第007話、関門突破【SIDE:女盗賊メザイア】
【SIDE:女盗賊メザイア】
時は十分ほど前。
通行止めになっていた関所が戦場になる直前だった。
ヴェルザの街は疫病がはやり、露店も売店も存在せず。
おいしい食事を食べに来た魔猫、イエスタデイにとっては価値なき街となっていたのだろう。
彼は傷心の女盗賊メザイアを引き連れ、街を脱出。
メザイアとイエスタデイ。
女盗賊と猫は、のんびりと隣の街へと向かおうとしていたのだが。
そんな彼らの進軍を邪魔せんとする壁がある。
関所の検問である。
衛兵の手に握られているのは、女盗賊メザイアの顔と猫の顔が浮かんだ、魔術羊皮紙。
明らかに見張られている。
それでもやましい事などない女盗賊メザイアは、関所の通過を申請するが。
「通り抜けできない? どういうこと!?」
「メザイア様ですよね? 申し訳ありませんが――ご同行願います。あなたには王宮への召喚状が発行されています。どうか、お静かにしていただきたい」
「召喚状ですって」
魔猫イエスタデイが、ぎゅっと唇を噛むメザイアを見て。
タヌキのような丸い顔を、こてんと横に倒す。
『娘よ、召喚状とはなんだ?』
「ようするに、お偉い人の場所へ強制的に呼び出されるって事――えーと、ミスター。理由をうかがっても?」
「申し訳ありませんが、絶対に逃がすなとだけ……こちらが聞きたいほどです。あなたがたはヴェルザの街でなにをなさったのですか? まさか、この疫病事件について――何か知っているのでは?」
理由を聞かされていないのは事実らしいが、衛兵の心証は最悪そうだった。
そこで二人は確信した。
追われているのだろうと。
ならば、やるべきことは一つ。
そう、返り討ちである。
「悪いけれど、その召喚状はキャンセルさせてもらいます。あたし、この国の出身じゃないし。従う義務はないわ」
メザイアの言葉に、衛兵たちが頷き。
ジャジャジャジャジャ!
抜刀された剣が、一斉に向けられる。
女盗賊メザイアも上級冒険者。
ただの衛兵にやられるほど弱くはない。
たとえ片手を超えるぐらいの複数同時相手でも、翻弄できる自信があった。
実質的にライセンスを剥奪されてしまったので、ギルドを経由し習得したスキルや魔術は使用できない。
発動に必要な権限を失っている状態にあるのだ。
それでも、彼女にはまだ多くのスキルや魔術が残されている。
空気は重い。すぐに戦場になると、互いに伝わっていた。
最後の確認をするように、女盗賊メザイアが告げる。
「このあたしとやる気? これは国際問題になるんじゃないの?」
「ふざけるな! ヴェルザの街に疫病を撒いたのは、貴様たちなのだろう!?」
いきなりの発言に、盗賊と魔猫は唖然とする。
メザイアはイエスタデイから聞いて知っていた、それはあの男、冒険者殺しダインのせいだと。
けれど。
あの時と同じだ。おそらく何を言っても聞きはしないだろう。
盗賊は言葉を詰まらせていた。
誰にも信じて貰えなかった事件が、ちょっとしたトラウマになっているのだろう。
フォローするようにスゥっと前に足を伸ばし、魔猫が言う。
『ほう? 曲解であるな、なぜそうなっておるのだ?』
「そこの女に殺されかけた冒険者ダインが言っていたぞ! ギルドで殺されかけた、その時にナイフで傷をつけられ……その直後に疫病が発生したとな! この召喚状もそうだ! そして、冒険者ギルドから発行されたお前たち捜索の依頼と、多額の報奨金! これだけの条件が揃ったならば、もはや答えは見えたであろう!」
魔猫イエスタデイが人間の紳士がするような仕草で、ふぅ。
肩を竦めてみせる。
『ならば問おう。もし王宮とやらが、疫病騒ぎを解決するべく、我らの力を欲していた場合はどうするのだ? そなたらは我らを殺す気のようだが、とんでもないことになるだろうて』
「減らず口を」
「もういい! 取り押さえるぞ!」
一人の衛兵の言葉に、他の者達も気迫を込め始める。
『ふむ、話を聞く気はなし。自己強化スキルか。ならば、こちらもそなたらの命の保証はせん。良い良い。かかってくるがいい。ほれ、やるぞメザイアよ。なーに、ログには残っている。これは正当防衛だ』
「そうね――もうログは壊させないし、悪いわね――あなたたち。今のあたしは機嫌が悪いの」
メザイアは諦めをもって、短刀を握る。
イエスタデイに恩を感じていた彼女は考える。
――この猫は絶対に守ってみせる。ヒーラーを守るのは前衛の仕事だけど、盗賊のあたしだって頑張れば……。
と、思っていたのだ。
次の瞬間までは。
◇
いざ戦闘が始まったら、鉄球の雨あられ。
まさに関所は地獄絵図と化していた。
逃げ惑う敵に向かい、黒足袋色のネコ手を掲げ、ニハハハハ!
黒く巨大で硬いまん丸が、連続で召喚され。
ドガドガズコン!
『ほーれほれ! どうしたどうした! 逃げんと潰されてしまうぞ! にゃーっはっはっは! 愉快愉快!』
毒の短刀を握っていた自らの手を見て、メザイアは思う。
え? なにこれ……と。
彼女は冷静になろうと戦場を見る。
やはり、ヒーラーであるはずのイエスタデイが鉄球を召喚し、投擲!
べごん、がごん、げしごごごん!
既に現場は衛兵だけではなく、報奨金目当ての冒険者が集まっている。
しかしだ。
騎士や戦士といった、前衛職を一撃で吹き飛ばし――後衛に回る魔術師の杖に鉄球をぶつけて詠唱妨害、そのまま冒険者パーティを薙ぎ倒し。
イエスタデイさま無双。
強者は高らかに肉球を上げている。
『これが異界より伝わる邪悪を打ち払う聖職者の技、”ストライクの魔術”!』
鉄球を飛ばして人間を薙ぎ倒す魔術を見て、メザイアは呆然と考える。
ビショップや僧侶といったヒーラーの中でも、稀に鈍器をもって前衛に回る――いわゆる殴り聖職者が存在するが。
そんな攻撃に特化したヒーラーが扱う、特殊魔術の一種なのだろうか。
ベッコンベッコンに凹んだ関所周りの土地を見て。
魔猫イエスタデイはドヤ顔!
ふわふわ白毛布の中央に、ココアを垂らしたような模様とメザイアに言われたモフ毛を靡かせ!
ぶにゃはははは!
『愚か者どもめが! 我の通行を故なく邪魔するからこうなるのだ!』
「鉄球召喚魔術って、はじめてみたんだけど……。イエスタデイちゃん、あなた、ちょっとどころじゃなくて本当に強いわね。何者なの?」
鉄球でベコベコになった土地を背景に。
ビシっと肉球を掲げ、やはり誇らしげにネコが言う。
『ふむ、何者かか。さながら少女を助けるヒーローであろうな!』
「いや、少女って歳じゃないわよ。あたし――お姉ちゃんだし」
女盗賊メザイアは、あまりにも破天荒な旅の仲間を見て。
ふふふ。
ようやく、前のように笑えるようになっていた。
「……。ってイエスタデイちゃん、倒した冒険者と衛兵の身体をまさぐって、何してるの?」
白モフモフが、よいしょよいしょ♪ 並ぶ敗者を肉球でさわさわ!
財布と魔道具とアイテムを回収し、にひぃ!
本来なら落とし穴回避の常時浮遊魔術を倒れてる衛兵にかけ、ゆっさゆっさ!
チャリンチャリンと小銭が降ってくる。
『治療費を強制徴収しておるだけだが?』
「え!? い、いや……たしかに死にそうだった所を治したのは事実だけど……」
『であろう?』
「でも、召喚した鉄球を投げつけたのは……こっちよね?」
問われたイエスタデイは怪訝にネコ髯をくねらせ。
『だが治したのは我。問題あるまい?』
「ど、どうなんだろう……」
『ふむ、文化の違いというヤツであろうな』
ど、どうなんだろう。
と、再度思った同じ言葉は口にせず――。
▽二人は無事、ヴェルザの街を抜け出した。