第046話、始動~抜け駆けせし四星獣~【スクルザード市街】
【SIDE:少年アルバートン】
▽緊急警告。住人、並びに冒険者に告ぐ。
注意されたし、”冒険者殺し”が街に入り込んだ。
朝日はとても暖かいが、そんなトピックの、危険を報せる魔術看板が各所で輝いている。警戒を告げる”朝鳴き鶏”の警告音も町中に響いていた。
朝鳴き鶏はコケッコーと鳴く代わりに、危険危険!
危険危険! と朝露が流れる樹々を揺らして大騒ぎ。
街では危険人物を探す足音が、早朝だというのに響いている。
兜までかぶった本気装備の衛兵たちが、ガシャガシャガシャ。
「いたかー! 必ずどこかにいる筈だ!」
「探せ! なにをしでかすか分からんぞ!」
「南の奴らに後れを取るな!」
昨日、ギルドへと荷物を運び終えたアルバートン=アル=カイトス少年は、そんな騒動の最中の街をゆったりと観光気分で歩いていた。
迷惑にならないようにステータスは気配遮断状態。
上級冒険者すらも察知できない完全な隠匿である。
アルバートン少年は思う。
都会の街って、とても騒がしいのですねえ、と。
大きな荷物を背負う少年の横を、衛兵たちが通り過ぎていく。腕に覚えのある冒険者も、冒険者殺しを探しているのだろうが、やはり少年の横を素通りしていく。
そんな少年の気配に気づいている存在は、唯一、とある種族だけ。
そう、ずっと気配があとをついているのだ。
少年は立ち止まり。
「あのぅ……あなたたち、僕に何か用なのでしょうか?」
『ほぅ、我が見えるか!?』
答えたのは白い毛布の真ん中に、バシャッとココアを零してしまったような顔のモフモフ。
共同自由都市スクルザードが創設された時、建築士と一緒に入りこんできたヴェルザの街の魔猫だろう。
先頭で偉そうにフフンとタヌキのような顔をしている魔猫こそが、リーダーなのか。周囲の魔猫は皆、そのタヌキ猫の数歩後ろで、まるで王を讃えるような動きで並んでいるのである。
アルバートンが言う。
「見えるのかって。それはこちらの言葉なんですけれど……あの、僕の姿隠し、そんなに下手でした?」
『いーや、おぬしの存在隠しは完璧である。ほれ、その証拠に今も皆は我らの横を通り過ぎておるだろう?』
「じゃあ、なんであなたには僕が見えているんです?」
『にょほほほほほほ。それは我らがネコであるからであるな!』
顔面ココア色のモフモフ猫が言うと、後ろに並んでいた魔猫達もうんうんと頷いている。
少年は思った。
都会って変わったネコがいるんだなぁ……と。
「それで、僕になにか?」
『おう、そうであった。なに、ちょっと警告をしようと思ってな?』
「警告ぅ……ですか」
『そなた、田舎者であろう?』
「え、ま、まあそりゃあそうですけど……」
『都会のエリートニャンコなる我がアドバイスをくれてやろうというのだ! 心して聞くがいい!』
リーダー魔猫の後ろのネコ達が、肉球拍手で囃し立てる。
拍手による爆音が起きているのだが、魔猫たちの気配遮断スキルが完璧なのだろう。誰一人、人間たちは気づいていない。
『実はのう、今現在この街は非常に危険な事態に見舞われておるのだ』
「ああ、知ってますよ。冒険者殺しっていう怖い人が入り込んだ……っていう、アレですよね」
『いや、それは些事に過ぎぬ。問題はこの街全体に振りまかれたデバフにある』
「デバフって支援の逆。能力ダウンとか妨害とか、そういう類の魔術やスキルのことですよね」
『知っておったか。よきよき、実によき。実はのう、我が友の馬鹿ナマズ猫めが、この街全体にほぼ永続的な呪いをかけおったのだ。本来ならば、ちょっと騒動を起こすだけであったのだが、これでは楽しむどころではなくなってしまった。奴め、我がこの街に興味を持ったからと嫉妬しおって――なんとかせねばこの街は終わる』
それでは面白くないと、魔猫は大きなため息を吐く。
「呪いですか」
『うむ。まあ呪いと言っても軽い類のものだがな。人類が悪行を行うたびに、カルマがマイナスに揺らぐことは知っておるな?』
「父が言っていました。だから悪い事をしてはいけないよって」
『そのカルマの揺らぎ。天秤の傾きが極端に動くように、この街に呪いをかけたのだ』
少年はキョトンとした顔で言う。
「それが何か問題なのでしょうか?」
『うにゅ? 問題おおありであろう』
「だって悪い事をしなければいいだけでしょう?」
いともたやすく言う少年に、呆れと親しみを込めた声で魔猫が言う。
『それができないからこそ人類は人類なのだがのう。まあいい。ともあれ、一定以上の悪行が溜まるとダンジョン塔の魔物達が強化されるからのう。おそらく、しばらくしたらダンジョン塔で変化が起こる。可能ならば汝にそれをなんとかして欲しいと、我は思うておるのだ。ぶにゃははははは! つまり、我は汝に期待をしておるという事だ!』
名誉な事であろうと、二足歩行になって魔猫が器用に腕を組む。
タヌキのようなモッフモッフな尻尾も偉そうに揺れている。
『さて、ただ期待するだけというのは寂しいからのう。我が汝に、至宝の一つを授けてやる。手を出すがいい』
「あの、すみません……僕、引き受けるとは一度も……」
『諦めよ、どう転んでもそなたは事件に巻き込まれる。というわけで、勝手に話を進めるぞ。それはとある哀れな女が所持していた短剣でな。多くの命を吸った故に呪われた装備、”切り裂きジェーン”。おぬしならば装備できるはず。これを汝にくれてやる』
「ええ!? ちょっと! 嫌ですよ。呪いの装備なんて!」
『案ずるな。我が授け……いや、そなたにはとある偉大なる存在の加護が授けられておる。呪いの装備であったとしても呪いが発動せず、汝の力となるからな』
言いながら魔猫はニヤリと微笑む。
すると不思議なことが起こった。少年の装備欄に自動的に、その”切り裂きジェーン”が押し込まれていたのだ。
漲る呪いの力であったが、どうしたことか。その呪いには殺意も憎悪もない、むしろ少年の身体をまるで守るように包み込んでいた。
少年が魔猫を睨み言う。
「あなた――とても強い存在ですよね。たぶん、僕がいままで見てきた何者よりも強い。どうしてご自分で対処なされないのですか」
『そこまでしてやる義理はないしのう~♪』
「ええ……。義理がないのに……じゃあなんで首を突っ込んでいるんですか……?」
『決まっておろう♪ その方が面白そうだからである!』
ぶにゃははははっと猫は嗤う。
『手は貸してやった、これで公平であろう。せいぜい我を楽しませてみせよ、人類よ――』
「あ! ちょっと待ってくださいよ! 僕、引き受けるなんて言ってないですよー!」
『知らん知らん。なーんも聞こえんのだ! では、さらば~!』
タヌキ顔の魔猫の姿は消えていた。
連れていた魔猫軍団も消えている。
なんだったのだろう。
装備欄に浮かんだ切り裂きジェーンを眺め、少年が困惑していると。
音がした。
のっしのっしと大きな巨獣が這っている音だった。
◇
今度はなんだろうと少年が困惑を継続していると。
周囲が突然、竹林に包まれる。
結界の一種だろう。
そこには、燃える炎を纏う美しい不死鳥を連れて、ズリズリと地面を這う白黒の獣がいた。
『えへへ~、いたいた! 久しぶりだね~! 僕だよ、僕~。ナウナウだよ~!』
白黒モフモフなその存在は熊猫と呼ばれし珍獣。
ジャイアントパンダ。
少年は思う。
さすが都会。こんなにすごい獣が普通に街を徘徊しているのですね。
と。
そう、少年は世間知らずの田舎者なのだ。これが都会の常識だと勘違いしている。
けれど少年にはこのパンダに見覚えがあった。
「あれ? パンダ様……ですよね? 度々、僕の夢の中に出て来てくれる」
『うん、そうだよ~。あー、皆には内緒だよ~。本当は君が十五になるまでは干渉しちゃいけないって言われてたから~。でも~、僕は~。今が良ければそれでいい、後はどうでもいいがモットーだから~。それに~、夢に出ちゃダメって取り決めはなかったし~、その辺の、ルールの隙をついて~、何度も君に会いに行ってただけだから~』
むふふ! 僕って策士!
と、パンダはご満悦顔。
「今日も功夫の修行をつけてくれるのですか?」
『違うよ~。君にはもう教えることはないから~。今日はね~、卒業証書代わりに~。案内を授けに来たんだ~』
パンダがえへへ~っと微笑みながら告げると、傍に侍っていた不死鳥が小鳥の姿となる。
不死鳥の小鳥はちょこんと頭を下げ。
アルバートン少年の前に跪き、人ならざるモノの声で淡々と言う。
『しばらくあなたのお世話を務めさせていただきます――』
「お世話……ですか?」
『ええ、あなたは都会を知らないでしょう。そして常識も知らない。我が主、ナウナウ様がそれでは不便だろうから、慣れるまでは共にいてやれと――』
どんな企みがあるか、わたしも知りませんが。
そんな顔で不死鳥は主人を横目で眺めている。
「えーと、観光案内……してくれるってことでしょうか?」
『えへへ~。まあ、そんな感じかな~』
絶対違うだろうと、不死鳥は静かなるジト目を作るが。
構わずえへへ~。えへへ~と白黒パンダは大喜び。
君と直接あえて嬉しいな~と、黒い樹脂の塊を抱えてゴロゴロゴロ。
竹林空間が次第に割れ始めたと察したのか、不死鳥が言う。
『ナウナウ様。どうやらイエスタデイ様にこの空間がバレたようですが――』
『本当だ~。じゃあちょっと遊んでくるから~。またね~アルアル~』
少年が反応に困っているうちに、竹林が消えていく。
同時に、空で大規模な爆発音が鳴り響く。強大な何かが三柱、魔力をぶつけ合ってじゃれているのだろう。
残された不死鳥が、もう一度、アルバートン少年に跪く。
『それでは、しばらくよろしくお願いします。わたしはあなたの方針に従いますので、後はご自由に――』
「あ、頭を上げてくださいよ! 年上の方にそうされると、なんか、とても申し訳ない気分になってしまうので! というか、僕ひとりで大丈夫ですよ。そんなに長居するつもりはないですし……」
『我が主のいつものきまぐれです、お気になさらず』
「いや、気になるのはこちらというか……」
『お気になさらず』
どうやら絶対についてくる気なのだろうと察し、少年が言う。
「はぁ……さっきの魔猫の方も、あなたたちも、都会って随分と強引な人が多いんですね。分かりました。これもたぶん都会の常識なのでしょうから、諦めます。それであなたの事はなんとお呼びしたら」
『かつて人だった頃は、シャシャ家のダメ息子と呼ばれておりました。なので、シャシャとお呼びいただければ』
「シャシャさん、ですか」
少年は考える。
まあ一人よりは二人の方が楽しいかと。だからいつもの笑顔で、周囲に高貴な愛らしさを浮かべて言う。
「アルバートン=アル=カイトスです。よろしくお願いしますね!」
『……。あなたはまず、魅了の抑え方を学んだ方がいいでしょうね。なぜナウナウ様が、それを先に教えなかったのか、いえ、答えは決まっています。その方が面白いから、でしょう――ね』
ゆったりと瞳を閉じながら、渋く伝えた不死鳥が瞳を開けると。
そこには誰もいない。
慌ててガバっと周囲を見渡す不死鳥の視線に、手を振っている美少年がようやく引っかかる。
既に少年は遥か先。短距離転移スキル”ハイエナの微笑”を連続使用し、市場で待っているのだろう。
「なにしてるんですかー! 朝の市場が開いてますよー! 僕、ヴェルザの街から入ってきた焼き鳥を食べてみたいんですよー!」
『これ。かなり大変な仕事を押し付けられたのでは……』
珍しく愚痴を漏らす神の従者は、そのまま静かに少年と合流する。
もし隠匿状態を察知できる者ならば、レアで小さな幻獣を連れた皇子様のお忍び散歩。
そんな姿に見えるだろう。
少年と肩に乗る小鳥が街を散策し始めていた、その裏では――四星獣ムルジル=ガダンガダンの蒔いた騒動が芽を開き始めていた。




