第005話、伝染【SIDE:ヴェルザの街】
【SIDE:ヴェルザの街】
▽エリア:四星獣教会。
街は静まり返り、人の足もまばら。
ヒーラーを求む看板と張り紙だけが、虚しく街の壁を彩っている。
四星獣と呼ばれる、星に住まうと伝承される神を讃えるこの教会は今、戦場と化していた。
突然の患者で溢れているのである。
事の始まりは、とある男が娼館で倒れたことにあった。
冒険者殺しと噂される戦士。
目つきの悪い男ダインによって齎された疫病は、確実に街を汚染していたのだ。
状態異常:疫病。
本来ならダンジョン塔の中でだけ発生する、冒険者を苦しめる一種のバッドステータスであるのだが。
時には例外というものがあるらしい。
疫病は街でも広がり、既に歩く事すら困難な患者が続出している。
白髪が気になり始めていた司祭、アンタレス青年は運び込まれる急患に頭を悩ませていた。
司祭アンタレスはまだ二十六にして、苦労が絶えぬ生活を送っている。
この街にはヒーラーが少なすぎる、それが悩みの種だったのだ。
鷲鼻が特徴的で寡黙な司祭は、鼻梁をぎゅっと硬い指で覆う。
信仰対象である四星獣が一柱。
過去を司る……すなわち、昨日を顧みる白きケモノに祈りを捧げていた。
現実逃避していたのだ。
今日もまた、ギルドの小うるさい娘がドンドンドン。
扉を叩き、騒いでいる。
「リリカでーす! ギルドからの依頼なんですけどー! アンタレスさーん! 急患なんですけどぉ! 開けてもらえませんかあ!」
「リリカ嬢。先ほどもお伝えしたでしょう、こちらは既に満員。限界なのです」
静かな司祭の言葉が、清らかな教会に響く。
が。
ドンドン、ドドドン!
「わたしとアンタレスさんの仲でしょう! 幼馴染でしょう! いーれーてー!」
「親しき中にも礼儀あり。幼馴染だからこそということもありましょう?」
「ちょっと! こっちは本当に困ってるんですよー! 話ぐらい聞いてくれてもいいじゃないですかー! てか! アンタレスさんが昔、うちのお姉ちゃんの着替えを盗み見てたこと、礼拝の時にばらしちゃいますよー!」
司祭アンタレスはぶわっと一気に増えそうになる白髪の気配を感じつつも。
心を鬼にする。
実際、既に満員なのは本当なのだ。
「呪い殺されたくなかったら、とっとと失せていただけませんか?」
「まあまあ、それじゃあ強行突入しちゃいますからねえ!」
言って、ゴガン!
扉を蹴破り入ってきたのは、ギルドの受付嬢を担当している若作りの女性リリカ。
病への耐性がある聖職者を除く、街の皆はほぼ全員が疫病状態なのに、彼女だけは元気いっぱいだった。
司祭アンタレスが咎めるように言う。
「扉の破壊は神への冒涜。訴えたらあなたは負けますよ」
「緊急事態なんだから仕方ないですよね?」
強引に入ってきたリリカ嬢は、そのまま担いでいた四人の患者を降ろし。
「真面目な話、たぶん即座にヒーラーの方に体力補充をして貰わないと……この人たち、死んでしまうと思うんです。お願いできませんか?」
「相変わらず、あなたは怪力ですね……その怪力が怖いので……と言いたい所ですが、本当に申し訳ありません。もはや魔力がないのです」
「と、思ってたので魔力回復のポーション的なものを持ってきました。予備も差し上げます、お願いできませんか?」
ギルドの倉庫から、高級品である魔力回復薬を引っ張り出してきたのだろう。
それは司祭アンタレスにとっても、渡りに船。
「ギルドからの依頼、確かに――」
ポーション的なものと言っていたのは、おそらくこの回復薬が二流以下の錬金術師が製造した、粗悪なポーションだからだろう。
効果はあるが、味が死ぬほど不味い。
しかし、アンタレスはそれを一気に飲み干し。
足元に自動で浮かぶ魔力領域――魔法陣を描き。
髪を揺らして、詠唱を開始する。
「星に住まいし我らが神。昨日を顧み、猛き尾を揺らすケモノよ――彼のモノらの肉体に、癒しの慈悲を授け給え」
古典的でオーソドックスな範囲回復魔術。
”広域治療”が発動していた。
体力ゲージだけが回復するが、疫病状態は消えず。
司祭アンタレスは弟子たちに患者を奥へと運ぶように指示を出し。
「とりあえずの体力は回復しましたが……応急処置というよりは時間稼ぎです。ギルドの方で病気の治療薬はないのですか?」
「こっちの怠慢みたいに言わないで貰えます? 教会が疫病を治す魔術の使い手を確保していないから、こうなったんじゃないですか!」
責めるように言ってしまった後。
リリカ嬢は頭を下げ。
「ごめんなさい、今、わたし八つ当たりしたわ。接客したくない最低な客ランキングを自分で更新しちゃったわね」
「いや、無理もない……あなただけがまともに動けるからと、休みなしで働いているのだろう。あなたは本当に昔から、病気一つかからないバ……いや、元気な子だったからね」
「元気だけが取り柄ですからって、言いたいんですけど、実際はあたしも倒れたのよ」
リリカが倒れたほどの疫病!? と。
▽司祭たちはこんらんした。
「なによその顔は!」
「いや、だって毒を直接飲んでも平然としているフィジカル最強なあなたが倒れるなんて――天変地異でしょう?」
「アンタレスは大げさねえ」
いつもの会話だったのだろう。
教会で患者達を診ている他の司祭たちが、日常を思い出し眉を下げる。
「それで、もう大丈夫なのか」
「ええ、ネコちゃんからもらった薬を飲んだらすぐに良くなって……って! そうだった! アンタレス! あなたにこの薬を作って欲しくて、空の瓶を持ってきたのよ!」
言って取り出したのは、汚い丸文字で”いいつ”と書かれた魔法瓶。
「見慣れない回復薬ですね、この”いいつ”とは?」
「たぶんリリカって書こうとしたんだと思う。なにしろこれをくれた相手がネコちゃんだったから。で! これが鑑定結果よ、成分っぽいものだけしか読みとれなかったんですけど。どう? これなら治るみたいなの、作れるかしら?」
空瓶と、鑑定結果の書類を受け取った司祭アンタレス。
その表情が引き締まっていく。
「無理……ですね。これはかの有名な、名前だけは知れ渡っている”賢者の石”から生み出されし万能薬。エリクシールでしょう」
「え? これそんなに凄い薬だったの?」
「受付嬢がそれじゃあ駄目でしょう。後で説教……いえ、それはいいです。これは、国家の宝物庫に一本あるかどうかの貴重品ですよ。ネコと言っていましたが、後で経緯を説明していただけますか?」
「え、ええ――それは構わないけど。どうしたのアンタレス、そんなに白い顔をして……」
いつも白い顔だとツッコミはせず。
司祭アンタレスは法衣を纏い、杖を握る。
急ぎ出立の準備を始めた幼馴染に驚き、リリカ嬢が言う。
「ちょっと! どうしたのよ!?」
「その方はいずこへ? まだいらっしゃるのですか?」
「えーっと……たぶん、もう街にはいないと……思う」
ガシャシャァシャシャシャ、シャァァァァン!
司祭は杖を落とし。
がばっとリリカ嬢を振り返り。
「どうして!?」
「どうしてって、なにがよ!」
「いいから、なぜ! あの方はもういないと思うのです!」
肩を抱き唸る司祭に、頬を赤くしたリリカ嬢が言う。
「え、いや、だから! もう面倒ね! このログを見て!」
「早く!」
「もう、なんなのよ!」
言って――。
肩を抱かれてずり下がった下着の位置を直し――リリカ嬢は先日のギルドでの行動記録を司祭に見せる。
「そ、それに……なんか、あの子……仕事を探していたみたいなんだけど、全部門前払いされちゃったみたいで。すっごい怒ってたのよ、だから、その事件と合わせて……たぶん、もう帰ってこない。みたいな?」
「はははは、ははは……はは。追い返した、ですって――」
司祭アンタレスはがくりと膝から崩れ落ち。
「おしまいだ……っ、もうこの国は、終わりです!」
「ちょっと!? だから、意味わかんない! ちゃんと言ってくれないと、こっちが不安になるの!」
怒る幼馴染に、司祭アンタレスは真っ青な顔で、目をぐるぐる。
ストレスからの胃痛で、胃腸から音すら鳴らし。
「そのネコ……イエスタデイという名。なのですよね……?」
「ログにはそう書いてあるわね。女盗賊メザイアさんが、イエスタデイちゃんって呼んでるし」
「イエスタデイの意味は……分かりますか?」
「昨日でしょう?」
「ええ、その方の名はおそらくイエスタデイ=ワンス=モア。意味は、過ぎ去りし日々をもう一度。すなわち、昨日を望む、過去を司る事を意味します」
教会のど真ん中に建てられた神の像を仰ぎ見て。
敬虔なる司祭は、終わりを告げるように唇を震わせ。
祈るように。
「過去を顧み、焦がれるが故に――今を否定し、傷や病をなかったことにできる、全ての癒しの力を操りし存在。彼の御方は、気まぐれに人の世界に降臨すると伝承されております。つまり……」
謳うように、司祭は告げた。
「我らが四星教徒が信仰せし尊き神。四星獣の一柱、癒しの神イエスタデイ様、ご本人でしょうね……」
びぎ!
話を聞いていた皆が凍り付く。
今更もう遅いかもしれないが。
このヴェルザの街は大変な禁忌を犯してしまった。
そう。
本物の神を追放してしまったのである――。
この事は最重要緊急案件として、王宮に報告された。