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第042話、女王の帰還【謁見の間】


 【SIDE:ウィルドリア王宮】


 モスマン帝国との突発的な戦争が終結した人類の街。

 ウィルドリア。

 その王宮では現在、謁見が行われていた。玉座の間で女王に頭を下げていたのは、一人のリザードマン。

 彼こそが天才錬金術師ドググ=ラググ。

 四星獣イエスタデイ=ワンス=モアと四星獣ナウナウ、二柱の神の加護を受けし陽気な冒険者。開発途中ではあるが、確実な効果をもたらす量産型エリクシールの試作品を研究、献上した蜥蜴人である。


 先日イエスタデイ=ワンス=モアが顕現した玉座に鎮座しているのは、たおやかな女王。

 謁見を希望するドググ=ラググのため、多忙なる女王が動いたのだった。

 祈祷から帰還したばかりの女王との謁見が許されたのは、ドググ=ラググの多大なる功績が大きいのだろう。


 理由は様々。

 ドググ=ラググがいなければ回復薬の使用すらできない。生活必需品のほとんどにドググ=ラググの技術が使われている。生活と寄り添った錬金術まで扱える彼の消失で、民たちは思い知ったのだろう。

 そしてなにより、モスマン帝国への奇襲作戦で負傷した者達の回復に、タイミングよく帰還したドググ=ラググの回復薬が多大な貢献を果たした。

 命を燃やし、モスマン帝国皇帝マスラ=モス=キートニアを討った老剣士イザール、その深き傷が完治したのもドググ=ラググのおかげ。

 もはや王宮の者達も知っている、ウィルドリアの冒険者達は昔から知っていた。心優しいリザードマンの功績を。


 だから、女王との対談が許された。

 それほどに追放してしまったことで起きた弊害は大きかった。

 取り計らった家臣たちの心に、女王に会う事が望みならば、その機嫌を取っておきたい――そんな打算もあったことは否定できないだろう。


 鱗の頭を輝かせ、ドググ=ラググが下げていた頭を上げる。

 瞳をキラキラと輝かせ、蜥蜴人は女王に言う。


「お久しぶりでございます! 姫様! 姫様!」

「変わりないようですね、ドググ=ラググ。優しきリザードマンの冒険者。今回の件、全てログで確認いたしました――そして同時に、ログの改竄があった事も……スカーマン=ダイナックの件も全て、参考人の方から話を伺っております。全てはわたくしの配慮が足りなかった事から発生した、あなたへの不当な扱い。本当に、申し訳なく思っております」

「姫様が頭を下げる必要はないのだ! 人類は過ちをおかし成長する生き物だとネコ師匠も言っていた! 反省する心があるのなら、きっといつか、星の空へと辿り着くとも!」


 旧知の仲のようだと、家臣たちは動揺する。

 同席する冒険者、狩人アークトゥルス、双子姉妹レインカレンも初耳だったらしく、ぎょっと顔をこわばらせている。

 ドググ=ラググの正式な謁見用のマントの裾を、グググっと引っ張るアークトゥルスが、小声で敬語っ、敬語……っと慌てているが。


「構いませんよ、一度に三十の魔を祓う剛弓の狩人アークトゥルス。ドググ=ラググ、彼とは昔馴染みなのです」

「そ、そうなのですか……っ」

「おう! そうなのだ! 姫様は吾輩の恩人なのだ! 道に迷っていた吾輩に錬金術の道を勧めてくれたのが、何を隠そう姫様なのだ! まだ何もできなかった吾輩にすら声をかけて下さった魔女姫様、キジジ=ジキキ姫なのだ!」


 そう。

 謁見を求めた理由は恩返し。

 かつてリザードマン故に錬金術への道を閉ざされ、未来に揺れていたドググ=ラググ。

 皆が言うように戦士になるしかないと尻尾を震わせていた彼に、”なりたいのならば錬金術師になればいいじゃないですか”――と、優しく後押しした王族こそが彼女。

 西大陸と呼ばれし国ウィルドリア。

 大規模遠征のための祈祷に集中していたウィルドリア女王、高潔なる魔女王キジジ=ジキキだったのである。


 女王が帰還したのはつい先日、モスマン帝国との戦いも全てが終わった後であった。

 かつて姫だった彼女はもう齢七十。

 さすがにオバちゃんというには歳を取り過ぎましたねと、普段は微笑む女王。キジジ=ジキキは冒険者職業としても魔女だからであろう、いまだに美魔女と呼ばれるほどに美しい気高さがあった。


「とても懐かしい昔のお話。けれど、もしあの一言がドググ=ラググ、あなたの運命を前向きに進めてあげることができたのなら。わたくしは過去のわたくしを褒めてあげたいぐらいですね――本当に、本当に立派になりましたね。ドググ=ラググ」

「姫様もとても綺麗になられた! 美しい、ピカピカな姫様なのだ!」

「ふふふふ、わたくしはもうお婆ちゃんですよ」


 談笑は温かい空気を生んでいる。

 しかし、ドググ=ラググを陥れようとしていた王宮の錬金術師たちは、気が気ではなかっただろう。

 つぅっと瞳を細めた魔女姫だった娘は、女王としての顔になり。


「さて――皆が集まっているので、ここではっきりと宣言しておきます。此度の件の裏、錬金術師ドググ=ラググから回復薬の権利を奪おうとした計画があったのではないかと、わたくしは判断しております。今は大きな戦いが終わったばかり、ダンジョン塔への大規模遠征は中止となれど、新しく生まれたモスマン帝国跡のダンジョン塔の監視もしなくてはならないでしょう。ことを大きくしたくはありません。なので、どうか――もし私欲から、ドググ=ラググの指名手配に協力した臣下がいるのでしたら。どうか――お願いでございます。現時刻より三日後までに自己申告をしてください。素直に名乗り出れば命までは取りません、これからもっと人手が必要になるのですから。もちろん、降格や減給。内容次第では追放もありえるでしょう。しかし、命は取りません。家族のこの国への定住も許します。なれど――猶予の中で名乗り出ることがないのなら」


 女王は膨大な魔力をもって、魔導契約書を顕現させ。


「厳罰に処します」


 魔女王キジジ=ジキキの本気を感じさせる、魔力を孕んだ冷たい美貌が謁見の間を包んでいた。

 冒険者は知っていた。

 キジジ=ジキキ女王陛下こそが、このウィルドリアの最強戦力であると。

 アークトゥルスや双子姉妹は頬に汗を浮かべている。おそらく、ドググ=ラググ指名手配に協力した臣下たちはもっと冷や汗を掻いているだろう。女王は優しいが、優しいだけではないと知っているからだ。


 厳しくも優しい女王の不在だからこそ起こった事件とも言えるだろう。

 遠征のための祈祷とはいえ、国を長く空けてしまった――その失態を女王は深く自覚していた。だからこそ、その瞳は厳格となっている。

 凍てついた空気の中、口を開いたのは蜥蜴人。

 張本人のドググ=ラググだった。


「何の話なのだ? 吾輩は分からんのだ! アークトゥルス、分かるのか?」

「やった事へのけじめっつーか……まあ、なんだ。おまえにはたぶん、ずっと分からない話だよ」

「そうか! 分からんのだ!」


 能天気な声だった。

 皆の視線がドググ=ラググに向く中。下を向いている者は、加担していた者だろうと老剣士イザールは判断していたようだ。

 苦笑した女王が言う。


「国も、世界も変わっていく中……ドググ=ラググ、あなただけは変わりませんね――むろん、悪い意味ではありませんよ。あの日のまま、綺麗な心で――。見なくてはいけない人の弱さ、その責任を裁かなくてはならない……老いさらばえていくわたくしには……とても輝いて見えます」

「姫様どうしたのだ?」

「申し訳ありません。今のは少し甘えた発言だったでしょう。どうか、忘れて下さいませ」


 過去を懐かしむ女王の顔は優しかった。

 けれど、すぐにそれは鋭く厳格な王者の顔に変わる。

 これからやらないといけないことは多くある。国としての秩序を守るためにも――。

 御者の男が明かしたログ改竄技術や、一人の天才に支えられている回復薬の現状。そしてなにより、新たなダンジョン塔の事は他国にも相談しなくてはならないだろう。

 まずはログ改竄を見破る技術の開発が必須か。

 考えなくてはいけないことは本当に、山ほどにある。

 だがその前に、功労者達にはそれに見合った対応をするべき。


 空気を切り替え女王が言う。


「錬金術師ドググ=ラググ。新たなる上位回復薬の開発、及び今までの貢献に対して、あなたに報奨を与えようと国では考えております。そして冒険者の皆さま。特に剛弓の狩人アークトゥルス、神の御楯、聖騎士レイン。紅蓮の魔術師カレン。ドググ=ラググを守ってくださり、モスマン帝国との戦争においても活躍されたあなたがたには、頭が上がらないほどの、感謝を言葉で示せないほどの恩があると、わたくしは考えております。それ相応の報奨をお約束させていただきます。異論はありませんね?」


 戦術師シャルル=ド=ルシャシャと老剣士イザールに目をやる女王。

 その問いかけに、二人は静かに頭を下げる。

 ドググ=ラググは言った。


「ならば、お願いがあるのだ! ネコ師匠から頼まれたことがあるのだ!」

「イエスタデイ様から、ですか!?」


 皆に動揺が広がる。

 あの神の事は既に全員が知っている。

 その偉大さも心の広さも、同時に怖さも。

 畏怖と感謝が同時に存在する、それこそが信仰なのかもしれないが――。


 皆の反応を気にせず。

 ドググ=ラググは語りだした。



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