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第064話、もふもふ現代散歩 ~我を止める者はなし!~【魔族学園】


 【SIDE:女教師マイア】


 迷宮探索を終えた女教師――。

 マイアは困り果てていた。

 せっかくの休日も終了。魔族学園に戻っても、あれはしつこく追ってきた。

 毎日毎日、付きまとっては。ご飯ご飯ご飯。

 ゴロゴロゴロと喉を鳴らし、足元にまとわりついてくるのは……モフモフな毛布魔猫。


 そう、ウィルドリア迷宮で発掘してしまったヒーラー魔猫である。


 引き剥がそうとしても――。

 置いていこうとしても。誰かに譲渡しようとしても。


『デンデロデンデロデンデン♪ 我を捨てるなんてとんでもない』


 妙なリズムを丸い猫口から漏らして、ニャハァ!

 魔猫はまるで呪いのアイテムのように、女教師マイアのアイテム欄に強制的に入り込んでくる。結局、そのまま休みが明けて出勤する羽目になってしまった。

 もう既にここは学園の職員玄関。

 生徒の目がないことを確認し、マイアは成人女性としての気怠い息を吐く。

 風に靡く赤髪を纏め耳の後ろに流し、女教師は諭すように魔猫に言ったのだ。


「いいか、ここはわたしの戦場ともいえる職場。まだ新人なのでな、あまり騒動を起こしたくないのだ。わたしを主人とするのなら、家か外で大人しく待っていられるな?」

『るるるにゃん?』

「……。おい貴様っ、なぜ魔力翻訳会話ができるくせに、猫語なのだ?」


 角を膨らませた教師に睨まれた魔猫は、白毛布の中心にココアを垂らしたような色の顔で、じぃぃぃぃぃぃ。


『我は思うのだ。ここは新人類の学園なのであろう?』

「ああ、わたしの職場だ」

『つまり、ここには学食がある。相違あるまい?』

「まあ……あるにはあるが……おい、まさか。おまえ!」


 魔猫はせっかくまとめた女教師の頭の上に乗ろうとしながら。


『現代のご飯をもっと食べてみたいのぅ~』

「現代のご飯というが。おまえ、昨日もわたしの料理を食べたであろう」

『娘よ……そなた、料理スキルのレベルがそのなんだ……絶望的であっただろう?』

「なにをいっているのだ? 両親も妹も、いつも口を押えるほどに歓喜し、口をぷるぷると震わせて会話も忘れるほどに、無心で食べてくれていたが?」


 マイアの真顔に、魔猫がうわぁ……っと尻尾を垂れ下げる。


『おぬし……まさか、別れた男達にもそれを食わせていたのではないか?』

「交際とは結婚を前提とした関係。いずれ伴侶とするのだ、ならばこそだ、料理上手のわたしの腕を先に見せておくことは、戦略として理にかなっているだろう」

『しかし、その後に何故か別れることになると』

「ほう、過去視でも使えるのか――よく分かったな。料理までできるわたしに気が引けてしまうのか――完璧すぎるせいというやつだな、男どもは優秀なわたしと釣り合っていないと思うのだろう、離れて行ってしまうのだ」


 なぜか魔猫はペタン。

 残念そうに、肉球を自らの眉間に押しあてていた。


『まあよい。真面目な話だ。今の我はおぬしのアイテムボックスに入っておる。あまり離れると我の所有権をロストしてしまうだろうからな、とりあえずロック状態にしておる。しばらくは絶対に離れんぞ』

「ロック状態?」

『まあ、状態を保存しておく技術と思えばいい。しかし……そうか、そういった知識は発展してはおらんのだな』


 言いながら魔猫はそのまま学園へと侵入。

 学園を守るための結界を何故か素通りしての、あまりにも堂々とした不法侵入である。目的地を確認するように魔力による魔導地図を展開。

 邪悪な魔猫はマイアを振り返り、にひぃ~と猫スマイル。


『のう~、デーモン族の小娘よ♪ 我はこの食堂の定食を味わいたいのであるが?』

「味わいたいのであるが? ではない。まったく」


 勝手に校舎内を歩く魔猫に続き、見張る意味も込めてマイアが進む。

 なぜならこの魔猫は結界を無視して侵入した。それは生徒を守る義務がある教員としては軽視していい問題ではない。


『どうしたのだ、我の顔をまじまじと見て。あまりの美しさに土下座したくなったか?』

「魔猫というのは強大な種族。我ら魔族と習得している魔術体系が違うとは聞いていたが、本当であったようだな。どうやって結界を素通りしたのだ」

『この結界は敵味方を選別する性質がある、その判定を弄れば造作もあるまい?』


 しれっと告げる魔猫に女教師マイアは舌を巻く。


 ――魔王陛下が魔猫には絶対に手を出すなと告げた理由は、これか……。


「なるほどな、結界の脆弱性について対策会議せねばなるまいか。素直に称賛しておこう」

『ほれ、教えてやったのだ。見返りにお小遣いがあるだろう! いざ! 食堂! さあ! 食堂! もしやおぬし、かわいいネコちゃんにご飯代を出すこともできぬほどに薄給はっきゅうなのか!?』


 生徒たちからは”赤き女豹”と、尊敬と畏怖を受けている筈の彼女の周囲を、シュンシュンシュン!

 魔猫は空間転移を繰り返し、ストーカー状態。


「悪いのだが、生徒の目もある。今は話しかけないで貰えるか? 仕事中なのでな」

『ほう、これはおかしなことを言う。仕事と我、どちらが大事だというのだ?』

「仕事に決まっているだろう」


 生徒たちが何事かとヒソヒソヒソ。

 人の目が気になりだしたマイアは立ち止まり、肩を落とす。


「頼むから、付き纏わないでくれるか? ……って、ヤツはどこにいった!」

『そなたたち、この者の教え子なのだろう? 聞いてほしいのだが――こやつ、自らの使い魔に食事を与えられないほどに貧困らしいのだ。悲しいのう、わびしいのう? どうであろうか。ここは我の愛らしさに免じ、この者に少々の金銭をめぐんでやってはくれぬか?』


 マイアの口の端が、ぐぎぎぎぎっと歪む――。

 廊下を引き返し、生徒にまとわりつく魔猫を抱き上げ引き剥がし。


「貴様、どうやら本格的にわたしを怒らせたいらしいな」

『挑発耐性は微弱、と。ふむ、未熟であるな』


 学生時代に教師から指摘された弱点を見抜かれ、マイアの表情が軋む。

 しかし、それをわずか一秒以内で隠すことには成功していた。


「誰が未熟だと?」

『その反応が既に挑発の効果範囲であろうて。まあいい、どうしても無理だというのなら……我も諦めよう。ほれ、降ろせ降ろせ。まったく、嘆かわしい。寂しいニャ~。酷いニャ~。新人類、滅びればいいのにニャ~』


 チラ……。チラっとわざとらしく肩を落とし振り返る魔猫。

 外見だけは愛らしい、タヌキのようなモフモフ猫なので生徒たちがまたしてもヒソヒソヒソ。今が攻め時とばかりに魔猫はニヒィ! あからさまに生徒たちが聞こえる声で、お腹が空いて死んでしまう……と、チラチラチラ!

 その悪戯そうな顔が言っていた。

 学食代のお小遣いをくれないと、お前の評判をどん底まで下げてやるニャ! と。


 折れたのはマイアの方が先だった。


「分かった……、分かったから。昼食代を渡すからそれで大人しくしていろ」

『話が分かるではないか!』

「なんでわたしは、こんな生物を持ち帰ってしまったのだ……だいたい、今日は家で待っていろと言っただろう」

『せっかく目覚めたのだ、もっと今の状況を知りたいのだ。世情を判断するにも、情報が必要であろうしな。我の一方的な視点からでは不公平、ここはよーく世界を観察してから、我の行動を決めようと思うのだ。我、とても賢いな?』

「五百年、眠っていた……だったか。そのような妄想を信じるほど、わたしも暇ではないのだ」


 魔猫が静かに口を開ける。


『これは異なことを言う。我の言葉を妄想と判断するか』

「おまえが悪いわけではない。それは睡眠による弊害――おまえのような封印されていた魔獣にはよくあることだ。寝ている間に見ていた長い夢を、現実だったと錯覚してしまう現象がな。おまえに限った事ではないということだ、そこだけは安心していいぞ」

『ふむ、理屈としては一定の説得力はあるか。そういうことにしておいてやってもいいが』


 魔猫は声のトーンを変え。


『魔王と言ったか、アルバートン=アル=カイトス。ヤツに会わせよ、確かめたいことがある』

「……。今からわたしは真面目な話をする。いと気高きその御名――みだりに口にするな。わたしならまだ寛容だが、下手をすれば不敬だと投獄される事もある」

『魔猫には絶対に手を出すな。そう言われておるのだろう? 誰が投獄するのかは知らぬが、その者は陛下の言葉に逆らうというのか?』


 どこでそんな知識を手に入れたのだと、マイアは疲れた息を漏らす。


「とにかく、あまり目立たないでくれ」

『――……まあ、昼代も貰ったし今は従ってやろう。だが、我の言葉も忘れるでないぞ。そのうち我は強制的にでも会いに行くつもりだ、可能ならば強硬手段はとりたくない。考えておけ――』

「どこへ行く」

『腹を満たしたら校内の図書館を巡るつもりだ。なにかあったら呼ぶがいい。気が向いたら召喚に応じてやる』


 告げて、廊下を勝手に歩きだす魔猫がスゥっとその姿を消していく。

 潜伏スキルを使ったのだろう。

 忍者やアサシン、盗賊系職業を得意とする魔族とてこれほど見事な潜伏はできない。だからこそ、女教師マイアは訝しむ。


 ――この魔猫、本当に……何者だ。

 と。

 彼女が魔猫の底知れぬ一端を感じとっていた裏。

 この学園にもうひとり、学び舎に入り込んだ強大な魔猫の気配を察していた者がいた。


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