第003話、所持金半額の原理【SIDE:女盗賊メザイア】
【SIDE:女盗賊メザイア】
▽ダンジョン十五階、坑道ダンジョン層。
掘れる鉱石で、亜人系の魔物が武装した危険なエリア。
周囲には乾いた鉄の香りが漂っている。
しかし、辺りはなぜか安全だった。
この変なネコに助けられたと察した女盗賊。
メザイアは腕を伸ばし、自らの脇腹に指を這わせていた。
体は恐ろしい程に冷えているが、徐々に熱を取り戻し始めている。
辿る指先に致命傷は……なし。
ステータスと呼ばれる、自分の状態を数値化させる技能を使い確認する。
やはり、体力ゲージがマックスになっている。
――うわ……まじ? この猫が癒したってことよね?
というか、限界を超えて回復している。
上級冒険者であるメザイアには一つ、思い当たることがあった。
おそらくは――。
”限界突破治療”。
被術者の最大体力の限界を超えて回復させる大規模儀式魔術。
彼女は以前、大規模ダンジョン攻略パーティに参加した時に一度だけ、この魔術を見たことがあったのだ。
――この猫、なにもの?
服だけが傷だらけのメザイア、その頬に汗が伝う。
少なくとも自分より高レベルの存在だという事は理解できる。
状況的に考えて、助けられたのは確実。
メザイアは精一杯の笑顔を作っていた。
「助けられたようね、どうもありがとう。ところで……あなた、もしかして回復職だったの?」
『ぶにゃははははは! だから言ったであろう! 癒されるであろう、とニャ!』
陽気に笑うネコは、そのまま最上位僧侶職の扱う”魔物避けの結界”を張り。
褒めて欲しそうにヒゲをピンピンにさせている。
メザイアは悩む。この間の抜けたタヌキみたいなネコが、……どういうこと?
それでも助けられたことは間違いない。
彼女は心からの感謝を込めて、頭を下げていた。
「本当に助かったわ、あたしはメザイア。女盗賊としてはそれなりに名が知られているんですけど。えーと、あなた……、お名前は?」
『うむ、よくぞ聞いてくれたのだ!』
うにゃっと目を見開いて。
わざわざ照明の魔術を頭上に浮かべて、二足歩行になったネコがふふーん!
モフ毛を光らせ宣言する。
『こほん! 我の名はイエスタデイ。イエスタデイ=ワンス=モア! 魔猫にして、麗しきラグドール。癒しを生業とする、しがない旅のネコでございますよ、お嬢さん!』
イエスタデイ。
その名に聞き覚えのない女盗賊メザイアは、謎のネコに目をやり。
「イエスタデイちゃんね。それにしても、凄いわねえ。あなた。その結界って、司祭とか司教とか、そういう国で抱えられている上位職の魔術でしょう?」
『さあ、どうであろうかのう。人間どもの扱う魔術について、我は詳しくないのでな』
誤魔化しているのではなく、本当に知らない。
文化の違い、というか種族の違いによる差だろう。
メザイアは微笑し。
「で、どうしても疑問なんですけど。いい?」
『淑女には優しくせよというのがネコ界のマナー。よろしいですよ、さあどうぞお嬢さん』
「あたし、死んでたわよね? なんで生きてるの?」
魔猫イエスタデイは考え込み。
『人間たちの言う所の死、という状態がどれを示すのかは分かりませぬが。あなたはまだ我が”癒しの肉球”で回復しきれる状態であったという事でしょう。街に降りてしばらく観察していたのですが――申し訳ありませんが、我らネコとあなたがた人間は文化が違い過ぎる。我は翻訳魔術で意思疎通を図っておりますが、同じ言葉であっても齟齬がある可能性が高いかと』
「えーと、ごめん……あたし、難しい話とかよく分からないかも?」
魔猫イエスタデイが、ああ、脳筋か。
そんな顔をしている。
『ともあれ、良かった。我はあなたを探していたのです』
「あたしを?」
『ええ、あなたと別れた後で食した焼き鳥は実に美味でありました♪ いやあ、実に、実に、良き良き♪ で! もう一度、焼き鳥代をおねだりしにギルドとやらの扉を破り強制突入したら、あなたがいないではありませんか。受付娘の話ではダンジョン塔に入ったまま帰ってこないと。故に! ここまでお金をたかりに来たのです!』
言って、魔猫イエスタデイはもふっと手を差し出していた。
黒い足袋を履いているような、グラデーションの猫手。
その手がクイクイと動いている。
『さて治療費をプリーズ。ワンスモア。我は焼き鳥が食べたいのです』
「って! あんた! まさか焼き鳥代が欲しいってだけで、こんなダンジョンの奥まで入ってきて、しかもあたしを探してたって事!?」
『いかにも! ぶにゃはははははは! 淑女と言えど、治療費の踏み倒しは許しませぬぞ!』
やーきとり! やーきとり!
と、魔猫が一人で大合唱。
どんなネコだとメザイアはドン引きである。
しかし。
「助けられたんだし、報酬は払うわ。というか、動かないあたしの荷物から奪っていけばよかったんじゃないの? いや、そうされたら困ってたけどさあ」
『我はネコ紳士でありますからな、そーいう卑怯な手は減点でございまする』
我は紳士、とドヤる魔猫の手にメザイアは所持金の半分を手渡した。
▽魔猫イエスタデイは報酬を手に入れた。
またもや上位職が扱う、アイテム収納亜空間スキルで金を回収し、魔猫が言う。
『時にお嬢さん、これで焼き鳥はどれくらい買えるのでしょうか。我は焼き鳥パックと呼ばれる至宝、美味を容器に詰め合わせて販売している露店を目にしました。あれは買えますかな?』
「……店ごと買えるぐらいにはあるわよ」
『おや、それはそれは! ……。ぶにゃ!? 店ごと!? 良いのか! 良いのか! 我、そんなに貰ってもよいのか!』
興奮すると魔術翻訳が乱れるのか。
口調がかなり紳士とは遠のいていた。
メザイアの周囲をダダダダダ! 尻尾を立てて走り回る魔猫イエスタデイに、彼女が言う。
「あのまま死んでたらあたしは終わりだったし? だったら感謝に所持金の半分ぐらいは安いもんよ」
『そういう事ならば遠慮なくいただくニャ~♪』
「ところであなた、ヴェルザの街から来たのよね?」
『いかにも』
「五人組の……えーと、いかにも下卑た山賊ですみたいな連中みなかった?」
魔猫イエスタデイは記憶を辿るように、目線を上に向け。
『ええ、おそらくですが。あなたがいなくなった後に、ダンジョン塔から降りてきた筈でありますよ。なんでもあなたに魔物を押し付けられて、殺されそうになったと吹聴していた連中でしょう』
「は!? あいつらっ、立場が逆じゃない!」
『ふむ――街に流れている噂とは違いますな。どういう事情か、お聞かせ願えますかな?』
▽女盗賊メザイアは事情を説明した。