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第052話、世界の秘密と契約と【星夜の聖池】


 【SIDE:暗黒騎士クローディア】


 クローディアは夢を見ていた。

 彼女は裏で工作をしている魔物がいると察知した者。

 その事実を命がけで掴んだ魔境ズムニの代表、甲冑鎧でその身も、正体も覆っていた暗黒騎士の女性だった。


 血塗れの彼女は、怪しい気配を追跡し気付かれ――撤退したところを追撃され吹き飛ばされた。瞬時に魔道具屋で購入したポーションを使用し、命だけは繋いだ。その後、門を守る衛兵に助けられたことまでは覚えていた。

 しかし。


「ここは――なんだ。わたしは、死んだのか?」


 いや、痛みがある。ならばまだ生きている。

 つまり、と――彼女は夢を見ていると自覚をした。

 現実と夢の狭間の場所、明晰夢だろうかと彼女は身体を持ち上げる。

 魔力弾で弾かれた鎧の下、その皮膚の表面がズタズタに裂けている。けれど、生きていた。魔力で傷が縫い留められているのだ。

 不思議だった。


 ――いったい、誰が……。


 困惑するクローディアの金髪が揺れる。渋い男の声が届いたのだ。


『ほぉぉおお! どうやら気が付いたようだな、贖罪の中で泳ぎ続けた娘よ』

「貴殿が――わたしを助けてくれたのか」

『今はちと手が離せんので、許す。こちらに来ると良かろう』


 ぼんやりとした景色の中、彼女は乗せられていた毛布を体に巻き付け、歩き出す。

 エリアは不明。景色は……砂漠のオアシスだろうか。素足の隙間に砂が入り込んでくる。

 輝く池に釣り糸を垂らす何かがいた。

 見たこともない神々しい魚が泳ぐ池の前に、手足の短いモフモフなる魔物が、うにゅっと座り込んでいたのである。


「どういうことだ。ナマズの着ぐるみを装備した、魔猫だと……?」

『ぐはははははは! おうとも! これがかの有名なナマズヘッド! 余が友にどうしてもと購入した伝説の神器。この長き髯、そして美しい毛並みを見れば。うむ、余の正体も理解できよう?』

「もしや貴殿が、あの四星獣イエスタデイ=ワンス=モア……っ」


 驚愕の言葉に、ナマズ装備の魔猫がブニャっと短い手足を震わせる。

 どうやら違ったようだ、失敗したとクローディアは身構えるが。


『なんとなんと! 娘よ! キサマはなかなかに見所のある娘だ! そうか、余とあやつを見間違えるか。まあ、同じ猫ゆえ? 仕方あるまいが、そうかそうか! 余はそんなにもヤツと似ておるか! 愉快愉快!』


 神間違えをしたのに、なぜか満面の笑みで振り返ってきた。

 その髯はピンピン。

 歓喜のあまりか、肉球も鼻先も、ピッカピカに輝いている。


『名乗る権利をくれてやろう。く名乗るが良い、ほれ? どうした? はようせぬか』

「――……我が名はクローディア。魔境ズムニの代表となっている、かつて北部の騎士だった者。貴殿はいったい何者か、可能ならば教えてもらいたいのだが」

『余の名を問うか。まあよい、今の余は気分が良いからな! では聞くが良かろう!』


 短い手足をわちゃわちゃさせて、頭に装備するナマズの髯と自らの猫髯をうにゅうにゅっと蠢かし、カカカカカ!

 瞳を見開き、ネコは言う。


『余の名はムルジル! ムルジル=ガダンガダン大王! 未来を司る四星獣にして、過去を司りし四星獣イエスタデイ=ワンス=モアの盟友。かつて在りし日の世界。異国の言語にてムルジム(予告し)ガダンガダン(明日を告げる者)の名を拝命せし、聖なる獣性よ。どうだ、おそれいったか?』

「四星獣……っ、ムルジル=ガダンガダン大王」


 その名は初耳だった。

 しかし、大王と呼ばれる四星獣が存在するという伝承は彼女も知っていた。

 そして、大王の名がつく四星獣は人類にはあまり協力的ではないと、伝わっている。


『ぬわははははは! 良き畏怖である! まあ、そう怯えるでない娘よ。英雄魔物エリアボスパノケノスに吹き飛ばされた汝の魂、その滅びかけた命をこの池より回収したのは余であるぞ? 恩人と言っても過言ではあるまい』

「助けて、下さったと?」

『いかにも』


 経緯はどうあれ、あの攻撃を生きているのは事実。

 流れ流れて、暗黒騎士となったクローディアはこれでもかつて、本物の令嬢だった。

 しなやかなしぐさで、淑女の礼を見せていた。


「感謝いたします、大王」

『うむ。まあ、感謝もほどほどでよい。こちらも計算で助けたのだからな』

「と、仰いますと」

『うむ実はな。もう察しているであろうが、自由都市スクルザードは終わる。既に魔物達の計略は、あの地に住む人類のカルマを悪しきモノへと作り替えることに成功しておる。これが意味するところは理解できるな?』


 当然、分かるな?

 そんな顔をして、釣り糸をクイクイっとしているナマズ大王であるが。

 クローディアは暗黒騎士としての声で言う。


「申し訳ないが、全く理解ができぬ。カルマとは職業変更の時に必要とされる数値であろう? わたしが暗黒騎士となる時も、マイナスのカルマが必要であったと記憶している」

『なるほど、人類はなにも理解しておらぬのか――まあ、仕方なき事か。単純に言ってしまえば、カルマがマイナスに偏れば魔物は強化される』

「強化だと」

『うむ、だから魔物達は人類をそそのかす。人類が悪しき行いを行えば行うほど、種の存続をかけたこの”盤上遊戯ゲーム”をぎょしやすくなるからな。魔物達は自らが支配者となるべく塔を下り――人類世界を制圧し、遊戯の勝利者となろうとしておる。汝ら今を栄える人類を旧人類へと貶め、新たな人類として世界を支配しようと蠢き続けるであろうて。どんな手段を用いようとな』


 クローディアには理解ができなかった。ムルジル=ガダンガダン大王は、なにか世界の秘密に触れるような事を言っているとは理解できる。

 四星獣は長く生きる存在だとされている。

 それこそ、この世界が始まるより前から存在していたとされている。だから、この話はとても重要なのだろうとは理解できた。

 しかし、彼女には解読スキルがない。大王の言葉と世界の意味を理解し、読み解くスキルを所有していないのだ。


 見た目だけは令嬢の暗黒騎士を見て。

 じぃぃぃぃぃ。

 ムルジル=ガダンガダン大王が、ジト目でいう。


『なぜ、もっと驚かん』

「すまないが、理解できなかった」

『おぬし……脳筋か?』

「お嬢様は本よりも斧がお似合いですねとはよく言われていたが」


 がくりとナマズヘッドごと肩を落とし。


『むぅぅぅ……せっかく世界の秘密的なことを語ってやったのに。張り合いがない奴だのう……』

「そ、そうか。なんというか、すまない」

『まあよい。さて、人類よ。話を戻すぞ――余と取引。契約をせぬか?』

「取引だと」

『汝が実は色々残念であったことは誤算であったが――スクルザードが滅びに向かっておることだけは理解できているであろう?』


 クローディアは頷いた。


『スクルザードが助かる手段は本来ならば二つあった。一つは我ら四星獣の力を借りる事、しかしこれは既に不可能』

「力を借りることができない? 四星獣は代価と引き換えに願いを叶える性質があると聞く。それができないとは――なぜだ」

『カルマがマイナスに偏り過ぎた場所からの願いは対象外、エラーが発生するのだ。盤上遊戯の世界が拒絶するのであろうな。それでも介入できぬことはないが……それはこちらもかなり無理をせねば不可能。正直、今の人類にそこまでしてやる義理も義務もなし。余たち四星獣にとっては、人類も魔物も等価、どちらが勝っても構わぬのだ』


 説明しても、脳筋お嬢様はキリッとした顔のまま。

 ムルジル大王が、ぼそり。


『……理解できておるか?』

「も、もちろんだとも?」


 尻尾を揺らすネコちゃんが――。

 あぁ……こいつ、駄目だにゃぁ……と、呆れた顔をしつつも。


『ともあれだ、この地のカルマがマイナスに偏り過ぎているのは、その、なんだ――実は余のせいでもあってな? それで、友に滅茶苦茶怒られてしまったのだ。余はイエスタデイにだけは嫌われたくないのだ! それだけは、どうしてもマズいのだ! だから、なんとかしたいと思うておるのだ!』


 ふんふんふん!

 鼻息を荒くし、ナマズの顔と共に告げる猫を見て。


「よく分からぬが、喧嘩をしたのなら謝ればいいのではないか?」

『バカ者めが! それができれば初めから喧嘩などしとらんわ!』

「そ、そうだな。すまない」

『イエスタデイめが――! 余が滅茶苦茶にしたこの地などもう知らんと、余を置いてけぼりにし、北砦のアルバートンについていきおって。しかもあやつ、良きカルマを持つ者からの願いを聞き入れ、あの面白き少年が、もう二度と事件にかかわらないようにしおるつもりらしいのだ。それでは素直に待っていた、余は面白くないのだ!』


 ナウナウのやつめも抜け駆けしおってからに、と。

 モフモフな手足で地団駄を踏み。

 ぐぬぬぬぬぬ!


『娘よ! 余と契約せよ!』


 脳内を整理するクローディアは考え。


「……。つまり、貴殿らはカルマがマイナスに偏ったこの地に、もはや直接的な介入はできなくなった。そして、四星獣は今、喧嘩状態にある。ムルジル大王は友と仲直りがしたいので、自らが滅茶苦茶にしてしまったこの地をどうにかしたい。故に、死にかけている暗黒騎士わたしの夢の中に入り込んで、スクルザードに間接的な介入をしたがっている……と? そういうことか?」

『然り。利害は一致しておろう?』


 たしかに、このどこか頭の抜けているナマズ猫の言葉が本当ならば。

 これは人類にとってもチャンス。

 かつて罪を犯し、贖罪を求むクローディアにとっても渡りに船だった。


「それで――具体的に取引とは、どうしたらいいのだ」

『ほう! 判断が早いではないか! 脳筋とは、単純であること。すなわち、決断が早い点だけは評価できるということか!』


 契約を受け入れる言葉と受け取ったのだろう。

 四星獣ムルジル=ガダンガダン大王は口を開いた。


 契約は交わされた。

 死の淵にいたクローディアが、目を覚ます――。


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