第006話、辟易の幼女【SIDE:ヴェルザの王宮】
【SIDE:▽エリア:ヴェルザの王宮】
ヴェルザの街から半日ほど馬車で進んだ先にある、ヴェルザの王宮。
いつでもダンジョンからの魔物侵食に対処できるようにと、戦闘が可能な王族や貴族、騎士団に魔術師団。
すなわち最上位職にあたる人間種が暮らす地域。
この王宮では今、ひとつの幼き怒声が響き渡っていた。
四星獣が一柱、癒しの神イエスタデイの降臨と街で起こった大失態。
ヴェルザの街の司祭アンタレスから、二つの報告を同時に受けた聖職者のトップにあたる要人。
▽幼女大司祭マギは昏倒した。
金糸刺繍の絨毯を握り、その小さな口が喉を覗かせる。
「な、なんじゃとー!? 妾の必死な祈祷が成就し、ようやく、イエスタデイ様の降臨が叶ったというのに……既に追い返したじゃあ!?」
ここは王宮内でも特別な場所。
いわゆる祈祷を行う、聖女の間。
清らかな水が流れる広間には、処女を守る獣ユニコーンがブヒヒヒーンと鳴いている。
幼女大司祭マギの外見はその役職名の通り、幼女。
年齢は不詳。
少なくとも司祭アンタレスが生まれた頃には、既にこの王宮で幼女大司祭の名を頂いていた。
そんな年齢不詳な幼女は、昏倒したまま。
短い手足でじたばたじたばた!
周囲であわあわ、おろおろとしている下級司祭たちを睨み、くわっと幼き声で叫ぶ。
「ええーい! なにをしておる! 早く起こさんかアンタレス! 儀式用の服が重くて立てんのじゃ!」
「は! ただちに!」
司祭職は実力主義。
街ではかなり偉い顔をできるアンタレスであったが、この幼女大司祭の前では平民と同じ。
自分を起こそうとする司祭アンタレスの鷲鼻を、ペチンペチンペチンと幼女の手が叩き。
「なーにが! どうなって! この状況で癒しの神を追放するなんてことになるんじゃあ!」
「ご、ご報告の通りです」
幼女がむぎゅっと唇を尖らせ。
かぁぁぁ!
「この、たわけども! 妾がどれほどに苦労していたか、分かっておるだろう!? 癒しの神、イエスタデイ様は伝承によれば人類からの交信を拒絶しておられる。ならばこそ、祈祷とお布施により唯一交信が可能な四星獣が一柱。手足と気が短きことで有名なあの方と長きに渡り交信、ようやく説得し、イエスタデイ様に人間エリアへと降りて来てもらうように促していただいた――ただそれだけのために、どれだけの費用と時間がかかったと思ってるのじゃ!? じゃ! じゃじゃじゃ!?」
「で! ですが! まさか教会が把握した時には、既にあんなことになっているとは……その」
「言い訳はよい! それで! 今、イエスタデイ様はどこにおられる!? よもや、分からぬなどと戯れごとを抜かすわけではあるまい!?」
幼女大司祭マギが、キリっと下級司祭たちを睨む。
そこにいる司祭の数は、アンタレスを含めて三十。
しかし、上司であるマギに叱られるのが分かっているので、誰も答えられず。
仕方なく、白い顔のアンタレスが引き続き。
「そ、それも……まだ把握できておらず……」
「一刻も早く探さぬか!」
「す、既にギルドに捜索依頼を出させております! た、ただ、申し訳ありませんが、こちらもいま捜索だけに人員を割くわけにはいかず……」
汗を浮かべる司祭アンタレスに、幼女大司祭マギは言葉を選ぶように、幼女フェイスを傾かせ。
「すまぬ、そうであったな。今のは妾の失言じゃ、許せ」
不意に大司祭の顔に戻り。
幼女大司祭マギは言う。
「して、ヴェルザの街で増えつつある疫病の方はどうであるか?」
「ほぼ対応できていないというのが現状であります。なにしろ、対処法が体力を回復させ、死なないように時間稼ぎをするのが精一杯。病魔を祓う事が可能なヒーラーも既に限界でして」
「妾が直接、赴くしかあるまいか……しかし、おそらく妾とて、時間稼ぎにしか過ぎぬ。癒し神様をなんとしてでも探し出し、詫びて治癒の奇跡を授けてもらうしかあるまい」
「既に捜索は開始しておりますが、なにぶん、動けるものが少ないとあっては……」
報告のログを全て眺め。
幼女マギは考える。
「しかしタイミングが良すぎる。悪い意味でな。その疫病もなぜかダンジョンではなく街でも発生するとは少々特殊が過ぎる、病を持ち込んできた男は、何と言ったか」
「五人組の冒険者、ダイン一行です」
「冒険者殺しの噂があった奴らじゃな。そして、その罪をなすりつけた相手が、あろうことか癒し神様に唯一、まともな対応をしていた女盗賊メザイア……か。全てが悪い方向へと進んでおるのう」
「大司祭様?」
アンタレスに問われ。
「いや、気にするな。幸いにも疫病を他の街に撒いてはならぬと、あの馬鹿王が珍しく機転を利かせ――道も関所も全て閉鎖しておると聞く。今回のみは、あの馬鹿のおかげで命拾いじゃ。癒し神様のみならば、関所など意味を持たぬが――女盗賊メザイアを連れて歩いている可能性が高い。ならば、まだ間に合うはずじゃろ」
「関所をですか。ではまだ街からは出ていないと?」
「と思いたいがな――近隣には関所を通らずに入れる村があるからのう。そちらに拠点を移した可能性はあろうて」
幼女大司祭マギは言う。
「とにもかくにもじゃ! 妾はヴェルザの街へ向かう。結果はどうあれ、もう既に癒し神様が降臨なされたのじゃ、この聖女の間で祈祷をつづける必要もあるまい。街のモノらを急ぎ、癒しに参るぞ! 妾が民たちの体力を維持している間に、なんとしてでも癒し神様をお連れするのじゃ! これは聖女の称号を賜りし、妾からの勅命じゃ!」
大司祭の言葉に、ぶひひひん!
ユニコーンが二ヒリとゲスの笑みを浮かべ。
幼女に背に乗れと、ニタニタニタ。
マギが露骨に嫌そうな顔をし。
「おぬし……処女にしか従わぬのは分かるが。もうすこし、そのゲス顔をなんとかせんか? その角を治療薬用に削る際も、ニタニタしおって、若干引いているのだが?」
構わず清らかな乙女を乗せるユニコーンが、幼女を背に乗せ走り出そうとする。
「大司祭様、私も共に参ります」
「構わぬが、アンタレスよ。そなた――ユニコーンには……」
「乗れますが……どうしたのです?」
ユニコーンのチェックを通過した司祭アンタレスが、マギの後ろに乗る。ゲスい顔のユニコーン的にも問題ないらしい。
そういう事だと気付かぬのは本人だけ。
幼女大司祭マギは、ぷっくらとした頬を掻き。
「まあ、そなたがそれでいいならいい」
幼女と清らかな司祭はヴェルザの街へと向かった。
魔力を纏い高速でユニコーンが駆ける中。
司祭アンタレスが馬の背に掴まり言う。
「しかし、癒し神様をお引止めしたとして――再び力を貸してくれるのでしょうか? あのログを見る限りは……我々人類に愛想を尽かせていおいでなのでは……」
「であろうな――しかし、人類が誠意をもって接すれば、おそらくあの方も心を砕いてくださるであろう。失敗は誰にでもある。仕方がない。そこから挽回することの方が大事なのだよ」
「我ら人類は……挽回、できるのでしょうか?」
弱気なアンタレス。
その白い顔を振り向き、幼女大司祭マギは思った言葉を口にする。
「人類はそこまで愚かではない、妾はそう信じておる――」
マギは、まだ見ぬ猫神に思いを馳せていた。
――……。
◇
同時刻。
ネコは、まだくる追手に重りを投げていた。
『ふむ、人類は愚かだと確信したが、よもやこれほどのものとは――』
鉄の塊を召喚し投げるネコ。
その投擲攻撃無双で大地が凹む戦場。
ヴェルザの関所では既に、激しい戦いが巻き起こっていたのだ。
『ぶにゃはははは! 我が鉄球に潰されたくなき者は、道をあけい!』
癒しの神。
イエスタデイの物語が再開する。
――つづく――




