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第047話、末路 ―神に愛される者達―【スクルザード市場】


 【SIDE:朱雀シャシャ】


 四星獣に召し上げられた衛兵長だった男。

 かつて弱き人間だった小鳥は目の前の少年、アルバートン=アル=カイトスを眺め考える。


 十五年前に戦死した朱雀シャシャ。彼は優秀な兄の言葉を思い出していたのだ。

 神に愛された者は、早死にするのだと。


 兄の名は戦術師シャルル=ド=ルシャシャ。貴族である兄は昔から様々な魔導書を読んでいた。その代表は、大地神について記した魔導書だろう。

 火水地風。火が炎となったり地が土と呼ばれることもあるが、基本的にはその四大属性の神の力を借りて人類は魔術を発動させる。

 強大な神性から力を借りることが魔術の基本なのだ。

 そして力を借りるには、神について知る必要がある。

 どこで生まれたのか、どんな人生を歩んでいたのか。その人となりを魔術言語に変換し、詠唱をもって力を引き出すのだ。


 神を知るための書、それこそが魔導書の正体。


 故に、魔術師は神について書かれた本を読む。本を理解し、神を理解することでより正確に力を引き出すことができる。強くなりたいのならば、正しく神を知る必要があるのだ。そのために、より正確な本を求めて魔術師は金を使う。

 だから金のある貴族は次の世代でも地位を維持しやすいのだと、兄は複雑そうな顔で語っていた。

 しかし、そんな魔導書にも例外がある。


 特別な魔導書のカテゴリーが存在したのだ。


 その異質な本の名は異界魔導書グリモワール

 異界から紛れ込んでくる書物の総称である。

 異界魔導書は突然、誰の元にも急にやってくることがある。それもまた神の悪戯。次元の狭間にあるとされる特殊なエリア、異世界図書館。そこに住まう、膨大な力を持つ黒き神の娘――赤髪の猫魔女姫が、気まぐれに編纂へんさんし作り上げた魔導書こそがグリモワールだった。

 時さえ超越する猫魔女姫はその書を、気まぐれで選定した世界の、気まぐれに選んだ時代に、気まぐれにバラまいているとされているのだ。

 いつどこで、誰の手に渡るか分からないその書に記されているのは、異界の神の伝承。

 それはすなわち”未知なる異界の神”の力を借りた魔術を扱える、特別な書ともいえるだろう。

 まだ誰も知らない異界の神の知識が、その書には惜しみなく書かれているのだ。


 十五年前は最強魔術とされた”破滅の魔術式(ディストラクション)”も、グリモワールから伝わった異界の魔術に分類されている。


 異界の神を知るという魔術の基本。その副次的な現象ともいえるだろうが――異界の神の物語が、ある程度この世界にも伝わっているのだ。

 そして、異界の神の物語を知る者は、こう思う事が多いのだという。


 神に愛された者は大抵ろくな目に遭わない――と。


 神の強すぎる加護が、寵愛を受けた人間の人生を狂わせるのだ。たとえば神の寵愛により剛力を得た人間は、その剛力ゆえに愛する妻まで思わず抱き殺してしまう。たとえば神の寵愛により美しい声を得た人間は、その美しき声に魅了された人間の王に捕まり、一生を籠の鳥として囚われたり――。

 歪んだ力による弊害を受ける可能性が高い。


 それでも力を授けた神は、寵愛せしその者を助けない。

 与えるだけ与えて、後は見守るだけ。

 その後どう狂ってしまってもそれは人間自身のせい。神は気まぐれで傲慢で、けれど、確かにその人間の事は気に入っている。歪んだ愛をもって、人類に接しているのだ。

 この盤上世界でもそれは同じ。


 四星獣はそれぞれ無責任に身勝手に、人類や魔物の願いを叶える。

 時には一方的に、時には乞われて。

 きっと、この少年も長くは生きられないのだろうと、種族名を朱雀とする不死鳥シャシャは、小鳥の姿で肩に乗り。

 目の前の少年に憐憫を抱いていたのだ。


 美少年と美青年の境で揺らぐアルバートン=アル=カイトスが言う。


「シャシャさん、どうかなさったのですか? 顔色が優れませんが」

『いえ――お気になさらず。わたしは不死となった身。死ぬ事はないのでご安心ください』

「それでも体調の変化はあるのでしょう。もしきつくなったら言ってくださいね、宿に戻りますから」


 無垢な笑顔が小鳥となったシャシャに突き刺さる。


 ああ、神に好かれる人間像だと改めて思う。

 神獣となった衛兵長もまた、既に神と呼ばれる存在に含まれる。その神の部分が、この英雄気質な少年の魂に惹かれているのだ。

 かつて人間だったからこそ分かってしまう事もある。この少年は良き大人に育てられ、自分とは違い、まっすぐに育ったのだろうと。


 市場の焼き鳥を購入し、満面の笑みを浮かべる少年。

 神の寵愛を受けた今回の犠牲者。

 かつて幼女大司祭と呼ばれた少女が、四星獣イエスタデイの気まぐれで不老不死となったように。命を懸けた威力偵察で死した人間――衛兵長だった男の魂が、四星獣ナウナウに拾われ朱雀へと転生したように。

 きっとこの少年も神のせいで道を狂わされる。


 だから、神となった鳥が言う。


『余計な話かもしれませんが、一つ宜しいでしょうか?』

「なんですか~」

『今、四星獣の方々は我が主ナウナウ様の盟約違反について話し合い、その結果――星の海で争っておいでです。争いと言っても、戯れ。本気の戦いではなく、友人同士の予定調和のジャレ合いなのでしょうが――それでも今ならば神の目はない。あなたはこのまま北砦に帰った方がいい』


 意味を理解できていないのだろう。

 純粋無垢な少年は、キョトンとしたままだった。

 何か言葉を紡ごうとしたその口が開くが――。


 その時だった。

 市場の奥から、悲鳴が聞こえてきた。

 間違いなく、それこそが事件の始まり。


 四星獣の寵愛を受けた少年は、何も言わずに駆けていた。

 助けに行くつもりなのだろう。

 だから――かつて人間だった者として、朱雀シャシャが言う。


『お待ちください――アルバートンさん』

「待てるわけありませんよ! 誰かが悲鳴を上げているんですよ!?」

『それでも、お待ちください』

「なんでですか!?」

『もし、もしもです――あなたが駆け寄れば、おそらくもう引き返せなくなります。貴方という存在はこの事件の中心となり、どこへ行っても、逃げられなくなりましょう。けれど今なら――まだ間に合います。どうか、このまま気付かなかったことにして、北砦へお帰りなさい』


 少年が返してきたのは――。


「なるほど。あなたは優しい人です。僕を心配してくれているんですね」


 やはり、澱んでいない、まっすぐな言葉だった。

 眩しさを感じた朱雀シャシャが言う。


『どう……なのでしょうか。人の魂でなくなったあの時から、わたしはわたしではなくなりましたから。そのような心も、もう忘れてしまっています』

「心配してくれているんだと思いますよ。けれど、すみません。僕は間に合うのに悲鳴を聞いて逃げてしまうような、そんな強い人間にはなれないです」

『逃げることが強い人間?』

「ええ、僕は弱いから――きっと助けに行かなかったことを後悔してしまうでしょう。割り切ることができずに、一生を後悔で潰してしまうかもしれません。だから、僕は僕のために助けに行きます!」


 少年は駆ける。光に向かって、まっすぐに駆ける。

 ああ、やはり。

 この少年は神に愛される人間なのだと、かつて色々な事から逃げてしまった神獣は思った。


 ◇


 悲鳴があった場所に駆け付けると。

 そこは既に戦場であった。

 いや、戦場だった場所があった。

 平和だったはずの市場の奥が、魔物で溢れているのだ。

 市場だった場所には、血に濡れたアイテムが並んでいる。露店のリンゴやバナナ。錬金術師の生み出した、生活の営みを感じさせる調度品。

 その周囲には、無数の冒険者の死体。

 そして、冒険者の死体を持ち去ろうとしているのは、オークやゴブリンといった、知恵ある亜人魔物達である。


 少年が、言う。


「これは――っ」

『どうやら――ダンジョン塔からの襲撃ですね』


 朱雀シャシャの視線は、悲鳴の主に向かっている。


 既に生き残りは一人だけ。悲鳴を上げていたのは、その唯一の生き残りだろう。

 少女である。

 なぜ彼女だけが生き残っているのか、答えは簡単だった。

 魔物が少女を捕まえ戦場を見せつけ――わざと悲鳴を上げさせて、駆けつけてくる人間を惨殺していたのである。


 少年が、言う。


「その子を放してください――」


 返り血に濡れた魔物達が言う。


『げひゃひゃひゃ! また来た。また来た。正義かぶれと冒険者!』

『おまえら。みんな素材! オレたちの素材!』

『加工して。売る! 少年。お前の皮も肉も、高く売れる!』


 人類と協力的な亜人とは違い、明らかに敵対種族。

 少年はログを起動させ。


「そう、ですか。どうやら根本的に相容れぬ存在みたいですね。残念です――」


 少年は迷わず、魔猫イエスタデイから授けられた短刀を握った。

 ”切り裂きジェーン”を装備した少年の目が、赤く輝き――影の中に溶け込んでいく。

 潜伏スキルだろうと、朱雀シャシャは判断する。

 そして。

 一瞬だった。

 本当に一瞬にして、少年は奥市場を支配していた魔物を全滅させた。


 跡形もなく、死骸すら消滅させていたのだ。

 それは、朱雀シャシャの目からしても、異様なほどの強さだった。


 少年の職業はパニッシャー。

 冒険者殺し。

 人の形をした魔物に特効能力を有している、だからこその圧倒的な殲滅だったともいえる。

 けれど。

 圧倒的すぎた。

 だからだろう、助けられたはずの少女は、一瞬で魔物を殲滅させた少年を見て、ひぃっと怯えていた。


 血にまみれた少年が、言う。


「大丈夫ですか?」

『待ちたまえ少年! これは――まずいぞ。おそらく――キミは誤解をされている! その少女は大丈夫だ。けがをしているが、生きている。すぐにこの場を離れるべきだ』


 錯乱状態の少女に、まともな対応ができる筈もない。

 現実を知る朱雀シャシャは知っていた。

 けれど。

 少年は回復魔術を唱えながら、少女に近寄っていた。


「いやぁあああああああああぁぁぁ! こないで! 触らないでっ。だ、だれかぁああああぁぁ! 助けてっ、助けてよぉおぉぉぉ!」


 やはりそうだった。

 錯乱する少女は自分を助けてくれ、傷を癒してくれた少年にすら悲鳴を上げてしまったのだ。

 朱雀シャシャは、始まったのだと――少年の運命に同情する。


 アルバートン=アル=カイトス。

 冒険者殺しの少年が人間を惨殺したと、町中に広がったのは、僅か一時間ほどの事だったという。




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― 新着の感想 ―
[一言] こーゆー感じの少女枠って、だいたいそのままどっか行っていなくなるタイプだから苦手です。 事件を起こして逃げ出す、強い人間ですね。
2024/01/10 16:54 退会済み
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