第043話、獣たちの盤上遊戯【ウィルドリア編エピローグ】
【SIDE:馬車道】
英雄として名を連ねる錬金術師ドググ=ラググ。
優しき蜥蜴人が四星獣イエスタデイ=ワンス=モアから授かった頼みを、女王に語り。
それが受諾されてから五年が過ぎていた。
ウィルドリアの街から遠く離れた北部。かつてモスマン帝国があった地よりもさらに北、人類の北砦と呼ばれる北部公国へと進むのは一台の馬車。
御者の男は子どもを乗せて、北へと進む。
子どもは五歳の器量の良い男の子。
少年は言う。
「ねえお父さん! もっと聞かせてよ! ドググ=ラググは何をお願いしたの! 中途半端なところで止められちゃったら分からないよ!」
「そうだな――すまない。少し、昔を思い出してしまって――」
御者の男は体に残る傷跡を撫でながら、馬車を巧みに操り言う。
「実はな。さっき語った悪い冒険者殺しのお腹の中には、その時――既に一つの魂が宿っていたらしいんだ。あぁ……っと、どうやって子どもができるとか、そういう話は、また今度だ」
「うん。僕知ってるよ! ネコさんがキャベツ畑から銜えて、コウノトリの背に乗って運んでくるんだよね?」
まだ当分聞かせられないなと、父は思う。
「……。それはヴェルザの街の伝説だろう。まあいいか。ともあれだ。ヒーラー魔猫は悪い冒険者殺しの最後の願いを叶える時に、その胎児を保護し、魔力の繭の中で温めちゃんと人間として、生まれさせてあげたらしい。ようするに、死ぬ前に子供を匿っていたってわけだ。神からその子を預かったドググ=ラググは、女王にお願いをした。その子の名付け親になってくれとな」
「名付け親? どうして?」
「女王が名を与えるという事は、ウィルドリアの王家に認められた正しき子である、そういう証明になるんだ。ステータス情報に称号が与えられ、後ろ盾になるだろう? 大人っていうのは、見栄っ張りだからな。そういう形式や称号を大事にするんだよ」
「ふーん、よく分からないや」
「いつか、おまえにも分かる日がくるさ」
そう言って、御者の男は子どもの頭を撫でる。
それはきっと世間の汚さや裏、駆け引きを知り始めた大人に近づいた時。
まだ五歳の子どもには早い。
いや、それとももっと伝えた方がいいのか。
突然父親になった男は考える。
どんな形であれ――御者の男は親としての役目を果たそうと思っていた。我が子を愛していたのだ。
親の顔を見る子どもが言う。
「でも、その子って人殺しの子どもなんでしょう? 大丈夫……、なのかな」
「親が悪い事をしていたとしても、子どもが悪いわけじゃないだろう?」
「でも、その悪い冒険者殺しって、ネコさんたちがいっぱいいるヴェルザの街の……ダインっていう悪い皇子様の子どもの血を引いているんでしょう? 僕知ってるよ。モスマン帝国とのたたかいを語ってる吟遊詩人さんの歌で聞いたもん。そんな子が今もどこかで生きているなんて、怖いと僕は思うよ」
「そう思うか。悪い親たちの子どもだから怖いって、そうだよな――」
御者の男は考え。
「でも、父さんも昔、悪い事をしたことがある。悪人だった、なんて言ったらどうする?」
「え?」
「そんな父さんの息子のおまえも、悪い奴だ! って、捕まえられちゃったら、それは悲しいと思わないか?」
「お父さん、悪い人だったの!?」
少年は驚くというよりは、目を輝かせている。
父が実は悪人だったら。
少年の頭の中には、義賊である怪盗や敵国に忍び込む間者を想像しているのだろう。
「例えばの話だ。ったく、おまえは誰に似たんだか……きっと、母さん似なんだろうな」
「お母さん、今でも僕を見守ってくれてるんだよね?」
「ああ、そうだろうな」
「それで! その子は女王様になんて名前を付けて貰ったの? 女王様なら、きっとすごい名前を付けたんだと思うんだ」
「それは他人に語っちゃあいけないことになっているんだ。もし、その子が悪人の子だって思われたら可哀そうだろう? だから、みだりに語ってはならない、そう取り決めがされたからな」
「ふーん。そうなんだ」
みだりってなんだろう。
そんな顔をしている少年を眺める御者の男は、ぎゅっと馬の手綱を握る。
「この話はそれでおしまいなの?」
「いや、まだ続きがある。四星獣イエスタデイ=ワンス=モアさまがお告げを神官たちに残したんだ。暇を持て余していた四星獣達は、その子に加護を与えたらしい。過去、現在、未来。そして記録。それぞれを司る四星獣が、一つずつ……その子に力を授けたのだとされているんだ。もしその子が道に迷うことなく、心の中で良きカルマを育て成長するのならば――いつか人類を代表とする英雄になるってな」
「カルマ?」
言われて御者の男は考え込む。
男自身も、あまり正しい言葉が見つからなかったのだろう。
「ああ、アレだ。良い事をすれば皆から感謝されるだろう? 悪い事をすれば皆から嫌がられるだろう? うん。そういうアレだ」
「よく分からないや。お父さん、説明苦手だよね。人を乗せて馬を走らせるお仕事なのに」
「心配するな、お前と暮らしていけるだけの稼ぎはちゃんとある」
「ねえ、もし悪いカルマが育っちゃったら、どうなるって言われてるの?」
少年の問いかけに、御者の男は答えられずにいた。
子どもだからこそ父親の空気の変化に気付いたのだろう。
だから少年は無垢なる声で話題を変えた。
「僕たち、どこに向かってるの?」
「あ、ああ。かつてモスマン帝国があった場所。そこのダンジョン塔から降りてくる魔物による侵攻を防ぐために、新しい街ができたんだ。そこに荷物を下ろしたら、そのまま北に向かう。わたしたちのことを誰も知らない、遠い場所に――」
まるで逃げるようだと、少年は思う。
「お父さん、本当に何か悪いことをしてたの?」
「そうだな。少しだけ、悪い事をしていたかもしれないな」
「でも、僕。お父さんのことが好きだから。心配ないよ。いつか、お父さんよりも強くなって、守ってあげるよ!」
「そうだな。お前はきっと強くなるだろうな――」
既にその片鱗を見せている少年。
御者の男は、もう一度その少年の頭を優しく撫でていた。
「本当に、お前は強くなるだろうな。だからな、利用しようとしてくる奴もでてくるかもしれない。父さんはそれが嫌なんだ。お前にはお前の人生を歩んで欲しいと思っている。だから一緒に誰も知らない場所に行こう」
「それは無理じゃないかな」
瞳を神秘的な色に染め上げる少年は言った。
「だって、僕をずっと眺めているネコさんとパンダさんと、あとよく分からない獣が二人いるよ。いつも、ずっと、僕を眺めているよ。だから、誰も知らない場所なんて、ないと僕は思うよ」
「その……獣さん達はお前になんて言ってるんだ」
ごくりと息を呑む父親に、少年が言う。
「僕には直接はなにもいわないよ。でも、四人とも友達みたいなんだけど、僕をどう動かすか、動かさないか。どう成長させるか、手を加えないで見守る……? べきか、お酒とご飯を食べながら相談しているよ。でも、みんなの意見は違うけど、心は決まっているんだって。ああ、おまえがどう成長するか。我らの関心は今、そこにある。そういって、じっといつでも見ているんだ」
息子の言葉に父親は、下を向き。
力強く、我が子の身体を抱き寄せた。
「どうか。この子が成長するまでは、どうか――」
「お父さん? お馬さんの手綱を放したら危ないよ?」
父に代わり、小さな手が手綱を握っている。
少年は既に習得している馬使いのスキルを発動させ、親より巧みに馬車を操っていたのだ。
「ああ、ごめんよ。神様にお願いしていたんだ。おまえが自分の意志でちゃんと大人になるまで、見守るだけにしてくださいって」
少年が言う。
「うん、分かったって! ネコさんが他の三人を肉球で押さえつけて、ニコニコしながら頷いているよ!」
「そうか――分かってくださったのか……」
親子を知らぬ国へと、馬車は進む。
四星獣が加護を授けた神の子。
その新たな信仰から逃れるための道を進む。
きっと少年は、将来この盤上を動かす大きな駒となるのだろう。
望まずとも、英雄と。あるいはその真逆の悪として語られる存在となるのだろう。
しかし、今だけは――。
御者の男は思ったのだ。
あの哀れな殺戮者が掴むことのできなかった普通の生活を、営みを少年に与え。
親として、愛してやろうと。
そう思い、北へ、北へと向かった――。
【終】
▽明日から次章更新開始予定。
※基本一日一回、
更新時間は固定ではなくバラバラになると思います。
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