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第063話、トレジャーハンター・マイア~華麗なる冒険~【ウィルドリア迷宮】


 【SIDE:女教師マイア】


 女教師マイアは休日を満喫していた。

 別に教師という職業に不満はない、けれどどうしても脳の疲れはたまっていく。そんな小さなストレスの積み重ねを解消する一番の方法は、趣味に耽ること。

 彼女にとっての趣味は、迷宮探索。

 特に、旧人類の街が遺跡となり、ダンジョンとなった場所は彼女にとってのオアシスともいえる場所だった。


 街と街とを繋ぐ転移門の料金はそれなりにしたが、それでもこの趣味は止められない。

 ウィルドリアの遺跡にて、彼女は魔導地図を片手に探索を開始していたのである。

 かつて魔女王キジジ=ジキキが治めていたとされる地に沸く敵は、魔女王が遺したとされる”石人形ゴーレム”や魔導によって生み出された無機質な生物たち。

 そして、延々とリポップを繰り返す旧人類の形をした幽鬼や、ファントムたち。今の人類……魔族にとっての魔物が彼ら旧人類の残影である。


 本来の迷宮探索は一人ではなくパーティーで行う事が基本。

 だが女教師マイアは単独で行動する。理由は単純。パーティーを組まなくとも彼女は単独でも強い。そしてなにより。アイテム分配で揉めることを彼女は是としなかったのだ。

 そう、アイテム分配。

 それこそが彼女にとっての地雷だった。


「なにが、じゃあこれは僕が持って行きますからね? だ。どいつもこいつも、魔物だったときのの強さが抜けていないのではないか? 我らは人類なのだぞ? いつまでも力こそが正義みたいな古い風習に囚われてるんじゃないと、わたしは声を大にして言ってやりたい」


 トレジャーハンターの武器である鞭で、迷宮を駆けながらズババババ!

 女教師マイアは過去のストレスを、迷宮の魔物達にぶつけていた。

 幽体となっている旧人類たちに意思はない。心もない。かつてダンジョン塔で魔物が意思なく湧き続けたように、立場が逆転した彼らは、思想も理性もなく無限に湧き続ける。

 経験値入手手段や、冒険者の邪魔をする魔物として顕現していたのだ。


 敵は多い。

 それでも彼女は有名な冒険者。

 単独でもやはり問題なく迷宮を突き進む。


 戦士系の前衛亡霊が三体。

 魔術師系と僧侶系の後衛亡霊が三体出現する。ちょうど男女のバランスは三と三。

 それも彼女の地雷を踏んだ。頭の横から生える悪魔の角から稲光が走り、その鋭角な角が、メキメキメキっと膨らんでいく。


「貴様ら――それはわたしへの当てつけか? こちらがいい歳をして独身で、ソロだからといって、見せつけてくる作戦というやつか? お父様の苦言を思い出させる精神攻撃か、魔物のくせに心理戦とは、油断できぬ相手であるな?」

『……?』


 ▽魔物は混乱した。

 ただ彼らはパーティーを組んでいるだけ。魔物であっても、協力しているだけ。

 その協力が彼女の怒りに触れたなど、魔物だって思いはしなかった。


「ふ……残念だったな。そんな作戦に、わたしは屈したりなどせぬ」

『うごが?』

「無駄だと言っているだろう。わたしはソロで問題ない」


 意味の分からぬ言葉に、亡霊たちが顔を見合わせる。

 話が通じていないが。

 構わず女教師マイアが瞳を尖らせる。


 そのまま鞭の先で天を叩き、複雑な文字が刻まれた”光り輝く魔法陣”を展開。

 旧人類の亡霊が、敵対行動に反応し攻撃してくる中。

 女教師マイアは赤い髪を靡かせ、詠唱を開始する。


「汝は千の魔導書。汝は千の顔を持つ異界の徒。狂乱せし神より生まれ、魔帝になりし者、紳士なる邪教徒! 集え力、唸れ雷電、汝の力をいまここに――我が名はマイア!」


 彼女自慢の高速詠唱が、異世界の魔の力を引き出していく。

 旧人類の衰退とともに弱体化した大地神ではなく、この世界からも干渉できる、異界の強者から力を引き出す技術。この異界魔術が、現在、魔族たちの魔術の主流。

 独身の何が悪いというのだ、吹っ飛ばしてやる!

 そんな、内心の苛立ちを隠しつつ、キリリ!


 魔法陣に引き寄せた力を解き放つ、魔術名が紡がれる。


「《千冊の(サウザンド・アンチ・)神魔再臨譚(リィンカーネイション)》!」


 異界の魔の力を借りた魔術が発動。

 光と闇、二つの属性を持つ千の魔力閃光が戦場を包みこむ。

 見た目は、敵の上下から発生した鏡に反射する、無数の直線状の光攻撃。とめどなく発生し貫く光の閃光を、敵が倒れるまで反射させつづけるというもの。

 二重属性による範囲攻撃である。


 本来なら対軍用。敵対する軍相手に放つような、魔族の中でも幹部クラスが扱うような大魔術なのだが、それを彼女は迷宮の魔物にぶっ放したのだ。

 力量を読める者ならば、ただの憂さ晴らしであるとすぐに推測できるだろう。

 大魔術をぶっ放す、それが彼女のストレス解消でもあった。


「ふっ――決まったな」


 対軍魔術に当然、敵は全滅。

 ストレスを発散した後に、彼女の心は落ち着きを取り戻し。

 ふと、冷静になる。


 ――わたしは、またバカをやっているのでは?

 と。

 そう、彼女はストレスを発散した後に、妙に冷静に自分を見つめなおしてしまう悪癖があった。

 振り返るとそこは焦土。

 冷静に教鞭をとる、女教師の顔に戻り――溜め息を一つ。


「いささか、やり過ぎたか――反省せねばな。こんな場面、生徒には見せられん」


 酒場の跡地となっていた迷宮の一部が破損しているが、これは後程、迷宮となったエリアの影響で自然に再生される。だから問題なし。

 とはいかなかったのだろう。


 なんだなんだと、遠く離れた方から足音がやってくる。

 迷宮の魔物ではない。ただ味方でもなかった。

 雑魚を吹っ飛ばして気分爽快な女教師マイア、そのルンルン顔が、僅かにきしむ。


「あらあら、なんの騒ぎかと思ってきてみれば。これは、ええ間違いないわね。まぁぁぁぁた、イライラしてやり過ぎたのね。落ち目のトレジャーハンター、マイア姉さん?」

「その声は、ミリーか」


 呟き、女教師マイアはわずかに眉間にシワを寄せた。

 崩れた瓦礫の上に冒険者が出現していたのだ。


 ◇


 相手は同じく同業者、女トレジャーハンターのミリー。向こうは二人、ようするにパーティーを組んでいる。けれどマイアは一人。

 人数差は相手が上。

 まるでお嬢様のような格好のトレジャーハンター、ミリーに彼女の仲間が言う。


「ミリーお嬢ちゃん、知り合いか?」

「これでも実の姉。お姉ちゃんなのよ、ほらあたしと同じ角があるでしょう? まあ、ちょっと立派過ぎて、同じ悪魔族の男の人に引かれちゃうんだけど。あなたは引かないで上げてね? お姉ちゃん、すっごいコンプレックスを感じてるのよ」


 直球の嫌味にビシっとマイアの顔が歪む。


「貴様。久しぶりに姉にあったというのに、なんだその態度は」

「あれれ~、どうして怒ってるの~。ミリ~、分からない~♪」


 姉妹のにらみ合いに、妹の仲間が言う。


「なるほど……仲が悪いのか」

「そんなことはないのよ~。ただお姉ちゃんがあたしに突っかかってくるだけで~」


 うるうると、かわい子ぶりっ子をするミリーは、外見だけなら本当に良いところのお嬢様に見える。大抵の男はこれに騙されるのだが。


「いや、お嬢ちゃん。あんたのその態度がイラっとさせるからだろう……」

「もうなによ! せっかくあたしがお姉ちゃんに虐められる、悲劇のヒロインごっこをしようと思ったのに。って、なによ、お姉ちゃん。その顔は」


 姉は妹の顔と、その仲間の顔を交互に見て。


「ミリー……おまえは、また仲間を変えたのか?」

「う、うるさいわね! そういうお姉ちゃんはまた一人なの!?」

「う、うるさい! わたしは一人でも強いからいいのだ!」


 ガルルルルっといがみ合う姉妹に、取り残された男はため息を吐く。

 彼自身も見栄えする姉妹の争いを見るのは、それほど退屈ではなかったのだろうが――それでも。

 精悍な顔立ちが引き締まる。


「それよりも、ミリーお嬢ちゃん。早くしねえと、間に合わなくなっちまうぞ」

「そ、そうだったわね。お姉ちゃんを揶揄っている場合じゃなかったんだった」


 妹が急いでいる気配を感じ、姉のマイアは引き留めるように言う。


「待て。おまえたち、どういう事情でここの探索をしているのだ」

「お姉ちゃんの邪魔。といいたいところだけど、依頼よ依頼。ほら、ここの遺跡って伝説の錬金術師ドググ=ラググの薬品が発見される時があるでしょう? 街で普通の薬品じゃ治らない毒に掛かっちゃった子どもがいて、その親に頼まれちゃったのよ」


 あいかわらず、性格が悪そうなくせに人が良すぎる妹だと、姉は苦笑。

 そのまま布に包んだアイテムを魔力で浮かべて、妹の前に転送する。


「持って行け」

「なによこれ」

「伝説のエリクシールではないが、それもドググ=ラググの薬品。大抵の毒ならばおそらく治るだろうよ。どうせ拾ったモノだ。料金は不要だ」

「……いいの? 発掘したんでしょう?」

「おまえのためじゃない。毒に掛かった子どもがいるというのなら、バカな妹だからと邪険にはできないだろう。後で依頼料の一部を送ってこい。それで構わぬさ」


 妹は、ぎゅっと唇を噛んで言う。


「そういうところ、本当に嫌い。大嫌い。でも、助かったわ。依頼料の一部をそっちにも渡すんだから、礼は言わないわよ」

「それでいいさ――ところで」

「なによ」

「おまえは大丈夫なのか? おまえはその……体が丈夫ではないだろう。あまり無茶をして体調を崩すと、また母様が悲しむ。母様にこれ以上迷惑をかけるなといつも言っているだろう」


 わたしだって心配だ、と。

 姉としての心配を口にしなかったのは、それを口にするといつも妹が本気で怒り出すから。

 妹にかかっている不治の病。その解呪や回復こそが、姉の願いだと妹は知らない。さきほど渡した薬品も、妹の病を治すアイテムを探していた際の副産物でもあったのだ。

 女教師マイア。

 彼女が伝説の秘薬エリクシールを探す理由も、また――。


 そんな姉の気など知らずに、妹は言う。


「それはこっちの言葉。いつも一人で冒険ばかりして、他人を無能だって見下してばっかりだから、お姉ちゃんはいつも一人なのよ。あたしの事だって、いつも見下して――」


 険悪になる空気を察したのか、ミリーの仲間が言う。


「ミリーのお嬢ちゃん、再会を邪魔して悪いが――急ごう」

「そうね――」

「すまねえが、そこの姉さん。マイアさんだっけか、急ぐから失礼するぜ」

「それじゃあね、独りぼっちのお姉ちゃん」


 おそらく、毒に侵されたその子どもは本当にギリギリなのだろう。

 二人は迷宮脱出のアイテムを使用し、ウィルドリア迷宮から去っていく。


「まったく、自分の身ですら治せていないというのに、他人の心配など」


 そんなバカでお人好しな妹を治してやりたい。

 それは純粋かつ、強い願いだった。

 そして、先ほどの薬品を授けたことも人助けだった。


 だから奇跡は起きたのだろうか。

 間違いない善行だったからか。条件が整ったと言わんばかりに――先ほど倒した亡霊たちの居た場所が、光り輝き始めた。

 アイテムドロップである。


 そこには、見慣れぬ形をした豪華な宝箱が顕現していた。


 善行値が上昇した冒険者マイア。

 彼女がいつものように、トレジャーハンターのスキル”簡易鑑定”を発動させる。

 が――。

 使用者が高レベルのおかげか、上位の宝箱まで鑑定できるはずの彼女のスキルが弾かれていた。


「ん……?」


 不審に思い、もう一度試すが。

 やはりレジスト。ふと彼女は思いだした、レア宝箱の噂だ。

 マイアはごくりと息を呑んだ。

 もしこれが本当にあの噂のレア宝箱なら――。


 ――エリクシールが入っている可能性も、ゼロではない。


 おそるおそる、女教師は手を伸ばした。

 一縷の望みをかけているからだろう、指はかすかに震えていた。

 宝箱の中身は基本的にランダムだ。だから、可能性は低い。

 しかし――。

 彼女が手を触れた途端、それは小さな揺らぎを発生させた。


『ほう……我の眠りを覚ましたのは、汝か――』

「……――っ!」


 声は、どこからともなく聞こえていた。敵襲か!? トレジャーハンターとしてのスキル、”索敵”を発動させるが何も引っかからない。

 では――どこから。


「何者だ――?」

『ぶにゃはははははは! どこを見ておる小娘よ、我はここにいる。見てわからぬのか?』


 女教師マイアは慌てて距離を取る。

 宝箱の中に、何かがいる。

 パカリと自力で開いた宝箱から、白い毛布のような獣毛が覗いていた。


 そのモフモフ毛布の切れ目から、カカカカっと目が見開く。

 青い瞳とともに、耳のような黒グラデーションの突起が、ファサっと立ち。

 宝箱の奥の方で、ふわふわな尻尾が揺れる。


「魔猫、だと?」

『然り、喜ぶが良い新たなる人類よ。汝は最高のレアアイテムを手に入れたのだ! そう、我という、素晴らしき存在をな!』

「そうか――」


 宣言に、女教師マイアは落胆する。


「エリクシールではなかったのか……」

『こ、こら! 宝箱を閉めようとするでない! 我の目覚めぞ! 尻尾が挟まるではないか、ええーい開けよ! これだから礼儀を知らぬ存在は!』


 ふてぶてしい魔猫は抗議の声と共に。

 宝箱からにょこっと顔を出していた。


『さあ新たなる人類よ! 我にひれ伏し、酒とグルメを捧げよ! さすれば、たぶんどんな願いでも叶えてやると、きっと約束しようぞ!』


 女教師マイアは思った。

 ああ、ハズレのレア宝箱を引いてしまった――と。


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― 新着の感想 ―
[良い点] エリクシールのようなものを見つけました!やったね! [一言] 代償(食費)ががが
[良い点] クソ妹かと思いきや、なにこのていてい姉妹。 しかし人間の文明がダンジョン化してるっていうのは面白いな。でも、そうなるとどこぞのダークエルフの里みたいな精神的にヤバいダンジョンとかもありそう…
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