああ、もう! 少しは考えて下さいよ! 元から住んでたりギルド登録してたんならともかく、いまさら他所から来てくれるわけないじゃないですか! 好条件出しても断られちゃってるんですよ!」
戦う事しか能がない人は!
と、言いたげな顔の受付娘に苦笑し――イザールが言う。
「それで――メザイアはともかくだ、このタヌキみたいな顔をしたネコにまで報奨金がかかってるのは、どういうことなんだ? こいつだろ、ログにあったあいつに助け船を出した猫ってのは」
「んー……その辺はちょっと言えないんですよねえ。あたしも首を刎ねられたくありませんし」
なにやら秘密の香りを感じたのか。
イザールがカウンターに身を乗り出し、小声で彼女に伝えていた。
「おまえさんもメザイアを連れ戻したいんだろ? 捜索依頼を受けてやってもいいから、もうちょっと詳しく聞かせろよ」
「いや、まじでヤバいんで。その辺の秘密が外の国に漏れたら……的な、ガチなやつなんで」
「なるほど、この金額はメザイアを探してるってよりかはこっちのネコが本命ってか」
受付娘がすっとぼけた顔と口調で。
けれど、まっすぐにイザールを見て告げる。
「まあ否定はしませんし。受けて下さるなら、たぶん本気で感謝すると思いますよ」
「そうか、ならデートでもしてくれるか?」
「本当にお連れすることに成功したら、ギルドの女性スタッフ全員がイザールさんの接待をしても構いませんよ?」
「マジか……?」
「ええ、マジです」
それほど切羽詰まっている。
そう察した男は、空気を切り替えていた。
「すぐに発つ――宿に荷物を取りに行くから、可能な限りの情報を用意しておけ」
書類を取り出しサインをし――。
剣士イザールは女盗賊と猫の捜索クエストを受諾した。




