第025話、ドググ=ラググの幸福なる一生【ダンジョン塔】
【SIDE:錬金術師ドググ=ラググ】
リザードマンの錬金術師、ドググ=ラググの前でドヤるのは謎の、タヌキのようなふわふわ猫。
これはダンジョン中層を一匹で歩いていた。
その時点でかなり強力な動物、あるいは魔物であると判断できる。
ドググ=ラググの反応は冷静だった。
ふつうに、お辞儀をして。
ふつうに事情を説明したのである。
タヌキ猫はふつうに納得していた。
錬金術師の魔術としては珍しい”魔物避けの結界”を張った陣地。
四方の地面を錬金ナイフで刺した特殊空間の中。
どさっと胡坐をかき。
長いトカゲ尻尾をゆったりと揺らしながら、ドググ=ラググは口をガバっと豪快に開ける!
「というわけなのだ! 先祖の野望、吾輩が達成する! そのため、そのためだ! エリクシールを探してきたわけだ――おまえ、何か知っているか!?」
でっかい口だと、魔猫はドググ=ラググの口を見て。
『ふむ、なるほどのう。大口の男よ、おぬしが――かつてエリクシールを生み出したことのある一族の末裔であるか。まあ、この世界の歴史は長い、本当にエリクシールを作り出せる錬金術師がいたとしても、不思議ではないが』
「なあおまえ! さっきから設置していた桐の箱ってのは! あれか! あれだな! おまえがダニエルさんが言っていた、エリクシールの宝箱を設置してる、あの方ってやつなんだな!?」
大きな声のリザードマンに耳をぴくぴくっとさせながらも。
魔猫は口元に手をあて、記憶を辿るように上を向き。
『ダニエル、おう! アポロシスのギルド執事……いや、もう既にギルドマスターであったか。ともあれヤツなら知っておるぞ! メザイアと結婚した、なかなかに手が早い奴であったな。で? ヤツとどんな会話をしたかは知らぬが、エリクシールが欲しいのなら、売ってやらんでもないぞ?』
ぶにゃはははっと言って、タヌキ顔の魔猫は魔法陣用の羊皮紙をトントンと叩き。
周囲にマジックアイテムショップを作り出す。
▽いらっしゃいませ、旅の御方。
商品をご覧になりますか?
はい。
いいえ。
と、謎の茶番を始めた猫に、ドググ=ラググは困り顔。
ただ、錬金術師も魔術師系統に分類される後衛職。
未知への興味は人一倍強かったのだろう。
「いや、そりゃあエリクシールを持ってるのなら売って欲しいんだが! そもそもおまえはなんなんだ!」
『ネコを知らぬとは、人生の半分は損をしておるぞ』
「いや、ネコは知ってるぞ! こちらの大陸では、ネコが普通に喋るのか!? 吾輩は、おまえが気になるぞ! 絶対、ただものではない! 分かるぞ! 分かる、吾輩の目は節穴ではないのだ! なんなんだ! なんなんだ! おまえはなんなんだ!」
『なんなんだ、であるか。ちょっと待っておれ』
商店ごっこを切り上げ。とてとてとて――よいしょよいしょと、後ろ足をのばしダンジョンの壁をよじ登り。
高台に立ってネコが言う。
『我が名はイエスタデイ! 素敵モフモフな魔猫、ラグドールであるぞ!』
「ラグドール? 聞いたことのねえ、種族だな!」
『まあ、魔猫の一種と思えばよい。それでだ、恐れられし竜の流れを汲みし者よ! さきほどのは調合用の魔法陣であろう! 何を作ろうとしていたのだ! 我は人間エリアの調合にもちょっと興味があるのでな! 構わぬ、我が前での調合を許可してやろう! ささ、ほれ! はよう調合せんか!』
調合! 調合! にゃっにゃと調合!
バシバシ♪ と、囃し立てる魔猫とは裏腹。
すぅっとドググ=ラググは賢者の顔となっていた。
凛々しくトカゲの口を開く。
「いや、やめた」
『な、なぜであるか!?』
「だってよお、おまえが幻覚に見えて……それで状態異常になったもんだとばかり。で、幻覚を治す薬を調合しようとしたら」
『我が飛んできたと――』
「薬品は作った瞬間から使用期限が経過していく、使わず後で売るにしても無駄に作るのは避ける。それが吾輩の考え方。魔猫よ、理解できるか?」
『エコなのであるな。理解しようぞ――しかしおぬし、錬金術の話題となると急に理知的な顔と喋り方になるのであるな。ギャップというやつを狙っておるのか?』
魔猫イエスタデイはじっと考え。
錬金術師としての素養をドググ=ラググに見たのか。
『ふむ、まあよい。本当に欲しいのならば――あの桐の箱全部がエリクシールである。ここまで自力でやって来たのだ、権利はあろうて。好きなだけ持って行くがいい』
「いいのか! いいのか! 貰っていくぞ! 吾輩は遠慮せんぞ!」
『構わぬ。ただし、ゆめゆめ気を付けるのだな』
「なにをだ!」
開く大きな口を見て、魔猫イエスタデイはくっちくっち。
口元をハムハムしながら告げる。
『このエリクシール。そなたらの領域ではまだ貴重な品なのであろう?』
「そうだ! だが! 吾輩が生成に成功させ! 技術を皆に教え! ……。本当に困っている人々を救ってやりたいのだ。今吾輩の大陸では城の中央に立つダンジョン塔の本格的な攻略が開始された。いつも魔物から大規模襲撃を受けていたその反撃に、こちらが大規模な遠征を行う事となった。力強き女王がまだご存命のうちにな……そのためにも、エリクシールがいる、大量にだ」
途中から理知的な顔に戻っていた。
ドググ=ラググには夢があったのだ。
幼い頃、トカゲの男は、リザードマンだからと錬金術師ではなく戦士になって国のために強くなれと、皆から威圧的に言われ続けた。
実際、ドググ=ラググの剣技は子どもの時から優れていた。
それでもドググ=ラググは錬金術に興味があった。
ああ、なぜあんなにも美しい薬が作れる。
あれはただの石だった。ただの鉱石だった。ただの草だった。ただの花だった。
なのにだ、錬金術師がそれらに触れ、床に書いた魔法陣で魔術を唱えると。
それらが見事に光り輝いて、魔道具屋で売っているアイテムになる。
綺麗だった。ピカピカだった。
けれど、皆は戦士になれと槍を渡す、剣を渡す、盾を渡す。
強くなるたびに、錬金術から遠ざかる。
練達に届きうると皆から称賛される度に、夢が遠く離れていく。
ピカピカが、消えてしまう。
もう、そんな夢を見てはいけないのか。
そんな諦めを覚える直前だった。
ドググ=ラググはある一人の美しい人間の女性に出会った。
女性は言った。
本当に錬金術がお好きなのでしたら、諦めずに頑張ってみてはどうでしょうか? わたしは良いと思いますよ? 武芸で人を救わなくてはいけない? だったら錬金術で同じだけ救えばいいじゃないですか。ここ二百年、リザードマンで錬金術師になった者はいない? だったらあなたが二百年ぶりのリザードマンの錬金術師になればいいじゃないですか。
と。
目から鱗が零れたようだった。
比喩と同じぐらい、涙が幼きドググ=ラググの瞳から伝ったのだ。
その女性が後に出世したと聞き、そして今、最後の遠征を行おうとしている。
だから。
持ち帰ったエリクシールを研究し、間に合わせてみせる。
「全部貰っていってもいいか?」
『我に二言はなし――汝がそう決意するのならば構わぬ。全て持って行くがよかろうて。だが気をつけよ。宝が多ければ多い程。抱えなくてはいけない夢が大きい程、抱え続けていることが難しい。抱えるモノの大きさが大きい程。おそらく誰かが邪魔をするだろう。それが人類の性質。サガというものなのだからな』
「魔猫の話はよくわからんのだ!」
わっからん、わっからん!
そう歌いながら桐の箱を回収していくドググ=ラググ。
その揺れ喜ぶ尻尾を見て、魔猫イエスタデイはうーむと眉間にシワを寄せる。
『ほ、本当に大丈夫であるか? 高価なアイテムを複数所持すると、悪漢たちに狙われやすくなるのだぞ? よ、よーするにだ。おぬしは欲に満ちた人間に襲われるやもしれぬのだぞ? おぬし……錬金術のこと以外は、ダメダメな気配があるので……多少心配であるぞ?』
「大丈夫だ! 吾輩は人間を信じているのだ!」
蜥蜴人は穢れを知らない満面の笑みだった。
魔猫は、うへぇ……と口を蠢かせる。
『心配であるのう……だが、我も忙しき身。毎日の昼寝も、ぐーたら寝も欠かせぬし……言っておくが、これ以上は関与せんぞ?』
「おう! 大丈夫だ!」
『本当に、本当であるからな! たとえ、どうなったとしても、絶対に助けに行ったりしないのだからな!』
「心配するな! 全部が上手くいったら、また会いに来てやるからな! では、さらばなのだ!」
背中に全ての荷物を担ぎ、鱗持つ巨体が進む。
ワシャワシャワシャと大ぶりなしぐさで手を振って。
ドググ=ラググは塔を下った。
◇
エリクシールを入手したドググ=ラググは歓喜に揺れた。
揺れる尻尾でブンブンブン。
塔を降りた足でそのまま猛ダッシュ、リザードマンの優れた体力で大陸の果てまで駆け、船に乗る。
目指すは故郷、西大陸。
ドググ=ラググは船旅の中で夢を見た。
エリクシール生成に成功させ、かつて自分をバカにした人間達から感謝される夢だった。
ぐっすり眠ったまま。
まん丸なお月様が見守る海上。
ざぱんと船が揺れた。
ドググ=ラググの身体は沈んでいく。
深く深く、海の底へと。
船の上では、客を運ぶ船員たちの声がする。
「へへ、トカゲが宝を持ってやがった! 献上するぞ! これで俺たちも大金持ちだ!」
「全員共犯だが、これだけの回復薬だ。問題ねえだろう!」
「いいねえ! あたいもこれで御貴族様の仲間入りさ!」
船上では宴会が始まっていた。
変温動物としての性質をもつリザードマンは、冷たい海の中。
動けない。
もがけない。
そもそも夢の中から出られない。
食事に睡眠薬を盛られたとも知らずに、幸福なる夢の中でドググ=ラググは死んだ。
冷たい水の底。
蘇生の波動が光った。




