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第044話、始まりのダイスロール。【星夜の聖池】


 モスマン帝国が滅亡してから十五年。

 かつて蛾人間の繭の城があった位置にそびえるダンジョン塔。天を貫く新たな迷宮の周りに作られた街こそが、様々な国の協力を経て建国された共同地域。

 その名を共同自由都市スクルザード。


 人間にエルフにドワーフ、蜥蜴人に獣人に、そして魔猫。

 多種多様な種族が過ごす街の遥か上空。

 四星獣ナウナウが暮らす星夜の竹林の隣に増設された聖なる池、新たな星の海にそれは棲んでいた。


 頭装備から長いネコのような髯を、ふふんとくねらせ。

 気の短い神の怒り、そして地震を抑える要石で覆われた池のほとりに、釣り糸を垂らすネコがいる。

 そのネコはナマズの着ぐるみを着込んだ短足なネコ。

 種族名はマンチカン。

 個体名は四星獣ムルジル=ガダンガダン。未来を司る四星の一柱にして、大王と呼ばれし者、人類が滅ぶ側に賭けている強大な神である。


 そのふわふわな頭に装着している神装備、ナマズヘッドはかつて四星獣イエスタデイ=ワンス=モアから購入した彼のお気に入り。


 過去を司るイエスタデイが魔猫であり、現在を司るナウナウが熊猫ならば。

 未来を司るムルジル大王は未来を観測するナマズ、キャットフィッシュの獣性を習得しているのである。

 そんな彼の眷属もキャットフィッシュ。

 すなわちネコのような丸い顔をして、ネコのような長い髯を持ったナマズである。


 ナマズといってもむろん、ただのナマズではない。

 池には多くの神魚が悠々自適に泳いでいた。


 ムルジル大王が短い手足で釣りを行う池のナマズたちは、四星獣ナウナウが使役する神獣たちと同格。

 彼らの多くはかつて人類だった者達。

 人類を眺める大王の御眼鏡に適ったお気に入りの、眷属となった姿。かつて人類たちだった彼らは願いを叶えて貰う代価に、死した後、つまり未来のすがたを神に授けたのだ。

 四星獣ムルジル=ガダンガダンが人間を召し上げた姿こそが、この眷属化ナマズなのである。


 そんなムルジル大王が人類を嫌う理由は単純だった。

 新たな魂を釣ろうと人類世界を眺める彼が、短足の先でぷにっと膨らむ肉球を輝かせ、眉間に邪悪な皺を刻んで言う。


『ぐぬぬぬぅぅぅう、解せぬ! 解せぬ! 人類めが! 進化したサルの分際で、余が友イエスタデイを魅了しおってからに!』


 ネコの目が尖ると、着ぐるみのナマズ顔も尖ってグヌヌヌ!

 人類世界では軽い地震が起こっているが、ムルジル=ガダンガダンは気にしない。むやみに人類を直接減らすなと、他の四星獣に言われているから命こそは取らないが、それでも地震は発生する。

 だってムルジル=ガダンガダンは怒っているのだから。

 神が怒っているのだ、地震ぐらいはいいじゃない。

 だって、ムルジル大王は手足も気も短いマンチカン。

 四星獣イエスタデイと同じく、由緒正しいネコ様なのだから。


 池の中の神魚ナマズ達が言う。


『ムルジル様がまた荒ぶっておられる』

『火山の噴火か、大震災か。はたまた津波か』

『まあ大丈夫だろう。人類も魔物も、共に事前に鎮魂の賄賂を贈っていた。あと三回は軽い災害で済むであろう』


 そう、地獄の沙汰も金次第。

 神も金次第。

 四星獣ムルジル=ガダンガダンもそうだった。


 人類を嫌っている彼だが、それでもお金は大好き。貢ぎ物も大好き。金さえ用意すれば人類も魔物も、精霊も大地神さえも差別も区別もせず、四星獣ムルジル=ガダンガダンはその願いを叶える。

 それがどんなに良き願いでも、悪しき願いでも。

 悪いのも良いのもそれを望んだ相手のせい。余は悪くなし!

 たとえば他者の命を奪う願いであっても、他者を救う願いであっても、分け隔てなく叶える。そこに貢ぎ物があるのなら。

 もっとも、願いの代価に要求する貢ぎ物は膨大。魔物も人類も、大王の要求する代価を用意できる事はあまりないだろう。

 ただそれでも願いを欲する者はいる。出せるものならば、なんでもだすと。

 ムルジル=ガダンガダンが金の代わりに奪うのは未来。その結果がこの池の強者たち。転生できずにこの世に神魚として漂う、財ともいえる眷属たちである。そこに例外はない。願いを兼なえて欲しくば、金か未来を寄こせ。

 物欲の獣。

 四星獣の中でも財への欲求が飛びぬけているのだ。


 人類からも魔物からも畏れられる大王。

 それがムルジル=ガダンガダンである。

 そんな彼にも友がいる。


 ムルジル大王は唯一、その物欲ゆえに、人間からの直接的な交信が可能となっている四星獣。

 かつて幼女教皇マギからの貢ぎ物を受け、とある四星獣をヴェルザの街に誘致したのも大王。そう、彼はあの気まぐれ魔猫、イエスタデイと仲が良かったのである。

 白くてふわふわな獣毛、その顔の中心にココアを垂らしたような美しい顔立ちのタヌキ顔の猫。

 種族名ラグドール。

 四星獣の長たるヒーラー魔猫が、星の海に顕現していた。


『そんなわけで、来てやったぞ大王。おぬしは相変わらずであるのう、ムルジル=ガダンガダンよ』

『おろろろろろろ! その声! 神出鬼没なるその気配! 余の親友、イエスタデイではあるまいか!』

『……。友ではあるが、親友というほどではないだろうに……』


 若干引き気味な魔猫イエスタデイに対し、ムルジル大王はただでさえ丸い顔を、更に丸く緩め。

 ゴロゴロゴロと喉を鳴らす。


『ヌフフフフフ! まあそういうな親友よ! 余の聖池へと足を踏み入れたという事は、ついに余と共に人類滅亡計画を果たす気になったという事であるな!?』

『おぬしは本当に気が短い……。だから、我はネコの奉仕生物たる人類を滅ぼす気はない、前もそう言うたであろうて』

『ウナウナハハハハ! 余は思うぞ、おまえの気が長すぎるのだとな!』


 鼻をフンフン! 頬をスリスリとしてくるナマズ帽子のマンチカン。

 その近すぎる顔を肉球で押し返し――魔猫イエスタデイは、露骨な息を漏らす。


『今日は例の子どもが十五となる日。冒険者登録が出来る歳だろうて――それはすなわち成人といっても過言ではあるまい? 今日からは我らの干渉も許される。我はそれを眺めに来たのだ』

『ぐわはははははは! なるほど! 冒険者殺しダイン、その血の行く末を余と共に眺めたいと、そう申すか?』

『……というか、あの子どもが今おるのがこの新たな都市スクルザードなのだ』


 言って、魔猫イエスタデイが下界に目をやる。


『亡国の地に再度(そび)えしダンジョン塔。モスマン達の跡地に生えた迷宮を囲い、監視する人類の新たな砦。この迷宮を人類が攻略し始めたのだ。つまりここが此度こたびの盤上。単におぬしがこのダンジョン塔の上に、先回りし、居を構えていただけの話なのであるが?』

『ノホホホホォ! 未来を手繰り寄せし余の慧眼、恐れ入ったか?』

『まあよい。十五年ぶりの再会だ――共にあの血がどううつろうか、眺めようではないか――グルメでも楽しみながらニャ!』


 盤上を眺める遊戯者の顔で、魔猫イエスタデイは瞳をゆったりと閉じる。

 共同自由都市スクルザードの遥か上空、星夜の聖池の水面に下界の映像が浮かび上がり始める。

 魔猫イエスタデイの周囲には魔猫が侍り、その脇に献上されたグルメの山を積んでいく。


 親友を自称する手足短きマンチカン。

 ムルジル=ガダンガダン大王もペタペタペタと短い脚で座り直し、椅子を召喚。

 魔猫イエスタデイよりも更に高くグルメの山を積み上げ、ふふんと髯を揺らしていた。


 ナマズヘッドと自らの髯。

 両方で勝ち誇る友を見て。

 呆れた眼でイエスタデイが言う。


『貢ぎ物の量で張り合うでない……いちいち疲れる奴よのう。だから我は汝が苦手なのだ』

『ヌハハハハハハハ! すなわち余の勝ちであるな?』

『勝ちで良い。というか、全世界、種族を問わず賄賂を受け取る汝に、財の数で張り合おうとは思わぬわ』

『ほぉおぉぉぉぉ! 良き心がけだ。して、此度の子せがれ。どう動かすつもりであるか?』

『駒は自然な方が良き、まずは様子を見ようではないか』

『そして何かあれば躊躇なく干渉すると――』

『当然であろう? せいぜい我らの興をそそる動きを見せてくれると良いが――はて、どうなるか』


 言って、魔猫二匹が下界を見下ろす。

 そこに悪意はなく。善意もなく。

 あるのはただ、純粋な好奇心と暇つぶし。


 ムルジル=ガダンガダン大王が言う。


『しかし動きがなければ始まらんであろう。まずは余がダイスを振ろうぞ』

『波を起こすか。構わぬぞ――』


 イエスタデイ=ワンス=モアはそれを許容する。

 彼らは人類の敵でも味方でもない。

 魔物の敵でも味方でもない。


『デワハハハハハ! それではダイスロールである!』

『人類よ、せいぜい我らを楽しませてみせよ――』


 四星獣が見守る自由都市スクルザード。

 その多種多様な種族が人生をおりなす地にて、十五になった少年の物語が始まろうとしていた。




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