第030話、ゴミの中とて我は進む!【ウィルドリアの街】
【SIDE:ウィルドリア冒険者ギルド組】
追われていながらも心は錦。
魔猫イエスタデイは後悔などしていなかった。
ふわふわなモフ毛は今、でっかい蜥蜴人間と共に隠れるゴミ収集場の穢れで汚れている。
自慢の毛だ。
毎日、しっぺしっぺと念入りに毛繕いし、獣毛を膨らませようと太陽を浴び、手入れを欠かさず綺麗にしているネコもふ毛なのだ。
けれど、その自慢の毛にはバナナの皮がべっちょりとついているし、なんなら齧りかけのリンゴの汁が、べにょーんと膨らませたモフ毛を萎えさせている。
それでも賢き彼は思ったのだ。
――泥も滴る良い魔猫。つまり、今の我、とっても輝いているのでは?
と。
追跡してくる衛兵の足に永久鈍足の逆ヒールを掛けつつ、こうも思う。
――今回の騒動……我がエリクシールを大量にくれてやったせいだしのう……。仕方あるまい。それに、我らを追う人類との追いかけっこと、かくれんぼ、これはなかなかに興味深い♪
と。
いたかぁ!? 探せ! 絶対にこの辺りにいる筈だ!
そんな追手の声に、永久暗闇の逆ヒールを掛けつつ魔猫はむふー!
そう。
指名手配された魔猫と蜥蜴は、コソコソコソと衛兵から逃げながらも、結構、状況を楽しんでいたのである。
それは本当に突然だった。
急ぎエリクシール泥棒を追おうと街のグルメ料理屋を制覇し、宿から宿へ渡り歩き、宿の看板メニューも制覇した――そんな矢先の出来事。
グルメ料理屋二周目に移ろうかと、口の周りをじゅるりと舌で舐め上げた時。
手配書を持った衛兵がやってきて――。
「まさか、いきなり襲われるとはな! がははははは! どうしたらいいのだろう!?」
『これ、ドググ=ラググ。あまり大きな声を立てるでない。我が五十年前習得した潜伏スキルは声までは消せぬのだ』
「おう! そうなのか! だったら吾輩、黙っているぞ!」
悪かった! 悪かった!
そう、尻尾をゴミ箱の中でダンダンと揺らす蜥蜴人に魔猫は呆れの息。
だが、なんだかんだで魔猫はかなりこのリザードマン、ドググ=ラググを気に入っているようだった。
『しかし、この五十年でログの改竄技術が開発されていたとは。人間どもめ、ダンジョン塔攻略の知識ではなく、無駄な技術を伸ばしおってからに。だからいつまで経っても塔を攻略できぬのだろうて』
「イエスタデイ師匠、ちょっといいか!?」
いつのまにか師匠呼びになっていたのは、グルメ巡りの最中に、エリクシールの開発者の正体が発覚したからだろう。
それは回復の神の領域。
すなわち、当然、魔猫イエスタデイである。
『うむ、よろしい。聞きたいことがあるのなら素直に聞くその姿勢、嫌いではないぞ』
「なぜ師匠は吾輩を信じてくれるのだ? 街の連中は、やっぱりあのトカゲだと剣や槍を持ち追いかけてくる。けれど師匠はそうしない。むしろ吾輩を助けようと、こうして共に行動してくれる。吾輩にはそこまでして貰える価値はない。合理性に欠ける。そう思うのだが!?」
『ぶにゃははははは! 明るいわりに卑屈な奴よのう!』
魔猫はビシっとゴミ箱から顔を出し。
首だけで振り返り、ニヤリ!
『おぬしが馬鹿と言えるほどに純粋だからであろうな』
「ネコ師匠は馬鹿が好きということか!」
『……。おぬしは、本当に錬金術以外の事はアレだのう……』
言いながらも二人はゴミ箱を魔術で移動させる。
ゴミ箱に錬金術で作り出した人工霊魂を憑依させ、簡易的な石人形へと作り替えていたのだ。
見た目はゴミ箱列車。
当然、街の中でかなり目立ってしまうはずなのだが、何故か誰も彼らを気にしない。
これも二人の錬金術研究の賜物だった。
中級以上の冒険者で、なおかつ勘の鋭い者なら見えているかもしれない。
けれど、彼らを探す街の衛兵の目は誤魔化せている。
その秘密はゴミ箱ゴーレム自身。
『簡易的なゴーレムであってもスキル習得は可能。故に、作成時に錬金術を交え潜伏スキルを習得させ、自動使用をセットするか。大義であるぞドググ=ラググ。人類史において、まだ開発されていない錬金術の応用であるな。にょほほほほ! これだから人類の発想は面白い、我も観察をやめられん!』
「お褒めにあずかり光栄です。なれど、師匠の魔術コントロールのおかげであります故。吾輩の功績など、ほぼ皆無に等しいかと」
キリっと凛々しく答えたドググ=ラググ。
そのギャップに頬を掻きながら。
『錬金術の時だけ理知的になるのは分かるが。その状態の維持はできんのか?』
「おう! アークトゥルスにもよく言われるのだ! だが、無理だったのだ!」
『であろうな。さて、アークトゥルスがうまく動いていると良いのだが――ログ改竄などおそらくまだ世界で認知されておらん。説得は無理であろうて』
「我々はこれからどうするのだ!」
『そうさのう――我は安全な場所を一つ知っておる。そこならばおぬしも錬金術の研究ができよう』
魔猫は街の中央にある城。
その更に上に聳える、天を貫くダンジョン塔に目をやり。
『久方ぶりに、あの腹黒モフモフにでも会いに行くとするか』
「ダンジョン塔にであるか?」
『うむ、ナウナウは今この地にいる。ならばおそらくは――』
言って、魔猫イエスタデイは魔法陣を展開した。
光が、雲を貫き天へと昇ったのだ。
天へと昇る中。
魔猫は後ろ足を伸ばし、きゅきゅきゅっと肉球についた泥を下とす。指と指の間に挟まったゴミも、うにゅにゅっと払い、それらが見事にとある形を作っていた。
それは錬金術の基礎魔法陣。
ただし、大きさは都市を覆うほどの規模だった。
魔猫特製。ゴミの大魔法陣による、とある嫌がらせが発生したことを、無垢なるドググ=ラググは知らない。
◇
魔猫と蜥蜴人が安全な場所へと逃げている。
そんな逃走劇の裏。
ドググ=ラググの無罪を知っているギルドの面々は、彼らの指名手配を解こうと動いていた。
この街で唯一の味方、魔猫イエスタデイとドググ=ラググにとっては仲間といえる存在。
それがあのギルドの冒険者たち。
衛兵の詰め所に抗議しに怒鳴り込んだのは、上位冒険者にして狩人のアークトゥルス。
そして、一人だけ、今の事態がどれほどに危険かを知っている魔術師、双子姉妹の姉カレン。
カレンは思う。
――四星獣ナウナウが水遊びしてるってだけで大変なのに。今度は四星獣イエスタデイを冤罪で指名手配? 冗談じゃないわよ。国どころか、大陸が一つ吹き飛ぶわよ?
と、かなり肝を冷やしているのだが。
抗議を受けた詰め所の衛兵の反応は鈍い。
その中の詰め所リーダー、衛兵長の男が大義名分を振りかざし、ドンと机を叩き。
「あんたらがどれだけ国に貢献しているかは知っている。上位冒険者だって事もな。だがな! 証拠があるのだ。仕方ないだろう!」
「だから、その証拠が捏造だって言ってるのが分からねえのか!?」
机を叩き返すのは、髪を後ろに結ぶ狩人アークトゥルス。
彼は本気で怒っていた。
せっかく無事だった友を、今度は冤罪で失おうとしている。
そんなことは彼の中の正義と、義理と友情が許さない。
だからこうやって、正面から抗議をしにやってきたのだが――。
衛兵長がムスっとしたまま答えていた。
「そうはいうがな! 報告者には短刀を使われた傷があった! それも上位冒険者クラスの存在からの傷だ。そして、我らはこの街一番の短刀使いを知っている」
「それがドググ=ラググだって言いたいのか!」
「ログがあるのだ、疑いようがないだろう」
「だいたいそのログはどこから手に入れたっていうんだ! ああん!? 船頭に括りつけられた女神像は船と一緒に沈んだんだろう!?」
「だから、生き残りがいたのだと何度も言っているだろうが! 生存者のログだ。疑いようがない」
「じゃあその生き残りを連れてきな! 俺が直接確かめてやる!」
「こちらには証言者を守る義務がある!」
ぐぬぬぬぬぬっと、二人の男がいがみ合う。
どちらも言っていることは曲げようがない。
自分の正義を貫いているだけ。
だからこそ、話が混じり合う事はない。そんな中、魔術師カレンは冷静であった。
一つ、手を打ったのだ。
「アークトゥルス。もういいでしょう。それくらいにしておきなさい」
「しかしだな!」
「無駄よ、ログの改竄は今の技術ではまだ証明できない。そして衛兵長、あなたの意見も分かったわ。話は平行線のまま終わらない。なら、いいわ――。悪いけれど、大規模遠征の件、双子姉妹は辞退すると伝えておいて頂戴」
話を聞いていた他の衛兵もぎょっと顔を青くさせる。
「な、何をおっしゃるのですか!」
「当然でしょう。信用できない相手と遠征なんてできる筈がない。アークトゥルス、あなたはどうするの」
「俺も同じだ。国だか何だか知らねえが勝手にやってな」
「そういうことだから、それじゃあね」
駆け引き上手な魔術師は、アークトゥルスを引き連れその場を後にする。
それはある意味で本音でもあったので、言葉には重みがあったのだろう。
衛兵長が慌てて追ってくる。
「お待ちください! この作戦にはあなた方の力が必須だと分かっている筈でしょう?」
「仕方ないでしょう」
「ギルドを除名されることになるかもしれませんよ」
脅しだったのだろう。
しかし、そんな脅しが通用するのは格下だけの話。
アークトゥルスもカレンも毅然としたまま。
「そうすればいいんじゃない? それならそれで、こちらはヴェルザの街のギルドにでも移籍するだけよ。悪いけれど、こっちは優秀なの。引く手あまたって言葉、ご存じかしら?」
「し、しかし!」
「そうね――まああなたたちも仕事なんでしょうから仕方ないけど。せめて再調査ぐらいしてみたらどうかしら?」
言って、女魔術師は優雅にその場を後にした。
……。
連れの狩人が、思い切りガンをつけていなかったら、それなりに綺麗な退場シーンであっただろう。
詰め所を後にしたアークトゥルスが言う。
「これじゃあ、ドググ=ラググを連れ戻すことなんてできそうにねえな。ったく、それにしてもあいつら、今どこにいるんだ」
「それなら魔術通信が入っているわ。安全な場所に連れていくそうよ」
眉間に深い皺を刻み、狩人アークトゥルスが叫んでいた。
「安全な場所!? そんな場所どこにもねえだろう!」
「ああ、もう! 耳元で騒がないで頂戴!」
「わ、わりぃ」
「本当に安全な場所らしいから、問題ないわよ」
「おまえは知っているのか」
「場所は知らないけど誰に会いに行ったのかは知っているわ」
一人、この街の危機を知る女魔術師カレンは、空を見上げて唇を動かしていた。
「四星獣ナウナウのところよ」
天に向かい光の柱が伸び。
嫌がらせのように――。
我らは無実である! と、看板を掲げた大量の生ゴミ石人形がウィルドリアの街を襲撃したのは、ちょうどそのときの事だった。




