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第059話、英雄の呪縛【戦後スクルザード】


 【SIDE:英雄アルバートン=アル=カイトス】


 暗い道を駆けるのは姫と英雄。

 よくある英雄譚の一ページ。しかし、その姫はバケモノと化していて、英雄の少年には神によってかけられた無数の恩寵のろいが纏わりついている。

 家族を姫に殺された民衆は、憎悪の涙すら流し姫を追っていた。

 暮れる太陽。夕焼けのせいだろう、武器を手にする民衆の涙はまるで血の色のように赤く輝いている。


 まだ十歳だった息子の腹を蜘蛛の足で貫かれた女が叫ぶ。


「返しておくれっ、そいつを、その人類の裏切り者を殺さなきゃ……っ、あたしらは! あたしらは!」

「ペイガの姫を許すな!」

「英雄様はなぜそいつを庇う! そいつが全ての元凶なんだろうが!」


 そう。

 殺害されていた姫は偽物だった。

 ドッペルゲンガーだった。ペイガの姫が最初から魔物側のスパイで、英雄少年を陥れるために死んだふりをしていた。民衆たちはそう信じ切っている。

 それなのに英雄はまだ少年だ、だから騙されているのだ。英雄様を救って差し上げないと、またあのペイガのバケモノ姫に騙されたらどんなことが起こるか。

 そんな善意と、家族や仲間を殺された恨みが混ざり合って、こうなった。


 英雄の温かい手を握る姫が蟲の身体を蠢かし、言う。


(わらわ)は……いえ、あたくしはもういいのです! どうか手を御放しください。この手で多くの人を殺してしまいましたわ。それはもはや変えようのない事実。あたくしが罪の象徴として死ぬ事で、全てが丸く収まるのですから!』

「ダメです! 僕は言いました。信じて下さいと。あなたを助けてみせると――」

『もう十分救われましたわ』


 洗脳は解け、最後には人類のために行動できた。

 それだけで姫には十分幸せだった。

 しかし、生まれついての英雄はそれだけでは認められないのだろう。


「クローディアさんが今、ウィルドリアとヴェルザの街の代表の方に伝令を送っています。あの方々の、共同出資者としての権利は戻っているとの事なので、姫様の処刑についても止められるかもしれません。だから、今は一緒に逃げて下さい!」

『しかし、逃げると言っても……』


 蜘蛛女悪魔アラクネーと化した姫の身体は目立ちすぎる。

 気配も魔物のモノ。身を隠す場所など――。


「あります! 僕に考えがあるんです!」

『けれど――本当に、もう、あたくしは!』

「僕は、僕の気持ちにウソをつきたくありません」


 英雄となるべく生まれた少年は、たとえバケモノと化した姫だとしても手を引き。

 見捨てない。見捨てられない、それが英雄の呪いでもある。

 英雄は姫を救う。それがよくあるありふれた英雄譚。

 英雄少年アルバートン=アル=カイトスが向かったのは、全ての街の中央にある場所。ダンジョン塔だった。


 そう、少年は逃げ場に迷宮を選んだのだ。


 ◇


 少年は迷宮を進む。

 魔物達は襲撃の影響で、数を大幅に失っている。それになにより英雄少年アルバートン=アル=カイトスは強かった。

 神々の気まぐれによって生まれた少年だ、だから魔物の巣窟とて無双する。


 けれど、並の人類ならばそうはいかない。

 姫を追う人々の足は止まっていた。

 ダンジョンをまっすぐに突き進むことなどできない。


 アルバートン少年が言う。


「中層を守る英雄魔物パノケノスはリポップ待ちの筈。今ならばあそこは完全に空白な地となっています。だから――」

『そこならば、あたくしがしばらく休んでいても』

「ええ、かつての大規模遠征。ウィルドリアの女王が行おうとしていた計画を実行できます。中層の英雄魔物を滅ぼし、リポップする前に結界を張り――人類が住める基地を作る。十五年前は頓挫してしまったようですが、あの魔術理論は完璧でした。だから、一気に駆けますよ!」


 本来なら盗賊や狩人の仕事である門の鍵開けも、魔術師が行う仕掛けを動かすギミックも、英雄少年は一人でこなし駆け続ける。

 出現する中級悪魔すらも一撃。

 すれ違いざまの一瞬で、首を刎ねる。


 魔物達も既に引き気味である。

 ただでさえ英雄魔物を失った状態で、鬼神の如き人類が突如として入り込んできたのだ。

 魔物側としても計算外。魔物達は完全に委縮していた。


『すごい……ですわね』

「え……? あ、はい……すみません」

『どうなさったのです? なぜ謝られるのか、よく分からないのですが。あたくし、なにか言ってしまったのかしら』

「いえ、……その、僕の事が怖くないのですか?」


 眉一つ動かさず、強敵に分類される魔物を屠る少年。その眉が今、少しだけ動いていた。

 バケモノとなったペイガの姫は察していた。

 ああ、この子は……ずっとこのような感情を抱きながら育っていたのだ、と。

 そう、バケモノとなった姫だからこそ、少年の心に触れることができた。

 少年は強すぎる。それ故に、奇異の目を向けられていた、それこそバケモノのような扱いを受けていたのだと、彼女には理解できたのだ。

 だから――。


『ふふふふ、正真正銘のバケモノとなったあたくしに、それを仰るの?』

「す、すみません。そういう意味じゃあなくってですね」

『冗談です。ちょっと意地悪を言ってみただけ、お姫様ジョークですよ』


 空気は少し軽くなった。

 共にバケモノと呼ばれる者。そんな感情が、妙な連帯感を生んでいたのだ。

 姫はまるで皇子の手を握るように、ぎゅっと英雄の手を握り返していた。


 たとえ自分がバケモノでも、この少年は見捨てたりしない。それが今、理解できたのだろう。

 姫の心は救われていた。

 たとえここで終わったとしても、最後に、バケモノとなった自分を守ってくれた人がいるのなら、それで満足だとも思っていた。

 それでも、できるならば生き残りたい。

 姫の心は既に英雄に奪われていた。それが英雄としての少年の能力か、それとも少年自身の魅力か。彼女にとってはどちらでも良かった。


 英雄少年と姫は進む。

 他の冒険者が月単位の時間をかけて進む道を、一時間、二時間。あっさりと進み続ける。

 レベルと実力のごり押しで――本当に呆気ない程に、進んでいた。


 そうして二人は中層最奥へと辿り着く。

 やはり扉は開いている。英雄魔物パノケノスがリポップするまで、このエリアは安全な場所となっている。それを知っているのは、単純な知識の差。既に、経験済み。北砦のダンジョン塔で中層を抜けた先を冒険したことがある、彼だからこその知恵だった。


『ここですの?』

「その筈です。しかし、安全だという事はもろ刃の剣……人類があなたを追ってきたら、また同じことの繰り返しとなる可能性が高い。ですので、今のうちにこの地に楔を打ち込み、人類の……いえ、僕の制圧地に書き換えます。扉を閉められるようになるので、時間稼ぎが可能となりますからね。十五年前、人類が実行できなかった遠征を成功させるチャンスともいえるでしょう」

『けれど、本当にそんなことできるのかしら……』


 英雄少年が言う。


「とりあえず試してみましょう。もし不可能なら……この開いた扉を起点として、追ってくる人類を僕が足止めし続けます」


 万能の英雄少年は十五年前の記録ログに接続。

 ウィルドリアの女王キジジ=ジキキが祈祷で充填した魔力をもって行おうとしていた、陣地制圧の儀式を再現。

 幾重にも連なる多重魔法陣を、エリアボスがいなくなった中層最奥に展開。

 アンバーにも似た赤光しゃっこう色が、少年の瞳を染めていく。


は魔物達の輪廻を維持する迷宮の基盤。我は欠けた汝の地を補う者。今ここに、汝を守る魔物は居ない、我が要求を通せ。再度、命じる。汝を守る英雄はいない。この地、空白の座なり。故に、我は権利を主張する。我が名はアルバートン=アル=カイトス。鯨の如き魔力を内包せし、人類の駒なりや」


 かつて魔物の地に前線基地を築こうとした女王。

 魔女王たる彼女の作り出した、この迷宮上書きの魔術に破綻はない。

 英雄魔物パノケノスがリポップするための力に介入し、自らの名を刻み、その権利を剥奪する。リポップという輪廻のサイクルを維持する魔物迷宮の性質を逆に利用した、御業であった。


 しかし。

 最終段階の手前。

 英雄魔物パノケノスのリポップ用のエネルギーを悪用するための一節が、キャンセルされていた。


 詠唱者であるアルバートンの身体が、わずかに弾かれる。

 本来なら命を奪われるはずの反動があったが、英雄少年だからこそただ弾かれただけで済んでいた。

 そんなことは彼にとってはどうでもいい。

 完璧な魔術が失敗している、そこが問題だった。


「そんな!? どうして、魔術理論は完璧だった筈」

『それは四星獣ナウナウ、あの子のせいでしょうね』


 声は不意に、ダンジョンの奥から聞こえていた。

 とてつもない魔力が込められた声だったからだろう、アルバートン少年は迷わず赤き短刀”切り裂きジェーン”を構えていた。


『リポップする筈だったここのエリアボス、英雄魔物パノケノスの魂を無断で持ち去ってしまったから……エラーが起こっているんだと思うの』

「どなたですか!」

『あら、ごめんなさい。驚かしてしまったかしら。いいわ、いまイエスタデイ達みたいに……人類程度の脆弱な存在でも肉眼で確認できる分霊を、サクっと用意するから』


 何者かが言った瞬間。

 世界にひずみが走った。

 蜘蛛女悪魔と化した姫を守るように、アルバートン=アル=カイトスは前に出る。

 臨戦態勢だった。しかし、そんな少年の警戒を気にせずそれは顕現した。


 英雄魔物パノケノスが湧くはずの空間から現れたのは、一本の大樹。

 無数に枝分かれしたその腕に、ネコの尻尾のようなフワフワな花を、やはり無数に咲かせる神々しい樹だった。

 鑑定名は、猫柳ねこやなぎ

 ふわふわなネコ尻尾の花から、すぅぅぅっぅぅう!

 アルバートン少年に似た、美少女の胴体が生え始める。


『まあ、こんなものかしら。うん、いいわ。言語理解も可能。あたしったらやっぱり完璧ね』


 ふわふわな綿あめのようなドレスに身を包む、銀髪赤目の、絶世の美少女がそこに顕現していたのである。

 幻想的なその見た目は美麗。千人が見ても、千人が美しいとしか形容できないだろう。そこには一種の強制力、美しいとしか思えない呪力が込められている。

 ただ、誰の目から見てもそれは人間ではない。


 植物から現れた少女は、こくりとお辞儀――。

 ふわふわな花を咲かせる木の枝に座りながら、静かな声で告げていた。


『初めまして、人類勢力の方。あたしは記録ログを司る四星獣。”異聞禁書ネコヤナギ”。分類は植物獣神。世界管理者ゲームマスターと呼ばれる一冊の魔導書。あなた達人類と、敵対する魔物達。あなた達と彼らの枝分かれする記録ログ、冒険が続く限り記録し続ける存在よ』

「ネコヤナギ……さん?」

『ええ、ええ! そうよ! あなたがあの時の赤子、アルバートン=アル=カイトス。やんちゃな我が友たちがそれぞれに恩寵を与えた、世界を動かすための最強の駒ね! 十五年会えないなんて、あたし達、寂しかったの……ずっと会いたかったわ。ねえ、そうよね、良い子で待っていたあたし


 あたしたち、偉いわよね? と、枝分かれする大樹に腰掛けた少女が言う。


「あたし、達? ですか」

『ええ、あたしたちよ――ほら、あたしの大樹からだにいっぱい、咲いているでしょう?』


 それは――大樹から生える猫尻尾のような、モコモコふわふわな花。

 花を起点として、猫がぞろぞろと現れ始める。

 猫柳の大樹に無数の魔猫が集っていたのだ。

 ニャーニャーニャーニャー、声がする。

 ヤナギの樹から生えるネコの尻尾、その一つ一つの花が強大な魔猫。全てが異聞禁書ネコヤナギの分霊なのだろう。


 超越者ともいえる英雄少年アルバートン=アル=カイトスは理解していた。

 この少女は本物。

 絶大なる力を持つ存在、四星獣の一柱であると。



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[良い点] ついに最後の一人が登場かぁ 今後が楽しみ [一言] 猫じゃらしだと思ってたら猫柳だったかぁ〜
[一言] 今回はアルバートンの加護やらを含めて介入し過ぎだよねぇ……
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