第024話、エリクシール職人の朝は早い【ダンジョン塔】
【SIDE:錬金術師ドググ=ラググ】
幻の秘薬エリクシール。
あらゆる状態異常と体力、そして魔力さえも回復させるという万能薬。
老年の錬金術師が最後の目標として、寿命を延ばし、数百年を生き研究に費やしたとしても――自作に失敗するとされる伝説の薬。
ただし、その存在だけは多く実証されている。
かつて回復薬代表、ポーションの技術体系を生み出した魔女にして錬金術師。現代のポーション調合法の母とされるマググ=ラググが、賢者の石を用いて調合に成功したという事例が存在する。
それになにより。
実際にダンジョン塔のレア宝箱から、エリクシールが直接入手できるのだ。
実際に作ることもできるが、ほぼ不可能。
市場にもほぼ出回っていない。
ならば、その薬を入手するにはダンジョン塔攻略が現実的な手段。
だから錬金術師の家系ドググ=ラググは独り、ダンジョン塔を登っていた。
ローブで全身を覆う巨体の背には、大きな錬金術セットが積まれている。
手にする獲物は、魔力が込められたダガーナイフ。
錬金術素材を切り分けることにも使う、汎用性の高い錬金術師用の短刀だった。腕のいい錬金術師は、その短刀捌きで、時に前衛職に匹敵するほどの腕を見せるという。
冒険者の平均値で考えれば、ドググ=ラググも腕の良い錬金術師に含まれるだろう。
攻略塔の名前はアポロシス。
経験値稼ぎモンスターが湧くことで攻略が盛んなヴェルザのダンジョン塔、その隣に位置する塔である。
五十年前。
まだヴェルザの街がネコの街となる前の時代。
山を越えたヴェルザの隣町アポロシス、この地で錬金術史に残る、一つの事件があったというのは有名な話。
人間以外にもエルフやハーフエルフ、ダークエルフなどが住まうとされるその街に、大量のエリクシールが持ち込まれた。
そんなエリクシール伝説が、錬金術師の中で広まっていたのである。
眉唾物のくだらない噂。
あるいは一個持ち帰ったエリクシールに尾ひれがつき、五十年の時の中で伝説となっただけ。
誰しもがそう思うだろう。
それほどに貴重な薬品なのだ。
ある者は言う。
アポロシスの街は山に囲まれ訪れる人が少ない。
ダンジョン塔からの襲撃に備えるために人が欲しいのだろう。
だからそんな嘘の空瓶を並べて、おまえさんみたいな錬金術師を呼んでいるのさ。
と。
けれどだ、アポロシスの街にはエルフがいる。
つまり、生き証人がいたのである。
ドググ=ラググはついに、その生き証人と接触することに成功していた。
ドググ=ラググは塔を攻略しながら考える。
あれは物腰の柔らかい耳長男と老婦人だった。
男は騎士職のハーフエルフ。老婦人は愛嬌のある顔立ちの、七十過ぎの人間の伴侶。
語ってくれたのはアポロシスの街でエリクシール事件があった当時、ギルド執事だった現ギルドマスター、ダニエルという男である。
彼がたしかに五十年ほど前、大量のエリクシールを買ったのだと証言したのだ。
その証拠にと、空の瓶が今でも街を救った神の薬として展示されている。
伴侶の女性は、懐かしいわねえと笑顔で刻まれたシワを揺らしながら、ドググ=ラググを展示場に案内してくれた。
女性はかつて盗賊職だったのだろう。
鍵を使わずあっさりと開錠してみせて、おそらく現役時代は凄腕の盗賊だったのだと察せられる。
ドググ=ラググは夫婦に懇願し、どうしてもと願い続け、その展示品の鑑定をさせて貰った。
伴侶の女性の方がしょーがないわねえ、と頷き、ハーフエルフの耳長男も君がいうのならと頷いたのだ。
鑑定結果は間違いなく、かつてエリクシールだった空瓶。
ドググ=ラググは驚嘆した。
伝説の薬の手掛かりが今、目の前にある驚きと同時に歓喜したのである。
それは思わず、普段隠している鱗の体と、爬虫類の顔をローブから覗かせてしまうほどに。
そう。
ドググ=ラググは錬金術師であると共にリザードマン。
二足歩行となった、巨大なトカゲの一族でもあったのだ。
鱗を輝かせたドググ=ラググは尻尾を興奮で震わせながら、ギルドマスターダニエルと交渉した。
もっと情報が欲しい。
もっとエリクシールについて教えてくれ。
誰から買ったのか! 教えてくれ! と。
ハーフエルフの男、ダニエルもその伴侶も首を横に振った。
誰から買ったかは絶対に語らない。
許可なく語るのは信用を裏切ることになると、頑なに口を閉ざしているのだ。
陽気な伴侶の女性に目線を送っても、ごめんねえと苦笑するのみ。
ただし、ダニエルは言った。
「信じる信じないはお任せしますが、今でも、アポロシスのダンジョン塔では稀にエリクシールが発見されることがあります。レアアイテムが出やすい桐の箱が、なんといいましょうか……不自然に配置されているそうなので、もし発見できればすぐに分かると思いますよ」
トカゲのしっぽで地面をベチベチしながらドググ=ラググは言う。
「不自然に……つまり、誰かが置いて回ってるって事か」
「ただ念を押しておきますが、あくまでも噂ですし。必ずあるとは保証できませんよ」
「でも、可能性はあるんだな!」
ドググ=ラググは考える。
「なあマスター。吾輩が思うにだ、その宝箱を配置しているヤツにあんたは心当たりがあるのではないか!?」
「一人だけ、思い当たる人物がいるとだけは申し上げておきます。そしてその方は、まあ散歩のようなものだといって、五年に一度くらいこの街の塔に登っているのですが……」
「つまり、いや、いい!? 吾輩はいくぞ! いくぞ! 先祖からの夢と希望を果たすのは、この当代! ドググ=ラググ様の時代でなのだ!」
そんな経緯で。
リザードマンであり錬金術師、ドググ=ラググはアポロシスのダンジョン塔の攻略を始めた。
そして、今。
アポロシスダンジョン塔の中層。
桐の箱をよいしょ、よいしょ♪
不自然に道のど真ん中に配置する、謎のタヌキのような白ふわふわを発見していた。
『まったく、最近の人類は弱すぎていかん。こうして、ちょっとでも餌を与えてやらねば、すーぐ道で倒れおってからに。これでは賭けにならんではないか』
そう言って、次々と桐の宝箱を置いて回っていたのは。
一匹の魔猫だった。
ドググ=ラググは思った。
ああ、これはついにダンジョン塔の攻略し過ぎで、幻覚を見ているのだ。
と。
幻覚の状態異常を治すべく、治療薬を合成しようと魔法陣を床に配置したその時。
カカカカっと何かが闇の中で光った。次の瞬間。
ガササササササ!
引いた魔法陣用の羊皮紙の上に、何かが猛ダッシュで乗っていた。
『ぶにゃはははははは! 敷いた布の上は、我らネコの領域である!』
ふわふわ白毛布の中央に、ココアを零したような顔がそこにある。
さきほどの、幻覚で見えた猫のようにしかみえない。
魔法陣設置を邪魔し、むふーっ、なぜかドヤ顔である。
▽ドググ=ラググは混乱した。




