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第062話、歴史学~魔王歴を語る女豹~【魔族学園】


 【SIDE:女教師マイア】


 魔力で満ちた地上、太陽が照らす学び舎。

 魔導や常識を学ぶ温かい場所。

 教壇に立つのは、まだ教員となって日が浅い魔族、若き女教師のマイアであった。


 マイアは赤く長い髪とスラリとした体躯が特徴的な、デーモン種。女性なのに角が雄のように気高い、強そうに見えすぎる事が本人にとってコンプレックスだが、周囲からの角の評判は極めて良好。

 うまくいかないモノだなと、女教師マイアは常々思っていた。

 しかし彼女はそんな内心を気にせず。

 勉学にいそしむ青少年たちに教鞭をとる。


「およそ五百年前――かつて人間に裏切られ覚醒した魔王陛下。現在も魔王として君臨するかの偉大なる覇者。我らがその名を直接語ることは畏れ多いが、これは授業なので陛下も容認してくださっている。もはやその名を知らぬ者はいないと思うが――誰か、誰でもいい、麗しきその名を告げよ」


 陛下の名を答えよ。

 誰でも知っている名である。教科書にも魔導書にも絵本にも、その名は語られている。

 実に簡単な問題であるが、それは一種の緊張感を生んでいた。偉大なるあの方の名をもし間違えたら不敬。噛んだとしても不敬。それを罪に問われることはないが、周囲からの評判が下がるのは確実。なにより自己嫌悪で精神状態が乱れ、弱体化してしまう可能性もある。

 だから陛下の名を答えるという事は、一種の度胸試しにもなっていた。

 女教師マイアは思う。

 今年の生徒は、度胸がない連中ばかりだと。


 だから女教師マイアは、ふぅと気怠い息を吐き。


「嘆かわしい……誰も、アルバートン=アル=カイトス魔王陛下の名を答えられるものはいないのか」


 あっさりと告げる女教師に、生徒たちから感嘆の声が上がる。

 構わず女教師マイアは授業を続ける。


「伝説の地スクルザードのダンジョン塔にて、陛下が魔物と魔族が共存する帝国を建国したのが、およそ五百年前。旧人類との交渉が決裂し、苦渋の決断にて地上を制圧したとされるのは、その約二十年後。現在は魔王歴”五二二”年。この盤上世界において、もっとも安定した状態が続いている。何がとは言わぬが、ここは重要だ、確実に記憶しておけよ」


 太字で”五、二、二”と。

 マジックボードに記される歴史を、生徒たちが念入りに書き写す。

 この年表がテストに出ることは確実だった。


「かつて我ら人類の祖先が押し込められていたダンジョン塔は、旧人類の街を制圧したことで消滅。この消滅は各塔の英雄魔物による進軍成功の影響だとされている。ダンジョン塔を形成していた魔力がそのまま、人類国家をつくるエネルギーに変換されたのだ。お前たちが育ってきたそれぞれの国、その始まりこそがダンジョン塔からの英雄魔物の進軍だということになる」


 ダンジョン塔をそのまま国へと作り変える、国家建設伝承。人類を人類として認定させたこの技術は教科書にも載っているので、むろん誰もが知っているだろう。

 これは偉大なる英雄魔物。モスマン帝国、マスラ=モス=キートニアによって齎された技術とされている。しかしどれほど偉大でも、どれほど有名でも、それをテストで間違える者は存在する。

 それが教師の悩みの種。


 女教師マイアは言う。


「それでは現在、いまだに残っているダンジョン塔の数を答えられるものは?」


 問いかけに、生徒たち全員が手を上げる。適当に選んだ、眼鏡が特徴的なダークエルフの生徒が答える。


「二つです」

「よろしい――それでは詳しく答えられるか?」

「旧人類がしぶとく生き残っている、地。一つは、かつて英雄と呼ばれていた旧人類の祖先が集い抵抗し続けるエリア、魔猫が巣としているヴェルザの街と、そのダンジョン塔」


 女教師マイアが頷くと、ダークエルフはそのまま続きを語りだす。


「そして、もう一つは真樹の森の奥にあるとされるタンポポ畑――その黄色い草原を守り続ける強大な魔猫によって進軍が不可能となっている地、北砦。その中央に聳えるとされるダンジョン塔。以上の二つが、世界で唯一残っている旧人類の生息域。どうでしょうか?」

「よろしい。よく勉強しているわね」


 厳しい女教師から優しい口調で言われ、ダークエルフの生徒はほんの少し硬い表情を和らげる。

 他の生徒が能天気そうな声で言う。


「先生、質問があるんですけど~!」

「なんだ」

「どうして魔王陛下はその二つの土地を制圧しちゃわないんですかぁ?」

「陛下の尊き御考えを計り知ることはできぬが――制圧しないのではなく、できない、と言った方が正しいのだろうな。人間種……旧人類にも強者はいる、ヴェルザを治める不老不死の教皇がそのいい例だろうな。他にもアークトゥルスと呼ばれた弓英雄の末裔や、モスマン帝国を焼き払ったとされる炎魔術の使い手、その子孫の存在も確認されている。そもそも我ら魔族も、人間種から転化したモノが多いというのは知っているだろう?」

「あたしは、魔物から転化したタイプのご先祖様ですし」

「おまえ個人がどうこうという問題ではない……まったく」


 生徒の中から温かい笑いが起きる。

 コホンと咳ばらいをし、女教師マイアが言う。


「それとやはり制圧できない理由の最たるは、魔猫の存在だろうな。北砦にもヴェルザにも魔猫が生息しているからな、迂闊に手はだせん」

「ヒーラー魔猫とかいう、もふもふの連中ですよね」

「ああ、やつらは魔物でありながら我ら魔族や魔物とは違う存在。仕える存在も魔王陛下ではないからな。敵対はしていないが、我ら魔の者達の味方ではない」


 先ほどの眼鏡ダークエルフが言う。


「倒してしまっては? 特に真樹の森を守り続ける魔猫は一匹。鬱蒼としたあの地さえ越えれば、旧人類が立て籠もっている北砦へと進軍も可能な筈」

「良い質問だ。これから先の授業でやる筈だったが、まあいい。およそ百年前の話だ。同じ事を考えた過激派魔族が、魔王陛下の命令を破り軍を勝手に動かしたことがあった。北砦を征服し、旧人類を使役奴隷にする計画があったのだ。あまり公にはされていないがな」


 一部の過激思想な生徒たちの目が輝く。

 結果が気になっているのだろうが、今もなお、北砦が健在ということは結果も見えている。

 言葉を待つ生徒たちに、教師は淡々と言う。


「軍は全滅していたそうだ」

「全滅? 旧人類に、負けたというのですか?」

「いや、北砦に向かうにはどうしても真樹の森を通る事になるだろう? 軍として移動すればどうしても、行動が大きくなる。進軍の際にある一人の魔族がタンポポの花を踏んでしまってな――それがいけなかった。黄色い草原を守る魔猫の怒りを買ったのだ」

「ということは――」

「ああ、過激派の軍はたった一匹の魔猫に滅ぼされたとされている」


 空気がわずかに重くなる中。

 能天気な生徒が言う。


「それ、本当なんですかぁ? 百年前ですし、話、盛ってるとかそういうパターンなんじゃ」

「どうであろうな、ただ――魔王陛下がどんな事情があったとしても”魔猫にだけは手を出すな”と厳命されているのは事実。厳しく罰せられるのはお前たちも知っているだろう? あの御触れが出されたのも約百年前。偶然にしては一致し過ぎている。おそらく、本当にあったことだろうとはされている」


 次に冷静な口調で言った生徒は、眼鏡の位置を指で直しながらのダークエルフ。


「魔猫という存在が、伝説の四星獣の眷属である……あの話は本当、ということですか?」

「その話をするのならば、まず四星獣という存在が実在したのかどうか、そこの議論から開始せねばなるまい」

「マイア先生はどうお考えで?」


 女教師は、考古学を嗜む者の顔で告げる。


「願いを叶える性質を持つ四星獣……本当にそんな存在が実在していたかどうかはともかく、いわゆる神とされた強大な存在がいたことは事実だろうとはな」

「はいはいはーい! ねえ、先生! 先生はもし願いを叶えてもらうとしたら、何を願うんですかぁ! やっぱり素敵な結婚相手とかですかぁ!」

「そうだな。とりあえずは――、一部の暴走気味な生徒に、ちゃんと集中して授業を受けて貰うにはどうしたらいいか。その方法を聞くだろうな」


 苦笑する女教師に、能天気な生徒があちゃぁ……っと頭を下げる。

 しかし厳しい筈の女教師マイアの瞳は穏やかだった。

 こういうやりとりが、生徒たちとの信頼関係を築いていくと知っていたからだ。


「さて、本日は中途半端になってしまったが、これにて授業は終了する。魔王歴の年表は書き残したままにしておくから、各自、きちんと写しておくように」

「ねえねえ先生! 今度の休日に、旧人類の遺跡、ウィルドリア迷宮の探索をするって話、本当なんですかぁ?」

「ああ、よく知っているな。あの迷宮にはヴェルザの街へと転移し去った旧人類の英雄たち、特にドググ=ラググが遺したポーション開発の技術や、魔女王が遺した魔導技術の書が眠っているとされる。トレジャーハンターとしての血が疼くというものだ」


 言いながら、女教師マイアはハッとした。

 熱く語っている自分を、生徒たちがニヤニヤと眺めていると気が付いたのだ。


「と、とにかく! せっかくの休日なんだ、おまえたちと離れて羽を伸ばしてくるチャンスを楽しんでくるというわけだ!」


 女教師マイア。

 その職業は悪魔教師であるが、冒険者としての職業はトレジャーハンター。

 そう、彼女は旧人類の遺跡から宝を探す、有名な冒険者でもあったのである。


 彼女が目指しているのは、ウィルドリア遺跡に眠るという幻のレア宝箱。

 ランダムで配置される、その稀少な宝箱を発見することは極めて困難とされているが――何人かのトレジャーハンターがそのレア宝箱を発見したことがあると、誰でも閲覧できるログには残されている。

 宝箱の中身は様々。

 しかしどれもが伝説級のアイテムだとされていた。


 女教師マイアが欲しいのは、稀少なアイテムの中でも稀少な品。どんな病気でも治してくれるとされる秘宝、ドググ=ラググが作りし伝説の回復薬エリクシールである。

 しかしだ――目的はそれだけではない。

 そんなレア宝箱にはこんなうわさも流れているのだ。

 稀に、本当にごくまれに、そのレア宝箱から鑑定不能のアイテムが出現することがあるという。


 それは白いふわふわ。

 どんな願いでも叶えてくれる伝説の毛布が存在するのだと。そういい伝えられていた。

 彼女はそれが眉唾だと思っていたが、それでもいいのだ。

 未知の宝を探す楽しさこそがトレジャーハンターの醍醐味なのだから。


 彼女は休日の迷宮探索を思い、思わず出そうになった鼻歌を咳払いで押さえ。

 コホン。

 なんとか理知的で厳しい女教師の顔を保つことに成功した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 500年かあ、いっきに年代ジャンプしましたなあ。 北の魔猫は、戦力もさることながら魔王様的には父の眠る場所でもあるからそっとしときたいってのもあるんでしょうねえ。
[良い点] これまでの人間贔屓が過ぎる展開からの人間滅亡手前な世界。 前章で悪魔が言った通り、結局は神対魔物で人間は一度も勝利できていなかったもんなあ。500年経っても魔猫や幼女といった神の力に頼って…
[一言] 白いふわふわ(ナマモノ)
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