第027話、戦場、ギルドウォーズ!【冒険者ギルド】
【SIDE:ウィルドリア冒険者ギルド】
訃報に沈んでいた冒険者ギルド。
友を喪い、酒に溺れていた筈の狩人アークトゥルスは、思わず立ち上がっていた。
そこにいつもと変わらぬ陽気で無垢なリザードマンの姿があったからだ。
驚愕はギルドの皆も同じだったのだろう。
皆が皆。
え、どうして――と、声を漏らしている。
そこに敵意はない。しかし、確かな困惑が広がっている。
生存が絶望過ぎる者がそこに立っていた。
それがギルドに沈黙を与えていたのである。
その中で真っ先に声を上げたのはやはり、友を大事と思っていたアークトゥルス。
後ろに結んだ髪を揺らす男の声がギルドに響く。
「な……っ、ドググ=ラググ! おめえ! な、なんで生きてやがるんだ!」
「おう! アークトゥルスではないか! 吾輩、華麗に帰還であるぞ!」
能天気なリザードマンが、がはははは!
その呑気さにイラっとしたのだろう、アークトゥルスが唸っていた。
「帰還であるぞ、じゃねえだろうっ」
「何を怒っておるのだ。この通り、おまえの友は元気いっぱいなのだぞ! さあ、再会の宴なのだ! マスター! ギルド食堂のメニューを全部、一通り! フルコースでオーダーなのだ!」
「いや、おめえなあ……! んな尻尾を振ってたってマジで、わけがわからねえし……俺がどれだけ心配して……。ってか、なんだ、その……荷物は。タヌキかぁ?」
呑気に尻尾でダンダンと、リズムを取るドググ=ラググの後ろ。
なにかがモゾっと動いていたのだ。
背荷物に、うにゅっと掴まり乗っているネコである。
ネコは、フルコース!? と、鼻をスンスン、料理の香りを追うように、ぶにゃ~っ。
『フルコース! なんと甘美な響きよ、我の再臨にふさわしき肉の祭り。ぶにゃはははははは! 楽しみであるな~!』
そういって、にょこっと顔を出したのは――魔獣。
太陽で良く膨らませた白毛布に、ココアを垂らしたような猫だった。
魔道具屋の店主がよく使っている、埃拭きのふわふわ魔道具に似た尾が、ファッサファッサと揺れていた。
だが。
アークトゥルスはぎょっとしていた。
彼は思う。
――に、肉の祭りだと……っ、こいつ。
ドググ=ラググを操り、人間を殺し、肉の宴と称し餌としようとしている敵か!?
と。
そう、彼は酔っていたのである。
しかしぎょっとしていたのは酒に酔い、思い込みが激しくなっている彼だけではない。
中層まで攻略できる上級冒険者ならば、その違和感を理解できたのだろう。
この猫は何かがおかしかった。
見た目はカワイイ動物だ。
外見から受ける強さの印象も――ダンジョンの低層に徘徊する、ジャイアントラットとそう大差ないように見える。
けれど、よくよく見ると――小さな体の中に、とてつもない魔力を抱えている。
ネコはうにゃ~っと目を輝かせ。
ふわふわとした獣毛から、並々ならぬ力を滾らせ。
朗々と宣言する。
『我を讃えよ! ネコを讃えよ! この尊き名を告げよ! ネコこそが、この世界の支配者であると!』
ででーん!
ネコが両手を上げて、ぶにゃははははは!
それとまったく同じ動作で、ドググ=ラググが、ふははははははは!
「何だか知らぬが、声を出すのは気持ちいいのだ!」
『であろう!? さあ、ネコを讃えよ人類よ! 我を賛美し、称賛せよ! 許す、さあ! 我を見よ!』
ドググ=ラググはもはや精神汚染状態。
そうに決まっている。
混乱しつつあるアークトゥルスは思った。
――まったく同じ動き!? やはり、操られている!?
実際はどうあれ、目の前で称賛を求める猫の魔力に興味を持つ者がいた。
酒場で酒を飲んでいた、腕に覚えがある冒険者だろう。
それは女聖騎士と女魔術師。
よく似た顔の双子の女性冒険者だった。騎士鎧を纏う女の方が言う。
「姉さん、なんだい、あれ……旅一座、じゃないよね。ドググ=ラググがいるし……てか、生きてたんだ。彼」
「まあ、噂なんてそんなものじゃなくって? でも、問題はあの魔猫ね」
「魔猫? 姉さんは何か知っているのかい」
「ほら、魔猫っていえばあるでしょう? ヴェルザの街のヒーラーで有名な」
「ああ、グルメさえ貢いで丁寧に土下座すれば……街の猫が、どんな傷も状態異常も治してくれるっていう、聖地。あの永遠なる幼女教皇マギ様が治める国の――それならこの魔力も理解できるけど……」
「そうね、ちょっと異常ね。この子」
マギという言葉に、魔猫の耳がうにょっと跳ねる。
観察眼の鋭い者は、やはりヴェルザの街の関係者かと悟ったようだ。
女魔術師の方が言う。
「まあ、でもそうね。分からないなら、見ればいい。そうでしょう? 我は汝を覗き見る者なり、以下詠唱破棄っと、まあ、こんなもんでいいでしょう」
気怠い空気で唇から舌を覗かせた、詠唱が走る。
魔術師姿の女の方が、短縮詠唱のスキルを発動させたうえで鑑定の魔術を発動させていたのだ。
しかし。
それはパキンと弾かれ、レジスト。
「きゃ……っ!? な、なに!?」
『未熟な』
「なっ、姉さんの鑑定が弾かれた!?」
それは状況を眺めていたモノにとっても驚愕となって迎え入れられたのか。
ギルドの誰かの喉から声がでる。
ぞっと体を震わせる、気弱そうな青年ウェイターだった。
「な、なんなんですかっ。あの魔力……っ。アークトゥルスさんっ」
「知らねえよ」
「いつもの聞いてもいないのに、自慢げに語り続ける雄弁はどうしたんですか!?」
「うるせえっ……俺にだって分からないことはあるっ。こんなやつ……っ、初めて見たんだよ。なんかこいつ、ぜってえヤベエ奴だぞ!」
言いながらもアークトゥルスの瞳が狩人の技、”博識フクロウの眼光”を発動させていた。
瞳に捉えた相手の鑑定を行う、魔力を伴わない簡易鑑定スキルである。
魔物のレベルや、職業。簡単なステータス情報を表示する一般的な鑑定と効果も同じだったが。
「ちっ……弾かれやがった」
『ぶぶぶぶぶ、未熟者め――!』
やはり失敗である。
上位冒険者の鑑定を二つ、魔力と魔力無しでの鑑定をそれぞれレジストしたのだ。
その時点で既におかしい。
ドググ=ラググが連れてきたソレは、あきらかに常識を逸していた。
「ひよっこども、死にたくねえなら全員逃げろ!」
初見で魔猫の脅威に気付いた者は少なかった。
だがさすがに今の一声で気付いた者が大半だろう。
上位冒険者たちが動揺している。
それは徐々に混乱の状態異常となってギルド内に広がっていく。
『ほう、我の隠しきれぬ”すごさ”に気付くか! よいよい。五十年の時で、人類も少しは進歩をしたということか。弱き者の成長はじつによい。だから人類観察は止められん』
フロアボス。エリアボス。
呼ばれ方は様々にあるが、これはダンジョン塔の要所を守り、一定間隔で復活するとされる――いわゆるボスと同格の存在か。
ここにいる者は皆、そんな感想を抱いただろう。
「おいおい、俺達を纏めて人類って呼ぶたあ。どんな大物だよ……。大地神の眷属かなにかか? ……そこの双子! カレンでもレインでもいい、こいつのこと、なんか知ってるか!?」
「知らない! これほどだと知っていたら……っ」
「はじめから、鑑定の魔術なんてしかけていないわ!」
「だろうな――っ」
アークトゥルスが、ごくりと飲んだ息の奥。
意識の先では、神速とさえ称される狩人の奥義”速攻の射手”をいつでも発動できるように臨戦態勢を取っていた。
『ほう、我と遊ぶか? 良いぞ、たまには身体を動かさねば鈍ってしまう。一つ、指導してやろうぞ。今の人類がどれほどのレベルか、我に見せてみよ!』
その時だった。
ズンと、世界が何かに圧されていた。
プレッシャーだった。
それは逃走不能フィールドを生み出す、エリアボスの特殊能力。
ギルド内が特殊な空間に包まれる。
「戦闘結界!?」
自分よりも上位の、集団戦闘で戦う必要のあるボスと出逢ったことのある者なら察しただろう。
もはや逃げられない。
気を抜くと一瞬で――。
殺される、と。
◇
ドググ=ラググだけが、頭にハテナを浮かべポカーンとする中。
ギルドの最高戦力とされる双子の上位冒険者――女聖騎士レインとその双子の姉、魔術師カレンも、同じ顔立ちに薄ら汗を浮かべている。
妹の聖騎士レインは集団を守る、ガードスキルを。
姉のカレンが握る杖には、膨大で複雑な魔法陣が生まれつつある。
彼女は先ほど、詠唱短縮の鑑定魔術を使った女性である。
双子姉妹は圧迫空間の中で、周囲を鼓舞するように叫んでいた。
「この魔猫、やるつもりよ! みんな、デカいの一発ぶち込むから――時間を稼いで!」
「支援魔術が使えるものは、全員姉さんに回せ! こいつは……っ、ちょっとまともに戦って勝てる相手じゃない! 簡易的、一時的でいい! この場全員で連携する! いいね!?」
戦闘経験のある冒険者は皆、頷く前に動いていた。
詠唱を開始しようとする魔術師カレン。
その前に盾となる聖騎士レインが立ち、無数の盾の幻影を出現させる。
敵への妨害と味方の強化が得意な吟遊詩人が、ギルドの音楽を止めて戦闘曲を奏で始める。
「あのバカの事は任せろ! こっちでなんとかする!」
狩人アークトゥルスも瞬時に動いていた。
魔猫の周囲に、魔術によるトラップとそれを起動させる狩人スキル”自動操縦の矢”を展開している。
罠の内容は穴。
カレンの大魔術に合わせ、ドググ=ラググをあえて穴の罠にはめ安全を確保する作戦である。
「じゃあ、行くわよ!」
その口が、詠唱破棄をせず――完全なる詠唱で動いていた。
闇属性の力を引き出す魔杖が、こうっと輝きだす。
「其はドリームランドを走る月銀。悠久なる時の中で戯れに嗤う影国の皇子。我が欲するは、完全なる破壊。我が名はカレン。魔術師カレン! ウィルドリアを守りし、一房の杖なり! 続けて捧げるは第二節。是は仲間を守る戦い。是は私利私欲と反する戦い。承認せよ――」
長い詠唱が続いている。
チャージしている魔術は、”破滅の魔術式”。
大地神の力を借りた魔術ではなく、異世界の神の力を借り世界法則に干渉、他者の存在そのものを否定し破壊につなげるという、魔術の奥義の一つ。
現段階のこのウィルドリアにて、単体を対象とした攻撃魔術の頂点。最強の魔術とされている攻撃手段である。
大詠唱で滴る珠の汗が、女魔術師カレンの豊満な胸を伝っている。
しかし、それに構っていられる人間はいない。
それほどに現場は緊迫していたのだ。
珠にジャレそうになる心を抑えるかのように。
魔猫が、カカカっと瞳を開く。
『ほう、ディストラクションか! 人の身で扱う魔術としては、まあ及第点であろう! 成長しておるではないか、人類!』
「相手は油断している、いまだ――姉さん! アークトゥルス、アレを使え!」
「分かっている! 指図するな!」
聖騎士レインが叫んだその瞬間。
ギルドの床で、魔法瓶が砕ける。
魔術師カレンに、アークトゥルスが使用したのはドググ=ラググが作成したポーション。
それはドググ=ラググのオリジナル薬品。
効果は――詠唱の短縮。
杖の先端から、虚無の末端を招いたかのような闇が生まれ。
魔術師の唇が妖艶に輝いた。
「悪いけれど、手加減なんてできないわ! 消滅なさい、”破滅の魔術式”!」
破滅の魔術式。ディストラクションは発動されていた。
回転する虚無の弾が収束し。
圧倒的なプレッシャーを放つ、魔力の塊に向かい、唸りを上げて襲いゆく。
同時に狩人アークトゥルスが放った”速攻の射手・十連”が発動する。
発生した神速の矢は、同時に十本。
ディストラクションの破滅のエネルギーに沿って、追撃となって発生。
以前、魔術師カレンと狩人アークトゥルスはこの連携で中層、二十階のエリアボスを討伐したことがあった。
今回もいける。
少なくとも時間を稼げる。
皆に勝利の笑みが浮かんだ。
筈、だったのだが。
ぶにゃははははは!
魔猫は不敵に嗤っていた。
『笑止! 練度が足りんわ!』
ペチン。
それだけだった。
最強連携魔術は猫パンチで叩かれ、消えていた。
場が沈黙に包まれる中。
魔猫が理知的な顔で、勉強代だと称し皆の財布をふわふわ浮かべ。
『ま、こんなもんだろうて。やめだやめだ、飯にするぞ。飯!』
逃走不可フィールドが解除されると同時に。
魔猫はとことことテーブルに戻り。
能天気なドググ=ラググは言った。
「マスター! はやく飯なのだ! 吾輩たち、海から泳いできて、腹が減っているのだが!?」
「はぁ!? おまえ、操られているんじゃないのか!?」
「なーにを言っておるのだ! 吾輩の友よ! このモフモフ様は、我の恩人ぞ?」
双子の上位冒険者姉妹と、狩人の男が目線を合わせ。
しばらく呆然。
ちゃんと事情を聞こうとアークトゥルスが動いたのは。
その十秒後の事だった。




